第16話 出会ってしまった二人

 でも、その主題科目の抽選結果が出るより前にも、楽しみならたくさんあるのよね。


 サークルでは、ラッキーなことに二連続でサトル先輩とのペアを引き当てて、今回の相手はアヤたちではなかったけど、やはり無事勝つことができた。


 アヤはというと、ペアを組み続けたことで互いの距離を縮めた私達を見て、歯痒そうな顔をしていたわ。


 選択科目では、もじもじと和歌を詠みたがるタケルと、猪突猛進してくるフミオの、少なくともどちらかと一緒になることが何故か多かった。

 慣れてくると、それはそれで面白く思えてきて、何となくリサが言っていることが分かる気がしてきた。


 まあ、慣れれば危険がない相手に限って言うのなら、好きだと思われるということ自体は、そんなに悪い気分はしないのよね。

 でも、いざ和歌を聞いてしまったり、猪突猛進する巨体を真正面から受け止めたりしたら、何が起こるか分かったものじゃないのも事実。


 あの二人は、二人ともそれぞれに油断できない相手だと思う。でも、油断さえしなければ…。

 多分、お友達ぐらいにはなれるかもね。


 そう思いながら、銀杏並木を歩いていた時だった。


「ブヒヒッ!」

「ミカさん、俺は、今日こそ…」


 前言撤回。

 ダブルパンチで来られたら、さすがに油断していなくてもきついわね。


「Ich liebe dich!」

「お前に歌を捧げる!」


 あの、ブタオ、日本語ですらなくなってるんですけど?


 何それ?

 イッヒ?

 ディッヒ?


 怪しい笑いによく似合っているけど、無駄に発音が綺麗で外国語っぽいんですけど?


 突進してきたブタオ、いえ、フミオは、しかし、今回は別の男を感知したためか、私の目の前で急停止して、角度を変えた。


「ぼ、僕のミカにな、何をしようとしている?Meine einzige Liebeに対して?」

「俺は、ミカさんに和歌を捧げようとしているのだ。ドイツ語を学んでいるのなら、La France出身の教員による本物のfrançaisを学んでいるこの俺の前では、お前はかの『舞姫』の太田ごとく、彼女とは結ばれずして終わるだろう。

 ああ、何ということだ!お前のせいで、せっかく口にしかけていた歌のネタを忘れてしまったではないか…」

「ブヒヒッ!い、今どき歌など、は、流行らないと思うよ。Meine Dameなら、き、きっと、寛容にも受け止めてはくれるだろうけど」

「俺のミカさんには、古典の香りがよく似合う」


 なんか、勝手に私のイメージが二人の中で釣りあげられていて、怖いんですけど?


 まあ、これが恋は盲目ということなのかしらね?


 あなたたちが愛しているのは、私自身ではなく、私に見出せるあなたの幻想でしかないのよ。でも、それは結局、恋の本質なのかもしれない。


 とにかく、二人が仲良く喧嘩している合間に、私は一抜けしようかしら。


「ブヒッ!?Meine Göttinが、ぼ、僕を、置いていってしまうではないか!」

「ああ、これもやっぱり、俺があの歌を思い出せないからに違いない。喉元まで出かかっているのに…」


 ダーメだの、グェッティンだの、意味は分からないけど、そしてフミオのことだから過剰な賛辞を送っているんだろうけど、ドイツ語で言われると響きが悪くてけなされたような気分になるな、と思いながら、私は、嘆く二人を置いて、次の講義へと向かう。


「Noch nicht! Meine Tochter aus Elysium...」

「さりげなくベートーヴェンの第九の歌詞引用して、歌が読めない俺への当てつけか?」

「ブヒッ!?そ、そんなことないよ。神の楽園出身の如く麗しきミカを、た、称えただけだよ」

「ああ、…歌が思い出せない。今夜は一人飲みするか?」

「ぼ、僕もそれは考えていた」

「初めて意見が合ったな」

「ブヒッ、でも、初めてじゃないよ。ぼ、僕らは、ふ、二人とも、彼女を…」

「愛してしまったのだから?」

「そ、そう、それ!」

「……二人でどこかに飲みに行くか?」

「い、いいね!」


 後ろで聞こえた会話は、二人が何だかんだで仲良くなったらしいことを示していた。やっぱり、二人とも「イカコマ」だからかしらね?


 そして、二人同時に出現すれば、互いに牽制し合ってくれることも分かった。それなら、前言撤回を撤回して、お友達ぐらいなら、考えてもいいかもしれないわね…。

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KOMABA物語 如空 @joku_novel

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