第9話 リサvs文芸サークル
「い、いえ、僕らは見てました。あなたが、僕らのリュックを放り投げて席を取っているのを」
「あら、見ちゃった?困ったものだわ…。でも、あれって席を取っていたとは言えないわよ」
「でも、みんなやってますよ。しかも、あなたたち、二人だけですよね?どうしてわざわざこんな広いテーブルを狙ったのですか?」
うん、二人なのに広すぎるとは、私も思ってたわ。
でも、リサはそんなことは意に介さず、言い返す。
「文芸サークルの癖に、『みんな』を持ち出すのね。
あなたたち、大方漱石あたりの古い文豪の文体をまねしてつまらない作品を書いて、俺らは今どきのラノベとは距離は置いて、純文学の道を追求している高踏派だぜ、とか言ってる口でしょ?」
「グッ…」
「図星のようね。分かったなら、下がりなさい」
本当に図星だとしたら、高踏派は鴎外で、漱石は余裕派に分類されるはずだから、確かに随分とめちゃくちゃなものだけど、そこで読みもしていない作品を攻撃するのはちょっと違うと思うわ。
もやしっ子は、言い返す。
「それとこれは関係ないでしょう。とにかく、ここは僕らが取っていた席なんですから、譲っていただけますか?」
「八人なら、残りの八席を使えばいいじゃない」
「困ります。僕ら文芸サークルの高尚な話は、あなたのような無理解の人に聞かせたくはありませんので」
うん、自分で交渉とか言っちゃう文芸サークルの男も、痛いのは確かね。これも、「イカコマ」の一種かもしれないけど。
リサは、言い返す。
「聞かれたくない話なら、誰でも盗み聞きできるここではやること自体おかしいんじゃないかしら?
本当は、聞いて欲しくてほしくて仕方がないくせに、叩かれるのを恐れて私達のように意見を言う人は追い払いたい。どうせ、そんなところでしょ?」
「ち、ちが…」
もやしっ子が言いかけた時だった。
「ブヒヒッ!」
豚のような笑い声が聞こえた気がしたんだけど、気のせいよね?
「ぼ、僕の愛する人を困らせるな!」
気のせいじゃなかった。どこから飛んできたブタオ、いえ、フミオが、文芸サークルの八人組に突進して、彼らをまとめて吹き飛ばす。
「お、覚えていてくださいよ…」
「フフ、獣を飼い慣らす美人とは。古典的なモチーフだな。我々は、席の喪失と引き換えに、高等な素晴らしい小説のネタを手に入れたのだ。ああ、腰が痛い…」
「今日は、みんなでスコッチをあおって反省会だな」
「二人とも可愛いから許すか。あの豚もどきには勝てそうにないし…」
「そうだな、可愛いは正義。ことに女子の少ないコマ大では、未来のミスコマ候補は敵に回さない方がいいだろう」
様々なことを口にしながら、吹っ飛ばされていく八人組。
いや、いくら何でもこの状況では、可愛いも正義にはならないと思うんだけど?
「ブヒッ、だ、大丈夫か?ぼ、僕の愛するレディーよ」
フミオが、いつも通りどもりながら、無駄にいい笑顔を浮かべて、私に向かって言った。
「う、うん。多分。これは助かったんだと思うから…」
それだけは感謝ね。
今まで八人を吹き飛ばすほどの突進力で私に突っ込んでいたのかと思うと、背中に冷たいものが走るけど。
「と、当然さ。愛するレディーがこ、困っているのを見たら、駆け付けてこそのジェ、ジェントルマンだろう?ブヒヒッ」
リサが、口を挟む。
「とりあえず、今回は助かったわ。それで、愛するレディーとは、私のことかしら?」
「ち、違う、こちらのレ、レディーのことだ。わ、悪いが、き、君ではない」
そして、フミオは私に飛びつこうとする。
「ブヒヒッ、ぼ、僕の愛を受け取ってく…」
リサが瞬間移動して、フミオに拳骨を与える。
「助かりはしたけど、私のミカに手を出したことと、目の前の子の可愛らしいヒロインである私を無視したことはいただけないわね。
もう、あなたは用済みよ」
そして、尻を蹴り飛ばす。
「ブヒヒッ、いつか、ぼ、僕と一緒に…」
飛ばされながらそう言うフミオ。
多分悪い人ではないんだろうけど、タイプじゃないわね。
それにしても、フミオの突進力を相手にできるリサも、大概だわ。
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そして、次の講義の教室に行って、私は、この戦いの一部始終がツイッターに拡散されていたことを知って、赤面したのだった。
リサは?
どこ吹く風だったけど、ちょっとだけ決まり悪そうだったわ。
まあ、彼女は言ってしまえば自業自得なんだけど、巻き込まれた私は、サトル先輩に知られでもしたら、どうしたらいいのかしらね?
困っちゃうわ。
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