第12話 ミカとアヤのテニスの試合
コートに入った私は、あんまりアヤが好き勝手言っているから、ちょっと本気を出すことにしたわ。
ウォーミングアップしている相手チームの二人の動きを見る限り、守りの弱いのは男の方だったから、勝利至上主義的な戦いをするのであれば、彼の守備範囲に球を打った方が得策だというのは、私のような素人が見ても明らかだった。
アヤの動きは、腹立たしいほどに無駄がない。彼女を見る私の視線に気づいたのか、アヤはふと振り向いて、私に向かって言う。
「これでも、わたくし、Londonにいた頃に、本家本元のtennisを多少教わったのです。ですから、国内で趣味でやるテニスは、大抵は素晴らしいごっこ遊びに感じられますわ。
とはいえ、今日はサトル君もいるチームが相手ですから、せいぜい、わたくしを楽しませていただきたいものですわね」
ええ、言われなくともそうしますわ。男ではなく、あなたに球を打ち込んでね。
ごっこ遊びに感じられる程度のテニスに甘んじている以上、フォームばかり美しくても、きっとそれより上の段階で戦ったらボロボロなんだろうし。
今度はわざとらしいぐらいのブリティッシュ・イングリッシュを見せつけてきたアヤに対し、私がそんなことを思っていると、サトル先輩が声をかけてくる。
「ミカ。アヤはあんなことをことさらに言ってるけど、根はいいやつなんだ。まあ、悪くは思わないであげて欲しい。
さて、日本もソフトテニスを発明した国であることや、この頃の世界大会での選手の躍進していることを考えると、テニスの技術レベルは確実に高い方に入るはずだ。ブリティッシュなテニスを身につけたアヤは、それなりに強いが、俺たちでも勝てない相手じゃない。
楽しく、しかし、しっかり勝っていこうな!」
ああ、こんな爽やかな笑顔向けられたら、一瞬勝負なんてどうでもよくなっちゃうじゃないの。
でも、そう言ってくださるサトル先輩にいい顔を見せるためにも、頑張らなくちゃね。
「はい!」
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ゲームが始まり、最初のサーブは、アヤが打ってくる。
腹立たしいほど美しいフォームから繰り出される、高速サーブ。
でも、よく見ると、ただ早くて美しいだけ。勝って当たり前の世界に生きてきたお嬢様らしく、勝とうという勢いが足りない。
テニス部時代の試合では、もっと泥臭く、純粋なスピードこそこの綾の球に及ばないにせよ、勝つ意欲に満ち溢れた癖の強い球も多いものだった。
これなら、勝てるわね。
迫りくる球を、模範的とも言える角度と位置にて打ち返す。
アヤは、打ち返されると思っていなかったのか、目を見開く。
辛うじて打ち返してくるが、その球は、非常に甘い。
サトル先輩の前である以上、得られたチャンスを取りこぼす愚を犯すような私ではない。
その球をスマッシュで打ち返すと、アヤはその球を追い切れずに、空振った。
「ラブ、フィフティーン」
アヤから余裕の表情が消える。
「泥臭くて意地の汚い球でしたわね。わたくしのことを落とせたのは、当然まぐれでしょうけど」
本当にまぐれかどうか、見極めてやろうじゃないの。
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わたくしは、サトル君を明らかに狙って入ってきた気に食わない後輩が、思わぬ実力を発揮してくるのを見て、正直虫唾が走る思いでしたわ。
ミカちゃんという名前のその後輩は、服装こそコマ大生らしく地味だけれども、私が持たないストレートな黒髪に、中々整った顔立ちをしていて、認めたくはないけど、ファッションとメイクアップ次第で、わたくしよりも綺麗になるかもしれないと感じさせられました。
わたくしよりも背が高く、すらりとしたモデルさんのような体形で、わたくしが勝てる点がもしあるとすれば胸ぐらいのもの。だからこそ、少なくともテニスでは、負けたくはありませんでしたの。
何故なら、大学のインカレで、小学校の時以来の再会を果たしたサトル君に見初めてしまったから。小学時代はちょっとカッコいいスポーツ少年程度の認識しかなかったサトル君が、いざ大人になって会うと、思わぬほどのイケメンになっていたから。
わたくしは、あのサトル君の姿を見て、本気でサトル君と付き合いたいと思うようになったのですわ。
にもかかわらず、わたくしから何もかも奪っていきかねない、小癪な後輩のミカちゃん。Londonのtennis school仕込みの、わたくしの本格派tennisに対して、技の美しさなどかけらもないのに、急所を泥臭く、的確についてきますの。ミカちゃんの所謂「テニス」には美しさなどないのに、気付いたらわたくしはそんなプレーにさえ、押されてしまっていましたわ。
ああ、またもや痛いところをついてきますのね。
Sting like a bee.
まるで、一流のボクサーのような鋭さだけはありますわ…。
「ゲームセット」
この日、わたくしは、人生で初めて、本気で誰かを妬ましく思いましたわ。
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