第11話『大地に花が満ちるよに』③/著:秋田みやび

 3


 今でも、時折……ふと思い出すのだ。


 何もかもを終えた後で、朝陽の差し込む中で小鳥たちの声を聴きながら、動かなくなったドライコープスを焚火の炎で浄めた金色の焔。


 その光を背に、枯れ果ててつぶれた多弁の花を手にし、哀しげに笑う雪柳の少女。


「ラナンキュラスっていう花よ。色々な種類があるけれど、彼の花は、白地に花弁の先端が色鮮やかな紫に染まって、とてもきれいだったの」


 そう口にして、リーニルーナは色褪せて面影もない花を、炎に投げた──。


 その横顔に、守り人でない彼女がなぜ単独でドライコープスに挑んでいたのか、その理由を垣間見た気がした。




 そして。


 今。つまりはあれから二年の歳月が流れ、冒険者ギルドのテーブル席に着いた私の目の前に、白い花弁の先端が色鮮やかな紫に染まった多弁の花を髪から覗かせる、緑の髪の少年が座っていた。


 額には見覚えのある赤い宝石飾りが揺れている。


「だからよ、今回の仕事はこれな。また頼むわって、かーちゃんが!」


 そう言いながら、ラナンキュラスの少年メリアが、どんと鍵のかかった箱を目の前に置く。わずかに揺れると、かろかろと軽くて丸いものが中で転がる音がした。


「あ。うん」


「なんだよ、エレシア。何ボケてんだよー。オレらメリアにとっては、これは大事な仕事だからな! このルーナフォーン、冒険者としての初仕事に、ばっきばきに腕が鳴るぜ!」


 知っている。


 自分にとっても、それは忘れられない初仕事だ。


「今回は、かーちゃんの種も交じってるぜ。別の森の、別の集落にメリアの種を運ぶのは、ええっと……しゅるいのたようせいを保持するためにも、重要な仕事……だっけ?」


 難しい言葉を使おうとして失敗している少年メリアに、私は大きく溜息をついた。


 かーちゃんの種。つまり、リーニルーナの新しい恋は長いものか短いものかわからないが、それでも順調に実を結んでいるらしい。


 結構なことだ。


「あ。エレシア、またぼっちだったら、オレが組んでやれってかーちゃんが」 


「ルーナに伝えろ、滅茶苦茶余計なお気遣いだ!」


 メリアは森の中で小さな集落を築くこともあるが、なかなか多様な同族に出逢う機会は少ない。ゆえに、様々な集落で順繰りに、メリアの種を行き来させて住人を増やすのだという。


 なるほど、重要な仕事なのだろう。気付けば、リーニルーナの種だけでなく、地方中の何ヶ所もの集落にメリアの子供たちを運ぶ手伝いをしている。


 私は今でも、冒険者を続けている。パーティは組んでいない、何しろこんな風に、時折森の外へと興味を持ったラナンキュラスや雪柳のメリアが訪ねてくるからだ。いや、頼って……だろうか?


「まあ、仕方がない。メリアの交流は大切なのだろうしな。今回はどこに運ぶのだ?」


 頼られると、そう悪い気はしないのが私の悪い癖だ。


「ハーヴェス」


「ブルライト地方じゃないか! ついに地方を越えさせるつもりか、言っておくが、報酬に妥協はしないからな、フォーン」


「おう!」


 リーニルーナの面影を宿す少年は、笑って私の隣に並ぶ。


 今でも、時折思い出す。


 華奢な身体に、大盾をかまえて並び立つ、華奢な少女──いや、未亡人。


 一人でやっていけると気負っていた私の隣に寄り添ってくれた、束の間の森の友人。


 これから、私の隣には何人の仲間が並んでくれるだろうか。ルーナの息子フォーンのように。そして、もしかしたらフォーンの娘や息子たち。


 まだ出逢っていない仲間も──。


 当然のように隣にいる彼らを横目にうかがえるのは、結構悪いことじゃない。メリアたちの信頼を受けて──大陸中に様々な花が満ちていく手助けををする日々。



 そう考えるとナイトメアの冒険者としての人生は、結構贅沢なことのように思えるのだ。


〈了〉

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ソード・ワールド2.5ショートストーリーズ 呪いと祝福の大地 北沢慶/グループSNE/ドラゴンブック編集部 @dragonbook

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