ソード・ワールド2.5ショートストーリーズ 呪いと祝福の大地

北沢慶/グループSNE/ドラゴンブック編集部

第1話『死体回収屋の多忙な日常』①/著:北沢慶


「それに触るなッ!」


 ギルが叫んだときには、すでに手遅れだった。


「え?」


 相棒――とギルは切に呼びたくないと思っている――少女型人造人間ルーンフォークが、部屋の中央にあった台座上の金細工を、掴んでいた。それが引き金となって、石造りの部屋全体に小刻みな振動が起こる。




 地下迷宮の奥深く。


 熟練の密偵スカウトにして剣士フェンサーのギルバート・ダントンと、ルーンフォークの女戦士ファイターファーラ・アルマの二人は、唐突に危機へと陥りつつあった。




 一見何の変哲もない部屋の真ん中にあった、石の台座。


 その上に置かれていた金細工は、あからさまに罠だった。


 近くで見れば、明らかに素材は金ではなく、経年劣化しているのか、像が置かれた部分が少し沈んでいた。像の重さでなにかのスイッチを押したままにしているタイプの仕掛けであり、欲をかいて像を動かせば、罠が発動するのは見え見えだった。


 言うなれば、稚拙な罠。素人でも注意深く観察すれば気づく程度の仕掛け。


 あまりにあからさますぎるものだから、うっかり相棒にそのことを伝えなかった。ギルはそのことを、深く深く後悔する。以前の相棒なら、言うまでもないことだったからだ。


 だが。


「ドンガメ! 部屋から出るぞ!」


 無精髭を生やし、頬の皺も目立ち始めたギルの顔に、冷や汗が滴る。


 長身かつしなやかなギルの体は、即座に危険を回避するために動いていた。そして言うまでもないことを、今度こそ相棒に伝えたわけだが……振り返ったギルは、目を丸くする。


「えっ? でもこれ、戻さないと――」


「もう仕掛けは動いてる! 戻しても無駄だ!」


 そう指摘したときには、やはり手遅れだった。


「!?」


 ガコンッと重々しい音が響き、床が突然真っ二つに割れる。


 ギルは長年の密偵スカウトとしての経験と鍛え上げた反射神経で、咄嗟に通路へと跳んでいた。固い石畳の上を一回転し、すぐに立ち上がる。


 そしてコンビを組んでまだ三日も経っていない新しい相棒が、落とし穴に転落して、無残にも命を落としただろう事態を、小さく嘆いた。


 これでは、持って帰る死体がひとつ増えてしまうじゃないか――と。


「ふええ……ダントンさん、助けてください~~~」


 しかし部屋を振り返って、ギルは思わず眉根を寄せた。


 幸運のなせる業か、いたずらな神の気まぐれか。


 部屋の中央にあった台座は柱となって残っており、相棒のルーンフォークは、そこにしがみついていたのだ。下手に逃げていたら、逆に奈落の底へ真っ逆さまだっただろう。


 床の下を覗けば、相当な深さがある上に、ご丁寧に鋭いスパイクが無数に並んでいる。見つけやすい罠だから、ダメージを盛りめにしておこう――そんなことでも考えて、迷宮の主はこの罠を作ったんだろうか。


「神の指先ミルタバルにかけて……その幸運は、罠を引き起こす前に発揮してくれ」


「す、すみません……っ」


 身に着けた金属鎧と背中に背負った斧槍ハルバードの重さで、少女は徐々にずり下がっている。ギルはそんな彼女がしがみつく石の柱を右手で狙い、魔動機文明語で起動語コマンドワードを告げる。


「マギスフィア起動。ワイヤーアンカー射出」


 ギルの背負っていた黒い箱から金属製のワイヤーが発射され、狙い過たずその先端は石の柱に突き立つ。


「急いで渡ってこいよ、ドンガメ。これ以上は俺も手助けできないからな」


「は、はいっ、がんばりますっ。それと、名前はファーラです~」


 ギルはもう一度起動語を告げて、いまいる通路の壁にもワイヤーを撃ち込み、重装備の相棒がぶら下がっても落ちないよう固定する。


 ルーンフォークの少女はワイヤーを両手で掴んでぶら下がり、必死にギルのもとへと手を動かす。その危なっかしい手つきに、ギルは彼女が渡り切るまでの間、ミルタバル神の名前を合計七回つぶやいた。

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