第2話『死体回収屋の多忙な日常』②/著:北沢慶


 遺跡探索は、冒険の第一歩だと言う者がいる。


 遺跡探索は、冒険の華だと言う者もいる。


 遺跡には巨万の富が眠っているとも言われているし、遺跡に眠る技術や知識を持ち帰るのは、文明復興のための使命だとも言われている。


 約三百年前に滅びた魔動機文明アル・メナス。ラクシア世界全土にまでその影響を広げたこの偉大にして巨大な文明は、それこそ世界中に数々の遺跡を残していた。


 〈大破局ディアボリツク・トライアンフ〉という巨大な天変地異と大戦乱の合わせ技によって、地上の施設はことごとく破壊し尽くされ、ほとんどが原形を留めないか、放棄された後に植物などに侵食され、自然に返ってしまった。


 しかし魔動機文明の特徴として、都市や施設を地下にまで広げていたことが挙げられる。その結果、ラクシア世界の各地に、かなりの数の地下遺跡が残され、そこにはいまなお、数多くの魔動機文明の遺産が眠っているとされていた。


 それに加えて、ラクシア世界には古来より、強力な魔剣たちが自らの持ち手を求めつつも試すため、周囲に迷宮を作ることが知られている。魔動機文明時代には、魔剣も大量に生産され、それらの中には強力なものも多数含まれていた。文明が崩壊し、こうした魔剣が放置された結果として、“魔剣の迷宮”もまた、ラクシア世界の各地で見られるようになった。


 かくして、〈大破局〉からおおよそ三百年――数々の遺跡が冒険者たちによって探索され、多くの謎が解明され、膨大な財宝や遺産が持ち帰られた。


 それでも、ラクシア各地にはまだ数多くの未発見、未探査の遺跡や“魔剣の迷宮”が眠っており、アルフレイム大陸の冒険者たちも、これを日々探しては潜り続けている。巨万の富、秘された知識、未知なる危険の排除、伝説的な魔剣――胸躍り、語り継がれる冒険を求めて。




 ――だが、しかし。




 ギルバート・ダントンが遺跡で探すものは、そのどれでもなかった。


 彼が日々日常の仕事として探しているのは――死体。


 富と栄光、献身と情熱を遺跡に捧げ、志半ばにして力尽きた者たちの亡骸を、彼は命がけで探す。


 そこには称賛される栄華も溢れんばかりの財宝もなく、ときには感謝すらされない――それどころか蔑まれることさえある汚れ仕事――それが、ギルの生業。


 遭難冒険者救出業――通称、“死体回収屋”の仕事だった。




「――というわけで、引退するわ」


 ギルと五年以上組んできた相棒がそう言ったのは、一週間前のことだった。


「引退……?」


「ああ。金もそこそこ貯まったし、結婚することにしたんだ」


 マックバーン――筋肉の塊のような三十男が、デレデレした顔で、幸せそうに言い放つ。


 それは、冒険者ギルド〈ドラゴンファイア〉のギルドホール――その一角にあるダイニングで遅めの昼食を終え、煙草を一服していたときだ。


「結婚……?」


「そう。式は来月な。ちゃんと招待状は送るぜ」


「お、おう……」


 予想外の言葉に、ギルはしばし目を見開く。


 とはいえ、ギルも三十一歳。相棒も三十歳。この時代、結婚するには遅すぎるぐらいだ。むしろ、ギルは結婚なんてものとは生涯縁がないものと諦めていた。


 ところが、同じ仕事を生業とし、同じだけ危険な遺跡で時間を共にし、街に戻ってきては朝まで飲み明かしていた相棒には、いつの間にか将来を誓い合う伴侶ができていたのだ。


 結婚そのものにさほど興味はなかったが……これはこれで、なんとなく世の不条理を感じずにはいられない。


「それで……マック。相手は誰なんだ?」


「ん? やっぱそこは気になるか? ふふふ……聞いて驚け。相手は受付のスージーだ!」


「え……っ、は……?」


 いつの間に――視線をギルドカウンターに向けると、依頼人相手に接客中のスージーが、頬を赤らめて目を逸らすのが見える。


 スージーはまだ二十歳と若く、特別美人ではないが明るく元気で愛嬌があった。密かに彼女を狙っている冒険者は、何人もいると聞いたこともある。


 そして彼女は二人の担当ではなかったものの、ギルドに顔を出せば、必ず挨拶する間柄だ。世間話だって普通にする。


 なのに、ギルはまったく二人の関係に気づいていなかった。そんな自分に、軽く絶望する。


「いや、その……おめでとう、相棒。よかったな。長年の想いが叶って」


「ははは! 先月、あっちから告白してきたんだけどな!」


「…………」


 もうこの話題を続けるのはよそう――ギルは、色々と理不尽な気持ちを煙にして吐き出す。


「……それで、引退した後は、どうするんだ?」


「ギルドで戦士教官をやるよ。これなら定時で仕事も上がれるし、命の危険もないからな」


「まあ、家庭を持つならそのほうがいいな。おまえならいい教官になるよ」


 嫌みではなく、本心からそう思う。スージーから告白されたことでも明白だが、マックバーンは自然と人に好かれる独特の魅力がある。死体探しよりも、そっちのほうが天職だろう。


「それと、俺の後釜なんだが」


「誰か当てがあるのか?」


「ほら、先週空振りで終わった遺跡から、たまたま拾ってきたルーンフォークの死体があっただろ? あの子、無事蘇生に応じてな」


 魔動機文明時代の技術で生みだされた人造人間、ルーンフォーク。


 彼らは限りなく人間に近い体の構造をしており、食事もとれば怪我をしたら赤い血も流す。ただ、明確に人間と違う点は、ジェネレーターと呼ばれる大きなシリンダー型の魔動機から生まれてくることと、生まれたときから死ぬときまで姿が変わらないこと。


 そして死んでも、その身が腐らないことだ。


「……だけど、実力はあるのか?」


「体が安定したタイミングで、手合わせをしてみたよ。戦士としての腕前は、俺と遜色ない感じだ。それに、操霊魔法もわりと使えるし、野伏レンジヤーの心得もある」


「それは……逸材だな」


「だろ」


 いいことをしたとばかりに得意げな顔の元相棒だったが、ギルにはやや心配事があった。


 まず、そのルーンフォークの戦士が、何者かよくわかっていないこと。


 それと、見た目が十代の少女のような姿をしていたことだ。


「残念ながら、生前の記憶はほとんど残ってないらしい。本人も、名前ぐらいしか思い出せない風だったな」


「そうか……」


 まるで頭の中を見透かしたかのような相棒の言葉に、長年の付き合いの深さを改めて感じる。だがその相棒が後釜に据えようとしているのは、氏素性のわからない元死体だ。


「……ルーンフォークは、蘇生の副作用が大きいからな」


「ああ。死ぬ直前から一年分は記憶が飛んじまう。そもそも、蘇生を受け入れたこと自体、奇跡かもしれねぇよ」


 マックバーンの言葉に、ギルも頷く。


 死者を蘇生させることは、さほど難しくはない。だが副作用として魂が穢れ、これが積み重なると不死の怪物アンデツドになってしまうことから、一般的には強く忌避される傾向にある。


 そもそも、一般人の死者の場合、魂が蘇生の魔法を受け入れず、そのまま昇天してしまうことのほうが多いのだ。強い使命感を持った者以外で蘇生することは珍しく、結果として冒険者ぐらいしか蘇生の魔法を受け入れることはない。


 しかし、だからこそ、ギルたちのような死体回収屋の商売が成立しているのだ。


 志半ばで息絶えた冒険者の亡骸を見つけ出しては持ち帰り、蘇生できる操霊術師コンジヤラーのもとへと届ける――それが、彼らの生業だ。


 蘇った冒険者の多くは、感謝の言葉を述べ、謝礼を払ってくれる。冒険者ギルドに登録している冒険者なら、ギルドから依頼されることもあるし、報奨金もちゃんと出る。


 だが中にはギルたちのことを死体漁りのように呼ぶ者もいた。


 そして案外、そういった者は少なくない。


「とはいえ、ルーンフォークの人造の魂は穢れないからな。これまでも、だいたいルーンフォークは蘇生を受け入れてきたもんだが……」


 ギルの言葉に、マックバーンも頷く。


「ただ、人生のほぼ全部の記憶を失ってたケースは珍しいな。生まれてだいたい一年で死んだのか、それとも遺跡の中に長らく放置されてたせいで一年以上の記憶を失ったのか」


「……それで、おまえは俺に、その記憶喪失のルーンフォークと相棒バディになれと?」


「しがらみがなくていいだろ」


 ニッと笑うマックバーンの表情に、悪意はゼロだ。


「……わかったよ、元相棒。あっちも記憶がなくては、生きていくのもままなるまい。しばし様子見もかねて、慈善事業でもするさ」


「さすがギルだ。決断が早い」


 バンッと、マックバーンは肩を叩く。


「これで俺も、安心して引退できるってもんだ」


「安心……ねぇ」


 依頼人相手の接客を終えたスージーのもとへと、マックバーンは笑いながら歩いていく。


 クソッ、せいぜい尻に敷かれて、うるさい孫どもに囲まれて寿命で死ね――などと、その背中に妙な呪いをかけてみる。


「果たして、うまくやれるものなのか……」


 ギルは短くなっていた煙草を一息で吸い切り、もう一本吸おうとシガレットケースを開く。


 そしていま吸い終わったのが最後の一本だったことを思い出して、少し落ち込んだ。

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