第3話『死体回収屋の多忙な日常』③/著:北沢慶
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死体ならなんでも持って帰ってくるもんじゃないな――ギルは迷宮の石壁に体を預け、火種壺の火縄から煙草に火をつける。
「ダントンさんのおかげで助かりました。いやあ、また死ぬかと思いました」
「……笑えない冗談だな」
「え、えへへ……」
紫煙をくゆらすギルに、ルーンフォークの少女は困ったような笑みを浮かべる。
見た目は、十代半ばぐらいの黒髪の少女。前髪は切りそろえてカチューシャで押さえ、長い髪は戦いの邪魔にならないように、後ろでくくられている。銀髪のせいで余計に老け顔に見えるギルと並ぶと、まるで親子のようだ。
だがルーンフォークの年齢は、外見からは想像できない。生まれてすぐ老紳士風の姿をしていることもあるし、幼女のような姿の五十歳もいる。生まれてから死ぬまで、外見が変わらないからだ。
ファーラ・アルマ――それが、彼女の名前だ。そして、それが記憶のほぼすべてと言ってもいい。
生まれがいつなのか。なぜ迷宮の奥底でひとり死んでいたのか。他に仲間はいたのか。何年間死体として転がっていたのか。
すべてがわからない。ただ、彼女を生み出し、名づけた者は、彼女に「人の役に立つことをしなさい」と言って送り出したこと。そして見た目に反して、戦士としてはかなり鍛えられているということだけはわかっている。実際、いま着ている鎧も、背負っている斧槍も、素人に簡単に扱える代物ではない。
それに、彼女は魔術の心得もあった。戦士ほどの練達ではなかったが、操霊魔法の扱いは玄人跣であり、支援としては十分役立つレベルだ。いまも魔化された骨から作られた、犬の骨格標本みたいな
彼女の能力をうまく使いこなせば、ひょっとしたらマックバーンよりもさらに有能な相棒になるかもしれない。だがそのためには、まだまだ乗り越えなければならない課題は多い。
「いいかドンガメ。迷宮内では、目立つ置物とか落ちている物とかに、迂闊に触るな。通路も勝手にひとりで先に進むな。おまえが戦士として有能なのは認めるが、迷宮探索に関しては素人以下だということを自覚しろ」
煙を吐きつつ、念を押す。この上やる気までなくされては困るが、言わなければならないことは言わないと、命に関わる。
だが意外なことに、ファーラはちょっとはにかんでいた。
「どうした?」
「戦士として有能だなんて、照れます」
「……前向きでいいな、おまえは」
「えへ」
本当に褒められたと思ったのだろう。少女は本当に照れたように頬を赤らめた。次の言葉がうまく出ず、ギルは煙草を深く吸う。
「とにかくだ……罠がありそうな場所は、俺の指示に従え。いいな?」
「はいっ、わかりました!」
ピッと踵を合わせて、答える。
「ったく」
遺跡探索をひとりでやるのは、自殺行為だ。ちょっとしたトラブルで立ち往生することもあるし、二人なら簡単なことも、ひとりではできないことは案外多い。
それだけに、冒険者はパーティを組むし、死体回収屋としても、最低限バディを組む。見つけた死体を運び出すのも、ひとりだと実質的に不可能だからだ。
しかしそれも、息の合っているコンビだからこそ、バディとして成立する。何事にも最初はあるが、とにかくギルは不安だった。その不安を最小限度に抑えるために、今回は初級冒険者の遭難救出を請け負ったのだが……どうも調子が狂う。
「――結構、隠し扉の見落としが多いな。救出対象は大胆な性格で、細かいことは気にしないタイプらしい」
ギルは通路の壁に隠し扉を見つけ、そっとその中を覗いてみた。ランタンの明かりをかざしてみると、宝箱らしいものが三つ並んでいる。
「わぁ、お宝ですね! ……回収しないんですか?」
隠し扉を無言で閉じるギルを、ファーラは不思議そうに見る。
「俺たちは遭難者の捜索のためにここに来たんであって、残り物さらいに来たわけじゃない。冒険者の不文律に、“ひとつの遺跡を、同時に探索するべからず”ってのがあってな。先行で潜った冒険者が戻ってくるまで、相手の許可なく探索しないってことになってんだよ」
「なるほど、納得です」
守らないヤツも多いがな――と思いつつ、それはあえて教えない。
「だから、俺たちは遭難した冒険者を探して、連れ帰る以外のことはしない。対象が死んでて、全員蘇生を受け入れなかったり、生きてても心が折れて冒険者を引退したりするときは、遺跡探索の権利を譲ってもらうこともあるけどな」
「それは……ちょっと複雑な気持ちになりますね」
そこでラッキーと思わないところに、ファーラの根っこの部分の性分を見た気がした。
(まあ、最低限の資格はあるってことか……)
ギルはいったん新しい相棒のことは頭から追い出し、遺跡探索に集中することにした。
救出対象は、初級冒険者。冒険者ギルド〈ドラゴンファイア〉で扱っている地図屋から“魔剣の迷宮”の入口の情報を買い、探索を開始。二週間が経過しても帰還しないので、ギルドから遭難冒険者救難のために派遣されてきた。
地図屋の見立て通り、遺跡は初級冒険者でも十分対処できる程度の罠や仕掛けばかりだった。倒された魔物の残骸や死骸からも、大した敵がいないことは明白だ。
対象は初級冒険者といっても、何度か遺跡探索を行っている経験者で、ギルの見立てでも、そう非常識な行動は取っていない。いくつか見落としはあったが、致命的な罠は回避していたし、目立つお宝は無事に回収している。
“魔剣の迷宮”は、魔剣が不条理に作り出すものだから、これといった法則性もない。どんな罠があるか、どんな魔物が潜んでいるか、予測不能だ。しかし対象は、これらにそこそこうまく対応している。少し大胆さが勝る印象だが、素質はあるらしい。
「……おまえにも、もう少し素質があればな。ドンガメ。それともヤガメに改名するか?」
「す、すみませぇん……」
迷宮の最奥部付近と思しき通路で、ギルは大きく嘆息する。
ファーラがうっかり、ギルより一歩先に通路に踏み出した結果、罠のスイッチを踏んでしまい、二人に無数の矢が降り注いだのだ。ファーラはほぼ全弾をその身に受けたが、強固な鎧を貫通できず、ハリネズミのような姿になったものの無傷。一方のギルは、うっかり一発よけ損ね、矢がかすった腕から流血していた。
「あの、怪我の治療を……」
「あとでいい」
壁の中に仕掛けられたクロスボウが、ギリギリと音を立てている。おそらくは機械的に自動装填され、再び仕掛けを踏んだ者を撃つ準備をしているのだろう。もたもたしていたら、もう一回撃たれかねない。
そしてついにたどり着いた最奥部。
「……魔剣も、手に入れてるじゃないか」
そこは、少し広めの部屋だった。
それ以上先に進む通路も扉もなく、床には破壊された魔動機兵の残骸が散らばっている。奥にはひざの高さほどの台座があり、その天板部分には細い切れ目が入っていた。ギルの経験から、ここに“魔剣の迷宮”の主たる魔剣が突き立っていただろうと判断できる。
「なにか問題ですか?」
「いや……対象は、ちゃんと“魔剣の迷宮”を踏破し、最後の守り手であるガーディアンも倒して、魔剣を手に入れている。なのに、未帰還というのは不自然だ」
目的を達成したら、帰ってくるはず。
もちろん帰り道に未発見の罠にかかって死ぬ、なんてこともままあることだが、今回はそうした現場も見つけていない。
「どういうことだ……?」
がらんとした部屋には、戦利品をはぎ取られてバラバラになった、哀れな魔動機兵の残骸が転がっているだけだ。他の部屋はすべて調べて、ここで迷宮は終わっている。主である魔剣が引き抜かれたなら、“魔剣の迷宮”が拡張することもない。そして、捜索対象である冒険者たちが、迷宮を出た痕跡もないのだ。
「まだ見つけてない隠し扉や隠し通路があるんでしょうか」
「……そうかもしれんな」
ギルはボリボリと頭を掻き、その場にドカッと座る。
「どうしたんですか?」
「とりあえず、休憩だ。長丁場になりそうだから、腹ごしらえして、一旦寝る」
「あ、はいっ」
迷宮の最奥部で、魔物はもういないことは確認されている。となれば、安全に休むことも不可能ではない。
ギルは背負い袋を下ろして保存食を取り出し、ささやかな食事の準備を始めた。
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