第4話『死体回収屋の多忙な日常』④/著:北沢慶


「――ダントンさん」


 食事を終え、寝床の準備をしていたら、ファーラが呼び掛けてきた。


「どうした? 見張りの順番なら、さっき決めた通り、俺が先で、おまえが後だぞ」


「あ、それは覚えてます。大丈夫です、はい」


 ファーラは骨のゴーレムに対し、壁際に待機して見張りをするよう命令を下し、ギルを再び振り返る。


「さっきの怪我、大丈夫ですか?」


「ん? ああ、これぐらいかすり傷だ。出血も止まってる」


「一応、診させてください」


 そう言って、ルーンフォークの少女はわりと強引にギルの腕を取った。そして傷口を確認すると、てきぱきと消毒し、傷に効く薬草を丁寧に揉んで、傷口に張り付けると包帯で巻く。以前は元相棒に任せていた役割だが、ひょっとするとマックバーンよりうまいかもしれない。


「すまんな」


「いえいえ、とんでもない! わたしのミスで、しないでいい怪我をなさったんですから!」


「……それもそうか」


「は、はい……」


 ファーラはしゅんっとなるが、すぐに顔を上げる。


「あのっ! ダントンさんって、どうして遭難冒険者救出業を始めたんですか?」


 意外に真正面からの質問に、ギルは一瞬戸惑う。


「なんでそんなことが気になったんだ?」


「だって……ダントンさんがいないと、わたしはまだ、遺跡の奥底で死体のまま転がっていたんでしょう? それに、一緒にお仕事をするなら、興味があります」


「……まあ、大した理由じゃないよ」


 ギルは軽く肩をすくめ、煙草に火をつける。


「案外、おまえと理由は同じかもな」


「わたしと……?」


 不思議そうに首を傾げるルーンフォークを横目に、ギルは紫煙を吐く。


「遺跡の中で、パーティが全滅したんだ。俺以外、全員死んだ。俺だけなんとか脱出に成功したんだが、仲間は死体すら回収できなくてな」


「それで、救出業を……?」


「いや、そのときはまだ、冒険者としてやれるつもりだった。ひとり生き残った俺は、なにか運命に選ばれたんじゃないかと思ってな。ギルドの仲間も同情的だったよ。すぐに次のパーティを組むことができた。だが、また全滅した」


「え……?」


「そのときのパーティリーダーが、仕事の難易度を見誤ったんだ。そのときは俺も死んだ。そして回収された死体の中で、蘇生を受け入れたのは、俺だけだった」


「そんな……」


 ファーラの色白の顔が、さらに青ざめる。


「それからも、新しくパーティを組むたびに、全滅はしないまでも、誰かが死ぬってことが続いた。そのうち、俺には“死神”とか“疫病神”ってあだ名がつくようになってな。気づけば普通にパーティは組めなくなっちまった」


「そんな……ダントンさんのせいじゃないのに……」


「俺のせいだったかどうかは、なんとも言えないが……冒険者ってのは、結構験を担ぐもんでな。最終的に普通の冒険者は廃業して、いまの仕事を始めたのさ」


 思わず、自嘲気味の笑みが浮かぶ。しかしそんな彼を見る少女の表情は、悲しそうだった。


「罪滅ぼし……っていうのもおかしな話だが、遺跡に潜る以外、ほかに能もなくてな。少しでも遺跡で死んだり、朽ち果てるやつが減ればいいと思って、この仕事をやってるってわけだ。感謝されるばかりでもないがね」


「わ、わたしは感謝しています! 生き返ることができましたし、こうやってお役に立てるチャンスもいただきました!」


 率直なファーラの言葉に、ギルは皮肉ではなく笑みを浮かべてしまう。


「役に立つかどうかはこれからだがな」


「は、はい……」


「マックが引退するって聞いたときは驚いたが……一方で、ちょっとほっとした部分もあるんだ。救出業とはいえ、俺と一緒に遺跡潜りをやっていて、生きて幸せを掴んだのはあいつが初めてだからな」


 女に騙されてなけりゃいいが――そう思う一方で、スージーなら大丈夫だろうとも思っている。置いていかれた気分にはなったが、元相棒の幸せは、素直に嬉しい。


「……しゃべりすぎたな。とりあえず、おまえは余計なことはせず、安全に気を配れ。そのためにも、もう寝ろ」


「わかりました」


 ファーラは鎧を脱ぎ、ハルバードを傍らに置いて、毛布に包まった。そして素直というか物怖じしないというのか、すぐにすぅすぅと寝息を立て始める。


「急にデカイ子供ができたみたいな気分だな……」


 改めて煙草を一本取り出し、ギルはそんな感想を抱く自分に苦笑した。





「ダントンさん、大変です!」


 見張りを交代して寝ていたギルは、ファーラのそんな声に叩き起こされた。


「なんだ……? なにが起きた?」


 慣れたもので、すぐに目覚める。


「見てください! ここ、壁じゃなくて通路です!」


「なに……?」


 迷宮の主である魔剣が安置されていた部屋。その一番奥の壁に、ファーラの体が半分めり込んでいた。


「幻影の壁……? 最奥部にか?」


 “魔剣の迷宮”は、魔剣が安置されている部屋が最奥部というのが常識だ。なので、さらにその奥へ続く通路がある可能性は考えていなかった。


「ハウちゃんが突然壁に向かって突進していって、そしたら壁を通り抜けて――」


「ハウちゃん……?」


「あ、わたしのボーンアニマルのことです! で、壁の向こうに怪物がいたから、そっちに反応したみたいで――」


「なんだと!?」


 ゴーレムは魔法の力で周囲を認知しており、幻覚などにごまかされない。なので、幻影の壁に隠された通路も見えていたし、そこに魔物が近づいたことで、警戒行動に出たのだろう。


「敵は何体だ!?」


「はい。大きいのが一体でしたが、やっつけました!」


 そう告げる少女の顔半分は、自分のものか返り血か、真っ赤に染まっている。


「倒しただと……!?」


 ファーラが体を半分露出させている幻影の壁の中に入ると、短い通路の先は天然洞窟のような空間になっており、そこに太さが一抱えはありそうな大蛇が伸びていた。ギルも見たことがない魔物で、その大きさからもかなりの強敵だろうと想像できる。


「おまえ……ひとりで戦う馬鹿がいるか! なぜすぐに俺を起こさなかった!?」


「す、すみませんっ、必死に呼んだんですけど、この幻影の壁、視線だけじゃなくて音も遮ってるみたいで、ぜんぜん聞こえないんです……」


「なんだと……?」


 幻影の壁の境界に立ち、頭を出しているのとは反対側にガメル銀貨を床に落としてみる。が、確かに、音はまったく聞こえない。


「いいか……こういう怪しい壁はな、通る前に俺を起こせ」


「でも、よくお休みだったので、申し訳なくて――」


「非常事態にそんな気を使うな!」


「す、すみません!」


 縮み上がる少女を尻目に、ギルは洞窟状の迷宮へと足を踏み入れる。哀れなボーンアニマルは大蛇に破壊されてバラバラになっており、戦いの激しさが見て取れる。だがマックバーンが推薦しただけあってか、ファーラ自身の手傷は軽微のようだ。そこは、素直に感心する。


「こいつは……別の“魔剣の迷宮”だな」


 ポーチから出した魔法の回復薬ヒーリングポーシヨンをファーラに手渡しつつ、ギルはランタンをかざして迷宮の様子を値踏みする。天然の洞窟のようだが、不自然に作り物くさい。そして熟練回収屋の鋭い目は、ファーラのものとは異なる足跡を見つけていた。


「欲をかいて、奥へ進んだのか……」


 ファーラが倒した大蛇を見ても、明らかに迷宮の難易度が違う。初級冒険者が挑んで、無事とは思えない。


 ギルはファーラが薬で傷を治すのを待つ間、大蛇の腹を裂いて中身を調べる。だが、幸い対象の冒険者たちの一部は発見されなかった。となると、まだ生きている可能性はある。


「生きててくれれば、運んで帰る手間も省けるし、報奨金もそっちのほうが多いんだが……」


 最初に遭遇した魔物がこれでは、それも望み薄だろうと考える。となれば、この危険な迷宮で、初級冒険者の死体を発見、回収しなければならない。


「さっきの大蛇に追われて、逃げたのか……?」


 足跡は、奥へとまっすぐに進んでいる。ギルとファーラは、慎重に、かつ迅速に天然洞窟風の迷宮深部へ踏み込んでゆく。そして、急に石畳が敷かれた広い空洞に出たとき。


「ダントンさん! あそこに剣が落ちてます!」


 ファーラが暗闇の中を指さし、飛び出す。


 ルーンフォークは暗視の能力を持ち、暗闇の中でも昼間と同じようにものを見ることができる。ランタンや魔法の明かりの範囲外を見ることができない人間のギルにはできない芸当だ。だがそれだけに、ギルも対応が遅れた。


「迂闊に飛び出すなって言っただろ――」


 石畳に飛び出したファーラは、すぐに何かの気配を察して、天井方向へ視線を向けた。しかし次の瞬間、足許の石畳がパカンと開き、その中へと滑り落ちる。下の階へと強制的に落とす、シュートの罠だ。


「きゃああっ」


「馬鹿野郎っ、だから――」


 助けに飛び出し、そこでギルはファーラがなにに気を取られたかに気づいた。


 高い天然洞窟状の天井。そこには、前肢から後肢にかけて皮膜状の翼を持つ、巨大なトカゲのような怪物がいたのだ。そしてそいつは、罠にかかった獲物を狙うように、静かに飛び降りてくる。


「ダントンさん……っ」


「落ちてないなら自力でどうにかしてくれ!」


 横目で見れば、ファーラは間一髪、長いハルバードを穴に引っ掛け、鉄棒のようにしてぶら下がっていた。だが怪物は長いくちばしのような口を持っている。そこを啄まれたらどうしようもない。


 だからギルは、腰から銀色の球体――小型のマギスフィアを取り、起動語コマンドワードを告げて投げつける。


「マギスフィア起動! 弾けろ、炸裂弾グレネード!」


 正確に飛んだ銀色の球体が空中で炸裂。爆炎が迷宮を赤く照らし出し、巨獣の全身を焼き焦がす。だがその一撃で倒されてくれるほど、こいつは柔な相手ではなかった。


「お前の相手はこっちだよ!」


 二本の長剣を引き抜き、急降下してくる翼竜を迎え撃つ。


「ギアアッ!!」


 怪物は怒り狂い、攻撃の矛先をギルへと向ける。石畳に飛び降りた怪物は、大きく尻尾を振るって侵入者を薙ぎ払った。だが練達の剣士フエンサーであるギルは、それをなんなくよけてみせる。


「デカイな、こいつ……ッ」


 巧みに剣を振るい、皮膜状の翼を斬り裂く。本来ならば直接頭を狙いたいところだが、大きな体を持つ怪物の急所は、そう簡単に狙えそうもなかった。


「ダントンさん!」


「なんだドンガメ!? 早く脱出しろ! こいつをひとりで相手するのは結構キツイ!」


 怪物は口から猛烈な風を吐き出し、ギルに叩きつけてくる。いくら素早い身のこなしを誇る彼でも、こればかりは避けようがない。


「くそ……ッ」


「ダントンさん!」


「だからなんだ!」


「このシュートの底に、対象の冒険者がいます!」


「だから…………なんだと?」


 まさに怪我の功名。しかも暗闇を見通せるルーンフォークだからこそ、穴の底にいる冒険者たちを見つけられたのだ。これを幸運と見るかは微妙な気分だったが、対象が見つかったこと自体は悪くない。


「生きてるのか!?」


「衰弱してるみたいですけど、動いてます!」


「上等だ! 名前を呼びかけろ! それからさっさとそこから抜け出して、こっちを手伝え! 俺の魔物知識の中にこいつの名前はねぇが、二人なら倒せそうだ!」


「はいっ! ヘンリーさん、ルテナスさん、無事ですか!? セレンさん、大丈夫ですか!?」


 ファーラの呼びかけに、か細い返事が返ってくる。


「怪物から逃げるのに、わざとシュートへ飛び込んだってわけか」


 そして目印に剣を置いていったのだろう。ギリギリの状況で、なかなか機転が利く連中らしい。もっとも、それならそうなる前に、さっさと引き返しておいてほしかったが。


「名も知らない怪物さんよ……魔剣に召喚されちまったのには同情するが、こっちも生きて帰るのが仕事でね!」


 ギルは二本の剣を巧みに操り、着実に手傷を負わせていく。それはときに深手を負わせ、巨獣を激痛に吠えさせた。だが、被膜の翼で飛び回る動きは厄介な上、どうしても口から放たれる突風だけは避けきれず、体力をごっそり奪われる。


「操、第二階位の快。地精、治癒ザス・ゼガ・ロ・オン。グラド・イーア――地快アルスメディカ!! やあああッ!!」


 そんなとき、呪文の声が響き、ギルの傷が治っていく。と同時に、ハルバードの一撃が巨獣の被膜の翼を突き破り、引き裂いていた。怪物は絶叫し、石畳に墜落して悶絶する。


「大丈夫ですか、ダントンさん!?」


「遅い!」


「す、すみません……っ」


「……だが助かったぜ、相棒」


「はわっ、相棒!?」


「うるさい、さっさと殴れ! 攻撃の手を休めるな!」


「は、はいいっ」


 怒鳴られ、ファーラは地に落ちた翼竜へと吶喊していく。


 ギルひとりでは厳しい相手だった。だが二人なら、なんということはない。ギルが囮になり、その隙を突いてファーラがハルバードを振るい、怪我を負えば互いに魔法で癒す。


「ダントンさんっ、なんだか勝てそうですね!」


「油断するな! それと……ギルでいい」


「えっ!?」


「前見ろ前!」


「は、はいっ、ええと……ギルさブッ!? ……負けない!」


 ファーラは巨獣の尻尾の直撃を受け、鼻血を噴きながらも突進していく。


「集中を切らすな! さっさと倒して、対象を助け出すぞ。抜かるな!」


「がんばります!」


 新しい相棒の背中は、見ていて危なっかしい。


 だが悪くはないかもな――そんなことを考えつつ、ギルは鋭く剣を振るう。


「全員生還させて、帰ったらあいつらの金で祝杯だ」


「楽しみです!」


 その言葉と共に、ファーラのハルバードが、巨獣の頭蓋を砕いていた。


〈了〉

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