第5話『コカトリスの丸焼き』①/著:ベーテ・有理・黒崎


 かすかに、肉の焼ける匂いがした。


 蛮族との戦いの後、死体が不死者にならないよう焼き払うような、不快な臭いではない。きちんと調理として肉を焼く特有の芳しい香り。アタシと相棒でちんけな依頼を無事達成してから三日。帰りの列車代をケチり、靴底の様に硬い干し肉をしがみながらてくてくと草原を歩いてきた。そこへ、この匂い……


 無性に――腹が減る。


「おい」


 相棒のファルクに目をやる。草原を駆ける風がつば広の帽子をはためかせ、普段は見えない額の刺青のような痣が露わになっていた。


 肉の焼ける匂いが強まる。


「くっくっくっく……」


 ファルクが笑う。


「なんだよ」


 問いに、ファルクは口元を歪めたまま、楽しそうに答える。


「腹が鳴ってるぞ」


「ばっ!? 馬鹿野郎!」


 顔に血がものすごい勢いで上ってくる。同時に、腹の虫が盛大な鳴き声をあげた。


「はっはっはっはっは!」


「このっ! このっ!」


 もはや押し殺そうともせずに大笑いするファルクの足に、蹴りをお見舞いする。


「おいおい。やめろよ。痛いじゃないか」


「うるさい。いい気味だ」


 実際のところ、ファルクは金属の脚冑グリーヴスを着ている。本気で蹴ればこっちの足の方が痛い。だから、痛いわけがないんだが、それでも彼はそう言ってくれる。他人の生理現象を笑ったことへの、彼なりの誠意なんだろう。


「それよりわかるか? 肉の匂いだ。肉を焼いてる、匂いだ」


「流石は獣の鼻だな。俺には微かにしかわからない」


「リカントの嗅覚は他の人族と大差ない。それに犬系ならともかく、こちとらヤマネコだぞ」


「すまんすまん。流石は腹ペコ猫の鼻だな、と言うべきだったか」


「このお!」


 また蹴る。大げさに痛がるファルク。今度はこっちの足もちょっと痛い。


「で、どうする?」


「どうする……と言われてもな」


 ファルクは肩をすくめる。


「お前はどうしたいんだ」


「どうしたいって……肉だぞ? 焼きたての肉なんざ、何日も喰ってない。ちょっと分けてもらえないか聞きに行くのが普通だろう。自明だ」


「自明とまで言うか」苦笑を噛み殺すのに失敗しながら、ファルクは頷いた。「ならそうなんだろう。自慢の鼻で場所はわかるか?」


 こいつは、また蹴られたいんだろうか?


「こっちだ。ついてこい」


 匂いと風を頼りに先導する。これは狩人――そして野伏レンジヤーとしての訓練のたまものであり、決して種族的な特性でも、腹ペコキャラな訳でもない。


 左程行かない内に、遠くに炊事のものらしき煙と人影が見えてきた。元々ここは草原。遮蔽物が少ないのもある。


 そいつは、小さな岩の近くに焚き火を作り、ちろちろと燃える熾火の上で大きな塊を貫いた棒を二本、ゆっくりぐるぐると回していた。料理をしているのは、最初は子供かと思ったが、近づいていくにつれ単に身長が低いのだと理解する。あんなみごとなヒゲを生やした子供がいるわけない。


 ドワーフだ。


 しかし、なんでまたこんなところでドワーフが肉を回転焼きスピツトローストしてるんだ? 先程まで肉の匂いで抑圧されていた不信感が、この光景を前に、樽から注がれたエールの泡のように湧き上がってくる。


 念のため、左手を腰のえびらの矢に添える。後ろでファルクがさりげなくポールメイスの重心を変えるのがわかった。


 こういう時、どう声をかければいいんだろう? ええい。ままよ。


「おおい、ドワーフの旦那」


 スピットを回す速度を一切緩めず、ドワーフの顔がこちらに向く。ウェーブがかった豊かな髪とヒゲは根本のオレンジ色から毛先の紅まで、まるで燃え上がるようなグラデーションを見せており、その顔はまるで火球のようだ。鼻は大きく、丸く、日に焼けて赤い。ぼさぼさの眉の奥で、小さくつぶらな青い瞳が、楽しそうに笑っていた。


「やあ」


 豊かなバリトンでドワーフは応じた。


「やあやあ。こんなところで通行人とは珍しい。しかも、若い男女とはのう」


 ドワーフの言葉と視線に、少し顔をしかめてしまう。ファルクと二人で旅をしていると、時折こういう言い方をする者がいる。本人に悪気はないんだろうが、アタシは男の添え物として見られるのにどうも慣れない。アタシの故郷だと、ファルクの方が添え物扱いだ。その方がいいってわけじゃなく、単に慣れないってだけ。


「アタシはリュクス。元狩人で、現冒険者」無意識にタン、と尻尾で地面を叩きながら宣言し、アタシは親指で背後を指した。「こいつはファルク。アタシの相棒だ。男にしては悪くない戦士で、操霊魔法もできる。あと、物知りでもあるぞ」


「ファルク・ドラウンドだ」


「なるほどのう」


 ドワーフはスピットを回しながら頷いた。汗が額から鼻先へとつたい、ぽたりと落ちる。


「ワシはグンナー。グンナー・トーラヴソン。見ての通り料理人だ」


「そうか」


 アタシは頷き、スピットに突き刺さり美味そうに炙られている二つの肉塊を指差した。


「じゃあ聞きたいんだが、ソレはなんだ?」


 じゅうじゅうと脂が焼ける音をたてているソレらは、片方の肉塊は豚の前半身から、鶏の後半身が生えており、もう片方は鶏の前半身から豚の後半身が生えていた。


「ああ、これかね?」


 グンナー・トーラヴソンは悪戯小僧のような笑みを浮かべ、宣言した。


「コカトリスの丸焼きじゃよ」

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