第6話『コカトリスの丸焼き』②/著:ベーテ・有理・黒崎


「コカトリスの丸焼きぃ!?」


 アタシとファルクは、思わず異口同音にその言葉を発していた。


「ファルク。おいおいファルク。コカトリスってこんなバケモンみたいな姿してんのか?」


「いや。俺も図鑑でしか見たことないが、人間の身長を優に超す体高と爬虫類らしき足と尻尾を持った鶏のはずだ。半鶏半豚なんて話聞いたことがない」


「グワッハッハッハッハッハ!」


 アタシ達の反応に気をよくしたのか、大笑いしながらグンナーはスピットを回していた手を、おもむろに止めた。


「そろそろじゃな。それ! よっとっほ――」


 グンナーの両腕の筋肉が盛り上がり、“コカトリスの丸焼き”ごと火から取り上げ、「よっこらせっ――」と、近くに用意してあった巨大な木の板に置き、慎重にスピットを抜いていく。肉汁があふれ、得も言われぬ香が鼻孔をくすぐる。


 また、盛大に腹が鳴った。


「ガッハッハ! 美味そうじゃろう。だが、すまんがまだじゃ。切り分ける前に肉を少し休めんといかん」


「いや、それはいいんだが……」ファルクが苦笑しながら言う。「それより、実際のところ、それはなんなんだ?」


「“コカトリスの丸焼き”はあくまでも料理名じゃよ」グンナーは肉の様子を確かめながら続ける。「宮廷に出す料理――特に宴において“メインディッシュ“として提供される料理には、しばしば参加者に驚きとセンス・オブ・ワンダーが求められる。そのために、料理人達は奇想天外な料理を生み出すのに余念がなくてのう。生きた鳥をパイの中に仕込んだり、丸焼きにした孔雀の羽を付け直し、口から炎を吐かせたり……コレもそんなモノのひとつよ」


 開いた口がふさがらなかった。


 なんだか、それらの行為がとても冒涜的に感じられて――


「これ自体の作り方はまあ、比較的簡単な方でな。子豚と去勢鶏を丸ごと下茹でした後に二つに切り、繋ぎ合わせるだけじゃ。繋ぎ目をなるべく目立たなくするのが腕の見せ所よ」


「だが」とファルクはおずおずと聞いた。「なんで豚と鶏でコカトリスなんだ?」


「うむ。この料理、元々はコカグリスと言ってな。古語でコカは鶏、グリスは子豚を意味する。なんでその二つを繋ぎ合わせようと思い至ったかはわからんが、恐らくはある日思いついてしまったんじゃろ。で、コカグリスが訛っていつの間にかコカトリスと呼ばれるようになったんじゃ。本来、幻獣コカトリスは関係ない」


「なんか……なんだろう……肉に……お前の話には、肉を提供した獣の死に対して敬意を感じない……アタシは、不快だ」


 絞り出すようなアタシの言葉に、グンナーは少し悲しそうに頷いた。


「その気持ちはわからなくもない。確かに、そう見えるかもしれん。ワシは常に食材に対して敬意を持ち、美味くなるように苦心しておるつもりじゃが、子豚の丸焼きと去勢鶏の丸焼きを同時に提供すればよいだけで、繋ぎ合わせる必要はない。むしろその方が両方に合った焼き加減や、味付けにできるとすら言えるかもしれん。所詮、切り分ければ豚と鶏と詰め物に過ぎんしな」


 革のエプロンから取り出した長細い包丁と大きなフォークで“コカトリス”を切り分けながら語られるグンナーの言葉に、アタシは首をかしげる。


「じゃあなんでそんな無駄なことをするんだ?」


「よいかね。無駄というのは余剰だ。余剰があるというのは、豊かな証拠なのだ。そこに意味を求めてしまえば効率の名の元に豊かさは悪徳に堕す。大事なのは意味でなく意図じゃ。まず目で驚かせ、次に味で楽しませる。ショックとセンセーションの融合こそが、こういった料理の意図じゃな。最近は前者を優先し過ぎて後者がおざなりな者も多いが……」


「おい。とりあえず喰ってみようぜ」ファルクが言った。「冒涜的だろうがなんだろうが、調理された食材に罪はねえだろ。喰ってやらねえともったいねえ」


「む。ぬ。しかしだな――」その瞬間、今までで一番盛大に、腹の虫が雄叫びをあげた。ファルクは笑いを噛み殺し、グンナーは笑みを浮かべて木皿に盛られた肉を差し出す。「ほれ。食べなされ」


 アタシは、顔が真っ赤なのを自覚しながら、黙って木皿を受け取った。


 木皿の上には分厚い豚肉と鶏肉の切り身、そしてその横に黒い崩れた塊のようなものがあった。微かに血の匂いがし、指でつつくとしっとりとしていながらほろほろと崩れる。


 レバーのミンチ?


「横のこれはなんだ?」


「詰め物じゃ。炙る時にコカトリスの腹に詰めておった。レシピは幾つかあるんじゃが、今回はワシが一番気に入っておる“セルフファルズ”を作った。意味は“自身の詰め物”といったところかの。新鮮な豚のレバーをミンチにし、鶏卵、塩コショウに砂糖、クローブ、干しブドウ、砕いた松の実を混ぜておる。これを豚ミンチと混ぜ肉団子状にし、サフランと鴨の卵の黄身で色をつけて焼けば“金メッキの林檎ポム・ドリス”という料理になるんじゃ。余ったらそっちに使えるんで経済的と言えるかものう」


 グンナーがウィンクする。アタシは「なるほど」と言って、豚肉を一切れとって、口に入れた。絶妙な塩味。豚本来の甘み。溢れ出る肉汁が顎をつたう。煙の匂い。ハーブの香り。皮はカリカリに焼き上がり食感に変化を与える。表面に塗られているのはサフラン、黄身、ショウガ……そして少量の苦みが味に深みを与えているこれは……?


「表面に塗ったタレにはパセリの汁を少量混ぜておる」アタシの表情を読んだのか、グンナーが解説する。「美味いか?」


 アタシは答えず鶏肉にかぶりついた。それこそが、最も雄弁な答えだった。



・・・



 結論から言えば、後にはなにも残らなかった。


 アタシとファルクは骨を砕いて中の髄を啜りさえした。


「なんか、色々言ってすまなかったな。美味かったよ。本当に」


 アタシの言葉に、グンナーは軽く手を振って「気にすることはない」と笑い飛ばした。「あれだけ見事に食べられてしまっては、文句を言う気にもなれんわい」


「ところでグンナーさん」ファルクが、骨の欠片を楊枝替わりにしながらたずねた。「“コカトリスの丸焼き”とやらがなにかはわかったし、喰ったこともないような美味いメシを馳走になって感謝してるんだが……腹がくちくなって、改めて考えたらなんでまたこんな草原の片隅で宮廷料理を作ってたのかが謎過ぎて……よかったら聞かせて欲しいんだが」


「ふむ」グンナーは思案げにヒゲを撫でつけた。「ワシはアミード・トゥバン陛下に仕える宮廷料理人じゃった」


 アミード・トゥバン。このフィノア大草原に点在する都市や村を統べるマグノア草原国の王にして、稀代の美食家グルマン。規格外の肥満体でもあるらしく、馬に乗ることもできないため、“馬にも乗れぬ”アミードとして知られている。


 幾人もの優秀な料理人を雇い、切磋琢磨させているという話も聞く。これだけ美味い飯を作るのだ。むしろ納得の出自だろう。


「コカトリスの丸焼きはワシの得意料理じゃ。今まで何体も焼き上げてきた。陛下にも好評でのう。まあ、言うてはなんだが順風満帆じゃった」


「だろうな」納得いく話だ。「でも、ならここでこうしてるのはなんなんだ?」


「啓示じゃ」


「「はあ?」」


 アタシとファルクは、思わず異口同音に困惑の声を上げた。


「あの頃、ワシはスランプ状態にあった。料理自体は普通にできる。今までと比べて質が下がったわけでもない。じゃが、そこに創造性というか、情熱が感じられなくなってしもうておった。そんなある日、神の声を聞いたのじゃ」


「あんた、神官だったのか」


 ファルクの声からは、親しいアタシ以外なら聞き逃しかねない微かな警戒心がにじみ出ていた。忌み子ナイトメアとして生まれた彼は、子供の頃司祭相手に嫌な経験があるらしい。詳細は知らないが、そのこともあって彼は神官の類を敬遠する傾向がある。


「“食福神”ミィルズを信仰しておる。最初に神の声を聞いたのは随分昔でなあ」


 ファルクの様子に気づかず(もしくは敢えて無視して)、グンナーが続けた。“食福神”ミィルズは世界で初めて“料理”を行ったという大神メジヤーゴツドだ。料理を通じて人と人の絆を繋ぐ神――なるほど、グンナーにぴったりだ。


「神の声は言った」少し、恍惚とした表情を浮かべながらグンナーは言った。「『情熱を燃え上がらせよ。今、一番作ってみたい料理を作るべし』と」


「それでコカトリスの丸焼きか?」


「いかにも」グンナー・トーラヴソンは笑みを浮かべ頷いた。「ワシはな、ずっと思っておったのよ。――本物のコカトリスを丸焼きにしたらどんな味がするのか? とな」


「そう来たか!」忌避感が消え、ファルクの顔に笑みが浮かんだ。「アンタ、大馬鹿だな」


「いかにもいかにも」我が意を得たりとばかりに、グンナーは頷く。「この十年、ワシは大人しゅうこなれた料理ばかり作り続けて、自分に挑戦を課すことを怠っておった。賢く料理してたんじゃな。宮廷料理人としては正しいかもしれんが、その結果摩耗しては意味がない。じゃから、馬鹿に成りに来たのじゃよ。先程の“コカトリス”は、味の再確認のためという意味合いが強い。期せずして、腹を減らした者達に食べてもらうことができた。僥倖じゃな」


「しかしアンタ、単身コカトリスと戦って勝てるだけの技量はあんのか?」ファルクの言葉使いが砕けてきている。今ので気を許したか。


「動物と比べて幻獣を狩るのは難しい。やつらは賢いからな」


 アタシの言葉に、ファルクが頷く。


「幻獣の中じゃあ比較的賢くない方ではあるけどな。それでも妖魔程度には知恵が回る。加えて素早い攻撃と石化の力……戦えるのか?」


「いや――」グンナーはヒゲをしごき、顔をしかめる。「ワシに戦う力はない。そも、ワシは冒険者じゃのうて料理人じゃ。見習いに拳骨の雨を降らしたり、たまに喧嘩したりする程度で、ちゃんと戦った経験はない。神聖魔法は、一応石化を癒やす程度には使えるがのう」


「アンタ、なんで冒険者か傭兵雇ってこなかったんだ。そんなんでコカトリスを相手取るとか、自殺行為以外なにものでもねえぞ。草原国の宮廷料理人だったんなら、金銭は問題にならねえだろうに」


「わかっとる。わかっとるんじゃが……」ファルクの問いにグンナーは悪戯がバレた少年のように控えめな笑みを浮かべた。「これは、あくまでワシ個人の酔狂じゃ。100%ワシの為にやることじゃ。赤の他人を巻き込むのはどうも気がひけてのう」


「アンタ、死ぬぜ?」グンナーの目を正面から見据え、ファルクは断言した。


「死ぬるともよい。これ以上、同じことを繰り返す閉塞感の中、生きながら死していくくらいならば……」


「アンタ、ホント馬鹿だよ」


 困ったような笑みを浮かべて、ファルクは嘆息するように言った。


「王様はなんて言ってたんだ?」


 アタシは聞いてみた。


「『確かに、技術的には円熟しておれど、そちの料理からかつての輝きを感じぬようになっておった。よろしい。行くがよい。それがお前の輝きを取り戻す道ならば。余も、本当のコカトリスの味は気になるしの』と、笑って送り出してくれた。コカトリスを狩るために兵を貸してくれるとのことじゃったが、極めて個人的な理由で辞めるというのに、そこまで世話になれぬと固辞した。食材を運ぶための馬車は貰ったがの!」


 そう言って、グンナーは声を上げて笑った。


「そうか……」


 ファルクの声は、少し悲しそうだった。神官だというのに、この頑固でおかしなドワーフの料理人が気に入ったのだろう。手伝いたいが、彼の意思も尊重したいってところだろうか。まったく、男ってのは無駄に頭が固い。


「他人じゃなきゃいいんだろ」


「「?」」


 二人が、怪訝な表情でこちらを見る。


「だから、他人じゃなきゃいいんだろ。他人なら巻き込めないけど、友達なら手伝わない理由がない」


 アタシの言いたいことをようやく理解したのか、ファルクは笑みを浮かべ、グンナーは狼狽した表情を浮かべた。


「いや、しかし、そんなわけには……」


「ミィルズの教えだと、一緒に食卓を囲んだら友達だろ」


「いや、確かにそう言えぬことはないが、しかし……」


「諦めろ、兄弟」満面の笑みを浮かべ、ファルクが言い放った。


「こうなったら俺もこいつも、無理矢理にでも手伝うぞ」


「美味い飯と焚き火の恩もあるしな。冒険者は義理堅いんだ」


「そうじゃないのもいるが、俺達は義理堅い冒険者だ。しかも、そこそこ優秀な方だと自負しているぜ」


 グンナーはしばらくああだこうだと唸っていたが――


「食事を共にせし同胞よ、汝らの助力を歓迎しよう」


 神官らしく、そう厳かに言い、そして砕けた口調に戻った。


「しかし、おぬしら、ワシに負けぬ酔狂ぶりじゃな! ああ、それで報酬はどれほど払おうかの? 生きて帰れれば、それなりに蓄えはあるが」


「ダチから金は取らねえ」


「報酬はコカトリスの肉でいい」


「なんじゃなんじゃ!」豪快な笑い声をあげながら、グンナーは言った。「おぬしら、ワシのことを笑えぬ大馬鹿じゃ!」


「うるせえぞ兄弟。そんなこと――当たり前だろうが!」


「そういうことだよ」


 ファルクとアタシは、笑みを浮かべて右の拳を握った。それを見て、グンナーはやれやれとでも言わんばかりに首を振り、満面の笑みを浮かべて拳を握った。


 ゴツン!


 焚き火を背景に、三つの拳が合わさる。


 炎に照らされた顔は、みんな、馬鹿みたいに笑っていた。

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