第7話『コカトリスの丸焼き』③/著:ベーテ・有理・黒崎



 三人の馬鹿が、馬鹿な取り決めを交わした翌日。コカトリス狩りが始まった。


 グンナーには一応、コカトリスを捕まえるための作戦があった。とはいえ、それはキャンプから少し離れた場所に大きな落とし穴を掘り、木杭を敷き詰め、そこに落とすというもので、実際落とし穴の大きさや杭の配置などは素人が作ったものにしては意外と出来がよかったのだが――


「コカトリスは飛べるぞ」


「なにぃ!? 身体はデカい鶏じゃろ?」


「でも飛べるんだよ。幻獣ってのは理不尽なんだ」


 ファルクのその言葉で、落とし穴案は却下された。


「折角頑張ったんじゃがなあ……」


 あまりにグンナーが悲しそうだったので、狩人の技術を駆使して、落とし穴を更にわかり難くしてあげた。


「コカトリスは無理でも、これでなにか捕まえられるだろ」


「ん。む。ありがとう?」


「礼には及ばないよ」


 なぜか流れる微妙な空気を和らげるためか、ファルクがことさら大きな声で、かなり基本的な質問を今更ながら発した。


「そもそも、この辺りにコカトリスいんのか?」


「それ聞いちゃうんだ……」


「おるよ」とグンナーは断言。「おらねばそもそもここに仕掛けんわい。そこの灌木を見よ」


 グンナーの指差す先には、奇妙な形の黄色い花を咲かせる小低木が群生していた。同時に、山椒に甘い果実を足したかのような、独特な芳香に気づく。


「ルーか」


 ハーブの一種。通経、鎮痙、駆虫などの効用がある他、目によいとされている。後者に関しては野伏の師匠は疑問視していたが。


「いかにも」グンナーは頷いた。「ルー。別名をヘンルーダという」


「それがどうし――」


「そうか! この辺りにはヘンルーダが生えるのか!」


 アタシの言葉を遮り、ファルクが大声をあげる。


「ルーが生えてるからってなんなのさ」


「コカトリスはな、ヘンルーダを喰うんだよ。というか、他のものが喰えないんだ。嘴で触れたものは大体石になっちまうからな。ヘンルーダだけがその例外なんだよ」


「へえ。知らなかった」


 アタシは素直に感心していた。薬草の類については一通り知っていたつもりだったし、師匠もルーについては教えてくれたが、そんなことは初耳だったから。


「正確に言うなら、これは一般的なヘンルーダコモンルーとは少し違う種でな。花の見た目に差はなく、よく見ると葉に細かな青い斑点があるかどうかで見分ける。名は俗にコカトリス・ルーと言って、コカトリスはこれしか食べることができん。おかげでこれを食せばコカトリスの石化に耐えられるという者もおるが、眉唾らしいという話もよう聞く。そこそこ珍しい植物じゃから、これがあるということはコカトリスがこの辺りに棲息しておる可能性が高い証左になる。特に、食べられておる形跡があるからのう」


「本当だ」


 ルーを調べると、明らかに食べられた形跡があった。更には――


「足跡があるね。二足歩行の、大きな爬虫類っぽい足跡だ。尻尾を擦った痕跡もある」


「十中八九コカトリスだな」


 ファルクの声には、興奮の色が滲んでいた。


「素晴らしい。ワシにはヘンルーダの見分けや、花が喰われておることしかわからなんだ」


 こちらの興奮は明らかだ。


「とりあえず、足跡を辿ってみようか」


 アタシの提案に、グンナーは一も二もなく頷いた。



・・・



 コカトリスの足跡を追うのは、案外難しかった。


 なにせ、ファルクが言っていたように、コカトリスは飛ぶのだ。鶏の癖に!


 おかげで、足跡は頻繁に途切れ、追えなくなる。


 だが、一度コカトリスのことを念頭に入れて周囲を観察していると、そこらかしこに石化した草や小動物などをみつけることができた。


 コカトリス・ルーの群生地もいくつか発見し、それらにもやはり定期的に食べられている形跡があった。


 半日程探索を続けた結果、今現在の居所はともかく、コカトリスの活動範囲は大よそ絞られたと見ていいだろうというところまで、なんとか来ることができた。


「これで、ある程度は場所が絞られるかな。結局、そこそこ広いエリアではあるけどさ」


「一日の成果としては上出来じゃないか?」


「否! 否! 素晴らしい。やはりプロは違うのう。こんなことなら最初から冒険者を雇っておけばよかったかもしれん」


 グンナーの言葉に、アタシ達は苦笑する。


「そうしたらアタシ達と組むこともなかったわけだ」


「宮廷料理を喰う機会もなかったわけだな」


「ふはっ! すまんすまん!」と、グンナーは笑いながら謝罪した。「物事は、なるようになるということよな。これもミィルズ様のお導きであろうか」


「さあ、どうだろうな」


 グンナーの言葉に、ファルクは微苦笑を浮かべる。


 探索を再開したアタシ達は、「念のために」というファルクの勧めで、半信半疑ながらも、万が一コカトリスに奇襲された場合に備えてルーを食べてみることにした。


 正直、香りがキツイ。胃の中から薫り続ける。


「薬用、もしくは香りづけに使うモンじゃからなあ」


 というのは、グンナーの言。


 アタシとしては、鼻が利かなくなったのが辛い。嗅覚がなくなったわけじゃないんだが、常にルーの香りが被さる感じがして、どうにも落ち着かない。


 このままでは探索に支障が出ると、帰路につこうとしたその時、首筋にひやりとした感覚を覚えた。


 しかし、むせ返るようなルーの香りが、それをあやふやにする。




 バサリ――




「危ねえ!」




 慌てて上を向くと、目の前にそれが居た。


 人間を見降ろすほどの巨体。大きく広げられた翼。胴体の羽は黄色がかっており、頭部は血のように赤い。目が熾火のように爛々と輝いている。




 ケェェェエエ!!




 身がすくむ。身動きが取れない。


 世界がゆっくりと動いているように感じられた。


 緩慢な動作で、コカトリスが天を仰ぎ、嘴を振り下ろさんとしている。


 だが、なによりも、自分が死ぬ程遅い。


 死ぬ――




「走れリュクス!」




 信じられない速さで、ファルクがアタシとコカトリスの間に割り込む。


「ぐああああ!」


 一発、二発、雷のような素早さで繰り出された嘴が、ファルクの鎧を貫いた――

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