第十一章 弱キャラ拓哉くん Lv.1
京都旅行から帰宅した俺は迷っていた。
そもそも旅行に行くことになったのは、自分が義妹だと優鈴葉が感付き始めたからだ。別にやましいことがあるわけではないが、気分の良い事でもない。お袋曰く成人したら教えるつもりらしい。それならそうで何ら問題は無いのだが、先日のお袋との会話を聞かれてしまったようだ。
まずい。非常にまずい。
優鈴葉が確信を持ってしまい俺が実兄ではないと知れば俺を嫌うかもしれない。それだけは困る。本当に困る。
気を逸らさせる旅行に誘ったのだが、旅先では香澄とのアバンチュールがバレてしまった。理解は得られたものの懸念要素はたくさんある。
こういう時、俺が頼れる人は一人。香澄しかいない。人に話せば少しは楽になるだろうと思いついてから早三週間。
気付いたら年が明けていた。話そうと思っていたことや、やらなければならないことは一つも成し遂げれなかった。これはヤバい。マジヤバい。
仕事が全て終わっていたのがせめてもの救いだった。クリスマスイブに香澄と共に参戦した忘年会についてなんて何一つ覚えていない。ただ一つ、俺のスマホに『GATOー』という名前の連絡先が追加されていた。恐らくあの方なのだろうが話した記憶がない。MOTTAINAI!
連絡先を交換したくらいなのだからある程度は親睦を深めたのだろうが、こちらから何か送るのは気が引けた。何かあればあちらから連絡が来るだろう。そういう事態になればこう返すつもりだ。
「ふもっふ(肯定だ)」と。
◇◆◇
その日もいつも通り自室で仕事をしていた。忘れかけていた新シリーズのプロットだ。いままでの作品は未完作品を含めた三つだ。異世界転生系の「転生のsister's believer」、いちゃいちゃ兄妹愛系の「妹に優しくしないとバチが当たりますよ!」、現在刊行中ファンタジー系の「地球最後の魔法使い」である。前述した二つは現在もコミカライズが連載されており、アニメ化も果たした。感謝の言葉しかない。
次はどんな作品にしようか。
二作が妹物なので避けようと思っているのだが、頭の中で考えれば考えるほど妹物になってしまう。どうやら俺は重度のシスコンらしい。
こういう時どうすればいいか俺は知っている。簡単な事だ。ラノベを読めばいい。パクるわけではないがこんなものを書きたい、そういうイメージが沸くのだ。思い立ったらすぐ実行。というわけで部屋の本棚に並べられたラノベ達を一瞥し選りすぐる。
「これにするか」
なんとなく取ったその作品―――SFミリタリーアクションの金字塔。例のスマホに謎に追加されている連絡先の主が書いた作品だ。俺は新装版と旧版のどちらも所持している。新装版の一巻の手に取り黙読を開始。
簡単にストーリーを説明すると、極秘の傭兵部隊の隊員である主人公が特別な能力の持ち主であるヒロインの護衛任務にかかるという話だ。短編だと戦争ボケした主人公が平和に馴染めず事件を起こして、ヒロインにハリセンでしばかれる話であるコメディ色の強い作品となっている。男なら一度は惚れ込んだことのあるであろうロボット。この作品は最強のリアルロボット作品と言っても過言ではないだろう。立体物としてかなりの商品が販売されており、レバ剣に至ってはアニメで未登場の時から多くの会社が競って立体化した。デザインがカッコイイ。何よりストーリーが素晴しい。
俺が我に返った時、机の上には11冊の読み終えた巻と手には今しがた読み終えた最終巻があった。普段は締め切っているカーテンを珍しく開けて外を眺める。オレンジ色に染まった空にカラスが鳴いていた。
「流石に読み過ぎたか…」
案の定、パソコンのテキストソフトは真っ白のままだった。
一日を無駄にしてしまったがお陰様で次の作品のコンセプトが決まった。
次はロボット物にしよう。大体のストーリーも決まった。後はそれをプロットとして書き出すだけだ。
とりあえず休憩するために一階へと俺は台所に向かいお湯を沸かした。三分程で薬缶はゴボゴボという音を合図とし、俺に沸騰したことを告げた。
K先生のイラストが描かれたマグカップにドリップ式のインスタント珈琲を置いてお湯を注ぐ。ほのかに苦みのかかった香りが鼻腔をくすぐる。俺はこの瞬間がたまらなく好きだ。紅茶や日本茶も好きなのだが、気分転換の珈琲は格別である。
二分程かけてゆっくり注ぎ、ミルクと砂糖をたっぷり入れて出来上がり。
マグカップを右手に持ってリビングを出たとき、玄関のドアが大きな音を立てて開いた。そこから飛び込んできたのはお向かいさんの萌香だ。入って来たかと思うと靴も脱がずに俺に飛び込んできた。当然持っていた珈琲は零れてしまい、俺の足にかかる。かなり高温だったが足の痛みよりも泣いて飛び込んできた萌香の様子が気になってどうでもよかった。
「どうしたんだよ、萌香」
「……っ…あぁっ…くうっ」
いつもは決して泣かない萌香が俺の胸の中で大粒の涙を流して泣いた。突然の出来事過ぎて頭が追い付かない。昔から知ってる一番近い他人の女の子。泣いている所を見るのは初めてではないが、こんな泣き方をする萌香を見たのは初めてだった。
「とりあえず落ち着けよ。な?」
「…うん」
手の甲で涙を擦って萌香が答えた。事情が聴けるのはまだ先になりそうだが、まずは落ち着かせることが大事だ。靴を脱いだ萌香を自室へと呼び座らせた。「珈琲でも淹れてくるよ」と告げてから部屋を出て、台所で再びお湯を沸かす。その間に床に零れた珈琲を拭く。そして沸いたお湯で二人分の珈琲を入れる。萌香が好きな珈琲の味は熟知しているので余計な物は持っていかない。お盆の上にチョコレートと珈琲を載せて二階に上がった。
自室の扉を開けると萌香は体育座りをした俯いていた。下着が見えていたのだがここで指摘するのは空気が読めていないだろう。
「まぁとにかく飲めよ。冷めたら勿体ない」
「うん…ありがと」
やはり素っ気ない。いつもならもっと、こう…なんていうのかな。元気な感じだ。現在時刻から察するに学校で何かあったのだろうが、生憎俺にはそれを知る術が萌香しかいない。学校に友達がいないわけではないが、クラスが違うので聞いても分からないだろう。わずかな可能性に賭けて連絡は入れておいたが期待しないほうがいい。
そのまま十分ほど無言だった。部屋に響く音は珈琲をすする二人分の音だけだった。俺は根気よく待つことにした。無理やり聞いても教えてはくれないだろう。ならば気が済むまで待ってやるのが一番だ。待っている間にプロットを書こうかとも思ったが気が進まなかったので止めた。
マグカップの中身が無くなりそうになった頃、不意に足の痛みを感じた。
(あぁこれ。火傷してるだろうなぁ)
無意識に右手が火傷の場所をかいた。やはり激痛。すぐに冷やさなかったので後で大変な事になるかもしれない。だが今はそんなことを気にしている場合ではない。こんな状態の萌香に「火傷したから冷やしてくる」など言おうものなら自分に責任を感じて苦しめるだけだ。人を苦しめるくらいなら俺が痛みを我慢した方が遥かにマシだろう。例え後で傷が残ろうとも。
それからも無意識に火傷をかいていた。どれほど経ったか分からなくなったその時。萌香が立ち上がり近寄ってきた。
「どうした?お代わりか?」
「ううん。ご馳走様。取り乱してごめん」
「気にすんな。お前には世話になってるからな。たまにはお前の世話するのも悪くない」
「そっか。ありがとね」
「気持ち悪いな」
「乙女に向かって気持ち悪いとか言わないでよ。冗談でも傷つくから」
「やっぱり気持ち悪いぞ。いつものお前はもっとSっ気のある感じだろう?今の感じだとMっ気全開だ」
「そう、かもね…今日はちょっと色々あってさ。なんか気が滅入っちゃってるみたいだ」
「晩飯、食ってくか?優鈴葉はいないから俺がつくることになるけど」
「心惹かれる誘いだけど今日はお父さんもお母さんもいるから家で食べるよ。なんなら食べにくる?ゆずちゃんがいないんじゃロクな物食べれないでしょ?」
「家族水入らずの団欒に交じるのは流石に気が引けるから遠慮しとくよ」
「そう?じゃあ私はそろそろ帰るよ。なんか色々ごめんね」
「何度も言うが、気にするな。それと顔洗ってから帰れよ。そんな顔で帰ったら親父さんが慌てるぞ」
「そうだね。洗面台借りていくよ。それじゃあね」
「おう。また明日な」
「うん、また明日」
萌香は丁寧にドアを閉めて出て行った。見送りに行くべきなのだろうが足が痛くて自然に立てなさそうだったのでやめた。立ち方で怪我しているのがバレてしまう。そうなれば意味がない。
十分ほど待ってから風呂場に行き足を冷やした。三十分ほど流水で足を冷やした後、傷口に軟膏を塗ってガーゼを巻いた。若干の歩きにくさを感じながらも自室に戻る。
(さて、どうしたものか…)
あの様子じゃ萌香は何があったか話してくれないだろう。唯一の友人にメッセージを送ったがいつ返信が来るか分からない。物凄くもどかしかった。あれこれ妄想が膨らみ仕事など到底出来そうにない。もんもんしていたところにスマホをが震えた。
(ナイスタイミング!)
通知の少ない俺は誰からかのLINEかすぐに当てれた。例の友人からだ。
『多少はな』と書かれていた。知るはずないと思ったのだが…。
これはラッキーだと思い、すぐに「詳しく教えてくれ」と返信した。
五秒と経たずに「めんどくさい」と返ってきた。本当にコイツは友達なのだろうか。友人の態度にイラっとしながらも冷静になり通話ボタンをタップした。相手の意思など関係ない。文面でなく直接聞けば面倒も減るだろう。
『なんだよ』
「何か知ってるんだろ。文字で説明するのは面倒だろうから電話をかけた」
『そんなに知りたいのか?』
「知りたいな」
『なんで?』
「なんでと言われてもな…」
『付き合ってるからか?』
「は?」
『いや、だから栗原と付き合ってるからかって聞いたんだよ』
「いやいや、付き合ってないけど?」
『え、そうなの?学校中の噂になってんぞ。学校一の隠れ美人が学校一の引き籠りと付き合ってるって』
「お前、それ信じてるのか?」
『うーん…多少は?』
「なぜ疑問形…」
『だってお前ら仲良すぎるから。付き合ってるって言われたら信じそうになるけど、あのヘタレのお前が女子と付き合うなんてありえないと思う自分がいて…文字通り半信半疑だったよ』
「そうか。なら断言しよう。萌香とは付き合ってない。ただの幼馴染だ」
『お前が言うならそうなんだろうけどさ。学校の連中はそうは思ってないみたいだぜ』
「と言うと?」
『あんな感じの栗原だがな、男子からの人気も高い。打って変わってお前はどうだ?』
「女子からの人気はおろか男子からも忌み嫌われるだろう」
『…流石にそこまではないかもだが、快くは思わないだろうな。ここからが問題だ。栗原を好きなそこそこ美形な男子がいてな、告ったらしい』
「萌香にか?」
『そうだ。まぁ結果は丁重にお断りしたとのことだ。しかしそれがマズかった。その男を好きな女子生徒がいたんだ』
「なるほど。話が見えてきた」
『あとはご想像通り。その女子はスクールカースト上位者でクラスどころか学年にまでかなりの影響力を持ってたんだ。気の毒にな。栗原には何の罪もないのに色々難癖付けられて嫌がらせを受けてるんだとよ』
「それをお前は黙ってみてたのか?」
『そういう言い方やめろよな。あのな拓哉。賢いやつのいじめってのはいじめに見えないんだ。正当な反論や事故に見せかける。だから厄介なんだ。最近になってそれはエスカレートして、年明けには最早隠す気はないとばかりに嫌がらせを受けてた』
「……」
『言い訳に聞こえるかもしれないけど俺は栗原に大丈夫かと聞いたんだぞ?それでもたくちゃんに迷惑かけれないからって言ってた。俺は彼女の意見を尊重するつもりだったが、お前が聞いてきたという事はそういう事なんだろう?』
「察しが良くて助かる。ついでに聞いておきたいんだが、主犯は誰だ?」
主犯や犯行の手口を聞き出しメモをした。どう報いを受けさせるかは何パターンか浮かんだ。唯一の友人である友樹に協力を仰がなければならないが。
「友樹、手伝ってくれるか」
『他ならぬお前からの頼みだ。カレーパンでどうだ?』
「お安い御用だ」
『交渉成立だな』
「詳しいことが決まり次第連絡する。今日は助かった。それじゃあおやすみ」
『ああ、おやすみ。栗原によろしくな』
通話が切れたのを確認し物思いに耽る。萌香を傷つけた奴は許さない。俺の大切な女の子だから。本人に嫌がられようとも俺は萌香を助ける。あの時助けてもらった恩を返すときが来たんだから。
◇◆◇
翌朝、俺は目を覚ますと一番にうがいをして顔を洗った。クローゼットのなかにつるされていた紺色のブレザーを取りだし、久しぶりに腕を通す。通した後でネクタイを結んでない事に気が付き、脱いでからネクタイを結び、またブレザーに腕を通した。今日の時間割など分からないので適当に数学と文庫本のカバンに入れておく。カバンを持ったままリビングに降りて席に着く。珍しくお袋が糧食を作っていた。
「あら、学校行くの?」
「まぁな。色々あって」
「今日は槍降ったりしないわよね?」
「確率的には≠0だろうな」
お袋のどうでもいい憶測など聞き流して手早く朝食を摂る。優鈴葉はすでに学校に向かったらしい。一体何が楽しくて朝早くから学校に行くのかまるで理解できないが、友達付き合いがあるのだろう。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。頑張ってね…色々と」
「?」
何か引っかかる言い方だったが特に気に留めず学校に向かう。
駅の改札でロクに使ってないため減らない回数券を使って乗車。すでに席は一杯だが満員と言えるほど混んでもなかった。イヤホンで音楽を流しつつドア付近の手すりにもたれて読書をする。半分ほどを読み終えたところで目的の駅である丸亀駅に到着。そこからは歩いて15分で学校に着いた。
久々に自分の靴箱を開けて上履きを取り出し靴を履き替える。そのまま周りには目もくれず二年四組に向かった。何時振りか分からない校舎は前見た時よりも汚れているように感じた。すれ違う生徒たちは見慣れない生徒の顔に好奇や軽蔑の眼差しを向けていたがどうでもよかった。ひそひそと話している生徒たちもいたがイヤホンのせいで、いやお陰で聞こえなかった。
四組のドアを開けると雑談や笑い声で賑やかだったのだが、俺の顔を見ると葬儀場のように静かになった。全く気にする気配を見せないまま自分の席を探す。どうやら席替えをしているようだったが机の中に山ほどのプリントが積んであり一目で自分の席だと分かった。歩みを進める度にクラスの視線が付いて来る。正直鬱陶しいが無視しておくのは一番だ。席に着いて読書を開始するとクラスの喧騒は元に戻った。とは言っても明るい雰囲気ではなく、どこか不安げで、でもどこかワクワクしていた。まるで芸能ゴシップを発見したような感じだ。
後に入ってきた担任も俺を発見すると驚愕の物を見るような顔をしたが、すぐに何時も通りになった。
(よほど関わりたくないらしいな。まぁそれが普通だろう)
友樹がレアケースなだけだ。普通の人間は俺のような者に近づこうとしない。クラスを見渡したが肝心の萌香は来ていないようだった。友樹のいう嫌がらせと関係があるとみてまず間違いないだろう。
(さてどうしたものか)
このまま授業を受けてもいいのだが受けたところで何にも変わらない。そもそも教科書を持ってきていない。しかしすることは他にない。ならば授業なるものを聞いてやろう。
幸い一時間目は国語だ。高2の国語ぐらいなら教科書がなくても余裕だろう。
かくして久高拓哉の久々の授業が始まった。この授業が後の拓哉の地位を上げることになるとは誰も思わなかったであろう。
作家である拓哉の想像力を持ってしても無理な事だった。
周囲の者に好印象を与えるとともに、敵にさらに憎悪を与えてしまうことになるということも。
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