第七章 癒やし上手のお袋さん

妹に夜這いされてから眠りにつくまでは思ったより早かった。

問題は朝日が昇るまでの間で起きた。


俺は眠りが深い方ではない。どちらかと言えば浅い方に部類されるだろう。

それ故、朝まで一度も起きずに過ごしたことがないに等しい。今日もそうだった。

目を覚ました時、時刻は午前4時過ぎ。特に大きい音がしたわけでも妹に起こされたわけでもない。寒さで目を覚ました。

熟睡中の優鈴葉を起こさない様に枕元に置いていたスマホを取る。

保安球が付いているとは言え部屋は暗く、スマホの画面の光が目に刺さる。

ホーム画面の右下に配置していたメッセージアプリが通知を表示していた。


着信やメールの通知を消している。理由はいたって簡単。音ゲー中の通知がうざったいからだ。バン〇リの「六兆年」をプレイ中の通知のせいで、フルコン間際でミスってしまった。それ以来、全ての通知をオフにしている。

おのれ、LINEポイントめ…。さらに言うとAPだったのに‼

APとはオールパーフェクトの略称で、ノーズのタップ判定が全てパーフェクトでフルコンすることをさす。

バンド〇史上最も難しいと言われている曲が故にフルコンで、ましてやAPでクリアとなれば自慢できるし、尊敬の眼差しを向けられる。


……妹からな‼


他人からの評価など一切興味はないが、妹からの評価は何よりも優先されるべき事項である。

話がズレることに定評がある(?)俺だが、自分ではそんな認識は一切ない。

ていうか多分、周りからもそうは認識されていないであろう。

という訳で閑話休題。

深夜、というよりは早朝に起きた問題について話そう。


スマホを一旦置き、俺の胸の上で涎を垂らしながら寝ている優鈴葉に布団をかけてやった。優鈴葉が風邪をひいてはいけないという思いもあるが、それ以前に寒かったからだ。

布団をかけ始めて優鈴葉の肩に差し掛かった時、俺の右手が頬に触れた。その瞬間、僅かに肩をビクッとさせた。

こいつも俺と同じで眠りが浅いのか?

かく言う俺も頬に何かが触れただけで目が覚める。香澄と始めて添い寝したときは一睡も出来なかったほどだ。今は大分慣れて香澄との添い寝は難なく遂行できるようになった。

おっと、また話が逸れてしまった。


ビクッと震えた優鈴葉はすぐに元の規則正しい寝息をし始めた。

こういう時の優鈴葉は大体起きている。それをバレない様に必死に寝たふりをする姿は微笑ましく、可愛かった。


「起きてるんだろ?」

「zzzzzz」

「はぁ…起きてるの知ってるから、寝たふりしても意味ないぞ」


それでも尚、あくまで寝ているアピールをしてくる優鈴葉。

くどい様だが可愛い。

こういう時はどうすればいいか俺は知っている。

一度ため息をつき「おやすみ」と言えばいい。それに追加して頭でも撫でてけば完璧だ。むしろオーバーキル。

そのまま布団を限界まで引き上げて再び眠りに就く。


それから三十分後――例の問題は起きた。


ほぼ寝ていた俺は何かの気配で目を覚ました。

正体は布団の中でもぞもぞと動く優鈴葉だった。頭まで被った布団からにょきにょきっと顔を出し、俺の顔に迫ってくる。

このまま上に来られたら俺の理性が保っていられる保証はないし、向こうから来られたら拒める自信もない。いくら妹だからと言って我慢できるわけではない。妹だって、いいや、妹だからこそ可愛い1人の女の子だと思える。

だって優鈴葉だし。うちの妹は世界一!!

あくまで世界一なのは妹だ。断じてコークではない。

とにかく妹の進行を止めるべく優鈴葉の両肩に手を置いた。


「す、素肌…だと⁈」


肩が露出するような服は着ていなかったはずの妹の肩に触れてしまった。

冷静に考えて、12月にそんな薄着を着ている奴などいない。

これらが意味する事、それはつまり…優鈴葉の服が乱れているという事。

暗い部屋の中で目を凝らし、恐る恐る優鈴葉の体を見る。

案の定、というかやはり寝間着のボタンが取れ、色々なところが見えていた。具体的に言うと肩や鎖骨、そして…


「(胸が見えてるんですけどぉぉぉぉぉぉ!!!!しかも思ってた以上にデカいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!もはや異常だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)」


服が乱れた理由は、胸が成長しているくせにサイズの小さい服を着ていたからのようだ。胸のあたりのボタンがはじけ飛んでいた。

実妹の思わぬ成長ぶり(胸のみ)に心中興奮しつつ、何とか服を着せようと試みる。が、やればやるほど状況は悪化。

今となっては完全に上の服が腰の辺りまでめくれている。つまり、上半身が裸なのだ。男の上裸はなんてことないが、女の上裸は洒落にならない。

下手をすれば通報される。

実妹を上裸にして逮捕されたなんて事になればもうお嫁に行けない…!

実兄に上裸を見られた妹の方が嫁に行けない気もしなくもない。

このままじゃ風邪を引いてしまうと思い自分の体に抱き寄せて布団を目一杯上にあげた。優鈴葉の心臓の鼓動を感じる。

人間寝ているときは副交感神経といってリラックスさせる神経系統が優位に作動していて脈拍も抑えられるらしいが、優鈴葉の心臓は妙に早い。

気にはなったが唐突のノック音でそれどころではなくなった。時刻は午前4時半過ぎ。世間的にはまだ夜と言える。

こんな時間にノックとなればただ事ではないと思うが、緊急事態ならノックをしないのでは?

不思議に思いつつも聞こえるくらいの声で「どうぞ」と答えた。


「朝早くにごめんね?ゆずを知らない?一緒に寝ようと思ったんだけど、部屋にいないみたいで」

「ここにはいないな。もういい?さっき布団に入ったばかりだから眠い…」


もちろん嘘なのだが割と自然に言えた。

補足しておくとノックしたのは俺の母親だ。いつも夜遅く(朝早く)に帰宅し、それから就寝している。編集の仕事をしており、家にいないことが多い。久し振りに帰宅したので愛娘と添い寝したかったようだ。

優鈴葉と添い寝させてあげたいのは山々だが、この状態で居場所を伝えるのは流石にマズい。


【危険】上裸の妹と兄が添い寝していみた結果…


ドッキリだとしてもセンスの欠片もねぇな。ほぼ犯罪だしなぁ。


「どこ行っちゃったのかなぁ…」

「さ、さぁ…友達の所でも泊ってるんじゃない?」

「うーん…じゃあ拓哉でもいいや」

「俺を妥協に使わんでくれ」

「いいからいいから。リビングに来てね」


そう言い残し部屋を去っていった。

一応注意しておくがお袋は40歳を超えている。それなのに口調はJKのそれだ。

見た目だけで言えば30代には見えくもないが、息子からしたら気持ちが悪い。

なんやかんや言いながらも、育て親に逆らうわけにはいかないので素直に従う事にした。優鈴葉を起こさないようにベッドから抜け出し、風邪を引かぬように目一杯上までかけて、優しく頭を撫でてからリビングに降りる。

既視感が半端ない。数時間前も同じように階段を降りた気がする。

リビングに入るとお袋がソファーに座って手招きしていた。

いい年こいてJK彼女みたいな事しないでくれよ…


「横に座れと?」

「少し離れて座ってね」

「その言葉に悪意はありませんよね?大丈夫ですよね?そうですか…」

「いいから早く座りなさい!」

「時間考えて声量も調整しような」


お袋の発言にやや疑問は残ったが、促されるままに離れた位置に腰を下ろした。

なんだこの絶妙な距離感…。

教室でぼっち飯を嗜む感覚と似てる。まぁ学校行かないから、ぼっち飯したことないけど。

お袋はしばらく無言で俯いていた。


「急かすようで悪いけどさ、要件を早く言ってくれない?さっきも言ったけど俺は眠い。それはそれはものすごく眠い。なんなら『眠れる森の美女』より眠るまである」

「100年後に王子様が目覚めのキスをしてくれたらいいわね。拓哉の場合は王女というより13人目の魔女じゃない?祝宴に呼ばれなかった報復に呪いかけてきそう」

「んなわけあるか。俺なら自分で金の皿を用意して祝宴に乗り込むっつうの」

「まさか拓哉がグリム童話をよんでいたとは思わなかった。濫読派っていうのは知ってたけど」

「二つの事を指摘しよう。一つ目、グリム童話はお袋に読み聞かせをされたから知っているという事。二つ目はグリム童話に記載されているのは『茨姫』という『眠れる森の美女』の類話だということ。イワン・フセヴォロシスキー大好きマンに殺されるぞ」

「ごめん…半分くらい内容、入ってこなかった」


このアマ…

みっちり教育してやろうか、とも思ったが疲れるので止めることにした。教育はまた別の機会にしてやろう。

その後はなんやかんや言いながらもお袋と談話した。最近食べたものや、面白かったテレビの話、おふくろの仕事の話、と言ったどうでも良い事ばかりだ。どうでも良い事ばかりだったが全然嫌ではなかった。

それどころか心地良ささえ感じる。

そして、思い出したかの様にお袋は呟くのだった。


「あ、そうだった。頭をこっちに持ってきて」

「俺の頭は取り外し出来んが…」

「いいからこっちに倒れなさい!」

「うがっ」


急に横から引っ張られ変な声が出てしまう。怒りを示すためにお袋を睨み付けようとするが、俺の頭は力付くで何かに押し付けられた。

現状を客観的に解説するとお袋に膝枕されている。

ひ、膝枕されている!!!

彼女にもしてもらったこと無いのに!!


「何をするつもりだ?」

「そんば強ばらなくてもいいわよ。別に取って食いやしないから」

「あんまりこの体勢は好きじゃないんだけど」

「我慢なさい。あなたは私の人形よ」

「お袋…最近ガン○ム見た?」

「なんで分かったの?あなた、エスパーかもしれない…」

「いや、富野節丸出しじゃねぇか」


富野節とは。

アニメ機動○士ガ○ダムの監督で有名な富野○悠季さんが、監督した作品の登場人物の独特の口調のことである。

言葉の意味は分かるのだけれど、何か引っ掛かる口調。

例を出せば「左舷、弾幕薄いよ!何やってんの?!」や「分かるよ。センチメンタルだよ、あんたの」などだ。長いセリフに制作者の癖が出るのは当たり前だが、富野節は短いセリフでも変わらない。

こちらも例に出そう。

「準備よくて?」や「世界は四角くないんだから!」などである。

どうだろう?意味は分かるのだが何かが引っ掛かりはしないだろうか?

これこそが富野節だ。

最も富野節が見られる作品は『F91』だろうと個人的には思う。クライマックスの鉄仮面とセシリーの喧嘩はてんやわんやだ。だが、それがいいのだ。

そうでなくてはいけないのだ。

意味が伝わりづらい言い回しだが、冷静に文面を解読していくと言葉の本質が見えてくる。登場人物の真意がひしひしと伝わってくるのだ。

仕事柄そういう言葉での感情の表現方法に興味があり、富野節は凄い方法だと思う。俺には到底できない技だ。

また話が逸れた。

今どういう状況か客観的に説明しよう。

俺はお袋の太ももの上に頭を乗せている。お袋はその俺の耳を掃除している。

以上だ。

分かりやすいだろう?

全国の童貞に聞いた彼女にしてほしい事ランキング一位 「耳かき」

それを現在進行形で実母にされているのだ。

恐ろしい程に何も感じない。トキメキもしなければ、気持ちよさも感じない。

どうせなら彼女たる香澄にやってほしかった。

しかし香澄に膝枕してって頼むと、決まって首を横に振る。理由を問い詰めると、太ってるのがバレるからだそうだ。

女子が思う理想的な体型よりも少し太っている方が男子の理想だったりする。

かく言う俺も少し太っている女子が好みだ。なので香澄には夜中にお菓子を食わせたりしている。

もちろん冗談だ。


「お袋、べつに耳かきなんて求めてないんだけど」

「優鈴葉がいないからあんたで遊んでいるのよ。感謝なさい」

「もういいや…好きにしてくれ。なるはやで頼む」

「分かってるわよ。太もも痛くなっちゃうしそんなに長く出来ないわ」

「太ももの前に俺の耳の皮膚の心配をしような」


それから三十分ほど耳かきは続いた。普段の俺は風呂上りに綿棒でちょちょっと耳かきをするだけなので、三十分も時間をかけたのは驚きだ。

べ、別に気持ちよくなんてなかったんだからね!!

こういうのを時間の無駄遣いと言うのではなかろうか。

お袋は耳かきを終えた今も俺を開放する気はないらしい。ずっと俺の髪をいじって遊んでいる。


「もう十分楽しんだだろ?開放してくれ」

「もうちょっとだけ。拓哉と話したい事、あるし」

「話したい事?」

「優鈴葉、あんたの部屋にいるんでしょう?」

「?!そ、そんなわけないだろ…」


気付かれていないだろうと思っていなかったので、驚いてしまい否定するのが遅れてしまった。今からでも否定するのは遅くはない。

年頃の兄妹が部屋で二人きりと知られれば怪しまれてしまう。もし親父の耳に入れば俺の命はない。

どこの家庭でも親父は娘を激愛するらしい。ソースは萌香の親父さん。

親父が娘を激愛するのには俺と同じで理由がある。ただしそれを優鈴葉が快く思っているとは限らない。

聞いた話によると、優鈴葉は親父の通った後のカーペットにファブリーズをかけているらしい。どこかのボッチはエイトフォーかけられてたな。


「別に怒ったりしないわよ。私たちはあの子に何もしてあげられなかったから。ごめんなさいね」

「俺の部屋には優鈴葉はいない。あと、俺が感謝される理由が見つからない」

「ふふふ、あくまでも否定するのね」

「事実ではないからな」

「ならそういうことでも良いわ。だから私の話、最後まで聞いてね」

「・・・・・」

「それでいいのよ。何度も言うけど本当にごめんね、あの子のこと任せちゃって」

「くどいからもうやめてくれ」

「そうだね、くどかったね。ほらやっぱりさ、なんか違うって思っちゃうんだ。この子は私の子じゃないんだって」

「そうか…それ、優鈴葉には絶対言うなよ」

「流石に言わない。だからあんたに言ってるの」

「俺にはなんて言ったって構わない。いくらでも聞いてやる」


ずっと気が付かなかったが、お袋は悩んでいたのだ。

不安で心細かったんだ。一緒にいることが怖くて怖くて。だから逃げ出した。仕事を言い訳にして逃げた。優鈴葉から、何より戦うことから。

俺にそれをとやかく言う権利はない。

俺にできることは話を聞いてやることだけ。だから好きなだけ話せばいい。俺はどれだけでも聞くのだから。

それで優鈴葉が傷つかないのなら、お袋が優鈴葉に優しく接せられるなら。

苦しむのは俺だけでいい。

なぜなら俺はお兄ちゃんだから。

妹を守るのが仕事だ。


「優鈴葉は普段どんなことしてるの?」

「アニメ見たり読書かな。最近は料理もやってるな」

「私の知らないことばっかりだ。あの子は大きくなったのね」

「お袋が知らなさすぎるだけだよ。あいつは成長してる」

「そっかー大きくなったんだね」

「お袋…優鈴葉と寝る気なかっただろ?」

「あ、ばれた?」

「分かりやす過ぎる。優鈴葉に関する愚痴がこんだけ出てきてるくせに一緒に寝たいわけないだろ」

「さすが私の息子。分かりみが深くて私はとっても幸せですよ」

「はいはい。もう本格的に寝たいんですが…」

「ああ、ごめんごめん。もういいわよ。ありがとう、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


お袋の膝を離れた俺は自室に戻るべく歩みを進める。

部屋では優鈴葉がまだ上裸で寝ているはずだ。その様子を思い浮かべると思わずニヤけてしまう。例え血のつながりのない妹でも俺の実妹だ。

誰がなんと言おうとそれは変わらない。少なくとも俺のなかでは。

このまま普通に布団に戻っても良かったのだが、せっかくなので優鈴葉に抱きつくことにした。そういう気分だった。

部屋に入ると布団の中で優鈴葉はもぞもぞと動いていたのが目に入った。

そういう事なので迷わず布団にダイブ!!

案の定、優鈴葉は「にぃにぃ?!痛いし重い!!」と怒りをあらわにし、枕を投げてきた。それでも止めずに力強く抱きしめる。この行為に他意は無い。あるのは強い愛情だけ。

何度もポカポカと叩いてきた優鈴葉の拳はだんだん弱くなり、最後には俺を抱きしめ返してきた。その姿が可愛くて可愛くて堪らない。

なのだが、何故か違和感を感じる。寝ている人間の反応とは思えない。

と思ったのだが・・・・・・


「にぃにぃ…どうしたの?」

「なんでもねぇよ。ただこうしたかっただけだ。もう少しこのまま…」

「もう…仕方ないなぁ。いつからお兄ちゃんはそんなに甘えん坊になったの?もしかして香澄さんとはいつもこんなプレイを…」

「してねぇよ。赤ちゃんプレイなんてしてる高校生いるわけねぇだろ」

「分かんないよーお兄ちゃん、ブタ野郎だし」

「あれ、おかしいな。俺の苗字って梓川じゃないはずなんだが…」

「あのねぇにぃにぃ。梓川って苗字の人がみんなブタ野郎なわけじゃないよ」

「咲太って名前でもないはずだが」

「にぃにぃはブタ野郎じゃないね。消費ブタだ」

「妹からこんなにも刺々しい言葉を吐かれる俺って実は最強なのでは…?」

「さすがにぃにぃ、ブタ野郎だね!」

「来春に映画でも公開しそうな雰囲気だな。どうせ田舎では見れないんだろうが…」

「さっきから何をぶつぶつ呟いてるの?」

「気にしなくてもいい。ヒトリゴトだよ」

「恥ずかしこと言わないでよね♪」

「〇ラリスの曲は名曲が多いよな」


会話の返答を見る限りはいつもの優鈴葉のそれだった。

ただ一つ気になる点は上裸だったはずの優鈴葉は首元までボタンがしめられていた。しかしその疑問はすぐに消えた。というより自分で納得できる理由を見つけただけ。きっと寒さで一度目が覚めて直したのだろう。だから俺が飛び乗ったときの反応が寝起きっぽくなかったと考えれば辻褄は合う。

が、優鈴葉の妙に元気なこの様子…前にも見たことがある。


二年前の冬、優鈴葉13歳


前にも話した通り優鈴葉は誘拐された経験を持つ。別に危害を加えられたわけでもなければ、PTSDに陥ったわけでもない。優鈴葉の胸内を覗いたわけではないので正確な感情は計り知れないが、恐らく今は大丈夫だと思う。

当時の優鈴葉は俺を含め周りの人に迷惑を掛けまいと強がっていた。本人がそう語ったわけではないが、仕事柄言葉の深意はすぐに分かった。誘拐犯から保護された日に精神科に入院することになった。心に傷を負っていないか確認するためだ。当たり前のことだが心に傷を負っていないわけがない。年端も行かない少女が誘拐されたのだ。怖がって外になど出られなくなる。そんなことは考えなくても分かる事だ。しかし、両親は優鈴葉の強がりの虚言を素直に受け入れその日に退院させた。

これが俺には許せなかった。どうして両親はもっと優鈴葉に寄り添ってやらないのか。どうして本心を悟ってやらないのか。俺みたいな半人前でもできたことを大の大人がなぜやらないのか。

握った拳を何度も何度も壁にぶつけた。そんなことをした所で優鈴葉の心が癒されることもなければ俺の怒りが収まることもない。ましてや両親が優鈴葉に寄り添うことなど有り得ない。そんなことは分かっている。分かっているんだ。だけど分かっていても、分かっていても納得は出来ない。

実の娘ではない、あくまで他人。そういう認識が彼らにはある。だから優鈴葉に対してあんなに無愛情なのだ。本人はそのことを知らない。俺ですら優鈴葉が家に来た時の記憶はないのだから、生後一か月だった優鈴葉が知らないのも当然だ。

だから俺は決めた。

例え父と母が敵になろうとも、世界中が優鈴葉の敵になろうとも。

俺は、俺だけは優鈴葉の味方でいる。シスコンと罵られようが気持ち悪いと言われようが関係ない。俺は優鈴葉を守りたい。守っていかなきゃならない。

これが俺がシスコンである理由。


「にぃにぃ?」

「なんだ?」

「私っていらない子なのかな…」

「は…?何言ってんだよ。そんなわけないだろ。俺の大事な妹だ」


どきりとした。優鈴葉の目は悲しそうで辛そうだった。なぜこんな言葉を優鈴葉が発したのか、すぐに察しはつく。お袋との会話を聞いたのだろう。

なんて失態だ。優鈴葉を悲しませるわけにはいかない。

黙って俯く優鈴葉にしてあげられることは何だろうか。してほしい事は分からないが出来ることをしてあげることにしよう。きっと喜んでくれるはずだ。

俺は覚悟を決めて言葉を発する。


「優鈴葉、あしたデートしよう」

「・・・・はい?」


喜ばれるどころか不審げに首を傾げられた。

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