第八章 やはり俺が旅に出るのは間違っている

俺は今、清水の舞台の上に立っている。

別に飛び降りるつもりは微塵もなくただの観光だ。

だが、想像以上の寒さと人の多さでホームシックになっております。

清水寺と言えば京都では有名、というか日本でも有名なお寺の一つだということは言うまでもないだろう。では、なぜ俺が今ここにいるのか。

それは至って簡単だ。

世界で俺が愛を与える事の出来る人間二人のうちの一人、ラブリーマイエンジェルシスター優鈴葉のためである。

行ってないので詳しい事は知らないが、俺が小学生の時の修学旅行は京都奈良だったらしいが、優鈴葉は九州だったらしい。ついこの間行った中学の修学旅行は沖縄だったそうだ。班別行動では男子たちの強い意向により軍事基地巡りになったらしい。

優鈴葉を含めた女性陣はさぞかしつまらなかったであろう。俺は割とそういうの好きだが空自よりも海自の方が好みだ。「護衛艦いずも」はこの目で見てみたい。優鈴葉の話によると女性陣のリーダー格の生徒が男性陣のリーダー格に惚れているそうだ。

人間の感情とは時に人生で三回しかない大イベントをも棒に振るらしい。

十年後に後悔するタイプだな。合コンとかで修学旅行の思い出話になったら話すことなくて浮いちゃうだろう。可哀想に…。

人間の感情とはいとをかし。


「にぃにぃ!!ここアレだよ!平塚先生が水を入れてたとこだよ!!劇中と全く同じだー!!」

「マネしちゃだめだかんな。一杯だけ飲むから効果があるんだから」

「せっかくだし飲もうよ!どれにする?やっぱり学業?」

「いや、延命長寿だな。最近腰が痛くなってきたし」

「十七歳で延命長寿とかやめてよ…学業は関係ないとして、じゃあ恋愛長寿にしときなよ」

「長寿じゃなくて成就な。俺には香澄がいるからいい。もう成就してる。これ以上他人のご利益を奪うわけにはいかないからな」

「同年代の人がいなくてよかったね。同年代の人がそれ聞いてたら後ろから刺されちゃうよ」

「そういうお前はどれにするんだよ」

「もちろん恋愛成就だよ。そろそろいい人見つけないとね~」

「なん…だと。お前にはまままままだはは早いんじゃななないかなな」

「バグったラジオみたいな音声を流さないでよ…体育館とかで全員が一斉ジャンプしたときとかよくそういう感じなるよね」

「優鈴葉の婚約者は俺を倒さなければ認めない。絶対に!!」

「あーもう、うるさいなぁ。冗談に決まってるでしょ。中三なんだから学業成就一択だよ」

「中三が旅行してるのっておかしくないかなぁ。私立だと年明けたらすぐ受験だろうに」

「受験勉強には息抜きも必要なんだよ♪」

「割と毎日息抜きしてねぇか?こたつ入ってアニメ見てるだろ」

「細かい男は嫌われるよ」

「へいへい」


週明けの月曜日だというのに観光客の数は想像以上に多い。主に外国人観光客だが。

え?平日になんで旅行してるかだって?

サボってるからに決まってんだろ。それこそ息抜きは大事なのだよ。

音羽の滝は俺達の前に二十人弱の団体が並んでいたが進行は至ってスムーズで、五分足らずで順番は次に回ってきた。

前の観光客は老夫婦で延命長寿の水を飲んでいる姿は微笑ましい。どうか末永く二人で暮らしてほしいものだ。

その老夫婦から柄杓を受取り、宣言通り延命長寿の水を口に含む。まぁ味は水だ。おいしいのか普通なのかさえ不明である。

柄杓を優鈴葉に渡すと「関節キス…」と呟いていた。優鈴葉が先だったらもっと水の味が分からなく所だったぜ。

実兄相手に間接キスもクソもないと思うけどなぁ・・・・

立場が逆なら、水を入れずに優鈴葉の唇の当たった部分だけを味わうがな。

俺ってキモくない?

何はともあれ無事に滝のご利益は得られた。長い事居座るのは後続の人に迷惑なので早々に立ち去る。すると先ほどの老夫婦が外国人に何やら話しかけられていた。英語で話しかけられているようで老夫婦は理解できずに困っていた。

俺も英語が得意ではないので助けれないが、ゴーグル先生は違う。皆のスマホにいつでもいてくれて助けてくれる。最強のヒーローだ。ウルトラマンなんか比べ物にならない。

スマホを取り出しトランスレイトを起動させ老夫婦の下へ向かう。


「What's happen?(どうかしましたか?)」

「Where is the best bus stop from here?(最寄りのバス停はどこですか?)」


スマホを向けると、こちらの意図を察したのかスマホに話しかけてくれた。画面に表示されて日本語訳を見るや否や優鈴葉がジェスチャーをししながら見事な発音で答えた。


「The nearest bus stops are "Shimizumiti" and "Gojouzaka". You can get to "Shimizumiti" straight from here to the west.(最寄りのバス停は「清水道」と「五条坂」です。「清水道」にはここから真っ直ぐ西に進めば着きますよ。)」

「Really?Tyank you!(本当ですか?!どうもありがとう!)」

「You are welcome!(どういたしまして!)」


唖然。

その一言に尽きる。高2に俺が中3の妹に英語力で負けるとは…なんか悔しい!妹は「どうよ?」と言わんばかりの表情でこちらにブイサインを送ってきている。マジでかわいい。なんなら写真を撮ってスマホの壁紙にするレベル。

老夫婦は優鈴葉にお礼を言っている。最初に助けに行ったのは俺なのだが。

営利目的ではなかったので感謝の対象でなくともいいのだが。

なんかテンション下がるよね~


「本当にありがとうございました。迷惑ついでにもう一つ頼まれてくれないでしょうか?」

「なんでしょう?」

「これで写真を撮っては貰えないでしょうか?」

「お安い御用です!どれを背景にしましょうか?」

「仁王門を背景にお願いします」

「分かりました!」


カメラを受け取った優鈴葉は俺にカメラを渡してきた。


「なにこれ?」

「カメラだよ。私こういうの苦手だから代わりにお願いします」

「苦手なら引き受けなきゃいいのに…」

「困っているお年寄りを放って置けないでしょ。それは

にぃにぃも同じでしょ?」

「ふん…」


俺とてわざわざ人に優しくしない理由はない。仁王門に背を向け少し距離を取る。十歩ほど歩いたところで振り返り、カメラを構える。

二人と仁王門が良い感じに収まるように配置してシャッターを切る。

一応「はいバター」と言っておいた。すると笑ってくれたので良かったが、しけようものなら羞恥心で清水の舞台から飛び降りる所だったぜ。

え?ネタが分からなかったって?

「男はつらいよ」って映画で写真撮る時にバターっていうネタがあるんだよ。チーズの間違いなんだとよ。今の子たちは知らないか…


「これでどうでしょう?なかなかうまく撮れたと自負しています」

「ありがとうございます。ご兄妹で旅行ですか?」

「ええまぁ。どちらから来られたんです?」

「私たち夫婦は三か月前から日本一周をしているんです。北海道から初めてやっと京都に来ました」

「日本一周ですか。楽しそうですね」

「結婚した時から決めていたことなんですよ」

「違いますよ。夫のプロポーズが『必ず日本一周させてやるから、俺と結婚しろ』だったんです。四十年越しに叶いました」

「こ、こら!」

「良い話じゃないですか!羨ましいですね」

「あなたはどこから来たんですか?」

「香川県ですよ。別名うどん県とも言います」

「四国ですね。岡山にいった次に行く予定ですよ」

「ほんとですか。うどんのイメージしかないかもしれませんが、それ以外にも結構有名な物ありますよ。故郷贔屓かもしれないですけど良い所ですよ香川県って」

「今から楽しみになって来ましたね、あなた?」

「そうだな。おっと忘れてた。撮ってもらったんでご兄妹で一枚、どうです?」

「そうですか?じゃあ、お願いします」


スマホのカメラアプリを開き、使い方を説明して渡す。背景は同じ仁王門にしてもらった。優鈴葉の肩を抱きよせてカメラの方を見る。

三枚ほど撮ってもらった。

こういうのが旅の醍醐味なのだろう。人との触れ合いというやつだ。


「ありがとうございました。この先もお気を付けて」

「ええ、そちらも。ありがとうございました」


お礼を言い、老夫婦と別れる。撮ってもらった写真を見ると顔を赤くした優鈴葉を俺が抱き寄せている姿が写っていた。

悪くないな。むしろ良い。

ニヤニヤしていたであろう俺を、優鈴葉はずっと不思議そうな目で見てきていた。


「なんだよ?」

「にぃにぃってコミュ症じゃなかったの?」

「失礼な妹だな。関りが薄い人だと問題ないんだよ。こういうのが旅の醍醐味だ。覚えとけよ」

「それにしてもなんか今日のにぃにぃ…好青年過ぎるよ」

「お前は普段俺の事どう思ってんの?嫌いなの?」

「そうじゃないけどさ。なんか今日はいつもみたいに捻くれたこと言わないし、屁理屈も言わないし。なにより人に優しくしてるし。盗んだバイクで走りだしてないし」

「俺のイメージなんで『15の夜』なんだよ。最後のに至っては寄せに来てんじゃん」

「写真…って」

「『私をさらって』?」

「写真送って!!」

「ああそういうこと…」

「にぃにぃのラノベ主人公…馬鹿」

「なんか言ったか?」

「何でもないよ。次はどこに行くの?」

「どこがいい?せっかくの京都だ。聖地巡礼ぐらいはしないとだな」

「京都の聖地のイメージってさ、修学旅行シーンしか浮かばないのはなんでなんだろうね。俺〇イルのイメージが強すぎる…」

「そうだな。じゃあ俺ガ〇ルの聖地巡礼するか?普通は千葉でやるもんな気がするが」

「それいいじゃん!じゃあ次はどこにする?」

「龍安寺か伏見稲荷かな。ホテル平安の森ってのもあるが夜でいいだろう。取り敢えず距離を地図で見てみるから待ってろ」


思い出せる範囲で聖地の場所を照らし合わせてみた。伏見稲荷は現在地から真南。龍安寺は西。何というか…プランも立てずに来ちまったせいで最短距離が見えない。数学の最短経路問題みたいになっていた。

地図を眺めていると面白い物を発見してしまった。

「京都国際マンガミュージアム」と示されたこの場所。

見たら分かる。おもろい所やん。もう行くしかないやん。


「なぁ、聖地じゃないんだけど面白そうな場所見つけた。きっとお前も気に入ると思うんだが、行ってみるか?」

「どこ?」

「それは着いてからのお楽しみだ」


近くにいたタクシーに乗り込むとスマホで行き先を伝えた。平日に学生の兄妹の二人旅は珍しいのだろう。運転手は色々聞いてきた。


「ご兄妹で旅行かい?」

「学校のウィンタースクールの関係で今週は休みなので、前から来てみたかった京都に来たんです」

「私立の学校は変わってるねぇ」

「まぁ僕らはそのおかげで人が少ないときに旅行できているので、ありがたいんですけどね」

「違いないですな。それはそうとお昼はすませたのかい?」

「いえ、まだです。どこかおすすめのお店あります?」

「もちろんですとも。30年もここでタクシー運転手やってますからねぇ。うまい店の一つや二つ心得てますよ」


そう言った運転手さんはニヤッとしていたのがバックミラー越しに見えた。

京都人は情に厚いと何かの本で読んだが、あながち間違いではないらしい。或いはタクシー運転手さんはみんなこうなのかもしれない。


「妹さんは何か食べたい物あるかい?」

「やっぱりラーメンかなぁ。私ラーメン大好物で旅行に行ったら必ず地元のラーメンを食べてるんです。おいしいラーメン屋知ってます?」

「ラーメン屋か…よし、あそこにしよう!観光客も多い店なんだけどね、鶏ガラ濃厚スープなのに後味はスッキリしてるんだよ。付け出し肉はビールの肴に打ってつけ。僕も結構行くところなので味は保証しますよ」


運転手さんはとても楽しそうに話してくれた。こういう人はタクシー運転手に向いているのだろう。話を聞く限りではとてもうまそうなラーメンだ。腹の虫が鳴いている。


「着きましたよ。僕は外で待ってるのでお二人はごゆっくりどうぞ」

「すいません、何から何まで」

「構いません。これが僕の仕事ですからね」


運転手に一礼して店内に入った。入口の自動ドアは一度壊れたことがあるのか動きがぎこちないが、ラーメンの味には関係ないのでマイナスにはならない。

カウンターに座るとメニューが置いてあり、見た瞬間に注文は決まった。

数秒でお冷を二つお盆にのせた女性の店員が来た。


「いらっしゃいませー。決まったら読んでくださいね」

「あ、じゃあ早速いいですか?」

「大丈夫ですよ」

「特級ラーメンの並を二つと餃子を一人前。それと仕出し肉を一つお願いします」

「特級ラーメンの並が二つと餃子が一人前。仕出し肉が一つですね?」

「はい大丈夫です」

「少々お待ちくださーい」


店員は厨房に向かって注文内容を声に出していた。それに応じるかのように料理人も返事をしている。なかなか感じのいい店だ。優鈴葉もワクワクしているのか床に届いていない足を大げさにプラプラしていた。

妹よ、その気持ちむっちゃ分かるぜ。

そわそわしている妹はとても可愛い。同じクラスにいたら惚れて恋に落ちて告って振られるところだったぜ。いやいや、振られちゃうのかよ。


「楽しみだな」

「うん!」


守りたい、この笑顔…

俺が優鈴葉の笑顔に見とれているうちに注文の品が来た。白い湯気を立てているそれらは形容しがたいほど上手そうだった。いや、旨かった。久しぶりにうまいラーメンを食べた気がする。家じゃカップ麺ばかり食ってたし。

運転手さんおすすめの仕出し肉は子供ながらに酒にぴったりと思えるほどいい感じにスパイスが聞いている。これも美味なり。

俺達の間に会話はなく、ただ黙々と麺を啜っては肉を頬張った。

驚くことに10分足らずで食べ終わった。


「どうだった?」

「聞かなくても分かるでしょ?にぃにぃならさ」

「まぁな。社交辞令みたいなもんだ」

「じゃあ一応言っとく。おいしかったよ」

「そりゃようござんしたな」

「もちろん奢ってくれるんだよね?」

「あぁ、お兄ちゃんに任せな」


こういう店のレジは分かりにくいがカウンターの角にあることが多い。ここも例外ではなかった。レジに伝票(手書き)を店員に渡し、1500円ちょっとの代金を支払った。店を出るときに「ご馳走様でした」と言っておくのも忘れてはない。

店からちょっと離れたところにタクシーが止まっていた。


「お待たせしました。すごくおいしかったですよ」

「そりゃよかったですな。それじゃ、目的地に行きますか」

「お願いします」


ラーメン屋はあくまでついでだ。本来の目的地は別にあるのだ。

この時の俺は知らなかった。目的地は沼だということを。


◇◆◇


「着きましたよ、お客さん」

「ありがとうございます。これ代金です」

「どうも毎度あり」

「それではまた」

「お気を付けて。いい旅をしてくださいね」


軽く会釈で答えてタクシーに背を向ける。優鈴葉にはここがどこなのかを告げていないので、不安と興味が混じってきょろきょろとしている。

相変わらず可愛い。今日は可愛いのバーゲンセールだ。

横道で降ろしてもらったので正面玄関まで少し歩く。正面まで来ると優鈴葉もここがどういった施設なのか分かったようで目がキラキラしていた。


「マンガミュージアム…すごい!こんな所あるんだね」

「興味あるだろ?」


俺の質問に優鈴葉はぴょんぴょんしながら首を縦に振った。

だからさぁ、可愛すぎない?もはや尊いのだが。

入館料を払い施設の中に入る。中高生は一人300円で入ることが出来た。中は学校を改造したこともあってたかどこか古めかしい。その古めかしさが余計に好奇心を駆り立てた。

自由にマンガを読めるスペースがあるのを発見したので一目散に向かった。自宅にそこそこのマンガはあると思っていたのだが、ここの本棚にある数とは月とスッポン、美女と野獣。同じ土俵に立つことすら出来ていなかった。

ヤバい、興奮してきた。

ここまでマンガがあると理性がなくなる。手当たり次第に本棚からマンガを取っては読みふけった。優鈴葉が何も言ってこなかった所から察するに、優鈴葉も同じようなことをしているに違いない。


『俺は高校生作家、久高拓哉。実妹の久高優鈴葉とマンガミュージアムに来ていたら、怪しげな古いマンガの本棚を目撃した。マンガを読むのに夢中になっていた俺は、刻一刻と迫る閉館時間に気が付かなった。俺は職員さんに肩を叩かれ、振り向いたら…18時を過ぎていた。これ以上ここに居座ると職員さんに危害が及ぶ。妹の助言で退館することにした俺は職員さんに「彼女さんとデートですか?」と聞かれ、咄嗟に「はい、そうです」と答えた。退館したあと、今夜の宿に向かうために近くのタクシーに転がり込んだ。』


以上の過程ををへて俺達は旅館に辿り着いた。簡潔に述べるならばマンガに夢中になってて時間を忘れていたという訳だ。せっかくの京都を無駄にしてしまった。ある意味無駄にしていないのかもしれないが。

今俺達は「ホテル平安の森」のフロントにいる。順番待ちとかではなく、説教を受けている最中だ。

俺のグレートラブリーマイエンジェル香澄たんに。

俺にとってはご褒美である。香澄は怒った顔も可愛い。両手の甲をそれぞれの腰に当て俺達を叱ってる。原因は遅刻したからだ。17時にホテルで会う約束になっていた。なぜ兄妹の旅行に香澄が来ているのかと言うと、ホテルを予約するためだ。俺達は18歳未満だが、香澄は18歳なので余裕で予約が取れる。

ずっと同い年だと思っていたのだが、実は年上だと最近になって知った。


「まぁ香澄…そんなに怒るなよ。可愛い顔が台無しだぞ」

「はいはい。君の可愛いは安っぽいからあんまり嬉しくないよ」

「じゃあもう言わない」

「そ、それは違うんじゃないかなぁ?」

「月一くらいの頻度で言うようにしよう」

「そ、そんなぁ…しゅ、週一くらいの頻度でもいいよ?」

「あのー、私がいるの忘れてない?」

「そうだぞ香澄。早くチェックインしようぜ」

「なんで私が悪役みたいになってるの…はぁ。鍵を貰って来るから待ってて」


香澄がフロントへ行ったのを確認してから優鈴葉は「バカップルだね」と言ってきたので「悔しいかブラコン妹よ?」と返しておいた。

直後に右半身に痛みを感じたのは言うまでもあるまい。

香澄が鍵を貰って来るまでの数分間、俺の右半身への攻撃が止むことはなかった。今日はかなり疲れた。久々に出かけたからだろう。インドアには旅行は些か難しいようだ。

二部屋取るように香澄には頼んでおいたので、部屋に入れば一人だ。心を、何より体を休めるにはちょうどいい。


「お待たせ。部屋に行こうか」

「そうだな。鍵、くれよ」

「?いいけど」


俺の鍵の受け渡し要求を何故か香澄は不思議がったが、特に気にせず部屋へと向かう。鍵の名前と同じ部屋の前でドアを開けて入室。畳の良い香りが心地良い和室だった。今夜はここで一人だ。最高の夜になる事だろう。


「わぁ!すごい和室だ」

「うん?荷物置いて来いよ」

「どこに?」

「どこにって…自分たちの部屋にだろ」

「ここだけど?」

「はい?」

「うん?」

「二部屋取ったんだよな?」

「一部屋だけしか取ってないよ。別に拓哉君と一緒でもなんら問題ないし」

「お前はそうかもしれないけど優鈴葉が…」

「私も問題ないけど?」

「えぇ…そうなの?」


最高の夜は崩れ去ったようだ。別の意味で最高の夜が来そうな展開。

女性陣は早速浴衣に着替え始めている。微笑ましい事この上なしだが、なにやら胸騒ぎがする。


「今夜は、寝れそうにないなぁ」


最高級の部屋で一人で泊まるの、結構楽しみにしてたんだけどなぁ。

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