第十三章 ようこそ幼馴染系女子の寝室へ

俺は事の顛末を萌香の両親に話した。

知っていることは少ないが全てを話したつもりだ。その上で「俺に全て任せてほしい」と言った。

二人は最初迷っているような表情を浮かべたが、最後には「任せる」と言ってくれた。


「もう遅いから泊まっていく?」

「いえ、すぐそこですし…」

「でも今日は優鈴葉ちゃんとお母さん、出かけたわよ?」

「ま、まじですか…」

「マジですよ。泊まっていきなよ」

「じゃあ、お世話になります」


お袋は優鈴葉と出かけたのか…珍しいこともあるもんだな。

どうせ買い物か外食でもしてるんだろう。


「拓哉君は晩御飯食べた?」

「もう食べました」

「じゃあお風呂、入ってきて。着替えはどうする?」

「このままで大丈夫です。明日、朝一で家に帰って着替えなおすので」

「そぅ、じゃあ行ってらっしゃい。萌香はもう入った後だから大丈夫よ」

「何が大丈夫なんでしょう…」


良く分からない「大丈夫」を告げられ俺は浴室に向かった。ここの風呂に入るのは初めてではないが、久方ぶりの入浴にドキドキしたことに変わりはない。

(ここに萌香の入った後のお湯が……いかんいかん)

無心になってシャワーを浴びてお湯に浸かる。

疲れていたのか異常な睡魔に襲われて眠ってしまった。静かな浴室に少しぬるめお湯が体に心地よかった。溺れなかったのは幸いと言える。

おぼろげな意識の中、人の声が聞こえた。しかし、寝ぼけていた俺は夢だろうと思い気にしなかった。


ここで気付いておけば何も起こらなかったというのに。


まどろむ意識の中、最初に聞こえてきたのは誰かがシャワーを浴びる音だった。次に聞こえてきたのは誰かが浴槽に近づいてくる音だった。湯気が立っているせいと、眼鏡を外しているせいでこちらからは相手が見えない。きっと向こうからもこちらは見えていないだろう。

そして誰かは足を湯船に付けて、そのまま体をお湯に浸からす。この辺りで俺は正常な意識を取り戻した。俺は誰かと一緒に入浴していることになる。

何だこの状況。眼鏡をかけていないので相手の姿は見えないので「誰かいるのか?」と声に出してみた。


「へ?」

「え?」

「た、たくちゃん?!」

「その声…萌香?!なんでお前がここにいるんだよ!」

「それはこっちのセリフだよ‼もしかして私、たくちゃんの家にいるの?!」

「そこは大丈夫だ。ここは萌香の家で間違いない。今日泊めてもらってるだけだよ」

「わ、私の裸…見た?」

「見えてない!見てない!そもそも眼鏡をかけてないから何にも見えていない!」

「ほ、ホントに?」

「本当だ。優鈴葉に誓ってない!」

「分かったから、分かったから。そんなに詰め寄らないでよ…は、恥ずかしいから…」

「す、すまん…俺、もう出るわ」

「あ、待って。もうちょっと一緒に…いよう?」

「わ、分かった…」


萌香の顔が赤いのはのぼせているからだろう。きっと萌香以上に俺の顔も赤くなっていることだろう。何故か分からないが今日の萌香は色っぽい。

濡れた髪とのぼせ気味な頬と血色のいい唇。香澄の時も思ったがJKという生き物は濡れるだけ(意味深)で可愛さが100倍くらい跳ね上がると思う。

両手で豊満な胸を隠し目を逸らしている萌香。時々こちらを見ては俺と目が合い、すぐに逸らす。

(これなんてエロゲー?)

流石に耐えられなくなり俺は出ようとしたのだが、運が悪いことにお母さんが洗面所に入ってきた。


「拓哉君?寝てるの?」

「あ、大丈夫です!すいません長風呂しちゃって」

「大丈夫よ。ゆっくり入ってていいからね」

「ありがとうございます」


お母さんが立ち去ったのを確認すると萌香が「危なかったね…」と呟いた。


「そろそろ出ようか」

「うん、そうね。出ようか」

「じゃあ、俺が先に出るわな」

「あ、あのね。後から部屋、来てほしいんだけど…いい?」


湯気立つ白い肌、色っぽい唇。加えてさらに上目遣い。これは俺を殺しにきてる。間違いない。そうに違いない。

答えはイエスしかなかった。というより、聞きたいこともあったので丁度よかった。


「お風呂頂きました」

「長かったわね。のぼせてない?」

「はい、大丈夫です。じゃあ俺は先に休みますね。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


リビングでいた二人に夜の挨拶をして、二階の萌香の部屋に向かった。よく泊まりに来ていた頃は風呂上りに萌香の部屋でゲームをするのが習慣だったからだ。といっても今みたいにゲーム機を持っていなかったのでボードゲームばかりしていたのだが。特にリバーシは数えきれないほどやった。勝敗は五分五分だった気もするし、それ以下だった気もする。ただ、最後に必ず萌香が勝っていたことだけは間違いない。萌香は今も昔も負けず嫌いなんだ。


部屋に入ると萌香はまだいなかった。脱衣所から割と大きい風の音が聞こえたのでドライヤーで髪を乾かしているのだろう。あと十分くらいは帰って来そうにない。暇を持て余した俺は三方に配置されている本棚から本を物色することにした。半数は俺の持っているものか俺の読んだことのある物だったが、扉の右横に置かれた本棚には俺が読んだことの無い少女漫画系が並べられていた。レーベルやサイズによって分けられており視覚的に癒される光景である。

少女漫画に詳しくない俺でも知っている名前の作品を見つけたので一巻を手に取り読んでみることにした。

俺が読んでいる漫画は『YOUに届け』というラブコメ漫画だ。イチャイチャシーンとかは俺の作品の参考になるかもしれない。読んでいる途中に思い出したのだが、この作品は二度のアニメ化を果たしていた。確かヒロインの声優が「能登姉さん」だった気がする。確かにイメージにぴったりだ。「能登姉さん」って言い方、連続テレビ小説みたいだな。

一巻を読み終わったところで二巻を取ろうと立ち上がると、目の前に俺を覗き込んでいる萌香がいた。ぶかぶかのパーカーではなく学校のカッターシャツを着ているが、胸元のボタンが開いている。


「びっくりした…いるなら言えよな」

「読んだけど聞こえて無かったでしょ」

「すまん…」

「別にいいよ。今に始まったことじゃないし、もう慣れっこだからね」

「あえて触れてなかったが、その服どした」

「あんまり気にしないで…ちょっと洗面所でお母さんと色々あって」

「何があったのか恐ろしく想像できない…」

「そ、想像しなくてもいい‼」


萌香は両手でポカポカしてくるのだが、両手の一定なリズムに合わせてたわわな胸が揺れて最早テロである。

これが本当のテロリズム。

テロには屈しない!テロには屈しない!屈しないったら屈しないんだから‼


「そ、それで何で部屋に呼んだんだ?」

「…聞いてほしい事があったから」

「聞いてほしい事?」

「うん。聞いてほしい事。たくちゃんだって少しくらいは知ってるんじゃない?だから玄関であんなこと言ったんでしょ?」

「詳しくは知らない。だけど、俺はお前の口から何があったかを聞きたい」

「うん…たくちゃんだけだからね。たくちゃんだから話すんだよ?」

「えらく信用されているようだな」

「そりゃそうだよ。何年一緒にいると思ってるの」

「17年と三か月くらいだな」

「それくらいだね。もう17年だよ。といっても初めて会った時の事なんて覚えてないけど…」

「俺だって覚えてねぇよ。生後何週間とかだぞ?覚えていたら記憶力、化け物だろ。歴史家とかに向いてそうだな」

「いやいや…文豪の小説を暗記してるたくちゃんに言われくないよ」

「あれは覚えようとして覚えたんじゃない。例えるなら記憶喪失になった人がスプーンの名前と用途を忘れないのと同じだ」

「どういうこと?」

「人間の記憶は『長期記憶』と『短期記憶』の二つに分類される。そのうち『長期記憶』は『陳述記憶』と『非陳述記憶』から成り立ってる。『陳述記憶』は言葉に出来るが『非陳述記憶』は言葉に出来ない。具体例を出すなら『非陳述記憶』に分類されるのは『手続き記憶』と呼ばれる、運転技術などの体で覚えたものだ。次に『陳述記憶』の説明に入ろう。これは『意味記憶』と『エピソード(出来事)記憶』の二つで形成されている。『意味記憶』は言葉の意味や知識だ。『エピソード(出来事)記憶』は個人的な体験や思い出の事をさす。前者を失ってしまうと人は生きていけないが、後者は失っても生きていける。記憶喪失は精神的ストレスからの自己防衛でもあるんだ。だから『エピソード(出来事)記憶』が無くなる場合が多い。何故か分かるか?」

「辛い出来事や悲しい出来事は『エピソード(出来事)記憶』に含まれるから。負の思い出が無くなれば苦痛に晒されることがない」


両腕で足を抱えた体育座りをした萌香は下を向いて答えた。この座り方は落ち込んでいる時の萌香の癖だ。それは分かってるが、だからと言って何かするのは正解ではない。自然に会話を続けるのが萌香のためになるはずだ。


「そういいうことだ。さて、話を戻すが俺の小説の暗記は『意味記憶』なんだ。それがなければ生きていけないから。もしストレスを感じて記憶喪失になりそうになったら『意味記憶』から対抗する何かを持ってくればいい。俺にとってのそれは小説なんだ。百年前から変わってない事があり、変わった何かも確かにある。ではさらに百年後。変わらないものと、変わっていったものがあるはずだ。百年後のために『今』を残せるものが小説だと俺は思ってる。漱石や鴎外がそんなことを考えていたかどうかは知らないし、知りたいとも思わない。ただ一つ言えるのはな、彼らには伝えたいことが在ったという事だ。そして俺にも伝えたいことがある」

「……よく分かんないや」

「悪い。説明が下手で…上手い言い方が見つからないんだ」


(伝えたいことを上手く伝えられないなんて、小説家失格だな)

文字に起こせば綺麗にまとまるのに。自分の作ったキャラクターになら上手に話させることが出来るのに。一番伝えたい人に伝えられない。

悔しさと虚しさ。悲壮感と疲労感。

それらが胸底に落ちて蟠りを作っていくのが分かった。


「あのさ、私決めたよ。やっぱりまだたくちゃんには頼らない事にする!」

「え?迷惑だからとかそういう気づかいはいらないぞ」

「そうじゃないよ。ただ、私なりの伝えたい事が見つかったから…大丈夫!」

「あ…はは。そっか。なら大丈夫だな」

「そうそう、大丈夫」


そう言った萌香の表情はとても麗らかで可愛いかった。きっともう大丈夫だ。


「じゃあ俺はそろそろ寝るよ。おやすみ」

「どこで寝るの?」

「いつも通り客間だけど」

「今はあそこ使えないよ?物置になっちゃってるし」

「……まじで?」

「マジで」


しばらくの沈黙。


「俺はどこで寝ればいいんだ?!廊下か?廊下なのか?!女神みたいな笑顔で『泊まっていきなよ』って言いつつも心の中では『風邪でも拗らせてろ』とか思ってんのか?!」

「ちょ、ちょっとたくちゃん!一応、今は夜だから静かにしててよ」

「わ、悪い…。だけど本当にどこで寝ようか。選択肢は廊下しかないけど、ワンチャントイレでもいける…のか?」

「やめてよ、夜中にトイレ行けないじゃん。ここで寝なよ。私たちの仲だし別に気にしないでしょ?私は気にしないし。え、気にしないよね?」

「あ…あー気にしないなぁ~全然気にしないなぁ~」

「よかった…じゃあ布団、入ろ」


(こいつ…正気か?!)

確かに小さい頃は一緒に寝ていた。それどころか一緒に風呂に入ったこともある。だから先ほどの出来事もそこまで気にしていない。

だがシングルベッドを二人で使い夜を明かすのは間違いが起きそうだ。多分、震えるのは俺の方。

先に布団に入った萌香は手招きしていた。ここで逃げれば男が廃る。

恐る恐る布団に潜り…ベッドの端で身を縮こませた。

近づきすぎるのは良くない。そう…良くない!忘れかけているが萌香の服装は胸元が開いているのだ。刺激が…強すぎる。


「なんでそんなに離れてるの?寒いからもっと近寄ってきてよ」

「いや…俺って寝相悪いからさ。あんまり近づくと蹴り飛ばしちぃそうで…」

「離れてる方が蹴り飛ばされやすいんじゃない?」

「俺、制服だし…」

「関係なくない?」

「俺、アレだし…」

「あぁもう、うるさいなぁ~」


萌香は腕を伸ばすと強引に俺の体を引き寄せた。

(力強っ!!)

当然、例のたわわな二つの山が俺の目の前に現れた。

すこし汗ばみ艶やかなそれら。まるでダイヤモンドだ。

俺は理性を保つためにあえて発狂した。


「シャーイニーソウマイダイヤモンドォォォォォ!!」

「きゃっ!何っ?!」

「な、何でもない。ただのダメージコントロールだ」

「ダメージ…何て?」

「気にするな」


シャ〇Qさん…俺の場合、溢れていたのは石ころじゃなくて、ダイヤモンドでした。今の高校生ってこの曲知ってんのかな?

俺が生れる十年くらい前の歌なんだけど。流石に知らないかな。


「萌香…苦しい」

「あ、ごめん!大丈夫?」

「あぁ。なんか疲れたから寝る。お休み」

「うん、おやすみ」


よほど疲れていたのか、いつもは眠りの浅い俺がすぐに意識が落ちた。落ちる寸前、萌香が何か言っていたがよく聞き取れなかった。


◇◆◇


Moeka point of view


紆余曲折を経て、たくちゃんと寝ることになったのまでは良かった。問題なのは、その後だ。意外にも冷静なたくちゃんは、初めは奇声を上げていたけど今はもう寝てしまった。

つまり、今なら何をしてもバレない。頬をスリスリしても頭を撫でてもバレない。多分、キスしてもバレないだろう。

(してみようかな…キス)

私は何を考えているのだろうか。彼氏でもない男の子にキスしようなんて…。

いくら好きな男の子とは言え一度振られてしまった。それからも今まで通りに過ごせたのがせめてもの救いだ。


「たくちゃん…私の気持ちは変わってないよ。私にとってのストレス対抗手段はたくちゃんだからね。いつもありがとう…大好きだよ」


ありったけの勇気を振り絞って私はたくちゃんの頬に唇を付けた。

もう二度とキスすることはないかもしれない。だけど、今日のこの思い出だけで私は幸せに生きていける。

だから私はあいつらなんかに負けない。


「おやすみ、私の大好きなたくちゃん。いい夢見てね」


私はたくちゃんを両手で抱いて目を閉じた。

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