第四章 オタクの彼女達が俺の持ってるBBで悶々なんだが…

拓哉は目を覚ますと、暖かい布団の中にいた。隣には香澄がいて、しっかりと拓哉の左手が握られていた。


「まったく…可愛いな、おい」


時刻を確認すると、午前7時過ぎ。

起こすにはまだ早いと判断し、再び眠りにつく。一応言っておくが、香澄とは一線を越えていない。

マジで、越えていない。

越えていないったら越えていない。


◇◆◇


いい匂いとテンポのいいリズムで目を覚ました。


「さぶっ…」


起き上がった拓哉は、朝の寒さに身を震わせた。


「いい匂いだな…」


隣を見ると香澄はもう起きたのか、姿はない。

体を起こし、リビングと一体になっている台所へと向かう。

そこには、朝食を作る香澄の姿があった。

その姿は、さながら母親のようだ。


「あ、おはよう。もう少しでご飯が炊けるから、顔でも洗って待ってて」

「りょーかい」


言われるまま洗面所で洗顔。そしてうがい。


朝起きた直後は口内にばい菌がいるから、うがいした方がいいらしい。

テレビで、どっかの医者がそう高らかに主張していた。

洗った顔をタオルで拭き、そのタオルを首にかける。そのままリビングへ赴く。机の上には白い湯気が立つ朝食が並んでいた。

席に座り呟く。


「しかし今日も寒いな。流石は12月だ。頂きます」


手を合わせて言ってから食事を始める。


「頂きます。そうだね~今年も終わっちゃうね」

「年々、一年が短くなってる気がするな」

「そんなジジ臭い事言わないで…なんだか、私もおばさんになった気になるから」

「そうか?時間が短く感じるのは忙しい証拠さ。俺達クリエイターにとって悪い話じゃないんだぞ」

「うぅぅぅ…そうかもだけど」

「はっきりしない奴だな。それよか飯を食え、飯を。冷めちまったら勿体ない」


納得しない様子の香澄は、ボヤきながらも食事を始める。


「あ、そうだ。飯食い終わったら、家に帰るから。仕事が残ってるんだ」

「りょーかいだよ。早めに聞いておくけどさ、クリスマスは予定、特にないよね」

「ああ。何かあるなら早めに言ってくれると助かるな。でないと妹とのデートが入る可能性がある」

「ほんとにシスコンだよね。あんまりシスコンだと嫌われちゃうよ」


食事を終え食器を台所に運びながら、香澄は忠告にも似た嫉妬の言葉を発する。


「余計なお世話だ。シスコンな兄を持つ妹は、ブラコンになるんだよ。これは世界の理だ。何時いかなる時も揺らぐことはない」

「はいはい。ちゃっちゃっと帰んなさい。片づけはやっておくから」

「いつも悪いな。助かる」

「気にしない気にしない。私が好きでやっていることだから」


いつの間にか俺の荷物をまとめていたらしく、玄関まで持ってきてくれた。

香澄はエプロンを着て、髪をラフに結んでいる。

(なんつーか、お母さんみたいだな。本人には絶対に言えないけど)


「じゃあ、ご馳走様。また何かあったら連絡くれよな」

「分かった。そん時は全力ですっ飛んできなさいよ」

「任せとけ!じゃ、またな」

「気を付けてね」


午前八時に香澄の家を出た。

学校に行っていないので曜日感覚が狂い、今日が何曜日なのか分からない。

腕時計で確認すると、土曜日だった。


「帰ったら優鈴葉はいるだろうな。ケーキでも買って帰るか」


お兄ちゃんは妹に甘いのだ。

帰り道にケーキ屋などないので、回り道をして帰ることにした。

おおよそ3kmの回り道。

徒歩移動にはきつい。

それでも妹のためならば頑張れるのが、お兄ちゃんだ。

インテリの拓哉にはキツイ道のりだったが、妹の笑顔のために頑張ったのであった。


◇◆◇


「ただいまーお兄ちゃんのお帰りだぞ」


シーン


静かなのにそういう擬音語が聞こえた様な気がした。


「なんだ、いないのかよ」


冷蔵庫に買ってきたケーキを入れ、付箋にケーキがある旨を書き冷蔵庫に貼る。

これで帰ってきた優鈴葉が気づき、食べるはずだ。

自分の部屋に行き仕事をしようと相棒のノーパソを開いた時、ポケットに入った携帯が震えた。


「もしもし、夕凪です」

『おはようございます、夕凪先生。もしかして、今起きたばっかりでした?』


電話の相手は担当編集の甘利桜あまりさくらさんだった。

年齢は27才。大学を出てすぐに出版社に入社し、俺の担当編集になった。

新人だが優秀な編集者で、俺の作品が売れたのは彼女のお陰と言っても過言ではない。


「そんなわけないでしょう。朝早くからクオーターマラソン走ってきましたよ。お陰さまでヘトヘトです」

『それはお疲れ様でしたね。今日電話したのは、年末の忘年会についてなんですが…今年も不参加でしょうか?できれば参加してほしいですけど』


毎年毎年、出版社主催の忘年会が開催され、そこのレーベルで本を出しいている作家、イラストレーターが招待される。

ちなみに俺は毎年不参加である。

何故かって?

出版社は東京にあり、俺の家は香川にある。

もうお分かりだろう?

遠いから、それに比例して移動費が高くつくのだ。招待はするくせに、移動費は自腹ときた。

まぁこれは仕方ないとも言える。多くの場合作家は、打ち合わせがしやすいように東京近辺を活動拠点にしているので、比較的安く赴けるのだ。

一高校生たる俺に東京への移住など出来るわけがない。

金銭的に言えば問題は無い。

妹と離れて生活するなんてありえない。

考えただけでも体調を崩し、死にそうになる。


「行きたいのは山々なのですが、如何せん移動費がかかるので…」

『そういうことなら今年は問題ありませんね!移動費は出版社から支給されますよ』


えっへん

そんな声が聞こえてきそうだった。


「マジですか!?じゃあ帰りに秋葉原に寄る分のお金も出ますね!」

『あ、そういうのはありません。残念ですが、高松空港と羽田空港間の飛行機代と、そこからの公共交通機関の運賃だけです』

「そ、そんなぁ…東京まで行ってアキバに行けないなんてありえません!言語道断、無味乾燥に空前絶後!!」

『作家特有の四字熟語ラッシュを噛ましてこないで下さい!ていうか、先生だったらアキバ行くお金くらい儲けているでしょう?』

「いやまぁ…そうなんですけど。家族に仕事しているのバレたくなくてですね」


当たり前だが、親は仕事のことを知っている。父親ではなく、母親だが。

だが、他の人間には知られたくない。

なので、顔出し番組出演やサイン会も行ったことはない。

知られたくない理由は色々あるが、一番の理由は恥ずかしいからだ。

クリエイターが自分の作品を目の前で読まれるのを恥ずかしがってはいけない、そう言うドSヤンデレ作家もいるが、実際に体験してみるとかなり恥ずかしい。

面白いと言ってくれれば嬉しいが、面白くないと批判されれば凹む。

批判するのを悪いことだとは言わない。

お金を出して買った小説なのだから、そのお金に見合っただけの批判をする権利はある。

それでも、理屈では済まされないことはあるのだ。そういった理由から、身内にはバレないようにしている。


『その辺は勝手にやってて下さい。じゃあ出席にしておきますね』

「あ、はい。アキバは仕方なく実費で行きます」

『そんなに残念がらないで下さい。社会人はそんなに甘くないんですから』

「はぁ…」

『じゃあ切りますよ。七巻の初稿は概ねオッケーでしたので、数日中には修正箇所を報告できると思います』

「了解しました。あ、そうだ。忘年会にはK.先生は来られるんですか?」

『まだ連絡はしてませんね。これからしようと思っていたので。何か言伝でもあります?』

「いえいえ!何にもないですっアハハ」

『?そうですか。では切りますね』

「あ、はい」


通話が切れたのを確認し、スマホを机の上に置く。


(忘年会か…)


思えばデビューから三年が経つが、出版社へ行ったのは10回位しかなく、仲のいい先輩や同僚、後輩がいない。

忘年会の様な大勢の作家が集まる場所に、一人ぼっちで行くのは精神的にキツい。

香澄が出席するなら、こちらとしてはとてもありがたい。

移動時も一人じゃなくなるからな。

ちなみにだが、忘年会は毎年クリスマス前に開かれる。年末ギリギリは家族サービスなどで、参加できない作家が多いかららしい。

取りあえず香澄に参加の意志があるのかメールしてみた。


すると秒で返ってきたメールには、

『君が行くなら、私も行くよ。』

と書かれていた。


「…こいつやっぱり。俺のこと好き過ぎるだろう」


なんやかんやで、素直に嬉しかった。

香澄には、『じゃあ一緒に行こうな』と返しておいた。


『楽しみにしてるね』


やはり早い返信だった。


◇◆◇


萌香と優鈴葉は認めたくない現実から目を逸らす為に、ブラブラと外を歩いていた。

特に目的地はない。

というより、美味しい珈琲のある店やスイーツ店などこの田舎にないだけだ。

すると必然的に、行く当てもなく彷徨うしかなかった。


「何でこんなに寒いのに行く当てもなく、することもなく彷徨っているんだろう…帰りたい」

「し、仕方ないでしょ!たくちゃんが朝になっての帰ってこなかったのよ?朝帰り以前に未帰還…もうこれ確定じゃん!絶対、女いるじゃん」


昨日、拓哉が外出した後二人は、帰宅してから話を聞くと思い帰りを待った。

ただ待っているのも退屈なので、拓哉が所持しているBlu-rayを勝手に拝借し視聴。


「それよりさ、アニ〇イト行かない?萌香ちゃんも気になるでしょ、テンビリの続き。たく兄さ、BOXⅠしか持ってなかったし」

「そうね。一度全部見ているとは言え、あそこで切られると気になって眠れないわ。ちょうど駅の近くだし、このまま行きましょうか」

「賛成!」


絶世の美女二人が電車に乗ると周囲からの視線は、二人に釘付けになるという。

(拓哉調べ)

萌香と優鈴葉は多大な視線を感じながら電車に揺られた。

田舎でこれなのだから、都会に行けばどうなるのだろう。


『次は~終点、終点の高松です。ご下りの際はお忘れ物の無いようご注意ください』


癖のあるアナウンスだと思う。

なぜ駅員は駅名を伸ばし気味に読むのだろうか。


どうでもいいことを考えながらアニメ〇トを目指す。高松駅から店までは少々歩かなければならず、普段運動しない者にとってはキツかったりする。

交差点を四つ通り抜け、商店街に入る。休日の商店街は家族や恋人、友人の群れで溢れていた。


「やっぱり人が多いね。休日はいつもこんな感じなのかな?」

「そうね。香川なんてどこにも行く場所無いし、自然とこの辺りに集まってくるんでしょうね」

「そういうものなんだね」

「田舎ならどこでもそんなものよ」


群衆を押しのけて進み、馴染みの青い看板を見つける。商店街の二階に店舗があるので、狭い階段を登る。

もちろんだが、途中にあるBlu-rayや限定版コミックの予約情報も忘れずチェックした。

入り口入って右手にラノベコーナーがあり、その左隣にコミックコーナー。

その奥に同人誌コーナーがある。

一応ラノベコーナーを拝見。

この店舗の推しラノベは夕凪風見作品らしい。華やかなポップに、店員手書きのセールスポイントが書かれていた。

萌香と優鈴葉は全作品新品で購入し、既に五回は読破している。


「夕凪先生の作品の人気は凄いわね」

「やっぱり面白いんだよ。でもたく兄は夕凪先生の話しあんまりしないんだよね。なんでだろう?」

「そうね。たくちゃんなら面白くなかろうとも、批判なり改善点なりを言うはずなのに…」

「Blu-rayBox持ってる位だし、好きなのは間違いないけどね」


二人は棚に沿って店を回る。

同人誌コーナーを通り過ぎ、クリアーファイルやキーホルダーなどのグッズコーナーも通り過ぎる。

目的だったBlu-rayコーナーに着き、目当ての物を探す。


「うーん…置いてないね」

「置いてないわね」


もどかしさに悶々とする。

続きが見たくて仕方がないのだ。

しかし、無い物ねだりをしても埒が明かない。仕方なく帰宅することにした。

せっかく来たのだからと、Blu-rayの予約情報をもう一度見た。

すると、階段の所には無かった予約情報を見つけた。


「ねぇゆずちゃん…これって」


信じれないモノを見たような顔の萌香。

彼女の指差す所にはこう書かれていた。




転生のSister’s believer 

Blu-ray&DVDBOXⅠ

2019年1月16日発売!



「今日って2018年の12月15日よね?」

「う、うん。間違い無く」

「でもさ、家に在ったわよね?Blu-rayBOX一巻在ったわよね?」

「在ったね。ていうか、本編見たもん」


頭がこんがらがる二人。

一月後に発売の商品が家にある。

何故、どうして。

そんな言葉が二人の脳内を支配した。

沈黙の二人。


「も、もしかしたら」


破ったのは優鈴葉だった。


「Blu-rayBOXじゃなくて、普通のやつだったのかも。昔は全巻を三つのボックスに分けて収納するやつ結構あったし」

「ああ、そ、そうね。それしか考えられないものね」


((嘘だ!だって特典小説も読んだことないやつだったし、BOXアートの書き下ろしだった!))


オタクならではの観察力で、自分達の結論の証明を阻害してしまう。

よく分からない不安で胸が一杯のまま帰路に就いた。


◇◆◇


後にこの出来事を「青色ディスクの消失」と名付けられ、拓哉の身に危険が及ぶことになる。

拓哉の憂鬱はこれからが本番であった。





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