第三章 とある田舎の萌えキャラ創造主(イラストレーター)

時刻は正午になろうとしていた。

リビングに優鈴葉の膝で寝ている萌香がいた。なんど揺すっても揺すっても起きない。


「はぁ仕方ない…ごめんね萌香ちゃん」


近くにあった毛布をたたみ、膝の代わりにと、畳んだものを頭の下に置く。

やっとの事で解放された優鈴葉は、拓哉が何をしているのか気になり、部屋を覗くことにした。

忍び足で階段を上り、拓哉の部屋の前まで移動する。

(ごめんねたく兄。ちょっとばかし覗くだけだから)

ドアノブを握り、ゆっくりドアを開け、中を覗く。

中の光景は優鈴葉の考えつかない異様なものだった。

不登校で引きこもりガチな兄が、女の人と楽しく会話していたのだ。

内容はよく分からなかったが、かろうじて小説?とか絵?という単語が聞こえた。

優鈴葉はオタク仲間と話していると予想し、立ち去る。

だが、聞き捨てならぬ発言が聞こえ、立ち去るのをやめた。


「愛して・・・」

『私もだよ』


(なぁぁぁぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!)


声にならない叫び声をあげ、悶絶する優鈴葉。


(どうゆうこっちゃああああああ!!あのシスコンキモオタの兄貴が「愛してる」??どういうことだああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!)


ガンっ


拓哉の部屋から鈍い音が聞こえので、

覗いてみると、拓哉が頭をぶつけ悶絶してた。気付かれないようにそっと扉を閉める。

(と、取り敢えず…たく兄が部屋から出て来るのを待ってみよう。そしたら詳しく話を聞いてみよう)

階段をおり、リビングへと移動した優鈴葉。


リビングでは萌香がまだ寝ていた。

寝ている人を見ると連れて自分も眠くなる。どうせ休みなのだ。

せっかくなので惰眠を謳歌することにした。


◇◆◇


「なぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃをしとるじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「たく兄うるさーーい!」


兄妹の叫び声で萌香は目を覚ました。既に時刻は15時になろうとしている。


「流石に寝過ぎた。ヤバいわ。私・・・怠惰デスネー」

「一人でブツブツ気持ち悪いよ。たく兄みたいだよ」

「なかなか酷いこと言うわね。あなたの大好きなお兄ちゃんを気持ち悪いって」

「べ、別に大好きじゃないし!!」


スマホでゲームをしていた優鈴葉は、萌香の発言に全力で否定した。

そのせいでスマホは明後日の方へ飛び、バキッという音をたて転がっていった。


「「あ」」


二人の口がポッカリ空いたまま塞がらない。優鈴葉は投げたことを後悔し、萌香は茶化した事を後悔した。


「萌香ちゃんが変な事を言うから驚いたじゃん!スマホ壊れたじゃん!」

「な、投げたのは、ゆずちゃんでしょ!私は関係…ないし」


オタクにとってスマホが使えないのがどれだけ苦しいか、萌香は知っている。

なぜなら自分がそうだったからだ。


「ごめんなさい。拓哉に見せて直りそうか聞いてくるね」

「気にしなくてもいい‥よ。私もたく兄のとこ行くから」


(あの女の事も聞きたいし)


微妙に気まずい空気の中二人は拓哉の部屋を目指した。


(もう電話、終わってるよね?)

部屋まであと三メートルの所まで来たとき、微かな話し声が聞こえた。


「たくちゃん電話でもしてるのか?」

「さ、さぁ?」


(嘘でしょ!嘘でしょ!あのたく兄が女子と三時間以上でんわ?!明日はきっと天変地異よ!世界の終わりよ!)


優鈴葉のHPはゼロになりつつあった。

お願い、死なないでゆず之内!

ライフはまだ残ってる!


「い、一応待ってみる?」

「大丈夫よ。きっと拓哉のことだから、予約してたラノベが入荷したとか、プラモが入荷したとかよ」

「そ、そうだねー」


(ところがどっこい、それが違うのだぁ!正解は女子と超長電話!)


「痛っ」


前を歩く萌香が急に止まったので、ぶつかる優鈴葉。


「ちょっと急にとま「しっ!静かに」


優鈴葉の訴えは遮られ、萌香は「見てみて」と室内に向けて指を指す。

案の定、拓哉の通話相手は女子だった。

さっきよりドアが開いてるせいか、声がハッキリ聞こえる。


『今日は私の家に来ること』

「拒否権は?」


仲良さげな二人の声が聞こえてきた。


「ななななんあななななにアレ!」

「さ、さあ?」

「今なんか家に行くとか言ってなかった?」

「言ってたね」

「ごめん、私ちょっと頭が痛い。たくちゃんが女子の家に行く…犯罪臭がプンプンよ」

「と、取り敢えず玄関で待とうか。出て来たら話も聞けるし…」

「悪いけど、私はリビングで座ってる。立ってられないから」

「わ、わかった(どれだけショック受けてるんだろう。まぁ仕方ないよね。萌香ちゃんってたく兄のこと好きだし)」


フラフラ歩く萌香を抱えながら優鈴葉は下に降りた。リビングに萌香を座らし、玄関で拓哉を待つ。


5分も経たないうちに拓哉は降りてきた。どことなくぎこちない動きの優鈴葉だが、なんとか「あ、あれ?た、たく兄出かけるの?」とだけ口にした。


「ああちょっとな。友達と会ってくるよ。晩飯はいらねぇからな」

「と、友達?」

「そんなに驚かんでくれ。悲しくなるから。じゃあ、行ってきます」


拓哉が家を出たのを確認し、リビングへ入る優鈴葉。


「「なんじゃこりゃああああああああああああああああああああ!!」」


家中に雄叫びが響き渡った。

(外にも聞こえる音量だった)


◇◆◇


時計を見た拓哉は「はぁ」と溜め息を漏らした。時刻は既に5時30分を回っている。

所謂、遅刻というやつだ。


「香澄のやつ、また遅刻かよ。寒みぃなぁ。もう帰っちゃおうかな…」


俺は待たされるのが好きではない。

ていうか、待たされるの好きな奴とかいんの?三十分待ったという事実は俺にしては珍しく、素晴らしい功績だと言える。

つまりこのまま帰っても問題ないわけだ。


帰宅するべく改札方向へ振り返ろうとしたその時、「だぁれだ?」という声と共に後ろから何者かに目を隠された。

声の主はすぐに分かった。

というよりこの状況でこういう事をしてくる奴は一人しかいない。


「そういうのは眼鏡をかけていない人間にやるんだな。眼鏡をかけている奴にしたら、指紋がベットリでいい迷惑だ」

「あのさぁ、せめてさぁ。か、香澄か?って頬を紅く染めて聞くくらいしてよ。せっかく恥を捨てて頑張ったのに」

「知らん。ラノベの読みすぎだ。そんな事してる奴らを見たことない」

「いやいや。君の書いてるラノベに出てくるじゃん。元凶は君じゃん」


墓穴を掘ってしまった拓哉は、話を変えるべく足早に歩き出した。


「ちょっとちょっと!そっちじゃないよー正反対側だよ」

「は?お前ん家は向こうだぞ?遂に頭が悪くなりすぎて方向感覚狂ったか?」

「君の中で私はどういうキャラなのよ…今から行くのは家はなくて、お店。私の奢りよ」

「ほぉー?そりゃ珍しい。いつも集ってくるお前が奢るとはな。明日は槍が降ってくるかもな」

「失礼ね。私だってたまにはいいでしょ?そういう気分なの」


頬を少し紅に染め、上目遣いでこちらを見てくる香澄。

仕事中はボサボサの髪に寝巻き姿。

忘れがちだが、香澄はかなりの美少女なのだ。普通にしていれば、な。

普段が異常な見た目なのだ。


「何を隠している。今すぐ言えば内容によっては考えよう」

「なななな、何も隠してなんかい、いないよ?」

「嘘つけ!どうみたって何か隠してる感じじゃなねぇか!」

「い、いいから一緒に来てよ…だめ?」

「うっ…」


先程よりも頬を紅く染め、拓哉の裾を引っ張る香澄。少し俯いていて、性格に表情を窺うことは出来ない。

それでも分かるほど頬を紅く染めている。

拓哉は可愛さのあまりに、拒否する感情を失っていた。


「わ、分かりました。分かりましたよ!付いて行くから、裾引っ張るのは止めてくれ。た、頼むから…」


(マジで早く止めてほしい。だってこんなんされてたら、理性がどっか行っちまいそうなんだもん!俺は倫理君の名の下に理性保つんだぁぁぁ!!)


「ご、ごめん!伸びちゃうよね…」

「い、いや…」


(裾の心配は1ミリもしてないです)


「あんま遅くなるとアレだし、早くい、行こうか?」

「そ、そうだね…遅くなるとアレだしね。色々アレだし…ね」


(一体アレとは何なのだ。俺が言っといてなんだけど)


中学生カップルの初デートみたいな空気の中、電車に乗り、なんとか目的の場所にたどり着いた。


「ほ、ホテル?」

「あ、ちがっ!へ、変な勘違いしちゃっだめ!泊まらないから!最上階のレストランで食事するだけ…だから。夜の嗜みとかは…しない、よ?」

「そそそそうだよなぁ!ははっ高級レストランなんて超楽しみだ。早く行こーぜ」


(あっぶねぇ。ちょっとだけ期待しちまったじゃねぇか)


時刻は18時30分。

場所はホテルの最上階レストラン。白と黒の洋服を着飾った男性が、シャカシャカして酒を作る。夜景は美しく、料理は美味。

ロケーションとしてはこの上なく最高。

しかも俺はタダ飯。

なんと甘美な響きだろうか。


「あ、あのね…今日君を呼んだのは、言いたい事があったからなの」

「い、言いたいことって?」


俯いて黙り込む香澄。


「言いづらい事なのか?」

「そ、そんなに言いにくい事じゃないんだけど…は、恥ずかしいかな」

「恥ずかしい事…。あ、もしかしてだけどさ。俺らの関係の事?」


ビクッと肩を振るわせ驚く香澄。

それを見て確信する拓哉。香澄は分かりやすい一面がある。


(そういう部分も可愛いんだよなぁ)


「そっか。もうすぐ二年経つのか…ジジ臭いかもだけど、時間が流れるのが早いな」

「うん、二年だね。私達は二年で進展したかな?」

「ここに俺がいることが答えだな」

「ふふ、そうだね。あの引きこもりをよくぞここまで引っ張り出したって感じよ。自分を褒めてあげなきゃね」

「あぁ流石だよ。それだけ俺がお前にゾッコンって事の表れだ」

「も、もう馬鹿!恥ずかしいから、そういう事言わないで!」


目に涙を薄く浮かべ、両手でポカポカ叩いてくる。


(ああクソ、可愛いな!おい!)


「わりぃわりぃ。そんな怖い顔すんなって」


頭を撫でて、怒りを静めようと試みる。

効果はバツグンのようで、見るからに怒りが消えていっている。


「君にお願いがあるの。聞いてくれる?」

「出来る事なら何でも聞く」


夜景が見えるカウンターに座っていたので、香澄が俺の肩に頭を預けてくる。

当然ドキドキが止まらない。香澄に心臓の音が聞こえるのではないかと心配になる。


「家に泊まってくれない?君と一緒にいたいから」

「いいよ。俺も香澄と過ごしたいから」

「またベットでぎゅっ~てしてあげる」

「ほ、ほどほどに頼む」


それから一時間ほど食事を楽しみ、レストランを出た。

時刻は午後九時五分前。

気温はぐっと下がり氷点下に差し掛かろうとしていた。


「さぶっ!マジ死ぬ…」

「この位で死にはしなわよ。それよりさ、なんか買ってから帰ろう?」

「暖かい物を所望する」

「ふふっ。じゃあ紅茶にしようか」

「アールグレイ以外は認めんぞ」

「はいはい、分かったよ」


二人は歩みを進め、店で紅茶を購入。


「ま、まじか。雪が降ってる…」

「わ~すごい…真っ白に積もるといいなぁ」

「そいつは願い下げだな。寒いのは嫌い」

「ああもう、台無しじゃん…もうちょっとロマンチックに考えられないの?」

「知らん。早く帰りたい」

「もうちょっとだから我慢我慢」


二人の姿は白に包まれていく街に消えた。

幸せな時間はいつまで続くのだろうか。

拓哉はガラでもない事を考えてしまう。

妹にも幼なじみにも言っていない香澄との関係。隠しているつもりはないが、言うつもりもない。

香澄とは二年前から付き合っている。買い物に付き合えとかではなく、恋人の方だ。

バレたらきっと萌香に殺されるだろう。

優鈴葉は喜んでくれるかもしれない。

どちらにしろいつまでも隠しきれる事じゃない。ラノベ作家という事も含めて。


修羅場の始まりは近づいている事に拓哉は気がつかなかった。









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