第十章 やはり俺が旅に出るのは間違っている。 続

寒い外から帰ってすぐに俺達は風呂に入ることにした。部屋には備え付けの露天風呂があるので時間や人、性別すらも気にせず入ることが出来る。いわゆる家族風呂というやつだ。


「み、みないでよ?」

「一緒に入ろって誘ったのはお前なのに恥ずかしがるのかよ」

「あ、当たり前!君に裸を見られてるんだから!」

「安心しろ。ほとんど湯気に隠れて見えねぇから」

「見えないって知ってるってことは見たんでしょ」

「見てねぇっつうの」

「嘘だぁ」

「嘘じゃねぇって」


その後は水掛け論に発展した。香澄が「嘘だぁ」と言えば俺が「嘘じゃない」と反論する。永遠と続く終わりがない争いだ。正直言って時間の無駄。こんなことしてる時間があるなら香澄とイチャつきたい。スリスリしたいし、なでなでもしたい。もっと言うならふもふもしたい。ていうかたわわしたい。

何を言ってるんだ俺は…まぁ本心なのだが。


「はぁ、疲れた。もういっそのこと見てもいいよ」

「どうしてそうなるんだ。頭おかしいだろ!」

「なんか君と議論してたら色々吹っ切れたの!いいからどんどん見なさい‼」

「じゃあ、遠慮なく…ってなるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!素に戻った時のお前が怖すぎて見れねぇよ!」

「ああもうじれったい!見ないなら見せてやるんだから!」

「本格的に頭おかしいだろぉぉぉぉぉぉ!」


宣言通り香澄は、立ち上がったかと思うや否やそのまま近寄ってきた。そのまま俺の顔を両手で掴み、しゃがみ込む。俺の目の前に香澄の胸が位置する。もちろんタオルなど巻いていない。水を弾くほど潤しい白い肌ときれいな形の胸が俺の心に攻撃してくる。ここで負けてしまえば後が怖い。いくら優しい香澄とは言えただで済ましてくれるはずがないし、俺の良心が傷つく。

なんとか目を閉じることで対抗することに成功した。


「目、閉じないで。ちゃんと見てよ。私は君の事だけ見てるから」

「流石に無理だ。見てしまったら後でお前に殺される」

「殺さないから。大丈夫だから。だからちゃんと見てよ」


耳元で呟かれる優しい声。耳にかかる微かな吐息。俺のなのか香澄のなのか分からない心臓の鼓動。その全てが俺を包み込み誘惑する。その妖艶さと言ったら王子を誘惑するマーメイドのようだ。生足魅惑のマーメイド♪

香澄は止まるところを知らず状況はさらに悪くなる。俺の首に手を回して距離を縮めてきた。つまり口と口がくっつきそうになっている。


「やめてくれよ…マジで」

「やーめない」


その時、俺の中で何かが壊れた。もう何とでもなれ‼


「香澄…」

「うん?きゃっ!」


目の前のたわわな二つの山に向かって飛び込んだ。そして被りついた。

なんと美味な事か。

あーあ。やっちゃった。もう戻れないじゃん。

でも後悔はしていない!!


「ちょ、ちょっと拓哉君!!私、そこまでしていいとは言ってないよ!」

「誘ってきたのはそっちじゃないか。俺は我慢したんだぞ。覚悟、しとけよ?」

「お、落ち着いて。ね?あは、あはははは」


その後の記憶はほとんどないが、おぼろげに覚えていることを話そうと思う。

風呂を出た俺達は一目散にベッドに向かった、らしい。

そのまま聖なる夜にカップルがすることを沢山した。ほとんど記憶はないが。

正直に言えば気持ちよかった。めちゃくちゃよかった。

そして現在――

俺の腕にしっかりと体をくつっけた状態の香澄(全裸)と抱きつかれている俺(全裸)が布団を被っている状態である。まだ寝ている香澄は俺が布団をめくると寒さで肩をブルっと震わせた。


「ふぁぁ…眠たいなぁ」

「おはよう香澄。体は大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。少しお腹が痛い気もするけど、最初の痛みに比べたらマシだからね」

「そ、そうか。お前がそう言うならもっと早めにしたらよかったな」

「うん…君もしたかったの?」

「そりゃまぁ、俺だって男だしな」

「本当に?」

「そんなところで嘘はつかねぇよ」

「そっか…」

「なんかあったのか?」


香澄の表情はだんだんと曇り、やがて俯いてしまった。表情を覗おうにもしっかりと胸に顔を埋められていて分からない。


「どうしたんだよ」

「怒らないで聞いてね」

「おう」

「私ね、てっきり萌香さんはただの幼馴染じゃなくて、そういう事する関係だと思ってんだ。だから、一緒に寝てても襲ってくれないのかなぁって思って不安だったんだよ」

「馬鹿か。そんなわけないだろ。お前を襲わなかったのは嫌われたくなかったからだよ」

「ありがとうね。大好きだよ」

「珍しいな。お前が素直に感情を言葉にするなんて」

「私だってそういう気分になったら言うよ」

「そういう気分なんだな」

「もう一回する?」

「朝からかよ…」

「いや?」


上目遣いでこちらを見つめる香澄(全裸)の破壊力に負けて一戦交わってしまったのであった。この時すっかり忘れえていた、最恐の魔女の存在を。

つまり優鈴葉の存在だ。当然一部屋しか取っていないので横のベッドで寝ている。それだと言うのにその横で合体していた。最愛の妹の横で。かなり激しくやっていたので目を覚ましていてもおかしくない。ていうか香澄は割と大声で喘いでいた。

あれ?ヤバくね?詰んだくね?


「おい、香澄!優鈴葉がいることを忘れてた」

「え?あ…あぁ!忘れてた!」

「と、とりあえず服着よう」

「そ、そうだね」


かなり慌てていたのか下着を着ようとした香澄が、足を引っかけて優鈴葉の布団に転んだ。俺は咄嗟にその辺りにあった服を着て布団に隠れた。


「う…ん。なにぃ?香澄ちゃん?」

「あはは…ごめん起こした?」

「ううん、大丈夫。それよりなんで服着てないの?」

「朝風呂に入ろうかと思ったんだけど、服に足を引っかけちゃって」

「怪我してない?」

「大丈夫。それじゃあ私は風呂に行くね」

「いってらっしゃーい」


布団で耳を澄まして会話を聞いていた俺は香澄が風呂に入ったの確認し、体勢を楽な状態に直した。優鈴葉の方に背を向けていた姿勢から上を向いた姿勢になる。

目を閉じていたので優鈴葉が近づいてきていることに気付かなかった。


「にぃにぃ?」

「うおっ!びっくりした…なんだ?」

「私が気が付いていないと思ってる?」

「面目ございません」

「実の妹が横でいるのにさぁ?そういうことするぅ?」

「ごめんなさい」

「そりゃさぁ?彼女さんと一緒に寝てたらそういう気分になるかもだけどさぁ?少しは自重しようとか思わない?」

「反省してます」

「今度何か奢ってね?」

「許してくれるのか?」

「別に許したわけじゃない。けど、怒る資格もないし」

「それは…なんていうか、助かる」

「分かればよろしい」


そして優鈴葉は香澄の後を追いかけて風呂に入っていった。バレてしまったものの怒られるという事態は避けられそうである。


◇◆◇


その日は伏見稲荷に行くことになっているが、三人とも行く気にはなれなかった。別に喧嘩があったとかではなくて、ただ単にだるかっただけなのだ。

俺と香澄は体力的にしんどかったのだが、優鈴葉は風呂に入りすぎてのぼせたらしい。幸いこの旅館はチェックアウト時間が14時なのでゆっくりできる。

部屋の机の上に置いてあったお茶と茶菓子でまったりした。


「ふゃぁあ…おいしい」

「ほんと、うまいな」


そのまま時は流れて14時。そろそろチェックアウトの時間になった。

旅館のルームサービスで借りたUNOをしていると時間が経つのが早い。途中で野球拳UNOが始まり地獄を見たが、俺は負けていないので眼福である。しかし、妹が泣きそうになりながら服を脱いでいるのを見ると謎の背徳感に駆られるものだ。

香澄なら抵抗がないんだけどなぁ。


「次はどこに行くの?」

「悪いな優鈴葉。俺は仕事があるんだ。香澄とどこか行っててくれ。全て香澄の奢りだからな」

「え、私が出すの?」

「ほぉ、年収1500万のKさんは彼氏の妹に何も奢れないんですかぁ?」

「むぅ。そういう言い方やめてよね。年収2000万の夕凪先生には恐れ多くて反論できませんしぃ」

「くどい様だけどさぁ。イチャつくのやめてよね。なんか腹が立つから」

「悪かったな。そんじゃ俺は行くから、後は香澄に任せた」

「あ、ちょっと!」


呼び止める二人をさらりと無視して、タクシーに乗り込みとある場所に向かう。もちろんだが仕事というのは嘘である。わざわざ嘘をついてでも来なければならない場所なのだ。

昼間の都は夜とは打って変わって賑やかだが、それ故か空気は濁っているような気がする。或いは俺の心が濁っているのかもしれないが。どちらにせよ、今の俺にはいい景色とは言い難い物だった。狭い車内では目線を向ける先がないに等しい。なので外を見るしかないのだ。古い趣きの建物がずらりと並ぶ街は、さすが京の都と言ったところか。窓の外に花屋を見つけた俺は「途中にで花屋に寄ってもらっていいでしょうか?」と尋ねた。すると運転主は嫌な顔一つせずに頷いた。京都に来てから出会った運転手は皆良い人たちばっかりだ。それは人柄とかじゃなくて風柄なのだろう。関西人は気が強いイメージがあっただけに少し拍子抜けだ。

花屋の店先で降ろしてもらい、花を見繕った。正直詳しいわけではないのでどれでも良かったのだが、どうせならきれいな方がいい。そこで専門家の意見を聞くことにした。車の事なら車屋に、電気の事なら電気屋に、花のことなら花屋にだ。

なんとなく察したと思うが、今から向かうのはお墓参りである。それに似合った花を聞くと、「スイートピーやアイリスが良いと思いますよ。サザンカなんかでも良いですね」と教えてくれた。取り敢えず花を見せてもらい自分が気に入ったものにしようと決めた。笑顔で教えてくれた花を見てみてきれいだと思ったのは「アイリス」だった。別に最近そういう曲を聴いたからでない。断じて違う。いい曲ではあるがな。


「アイリスを頂けます?」

「分かりました。もともとあまり長くは咲かない花なので、花が咲いているものだとすぐに枯れてしまいます。蕾の状態のもありますが、いかがなさいますか?」

「今日だけなので咲いているきれいな物でお願いします」

「かしこまりました。包みますので少々お待ちください」


そういって店員は二束のアイリスを抱えて奥へと向かった。初めて入る花屋に緊張したものの、なんとか綺麗な花を手に入れることが出来たので良しとしよう。

待っている間暇だったのでアイリスについて少し少し調べてみた。キジカクシ目アヤメ科アイリス属らしい。

なるほど…全く分からん。菖蒲様でない事だけは確かである。俺の花に関する知識と言えば『ポリエチレンメモリーズ』で知ったことくらいだ。つまりほぼ皆無。萌香は多少の知識はあるらしいが、どれほどの物かは知らない。

唯一分かったのは学名のアイリスだけだ。名前から何となく予想は出来ていたが、由来はギリシャ神話の虹の女神イシスらしい。神話の名前を付けとけばカッコいいみたいな所あるよな。なんでなんだろうな。異世界なのに現実の神話の神の名はついてたり、CEの世界でも名前の由来になってたりする。冷静に考えて不思議だ。世界の不思議を発見したいレベルで不思議だ。

店員が戻って来たのでお金を支払い、薄いピンクの包装紙で包まれたアイリスを受け取ってタクシーに戻った。

そのまま車に揺られること二十分。目的地であった京都市深草墓園に到着した。

ここに俺の唯一の親友が眠っている。

目立つオブジェクトのお通り抜けて人気のないうらの広場に入り、ポツンとある墓石の前に立つ。決して立派な物ではないのだが、しっかりと存在感を放っている。


「久しぶりだな、瑛士えいじ。元気にしてたか?」


親友は返事をしなかった。それどころか微塵も動かない。

墓園の事務所から柄杓とバケツを取ってきて墓石に水をかけ、花を挿し、ろうそくに火をつける。そのまま墓石にもたれて缶コーヒーをすすった。その行動に意味などないが、親友の生きた日々を追体験しているように感じる。俺と瑛士の間に言葉など不要だ。こうしているだけで会話になるのだから。


「寒くなったな…お前、冬嫌いだったしな」


生きていた頃の瑛士の思い出を思い出しながら何時間もそこで座り続けた。冷たい彼は何も語らない。ただそこで雨に打たれ風に吹かれ雪に埋もれる。不思議と悲しくはなかった。寧ろ楽しさを覚えた。

どれくらいそうしていたのだろう。時計を見ると16時を過ぎていた。


「そろそろ帰るわな」


立ち上がり尻の土を払いのける。そのまま立ち去ろうとしたが、言い忘れたことを思い出し呟く。


「お前の妹は元気だ。それじゃあな」


もう振り返らない。俺の心は決まっていた。

全てを話すべきだ、と。

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