特別編 来たぞ! 我らのタイタノア 中編

 大都会から一望できる海原は、平和な時勢であれば……蒼き絶景として、目にする人々を癒していたはずだった。

 しかし今、その海原――東京湾の先にある太平洋は、怪獣の襲来に備えるBATの戦闘機が翔ぶ、戦場と成り果てている。


『こちら、司令の志波よ。すでに例の熱源は、東京湾から約700kmほど先の地点に降下しようとしているわ。……奴がどんな力を持っているかは不明だけど、それほど東京から離れているとは思わないで頂戴』

「了解。みんな、聞いての通りだ。絶対にここで奴を阻止するぞ!」

「ハッ!」


 司令官の命を受け、太平洋の上空を翔ぶ制式戦闘機「BATファイター」。赤と青を基調としつつ、両翼にBATのシンボルマークと黄色の縁取りが施された本機には、機体先端部にレーザー砲が搭載されている。

 その操縦士を務める隊長の烈騎と、後部座席で射撃手を担う流星は、共に剣呑な眼差しで行く先を見据えていた。


「おい……見えたぞ、みんな!」

「冗談みたいなサイズね……!?」


 一方、BATファイターの後方には――好孝が運転手を務め、三代子が射撃手を担当している調査用特殊乗用車「BATチェイス」が飛行している。橙色を基調とし、前方ライトから2本の銀と黒のラインがデザインされている本車は現在、一定の時速を越えることで「BATエンジン」を発動させ、飛行モードへと移行していた。

 車体ルーフから出現した砲台。その照準越しに、件の熱源の正体を目にした三代子は、頬に冷や汗を伝せている。後輪に展開された翼を操る好孝も、その表情に戦慄の色を滲ませていた。


 彼らの眼前に降り行くのは――蒼い輝きを放つ、光の玉。その大きさはかつて、ルヴォリュードが追っていたものとは比較にならないほどのものであった。


(あれは――!)


 かつて光の巨人と共に、宇宙怪獣ゼキスシアと戦ったからこそ。彼と全てを共有していた流星には、分かってしまう。

 眩い閃光と共に、蒼い球体を破り――その中から顕れる、「熱源」の正体が。


「……こいつは……!」

「これは、大ごとになりそうね……!」

「各機、散開! 纏まっていては狙い撃ちにされるぞ!」


 光の中より出でし存在の、あまりの大きさに。この戦場を翔ぶ誰もが、息を飲んでいた。


 金色の如き煌めきを放つ、鋼の鱗。大樹の如き両腕に、深く根を張るかのような太い脚。背部から飛び出した鋭利なヒレは、身の丈を超えるほどの長さを持つ尾にまで伸びている。

 敵対するもの全てを飲み込まんとする大顎には、巨大な牙が無数に備えられ――理性という概念がまるで窺えない、蒼白の両眼は。自分の前に現れたBATのマシンを、羽虫のように一瞥していた。


「……5年前、とは違う……!」


 天をも穿つ、彼の者の咆哮を浴びるよりも早く。レーザー砲の発射レバーを握る、流星の手は震えている。一度は戦ったからこそ、分かるのだ。

 今目の前に聳え立つ、90m級の超巨大怪獣――「覇天神獣はてんしんじゅうゼキスカイザー」は。ゼキスシアという種の頂点に立つ、宇宙怪獣の長は。


 5年前に戦った個体などとは、桁違いなのだということが。


 ◇


 BATが戦闘を始めた現在も。混乱を回避するためとして、何も知らされていない東京都民の者達は――東京湾の遥か向こうで、自分達の命運を賭けた死闘が始まっていることすら理解していない。

 彼らの機体が太平洋を目指して飛び出す様子は目撃されたが、その誰もがいつもの「お散歩パトロール」と見なしていた。


「――始まったようですわね」


 そんな人々が絶えず行き交う、交差点の中で。蛇のような眼を持つ妖艶な美女が、空を仰いでいた。

 彼女には、視えているのである。アサマ・ダイが残した、宇宙人にしかわからない「サイン」が。


「……楽しみを壊されては、敵いませんわね。平和にも正義にも、興味はありませんが……仕方ありません」


 蛇の群れを彷彿させる、ウェーブの黒髪を掻き上げて。優雅な歩みで、人混みの中へと消えてゆく彼女は――やがて、東京湾を一望できる港へと足を運ぶ。


「やれやれ。“ワタクシの”地球に土足で侵略とは、大した度胸ですこと」


 そこで身を翻す彼女はすでに――ヒトならざる眼光を放っていた。次の瞬間、その身体は妖しい輝きを纏い、空の彼方へと飛び去って行く。


 民間人には視認できないほどの高度まで達した時――人間の女性、のようにみえていたその者は。49mにも及ぶ巨人と化していた。

 全身を無数の大蛇で埋め尽くす、その禍々しい姿は――到底、銀河憲兵隊の一員であるとは思えぬ形状をしている。


 ――「裏切りの邪術師」の異名を持つ彼女の銀河憲兵隊としての名ビジネスネームは、ツクモ

 かつて銀河憲兵隊によって排除された「シゥーア星人」の生き残りであり、銀河憲兵隊の「見習い隊員」である。本名は、舌先が二つに分かれた種族でなければ発音できないものと言われている。


 実力こそ一線級ではあるものの、その打算的な人柄から「性格に不安要素あり」と見做されている問題児だ。自分の利益のためなら同族さえ切り捨て強者の側につき、甘い汁を啜ることに全力を注ぐ。

 宇宙の平和を守る正義の戦士として、望ましくない姿勢を隠しもしない女なのだ。保身と収益という目的がなければ、銀河憲兵隊になど決して属していないような人物である。

 現在も正規隊員である「アースマウンテン」ことアサマ・ダイの補佐という任務を与えられていながら、今の今まで勝手に彼の元から離れた挙句、人間社会に居着き好物のマムシ酒を漁っていたのだ。


(……この星の侵略を諦めたつもりではありませんが。今のような日々が延々と続いたとしても、それはそれで悪くないのです。……楽しみの邪魔は、しないで頂きたいものですわ)


 今こうして、地球に現れた「覇天神獣」の迎撃に向かっているのも。結局のところ、利益目当てでしかない。

 それでも彼女は、正義の側についている。正義という、強者の側に。


 ◇


「くッ……! なんで硬さだ、コイツッ!」

「まるで効いてない……!」


 金色の外殻は、その見掛けに恥じない防御性能を発揮していた。BATチェイスの機銃掃射もBATファイターのレーザー砲も物ともせず、ゼキスカイザーはゆっくりとした足取りで日本列島――東京を目指している。

 どれだけ鈍足でも90m級の大怪獣ともなれば、遠からず日本に辿り着いてしまうだろう。今からスティールフォースやヒュウガ駆動小隊を呼んだとしても――


「……! 回避だ、回避ッ!」

「うッ……!」


 ――神獣の大顎から放たれる、絶大な破壊光線の射程を考えると。間に合うとは、思えない。

 幸い、東京に光線が向かわないように飛び回ってはいるため、現状被害はないが……この膠着状態も、長くは続かないだろう。

 ついに怪獣……侵略者との対決を果たしたBATの正義は、早くも捩じ伏せられようとしていた。


(ルヴォリュードッ……!)


 やはり所詮、「税金泥棒団」の力では。この猛威を斬り払うことは、叶わないのか。


「朱鳥隊員ッ!」

「流星、危ねェッ!」


 BATファイターの頭上に振り下ろされる巨大な尾に向け、レーザー砲の射角を上げながら。二度目の死を覚悟した流星が、発射レバーに手を掛ける。


 ――そして。


「……ッ!?」

「あれは……!」


 漢字の「山」の字に似た緑の3本角。銀色を基調とした、筋骨逞しい体躯。黄色い岩の如き胴。腰回り。肘。膝。拳。それら全てを一身に纏う、55mもの「光の巨人」。


「あれは、5年前の……!?」

「いえ、あの時とは違うわ……!」


 彼の者がこの海原に顕現し、神獣の尾を受け止めたのは――その直後であった。5年の時を経て、再び地球に現れた謎の異星人を前に、BATの隊員達は瞠目する。


「あれは……あの人は……!」

「……」


 だが。銀河憲兵隊を知るBATファイターの2人・・には、分かっていた。彼の者という存在が、地球を守るために遣わされた「怪獣退治のエキスパート」であるということを。


「うおぉッ!? なんだアレ……新手!?」

「巨大……ヒジキ星人?」


 尾を振り払い、堅牢な肩でゼキスカイザーにタックルを仕掛ける3本角の巨人――アースマウンテン。その一撃を浴びてよろめく神獣に、横から飛び蹴りを仕掛ける者がいた。

 彼の者と同じ、銀河憲兵隊の戦士……には到底見えない、大蛇を纏う異形の巨人「白」。怪獣の類にすら見えるその姿を目の当たりにして、好孝と三代子はなんとも言えない表情を浮かべている。それは、流星と烈騎も同様であった。


 ようやく上司、であるはずのアースマウンテンと合流した白は、ゼキスカイザーと共に並び立つ。が、いきなり横から脳天にげんこつを浴びてしまった。


『いった!? いきなり何をしますの!? 女性に暴力を振るうなんて、銀河憲兵隊の風上にも置けませんわね!』

『うるせぇバカ! 今までどこほっつき歩いてやがったんだツクモ! 見習いの癖して勝手なことばっかりしやがって、また変なこと考えてると承知しねぇぞ!』

地球ここのマムシ酒が美味しいのがいけませんのよ! それに侵略なんてとんでもない。ワタクシは平和と共存を、誰よりも尊んでおりますのよ!』

『……おい、侵略なんて俺は一言も言ってねぇんだが』

『ハッ! これは誘導尋問! 卑劣! 卑劣な技ですわ!』

『どの口が言ってんだコラァ! 全く……なぁ、お前もなんとか言ってや――』


 そこから地球人には分からない言語で、ギャアギャアと言い合う巨人達は、やがて同時に正面へと向き直る。

 すでに目と鼻の先まで迫っていたゼキスカイザーが、体当たりを仕掛けて来たのはその直後であった。


『デュゴワッ! ――てんめ、やりやがったなッ! 誰かの平和や暮らしを脅かす奴は嫌いなんだ、行くぜッ!』

『アゥアッ! ――あなたッ、後からノコノコ来ておきながら、我が物顔しないでくださいます!? 先にこの星へ目をつけたのは、このワタクシでしてよ!』


 90m級の体重を乗せたタックルを浴び、2人の巨人は天を衝くほどの水飛沫を上げ――豪快に転倒してしまう。そこからすぐさま立ち上がった彼らは、微塵も恐れることなく自分達の倍近くもある大怪獣に、真っ向から殴り掛かっていった。


「す、すげぇ……」

「……皆、攻撃を再開するぞ。BATとして、この戦いを黙って見ているわけにはいかない。地球の平和は、地球人自身の手で……僕達の手で守るんだ!」

「了解ッ!」


 絶えずこの大海の波を揺るがし、拳と尾を振るい続ける巨人達と神獣。その激戦を目の当たりにしたBATの面々は、再び勢いを取り戻していく。

 隊長である烈騎の声に応じて、BATファイターとBATチェイスの2機が、再びゼキスカイザーに向かって行った。


「弱点は必ずある、それを見つけるの! 好孝ッ!」

「もうバッチリ捉えてるぜ、三代子ッ!」


 アースマウンテンと白が同時に組みつき、ゼキスカイザーの動きが止まる。その一瞬の隙を突き、BATチェイスの機銃掃射が神獣の目を狙った。

 激しく首を振っているため、全弾命中とは行かなかったが――弾丸の雨はゼキスカイザーの片目を抉り、鮮血を噴き出させている。悲鳴の如き咆哮が響き渡り、大顎の狙いが空を飛ぶ乗用車に向けられた。


「朱鳥隊員、今だッ!」

「発射ッ!」


 だが、撃たせはしない。開かれた大顎に向かうBATファイターのレーザー砲は、神獣の口内に向かって放たれる。その一撃を無防備な口内に当てられ、神獣は悶えるように頭部を振るった。


「……!? いかんッ!」


 だが、その痛打はさらなる暴走を招いてしまう。激痛ゆえに、がむしゃらに首を振るっていたゼキスカイザーは、そのまま破壊光線を放とうとしていた。


 射線の先は――東京。


「やッ……やめろぉぉぉおッ!」


 それに気づいた流星が、絶叫すると同時に。全てを飲み込まんと放たれた破壊の奔流が、海を裂き遥か彼方へと向かう。


『む――!』

『あっ――!』


 東京が。日本が、終わる。


 BATの面々も、巨人達も、この場にいる誰もが、一瞬の中でその未来を確信してしまった。もはやこれは、避けられないのだと。


 この奔流はもはや、「神」にしか止められぬと。


 ――だから、か。


『ふっはははー! ヒュウガ・タケルを始めとする地球の民草共よ! 崇高なる守護神であるこのタイタノアが、貴様らのために来てやっ――ぼへぇあぁあぁあぁああッ!?』


 遥か宇宙の彼方から、この星を救うために駆けつけてきた真紅の守護神は――天を裂くように今、この場に舞い降りたのである。


 その着地の瞬間に、「奔流」に直撃しながら。


『あばばばばあぼぼぼぼ……ぶっへえぇえぇえッ!?』


 地球に来た途端、着地した先でいきなり、東京を破壊しかねない光線を浴びせられた「神」は。図らずも・・・・その全身で全ての奔流を受け切り、情け無い悲鳴と共に吹き飛ばされてしまった。


『べばぶッ!』


 神獣の大顎が、放射を終えて閉じられる瞬間。彼の赤き巨神は、顔面から海面に突き刺さり。その両足だけが、天に向かって伸びている。

 その一部始終を目撃した戦士達の間には、揃って微妙な空気が漂っていた。


(……タイタノア……!)


 彼の巨神の実態を知る異星人であり、それ故に目の前の光景に瞠目している――真空寺烈騎を除いて。

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