外伝 恋結鉄拳ツナイダーロボ
――感情というエネルギーがある。それは持つ者の精神を揺さぶり、時として普段とはかけ離れた力を発揮することもある。
明星戟の活躍によって、「ロガ戦争」が終結してから1年を経た今。
その「感情エネルギー」は
人類のように、感情を持つ知的生命体が発する「負の感情」をエネルギーとし、地底に潜む古代恐竜を媒介にして発現する巨大怪獣――「
人々は今、その脅威に晒されており――かの魔獣が相手では、世界防衛軍の通常兵器もまるで通用しない。そこで防衛軍は、兵器開発の権威と名高い
やがて彼は、「駆動戦隊スティールフォース」の隊長を務めるゾーニャ・ガリアード少佐の愛機「パイルノキオT」を参考に――怨厄魔獣と同じ「感情エネルギー」を動力とする、新型機動兵器の開発に着手するのだった。
◇
「
放課後の屋上。赤みがかかった茶髪を靡かせる、長身の男子高校生――赤銅煉は今日、学園のアイドルである
「……えと、十文字さん。夢のように嬉しい話だけど、ちょっと待って。そういうことを女の子が言うのは良くないと思う。物事にはまず、順序というものが……」
「あっ……! ご、ごめんなさい! 実は、これには深い訳がっ……!」
「訳?」
すると、途端に結は顔を赤らめ、手を振り事の経緯を語り始める。元々それほど接点もない上、高嶺の花であるはずの彼女から唐突に告白された煉としても、それは興味深い内容であった。
◇
――十文字博士の娘である彼女は、父が開発した防衛軍の新兵器「ツナイダーロボ」の機動キーに相当する、
怨厄魔獣が恐竜を媒介に感情エネルギーで怪獣化するように、「感情をエネルギー化できる超能力」を先天的に有していた彼女が、機動キーとなり媒介である巨大兵器の動力となる。結は、その為の改造手術を受けているのだ。
しかし、人類の為とは言え機械の体になったことで、彼女は学園のアイドルと持て囃される一方――誰にも本当の自分を打ち明けられずにいた。
そんなある日。ふと、階段を踏み外して転んだ自分を、颯爽と受け止める男子と出逢ったのだ。
100kg以上の体重になる機械化ボディを、まるで普通の女子を扱うかのように、お姫様抱っこで受け止めて見せた彼――赤銅煉に。自らの体のことで悩んでいた結は、瞬く間に心を奪われてしまったのである。
『私が……重くないの?』
『女の子が、重いわけないだろ?』
『……!』
以来、彼を想う際に発生する感情エネルギーは、過去最高の値を叩き出していたのだ。
そしてこの情報を聞きつけた博士は、煉を
◇
一連の経緯を知った煉は、暫し考え込むように腕を組む。
――貧乏大家族の長男である彼は、幼い兄弟達を養うため、日夜
だが、バイトを無数に掛け持ちしている煉としては、割ける時間がどうしても限られてしまうのだ。仕事で家を空けがちな両親に代わり、弟や妹の面倒を見れるのは自分しかいないのだから。
――そんな彼の姿に罪悪感を覚えた結は、申し訳なさそうに目を伏せる。やはり言うべきではなかったと、濡れそぼった瞳が嘆いていた。
「……ごめんなさい。私のせいで、こんなことに……やっぱり私、お父様にお願いして、この件をなかったことに……!」
「いや、やるよ。初めて俺を好きと言ってくれた子が、助けを求めてるんだ。……彼氏ヅラ、させてくれないか。
「煉君……!」
だが、改造人間だろうと彼女を1人の女として見る煉は、その光景を良しとはせず、結の為に戦う意思を表明する。自分に告白してくれた以上、もはや煉にとって彼女は他人ではないのだ。
そんな彼の凛々しい表情に魅入られ、少女は感涙を浮かべるのだった――。
◇
世界防衛軍が擁する偉大な科学者であり、軍事開発の世界的権威。それが私の父であり――私、
そして父は、いつも私に言っていた。力を持つ者には相応の責任がある。私達には強大な力があるのだから、それを人々に役立てる義務があるのだ――と。
だから苦戦する防衛軍の為に、父が心血を注いで
――でも。私はすぐに、それがおかしいことだと気づいた。そして、気づくのが遅過ぎた。
ある日、通学の途中で居合わせたトラックの横転事故。その現場には、車体に挟まって動けない子供がいた。
私は感情エネルギーと持ち前の正義感を剥き出しにして、そのトラックを持ち上げて子供を救い――拒絶された。気味が悪い、と。
そして私は、ようやく気付かされた。言われるがままに兵器の体になり、超常の力を振るう。どんな大義の下であろうと、そんな思想が狂っていないはずがない。
でも、それを知った頃の私にはもう、どうすることも出来なかった。
私は慟哭を上げた。何もかもが手遅れであると、受け入れることが出来なかった。声が枯れても、喉が潰れても。
――でも、いつかは受け入れるしかない。今さら私が何を叫んだところで、目の前にある現実が変わることなどないのだ。
父の下から逃げ出しても、行く当てなどない。せいぜい父の手から離れたところで軍に捕まり、
結局私は、父の狂気を知りながらただ従うしかなく。何も知らない学校の
――違うんだよ。私は体重が100kgもある機械の体で、気味が悪い化物なんだよ。勝手に美化しないで。私、ほんとはただの女の子なんだよ。
そう、心の内を吐露することさえ許されなかった。
鉄塊の様に重いはずの私を、
あの、
――だから私は、決めたんだ。
この力は、この命は、彼のために使う。どんな怪獣が相手だろうと、決して負けない。私が絶対、負けさせない……!
◇
――それから僅か1ヶ月後。東京郊外の、とある山中。
自分がいない間、幼い弟達の面倒を見てくれると言う、近所の教育実習生――
十文字科学研究所での訓練を終えた煉は、銅色のパイロットスーツに袖を通し――感情式特殊人型兵器第1号「ツナイダーロボ」の
2人は同時に銅色のヘルメットを被り、赤いバイザーを降ろして臨戦態勢に入っていた。
胴体と比べて異様に太い両腕を持つ、接近戦に特化した真紅の巨大
側頭部に備わる金色の2本角。鋭く吊り上がった蒼い両眼。獰猛な闘志を感じさせる、紅く堅牢な拳。その攻撃的な外観の全てに、怨厄魔獣を殲滅せんとする十文字博士の意志が顕れているかのようであった。
「煉君、頑張りましょうね! この戦いに勝てば、お父様も交際を認めてくださいますし……何より、多額の報酬金も出るのですから! ご家族にも、後ほどたっぷりご馳走と……ご挨拶をさせて頂きますねっ!」
「……あぁ、そう、だな……。そのために、
「……?」
その機体のコクピットに座している、結の身体はいわば操縦系統の代わりでもあり……操縦席に座る煉とは向かい合う格好になっている。彼女の両腕は操縦桿の役割であり、恋人繋ぎのように煉と両手の指を絡め合うことで、操縦可能となるのだ。
全長18mにも及ぶ真紅の鉄人の中で、煉はなんとも言えない表情を浮かべている。絵面が、絵面なだけに。
「……あの、結。さすがにそうやってガン見されると流石に気が散るというか……」
「ご、ごめんなさい。煉君の凛々しい瞳が余りにも格好良くてつい――!?」
だが、
『ヴラヤマァー!』
独特の咆哮を上げて、魔獣が突進してくる。それは
「――汚い手で、結に触るなッ!」
その絵面が煉の怒気に火を付け、ツナイダーロボの鉄拳が唸る。真紅の拳を顔面に受け、魔獣は転倒するが――反撃の火炎放射を仕掛けてきた。
煉は咄嗟に2本の剛腕で防御するが、火炎の熱はじわじわとコクピットに及んでくる。
『ハゼロー! モゲローッ!』
「くッ! 結、ケガはないか!?」
「は、はい!」
このままでは、結にもダメージが及んでしまう。
「……結ッ!」
「煉く――んうッ!?」
煉はヘルメットを脱ぎ捨てると、素早く結の唇を奪い……舌を入れ込む。この濃厚なキスは、彼女を一気に蕩けさせ――凄まじい力をツナイダーロボに齎すのだ。
紅い巨体がさらに赤熱し、ツナイダーロボは指を絡ませ合うように両手を組む。そして、その両拳を高く振り上げ――
「ラブル! スレッジハンマーッ!」
『バクハツシローッ!』
煉の絶叫と共に、魔獣を頭から打ち砕くのだった。魔獣は怨嗟の断末魔を上げると、瞬く間に爆散四散し――戦いは終焉を告げる。
「やった……! 俺達やったんだ、結! ……結?」
「あ、あぁぅ……煉君の顔、まともに見れません……」
だが、歓喜の声を上げる煉に対して。手を離して顔を隠す結の耳は、ツナイダーロボのボディよりも赤くなっていたのだった。
――かくして、
頑張れ! 爆ぜろ! 我等のツナイダーロボ!
◇
――私達が晴れてお付き合いを始めて、ツナイダーロボが初陣を飾ってからもうじき1ヶ月になる。
ついこの間まで、私は普通の女の子のような恋が出来るなんて、想像すらしていなかった。恋人が出来て、デートして……なんて、
だからこそ、そんな私を選んでくれた
――だが。想像していなかったからこそ、避けられない悲劇もある。
原形を留めない程に破壊され尽くしたキッチンを見て、私は改めて己の力を呪っていた。
「あ、あぅ……ど、どうしよ……」
付き合いたてのカップルがやる定番といえば、お弁当だ。彼の為に作った愛情たっぷりのお弁当で、まずは胃袋を掴む。それが互いの想いを結ぶ第一歩になると、少女漫画に記されていた。
だが、
――これは相当な死活問題である。お弁当、即ち料理スキルは必ず結婚後も要求される。御手伝いさんを雇えば済む話かも知れないが、旦那より料理が出来ない嫁なんて悲し過ぎる。
煉君のお宅は余り裕福ではないらしく、彼は家事の殆どを1人でこなしているらしい。……彼女として、そんな彼に情け無い姿は見せられない。
――だが、そんな意気込みとは裏腹に。私が気合いを入れる度に、キッチンはさらなる破滅に晒されてしまっていた。
「……ふむ」
「……あ、あの、ごめんなさい……こんな物しか作れなくて」
そして、当日の昼休み。屋上で弁当を開いた彼に私が差し出したのは、ぐちゃぐちゃに潰れた一つのお結びだった。
焦げてもいないし塩と砂糖を間違えてもいない。そんな緩々な基準を辛うじて潜り抜けて完成したのが、この歪な米の塊であった。恥ずかしくて死にそうになる。
「……うん、美味い! なんだよ結、料理苦手って言う割には全然美味しいじゃん」
「ほ、ほんと!? ――ありがとう……!」
だが、そんな失敗作でも。彼は喜んで味わってくれていた。その優しさに触れて、私は益々彼に惹かれていく。
――いつか結婚するまでには、もっと上手になりたいな。
「……しかし、
「あうっ!? ん、んもーっ、違いますー! 洒落じゃないんですーっ!」
「あはは、ごめんごめんっ」
「もうっ……んふふっ」
でも、結のお結びかぁ……ふふっ。
◇
そして、さらに月日は流れ……高校の卒業式を迎えた、3月。
私と煉君は晴れて卒業証書を授与され――その足で、式場へと向かっていた。
これから私達は夫婦の契りを交わし、新しい一歩を踏み出していくことになる。
まだ、世界が完全な平和を迎えたわけではない。
――それでも。こんな私を選んで、受け入れてくれた煉君が隣にいてくれるなら。どんなことでも乗り越えて行けると、私は信じている。
「煉君。……愛してます」
「え、ちょっ……何だよ急に」
「ご、ごめんなさい……想いが、溢れちゃって」
「……いきなり過ぎるだろ。まぁ、その……俺も愛してるよ」
彼は隣を歩く私に愛を囁かれ、照れ臭そうにしながらも――私の心を溶かす、柔らかな笑みを向けてくれた。
この笑顔を前にする度に思う。この人がいてくれて、本当に良かったと。
式場に辿り着いた私は、この日の為に用意していたウェディングドレスに身を包み、式を心待ちにしていた。
――自分が、こんな場所に立てるなんて。あの日までは、思いもしなかった。
人と
『怨厄魔獣出現! ツナイダーロボは直ちに出動せよ! 繰り返す――』
――い。そう、言い切れるところだったのに。無粋な侵略者は、私達の運命の日にまで土足で踏み込んでくる。
「全く、こんな時に……行こう結、さっさと片付けて式のやり直しだ!」
「……はいっ!」
私の前に駆けつけてきた煉君は白いスーツのまま、私の手を繋いでくれる。その手を握り返して、私達は式場から飛び出して行った。
招待客の皆は騒然としているけれど……今は、侵略者を討つのが先決だ。私達は式を挙げる格好のまま、ツナイダーロボのコクピットを目指して疾走していく。
――そう。どんなことがあっても、私達は変わらない。何があっても私達は、この繋いだ手を離さない。私達を結ぶ絆は、とうに一つになっている。
「行くぞ、結!」
「はい、煉君っ!」
だが、それはそれとして。
私達の式を台無しにしてくれた礼は、千倍にして返さねばならない。私は手を引く彼の後ろで――決して誰にも見せられない形相へと豹変する。
――今に見ていろ怨厄魔獣共、全滅だッ!
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