第3話 鉄人拳帝ガントレットセブン 前編
今から、そう遠くない未来世界。世界各地の都市は、侵略人造人間「ディスポロイド」の脅威に晒されていた。
――天才科学者プロフェッサー・ロアン。かつては歩兵用装備の世界的権威とされていた彼は、自らの「作品」が優れた兵士により運用され、その能力が遺憾無く発揮されることに歓びを感じていた。
しかし、外宇宙から訪れた「侵略者」との戦争は――戦闘機や戦車、巨大人型ロボットの類が主力であり。歩兵の重要性は、長らく軽視され続け――白兵戦の練度も下がりつつあった。
そうして生身での戦いを知らない若い世代が増える一方、ロアンが創り出す歩兵用装備はさらに性能を増し――次第に、使い手が彼の「作品」を持て余すようになってしまったのだ。
満足に性能を活かせないばかりか、
死を伴わない模擬戦で、無駄な傷を負って帰ってくる。そんな今の防衛軍に、ロアンが愛想を尽かしたのが――半年前のことであった。
彼は、人間の脳を戦闘ロボットに移植するという最新兵器「ディスポロイド」を持ち出し、軍から脱走。自らの「作品」に充足を与えられる世界を目指し、人類に宣戦を布告するのであった。
無論、防衛軍も悪に寝返ったロアンを許しはしない。だが、今の彼らが有している白兵戦用の装備は全て、ロアンが作ったもの。彼の仕掛けにより使用権限を奪われてしまった防衛軍は、ロアンが開発に携わる前の旧装備しか使えない状況に陥ってしまった。
しかも怪獣や異星人の類ではない、ただの地球人を相手に、白兵戦用以上の武装を使用するのは世論の反発を招く……という理由で、防衛軍側は戦闘機や戦車による対処が不可能となってしまう。
ロアンの勢力を撃滅し得る強力な兵器群は、軒並みロガ星人との宇宙戦争に充てられてしまっているのだ。
かといって、旧式の歩兵用装備による白兵戦では、ロアンが差しむけるディスポロイドには到底敵わず――世界防衛軍の歩兵隊は、連戦連敗。
人類の手で掴み取ったはずの平和は、その担い手だったはずの男の手で、脅かされようとしているのである。
――それから、1ヶ月後。さらに事態は悪化する。
なんとロアンの息子を名乗る、プロフェッサー・ロアンJr.が、ディスポロイドの支配権を受け継いだと発表されたのだ。
戦乱の時代から活躍し続けていたロアンは、すでに老境の身。彼の反乱など、長くは続かない。そんな望みすら断ち切る、最悪のニュースだった。
先代の全てを受け継いだというロアンJr.。彼は先代と全く変わらない勢いで、防衛軍の歩兵をさらに圧倒。世論に抑圧された兵士達ではもはや、彼らを阻止する手段はない――そう思われていた。
――だが、ここ最近。ある噂が、人々の間で流れ始めていた。
ディスポロイドのうちの1機が、プロフェッサー・ロアンに反旗を翻し、人類の自由のために戦い始めたというのだ。
しかし、それは所詮、根も葉もない噂。防衛軍の主戦力に守られている東京を含む、世界各国の主要都市を除いた「地方」で暮らす人々は耳を貸すことなく、ディスポロイドを恐れる日々を送っていた――。
◇
「いやぁあー! 来ないでぇー!」
「待ちやがれぇえッ!」
吹き荒ぶ風の中、1台の車が荒野を走る。すでにガタがきている、そのボロ車を――1人の男が追いかけていた。
人ならざる速さで地を駆ける、人外の男。彼の者に追われていた運転手の少女は、顔面蒼白になっていた。
泣き叫ぶ彼女の声を遮るように、男もけたたましく声を張り上げるが――車が止まる気配はない。
――だが、それも当然だろう。旧式の兵装しか運用できない防衛軍の歩兵には、車並みの速さで走れるサイボーグなどいない。ならば当然、男の正体は悪の尖兵・ディスポロイドということだ。
しかも、彼女が泣き叫んでいる理由はそれだけではなく――自身を追う男の顔にも、原因があった。
「な、なんでロアンJr.がこんな辺境にっ……! いやぁあー! 誰かぁあー!」
「違うっつってんだろがぁあ! いいから止まれぇえー!」
年齢は20代半ば。艶やかに靡く黒髪。逞しくもしなやかな体躯。鋭い切れ目の瞳に、颯爽とした顔立ち。それは紛れもなく、あの悪の後継者たるプロフェッサー・ロアンJr.の面相だったのだ。
だが、男はあくまで違うと言い張り、なおも少女を追い掛ける。しかし、世界を脅かす悪魔の顔を前にして、逃げない女などそうはいない。
「ああもう、ラチがあかねぇな!」
やがて、痺れを切らすように。男は勢いよく地を蹴って跳び上がると、一瞬のうちに車を飛び越して――車の前に回り込んでしまった。
「ひ、ひぃっ!?」
「手荒ですまねぇなッ!」
そして、少女が急ブレーキを踏んで減速する中――男は難なく片手で、その車体を止めてしまう。やがて男は無理矢理扉を開けて、運転手の少女と対面するのだった。
「ひゃあ! う、撃たないでください!」
「撃たねーよ!? ……ほら、これ」
「えっ……? あっ!」
少女は彼を前にして、ひどく怯えてしまうが――男は彼女の言葉を否定しつつ、あるものを差し出した。それを目にした少女は、我に返ったように素早くそれを掴み取る。
――それは、一つのロケットペンダント。その中には、今は亡き少女の母が写されていた。
「……お袋なんだろ、それ。ちゃんと一緒にいてやれよ」
「あ、ありがとうございます……! ごめんね、お母さんっ……!」
「ったく……」
ロアンJr.の顔を持つこの男と遭遇したショックで、落としたことにも気づかず逃げ出してしまっていたのだろう。母の形見と再会を果たした少女は、ペンダントを胸に抱いて泣き崩れていた。
そんな彼女を見つめる男は、穏やかな笑みを浮かべている。その貌には、ロアンJr.を彷彿させるような色など全くなく――ごく普通の好青年のようであった。
「……ハッ!? う、撃たないでください!」
「だから撃たねーよ!」
――それでもロアンJr.と同じ顔ではあるので、怯えられはするのだが。
◇
その後、彼女の家があるという町に招かれた男は――とある1軒のパン屋に辿り着く。埃まみれの看板には、「ベーカリー・ユイ」と書かれていた。
やがて、その脇に車を止めた少女が、おずおずと降りてくる。
「あ、あの……さっきは勘違いしちゃってごめんなさい。あんまりそっくりだし、人とは思えないような速さで走るし、その……」
「……もういい、別にビビられるのも今に始まったことじゃないしな。それよりここは……」
「私の家です。……と言ってもご覧の通りで、全然お客さんも来なくなっちゃって……え、へへ」
「……」
寂しげに笑う彼女を一瞥し、男は店を含む辺りを見渡す。かつては賑やかな町だったのであろう、この一帯は――人の気配すらまるでない、ゴーストタウンに成り果てていた。
ディスポロイドに対抗できない防衛軍の歩兵部隊では、為す術がなく……こうして幾つもの町を捨てて、数ヶ月にも渡る撤退戦を続けている。東京のようにディスポロイドの侵略を受けておらず、ロアンの叛逆も「対岸の火事」と看做しているような大都市もあるが……地方には既に、彼らの魔手が及んでいるのだ。
ここも、そうやって見放された場所の一つなのだろう。
「ちょっと待っててくださいね、ちょうど焼きたてのパンが余ってるんで!」
「……ああ」
やりきれない表情を浮かべながら、彼女の家だというパン屋に足を踏み入れ――男は近場のイスに腰掛ける。そこへ少女が出来立てのパンを持って来たのは、その直後だった。
「先ほどは、母の形見を持って来てくださって……ありがとうございました。私は
「俺は
栗色の髪をショートボブに切り揃えた、18歳前後の美少女が――推定Gカップの豊かな胸を揺らしつつ、愛らしい笑顔を浮かべてパンを持ってくる。その様子を神妙に見つめた後、猇は差し出されたパンに視線を落とした。
「元軍人さん……じゃあ、あの速さも人体改造か何か……あっ、いや、ごめんなさい! 気分悪いですよね、こんな話……」
「別にいい、実際そんなもんだ。まぁ軍がやる改造なんて、ディスポロイドには遠く及ばないんだがな」
「……ディスポロイドといえば、最近噂になってますよね。確か、ロアンJr.に反旗を翻した裏切り者が出たとかなんとか……」
「くだらん噂さ、そんなもん。皆不安だから、そういう景気のいい話を聞きたがるんだよ」
猇はパンには手をつけず、手元にあったリモコンでテレビを付ける。すると、猇と瓜二つの顔が画面に現れた。
『ハッハハハハ! 逃げるだけではつまらんぞ!? 防衛軍の諸君! 誰か私に挑む、愚かな勇者はおらんのかな!?』
「……」
生中継で人々を挑発する、プロフェッサー・ロアンJr.。その映像と、目の前にいる猇を交互に見遣り――悠依は、深々と頭を下げた。
「……あの、本当にごめんなさい。紅河さんのこと、あんな奴と間違えちゃうなんて……」
「もういいって言っただろ。……それにまぁ、こうしてみると確かにそっくりだしな。傍迷惑な話だけど」
うんざりしたような目付きでテレビを一瞥しつつ、猇はようやくパンを口にする。そして表情を変えないまま、悠依の方に視線を移した。
「……美味いな。この店、長いのか?」
「は、はい。今はこんなんですけど、昔は町の皆からも大人気だったんです。私が生まれた時に出来たお店だから、『ベーカリー・ユイ』って名付けられて……私も小っちゃい頃から、お父さんとお母さんのお手伝いをしてて……」
「そうか……」
「……でも、プロフェッサー・ロアンの反乱が始まって、皆どんどん町から逃げちゃって……。残る人達もいたから、私達は頑張って店を続けてたんですけど……」
「……」
この辺りの区域には、ここのようなゴーストタウンしかなく――大勢の人間が暮らしている都市からは、かなりの距離がある。そんな状況では通常通りの経営など出来ないし、パンを都市まで運ぶデリバリー業しかなかったのだろう。
ましてこんな時代では、それでもかなりの無理があったはず。店を畳もうにも、次の仕事が果たして見つかるかどうか。そんな瀬戸際の中で家族を失いながら、この少女は生き続けて来たのだろう。
寂れた店。ボロボロの車。人気のないゴーストタウン。そんな中で孤独に戦って来たのであろう彼女を、猇は神妙に見つめ――パンを完食した。
「……ご馳走さん。久々に美味いもんが食えたよ。お代はいくらだ?」
「頂けませんよ、お母さんを連れて来てくださったんですから」
「こういう状況だ、貰えるもんは貰っとけ。お袋さんだって、お前の幸せを願ってるはずだ」
「紅河さん……」
1枚の札をテーブルに置いて、猇は素早く席を立つ。行く当てがないという割には、すでに次の目的地を定めているかのようだった。
――その時。
「……!」
「キャアッ!」
激しい轟音が響き渡り、店内が凄まじい揺れに襲われた。皿や置物が次々に落ち、砂埃が降り注いでくる。
咄嗟に悠依の上に覆いかぶさり、それを凌いだ後――猇は鋭い顔付きで、店の外へ飛び出していった。
「な、なに今の……こ、紅河さんっ!?」
「……早瀬はここにいろ、すぐに片付けてくる」
「か、かたっ……!?」
有無を言わせぬ強い口調で、そう言い放つ猇。その発言の意図を読めず、悠依は困惑した様子で窓の外を眺める。
――そして、言葉を失ってしまった。
緑に塗装された、鋼鉄の装甲。それに全身を固めた1人の機械兵士が、戯れのように町を破壊していたのである。
――そして、そのシルエットは紛れもなく。プロフェッサー・ロアンJr.が擁する、ディスポロイドのものであった。
猇は、それを知っていて飛び出したというのか。いくら元軍人でも、無謀過ぎる。
「こ……紅河さん、逃げてぇっ!」
そう思い立った悠依が、慌てて店から出ようとした――その時だった。
「現れたな裏切り者。……よもや、こんなゴーストタウンに隠れていたとは思わなかったぞ」
「……こんな寂れた町まで、遠路はるばるご苦労なこったな」
ディスポロイドの前に、微塵の恐れもなく立ちはだかる猇。彼を前にした機械兵士が、「裏切り者」と口にしたのである。
(裏切り者……! じゃあ、紅河さんは……!?)
それを耳にした悠依は口元を覆い、目を見開く。――そして、察した。
あの噂は、単なる噂ではなかったのである。
「死ね、紅河猇ッ!」
「……ッ!」
ディスポロイドは素早く襲い掛かり、猇に無数の鉄拳を見舞う。だが、彼はその全ての拳打を巧みにいなし――足払いで転倒させてしまった。
「ぬぅっ!?」
「……そのザマじゃあ、『型落ち』も言い訳にならねえぞ」
そして、相手が立ち上がるより素早く。人ならざる跳躍力で跳び上がり、廃屋の屋上に着地した。
その高所から、機械兵士を見下ろす格好となった猇は――驚愕の表情で自分を見つめる悠依を一瞥しつつ。
「――
拳を振るい、十字を切り――眩い閃光を纏い、己の姿を変身させた。
その新しい姿には、対峙しているディスポロイドとは何処と無く違う――風格が漂っている。
蒼い腕部と大腿部の装甲に、赤い胸部装甲。真紅の拳や脚部に、白銀の光を放つフルフェイスの仮面。金色に輝く両眼に、頭部に備えられた鋭利なトサカ。
それが、紅河猇が「閃転」することにより発現する彼の真価であり――全7機のディスポロイドの中でも最強の、最新鋭機の姿であった。
「――
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