第5話 超新星ノヴァルダーA 前編
媚薬の香が立ち込める、光一つ差さない暗黒の牢。そこに封じられた1人の美少女が、悩ましい声を漏らしている。歳は、19前後と言ったところだろうか。
男の劣情を煽るその甘い声が、牢を眺める下卑た異星人の嗜虐心を満たしていた。
「如何ですかな、ベラト姫。あらゆる女を虜にしてしまう、このサルガ特製の牢獄は」
「こんな、もの……気分が悪いだけです」
ショートボブに切り揃えた銀髪を靡かせ、少女は気丈に抗する。推定Jカップにも及ぶ、彼女の白く豊満な双丘は……しとどに汗ばんでいた。
そんな彼女に痺れを切らしたのか、赤い髪を靡かせる屈強な異星人は、牢の奥まで踏み込むと――その柔肌に触れ、舌を這わせる。
刹那。少女の肢体はくの字にうねり、激しく胸を揺らして悶えるが――彼女を組み伏せる男の膂力は、のたうちまわることさえ許さず。
Jカップの巨峰に対して、くびれている腰を。その太く逞しい腕で、決して逃さぬように捕まえていた。
「あ、はぁっ!」
「……諦めて、このサルガのものになるのです。それが、ロガ星の姫君たる貴女の定め。なぜそれが分からぬか!」
「分かる……ものですか! ……んぅっ!」
その責めに、苦悶の声を滲ませながらも。艶かしい曲線を描いた肢体を持つ彼女は、毅然とした眼差しで男を射抜いていた。
――必ず光は差す。そう、信じて。
(ゲキ……お願い、早く……!)
◇
外宇宙から侵略してきた「ロガ星人」の軍団と、3年前に地球守備軍から再編され誕生した、新たな地球の守り手――「世界防衛軍」との戦争は、2年の時を経てようやく終結した。
防衛軍のエースパイロット・
だが。ロガ星軍抗戦派の将軍「
そして今――彼女を奪還するべく、1人の若きパイロットが。防衛軍基地に保管されている、ロガ星の超兵器に駆け寄っていた。左頬に傷跡を持つ彼は、艶やかな黒髪を靡かせている。
「戟……本当に行くのか?」
「終戦パレードで防衛軍の
「ちッ……奴ら、嫌らしいタイミングで攻めて来やがるッ!」
今、戟達がいるこの秋葉原基地からやや離れた、横浜の市街地では――2年に渡る宇宙戦争の終結を祝う、盛大なパレードが開催されている。
かつて彼らが所属していた、人型兵器を中心とする精鋭部隊「駆動戦隊スティールフォース」を始めとする主戦力は皆、
仲間達の力を借りれば、事態の解決は難しくないだろう。だが、それが間に合うかはわからない状況だ。1分1秒を、争う状況なのだから。
「……まずはこの場にいる人間で、出来ることをやり尽くすしかない。ダグ、お前は司令部に応援を要請してくれ!」
「わかった……死ぬなよ、絶対に!」
淡いブラウンの髪と碧い眼を持つ、戦友の「ダグ」ことダグラス・マグナンティのエールを背に受けて。
赤と黒を基調とするパイロットスーツを纏う戟は、黒いヘルメットを被り緑のバイザーを降ろすと――眼前のスペースシャトル「ロガライザー」に向かって駆けていく。
「……ッ!? お前達は……!」
「残念だったな地球人! サルガ様の命により、ここで貴様を抹殺する!」
――だが、サルガはすでに先手を打っていた。ロガライザーを目指す戟の眼前に突如、黒ずくめの兵士達が現れたのである。
サルガに付き従うロガ星軍過激派の残党である彼らは、戟の行動を予測して待ち伏せていたのだ。漆黒の外骨格で全身を固める尖兵達が、一斉に小銃を向けて来る。
「――どけッ!」
「ぐッ!? お、おのれ貴様ッ!」
だが、ここで諦める……という選択肢などありはしない。戟は兵士達が引き金に指を掛けるよりも疾く、間合いを詰めて拳打を放つ。
さらにそこから生まれた隙を突いて、遮蔽物に身を隠し――腰から引き抜いた
矢継ぎ早に飛ぶ拳が、外骨格を力任せに叩き潰し――間髪入れずに飛ぶ光線が、行く手を阻む兵士達を次々と撃ち抜いて行く。常人離れした戟の拳打と早撃ちに圧倒され、サルガの尖兵達もたじろいでしまう。
「あぐッ……!」
「無益な抵抗もそこまでだ……! この場で銃殺刑に処すッ!」
だが、所詮は多勢に無勢。背後に潜む伏兵までは仕留め切れず、肩口に銃弾を浴びてしまう。肩を抑えながら後退する戟に対し、残った兵士達がとどめと言わんばかりに、一斉に引き金を――
「……おいおい、どうしたんだ戟。そんな奴ら相手に、だらしねぇな?」
――引く、かに見えた時。
穏やかで……それでいて荘厳な男の声が、この一帯に響き渡る。
「……トォッ!」
その声に反応した全員が、顔を上げた瞬間――ロガライザーの上に立っていた1人の男が、颯爽と一同の前に飛び降りてきた。戟以上に「人間離れ」なその身のこなしに、兵士達が警戒を露わにする。
「あ、あに、き……? 猇の兄貴、なのか!?」
「……なんだなんだ、化け物でも見るようなツラしやがってよ。ほれ、脚ならちゃんと付いてるぜ?」
一方、戟は思いがけない人物との「再会」に驚愕していた。
――昔馴染みの兄貴分であり。新兵時代に徒手格闘を教わった、白兵戦の師。そして、「拳帝」の異名で知られている軍隊格闘の達人。
それが、明星戟にとっての紅河猇であり――彼は記録上、すでに「戦死」しているはずであった。
「き、貴様何者――ぬぁッ!?」
「……おいおい、そんな物騒なモノ向けないでくれよ。俺は気が小せぇんだ」
しかし、目に映る光景は夢でも幻でもない。戟の動体視力でも追い付かないほどの速さで、兵士達の小銃を蹴り壊す猇の動きは――防衛軍最強の歩兵と称される、「拳帝」そのものであった。
あまりに速く、重い蹴りを見せ付けられた兵士達は戦慄し――つい先ほどまで、自分達が追い詰めていた戟以上に無防備な、正真正銘の「丸腰」を相手にしていながら。
「……戟。ここは俺に任せて、さっさとアレに乗りな」
「あ、兄貴……!?」
「大事な人が助けを待ってるんだろう? 今のお前、そういうツラしてるぜ」
「……!」
その様子を一瞥した後、戟の方へと振り返る彼は――数年見ない間に逞しくなった「弟分」に、微笑を向けていた。
そんな彼の変わらない姿に、戟は暫し逡巡した後、意を決したように顔を上げる。今目の前にいる猇が本物でも偽物でも、構わない。
――自分には今、行かなくてはならない場所がある。やらなくてはならないことがある。それだけだ。
「……行ってくるッ!」
「おう……行って来い」
弾かれるように駆け出した戟は、迷うことなく真っ直ぐにロガライザーに乗り込んで行く。
それから間も無くして、彼を乗せたスペースシャトルが火を噴き始めた。その噴射力による猛風が辺りに吹き込み、兵士達は体勢を保とうと身を屈める。
その一瞬を突くように飛ぶ猇の蹴りと拳が、無粋な侵略者達を片っ端から蹴散らして行った。
「ぬぅうッ!? なんたることだ……ロガライザーがッ!」
「おのれぇッ! 貴様……何者だッ!?」
自分達の目論見を悉く破壊され、兵士達は怒りの赴くままに叫ぶ。そんな彼らの頭上から、不敵な笑みを浮かべる「拳帝」は――
「……俺か? パン屋のビラ配り、さ」
――「ベーカリー・ユイ」の新装開店を宣伝する、何枚ものチラシを懐から取り出すと。
おもむろにその全てを、青空に向かって投げ放ち……己が背負う二つ名からは、想像もつかない肩書きを口にするのだった。
◇
「ロガライザー・ゴーッ!」
一方。ロガ星軍製である戦闘用スペースシャトルは、雄叫びを上げる戟を乗せて。矢の如き疾さで、成層圏の果てまで飛び立つと――中身を開くように、「変形」を始めていた。
「イグニッショーン・ロガライザー! チェンジノヴァルダー・リフト・オフッ!」
トリコロールカラーのシャトルは次々と部品を切り離しながら、人型へとその姿を変え――やがて、18mにも及ぶ三色の巨大ロボットへと変貌していく。
両肘にロケット噴射口を備え、後背部に
戟の叫びとともにその変形は完了し、赤い瞳が眩い輝きを放つ。鋼鉄の巨人は両腕を振り翳すと、覚醒の咆哮を上げるのだった。
――全26機まで存在する、ロガ星の決戦兵器「ノヴァルダー」。その中で最も人型に近しい第1号こそが、この「ノヴァルダー
「救ってみせる!
やがて、人型兵器への変形を遂げたAを狙い――サルガの手先である、ロガ星軍の無人戦闘機部隊が群がってくる。赤紫色の宇宙戦闘機が、飢えた獣のように肉迫して来た。
暗黒の宇宙を、侵略者達の尖兵が次々と駆け抜けていく。
彼らが放つ数多のレーザー射撃をかいくぐり、背部と両肘のジェットを噴かして――Aは宇宙の闇を突き進んで行った。
「このッ――超光波ビームッ!」
虚空を裂き、追い縋る戦闘機の群れ。物量に物を言わせた弾幕の中で、Aの紅い両眼が熱光線を放つ。
その輝きは、瞬く間に編隊を薙ぎ払い――闇の宇宙に、幾つもの爆炎を築き上げていた。だが、死を恐れない人工知能の群れは、怯むことなくAに群がってくる。
――だが。無人戦闘機の戦力は、ロガ星人のパイロットが乗り込む有人機には遠く及ばない。優秀なパイロットの多くを失ったサルガの手駒は、もう僅かしか残されていないのだ。
「纏めて吹き飛べッ! ――流星群ミサーイルッ!」
それを知る戟は、恐れることなく胸のアーマーを開き――そこから撃ち放つ無数の赤い弾頭で、無人機部隊を撃滅していく。恐れを知らず、心を持たない兵器の群れが、「人」の手でねじ伏せられていった。
「ダブルデルタソードッ!」
やがて、Aの背面に装備された、鋼鉄の両翼に斬り裂かれ。無人機部隊は、敢え無く全滅。
彼を乗せた鋼鉄の巨人は、背部と両肘のジェットを噴かせて、流星の如く宇宙の彼方へ飛び去って行くのだった。
「今行くぞ……ベラトッ!」
愛する姫君が囚われている、将軍サルガの宇宙戦艦を目指して。
「……頼んだぜ。あの女は、俺の手には余るんでな」
――そして、地上から「ロガライザー」の発進を見送っていたダグは。心の底から惚れていた女の幸せと未来を、宇宙へ飛び出した親友に託すのだった。
やがて彼は、踵を返して通信室に向かって駆け出して行く。彼女の笑顔を取り戻してくれるであろう、親友との約束を果たすために。
◇
世界防衛軍とロガ星軍による武力衝突は、そのほとんどが宇宙を戦場としている。
故に地球の市街地等への被害は非常に少ないため、前線に出ている兵士の親族や友人を除く大多数の民間人にとっては、「対岸の火事」でしかない。
終戦パレードが大々的に行われている今日に至るまで、約2年間に渡り地球の外で戦争が起きていたこと自体、意識していなかったという者も一定数いる。
「おっ、やっぱULT78出てんじゃん! 『まもりちゃん』も出てるし、
「つーか、まだ戦争とかやってたのかよウケるわー。始まったのって、俺らが中3の時だっけ?」
「宇宙人も怪獣も、懲りずにノコノコとバカだよなー。今の防衛軍に勝てるわけねーじゃん」
――それは、東京のとある高等学校においても例外ではなく。
代わり映えしない授業という「日常」を終えた、放課後の教室の中で。タブレットに映る終戦パレードの中継映像に沸き立つ、数人の男子生徒達は――戦争のことよりも、推しのアイドルグループがパレードで歌い踊る姿に注目している。
半月程前までは、東京ドームが半壊するほどの被害を及ぼした
「……」
その怪獣事件の渦中にいた少年――朱鳥流星は、帰宅するべく教室を出る直前。僅かに振り返り、タブレットの中継映像を眺める男子達を一瞥する。
彼の表情はどこか物憂げであり、戦場から遠く離れた「日常」に生きる民間人としては、些か相応しくない貌付きであった。
――彼にとっては少なくとも、「対岸の火事」ではないのである。
『……セイ。アスカ・リュウセイ』
「……ッ!?」
そして。
そんな彼だからこそ聴こえる「声」が、少年に驚愕を齎し――彼の足を、人気のない校舎の屋上へと運ばせていた。
半月前、
「ルヴォリュード……俺を、呼んだのか?」
『……そうだ。これほど早く、再び君を頼ることになるのは私としても本意ではない、が……このままでは、地球が危ないのだ』
「地球が……危ない? ゼキスシアはもう倒したし、ロガ星との戦争も終わったんだろう?」
自分にしか聞こえない「声」の主の囁きに、流星は疑問を投げ掛ける。一体これ以上、どんな脅威があると言うのだ……と。
『戦争は、終わってなどいない。ロガ星軍は虚を突き、この星に攻め込もうと画策している』
「……!」
『この星の戦士……ミョウジョウ・ゲキという男が、それを阻止せんとしているようだが……戦力の差は如何ともし難い。彼だけでは、到底この星を脅かす悪意を打ち払うことは叶わん』
「……そうか、明星さんが……」
その全容を知らされ、事の重大さを知った流星は――「恩人」の窮状を知り、拳を震わせていた。
事故で両親を失って以来、「光」を見失い塞ぎ込んでいた自分に対し、「同じ身の上」として親身になってくれていた兄のような人。
天城杏奈と出会い「光」を取り戻す日まで、友人の井手甚太と共に、何も言わず寄り添い支えてくれた「恩人」――明星戟。
その彼と、この星に今、危機が迫っている。
それは巨人と一つになり戦ったあの日から、決して表に出すことなく封じ続けていた「闘志」を解き放つには――充分な理由であった。
「……ルヴォリュード。俺を呼んでそれを伝えたっていうことは……
『無論だ。これが私達の、最後の戦いとなる。……覚悟はいいか?』
「いいさ。行こう、明星さんのところへ!」
屋上を吹き抜ける風が彼の頬を撫で、過ぎ去っていく。それはまるで、「嵐の前の静けさ」のようであった。
やがて流星は弾かれるように駆け出し、屋上の柵を飛び越して行く。
そこから飛び出した彼の身体はすでに――「心の光」を糧とする、巨人の輝きに包まれていた。
「ルヴォリュゥウゥッ――ジョンッ!」
刹那。彼の全身を飲み込む眩い輝きは、やがて人知れず巨大な閃光に変わり、天の彼方へと飛び去って行く。
「ルィィイィー……スァアァアアーッ!」
その時すでに朱鳥流星は――40mもの体躯を誇る黄金の巨人・ルヴォリュードに「変身」していた。
(今行くよ……明星さんッ!)
◇
大都市の街道を、雄々しく突き進む戦車隊。青空を色鮮やかな軌跡で彩る、航空隊。出迎える民衆の、絶え間ない歓声。
その終戦パレードの様子を、横浜の高層ビルから見下ろしつつ――礼服に袖を通した1人の若き将軍が、静かに口元を緩めていた。肩まで伸びる黒い長髪の持ち主である彼は、手元のタブレットに視線を落とし――「教え子」の動向を見つめている。
「
「……それだけじゃないさ、
「なんですって……!」
「このまま終戦協定が御破算になって、ロガ星との関係が悪化しようもんなら、せっかく親善大使に選ばれた
そんな彼の後ろに、褐色肌の女性士官が駆け寄ってきた。切迫した表情の彼女に対して、タブレットから視線を外した将軍は、涼しい面持ちでパレードの盛況振りを眺めている。
その余裕を目にして、女性士官は眉を潜めた。長年の付き合いに由来する直感が、彼女に真相を悟らせたのだ。
「貴方……『A』のロックを外したわね。上層部に無断でそんなことをしたら、いくら貴方でも……!」
「兵は拙速を尊ぶ、ってな。どの道、お姫様を救出できそうなパイロットはあいつしかいない。白馬の王子様がお姫様を助けたってだけなら、お上も口は挟めねえよ。上の指示を待ってる間に、お姫様が殺されない保証もないしな」
「だからって……!」
「結果は手段を正当化する。勝てば官軍、負ければ賊軍。……だから行かせたのさ。鬱陶しいしがらみも全部、ブチのめしてくれるヒーローを……な」
「……」
「……それに、あいつ1人で行かせるつもりもないさ。すでに、布石は打ってある」
だが、女性士官の懸念に対して、将軍は余裕を滲ませた表情で不敵に笑っている。
そんな彼の相変わらずな姿に、かつての同期――
「……全くもう、貴方達は……。私達の気も知らないで……」
――30年に渡る怪獣軍団との戦争が終わり、かつての「地球守備軍」が「世界防衛軍」に再編されて3年。ロガ星人との2年に及ぶ戦争を終えた今でも、世界は平和にはなり切れていなかったのだ。
そして、怪獣軍団の脅威から地球を救った英雄である――防衛軍中将・
「……オレだ。ただちに訓練を中断し、指示した宙域に向かえ。お前達の力を――見せる時が来た」
タブレットを通して、自身が新たに編成した「新鋭部隊」に指令を下す彼は――勝利を確信し、不敵な笑みを浮かべるのだった。
今から約1年前――彼がまだ、
「駆動戦隊スティールフォース」の再来と称される、新進気鋭の特殊部隊が。今、出動の瞬間を迎える――。
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