番外編 THE FIRST ODYSSEY
人々を照らす「光」は必ず、影という「闇」を生む。誰もが輝きを浴びることは叶わず――いつも誰かが、暗黒の中にいる。
それでも、諦めなければ。胸に灯る「火」が、情熱を取り戻せたなら。「闇」を抜け、「光」を得ることが出来る。
翳りに囚われた少女に、再び「光」を灯したのは。見る者全てを巻き込み、天高く燃え上がるような「火」であった――。
◇
スクールアイドルの頂点を競う祭典「スプリング・アイドライズ」。その第1回戦の試合を見守る、大勢の観客の中に――幼き少女が、祖父母と共に足を運んでいた。
華やかな歌とダンスが彩る、歌姫達の旋律。その煌びやかな景色には似合わない、死人のような眼。その瞳から漂う暗澹とした雰囲気のまま、彼女はぼんやりとステージを見上げている。
――かつて憧れ、愛していた「アイドル」の世界。本当ならここに来た瞬間、両手を振って大はしゃぎしていたはずだった。
だが今は、笑うどころか。口元を緩ませることも出来ない。周囲が熱狂する中でただ1人、彼女だけは陰鬱な気配を滲ませている。
中学へ上がる直前に突然の交通事故で両親を喪い、意気消沈とした日々を送っていた彼女に、大好きだった「アイドル」の力でどうにか笑顔を取り戻してあげたい。そんな祖父母の願いとは裏腹に……先攻の「イエロー・デイジー」が歌い始めているにも拘らず、少女の貌は暗く淀んだままであった。
アップテンポな曲調で歌い踊る、黄色い可憐な天使達。スポットライトに映える彼女達のパフォーマンスは、数多の観客を魅了しているが――その輝きを以てしても、彼女の闇を切り払うには至らず。
少女は虚ろな瞳に、幼い頃から大好きだったはずのステージを映していた。
(パパ……ママ……)
どんなにアイドルが輝いていても。花のような笑顔を、振りまいていても。もう、愛する両親の姿は見えず――声も、聞こえない。
ライブ中でも脳裏を過ぎるのはいつも、自分を連れ出してくれていた両親の呼び声。もう二度と届くことのない、あの「声」だった。
その後に続いて、ステージに上がった「
だが、その出だしを飾る始めの一曲は、少女の眼から見ても芳しいものではなく。振り付けは乱れ、歌も揃わず、連係の取れていない立ち回りであり――観客も、その不協和音には明らかに気づいていた。
――そんな中。
ただ1人。寸分もリズムを崩さず、華やかな笑顔と歌――そして踊りを全て両立させるセンターが、少女の視界に映り込む。
見る者を圧倒する、「アイドル」としての絶対的なオーラ。天を衝く火を幻視してしまいそうな、情熱を帯びた眼差し。他の追随を許さない彼女の勇姿が、離れかけた少女の心をこのステージに繋ぎ止めていた。
(あの、ひと……!)
その歌姫を、少女は知っている。いつも両親と一緒に見ていた、公営放送の番組――「パパママといっしょ」に出演していた、人気子役だった少女。
思えば、少女が芸能界やアイドルの類に関心を示すようになったのも、彼女の存在がきっかけであった。だが、いつしかぱたりと彼女の姿が見えなくなり……少女の胸には、ぽっかりとした穴が残された。
それが、その彼女が、今になって自身の前に「アイドル」として現れるなど。前を向くことも忘れていた少女には、予想だにしなかったのである。
――噂が本当なら。もう、自分の声すらも聞こえていないはずなのに。
◇
結局、先の一戦は「イエロー・デイジー」の完勝に終わり「ELEMENTS」は後塵を拝することになった。だが、センターで歌い続けていた姫君の眼は、なおも熱く燃え滾っている。
(なんで? 何も、聴こえてないのに。わたしと同じで、大切な人の声がもう……聞けないはずなのに)
その眼差しを遠目に認めた少女は、灰色に淀んでいたはずの瞳に――微かな。光明を、宿していた。
(なんで? なんでお姉ちゃんはまだ……歌えるの?)
その問いに、歌姫は言葉では答えない。少女の胸のざわめきを他所に、双方の対決は新たな局面に突入していく。
「イエロー・デイジー」の次の曲が終わり――ついに、あの歌姫が
「みんなの心に――火をつけます!」
「――!」
天を衝く歌姫の炎。その熱気は一瞬にして会場を席巻し、見る者全てをその渦中に巻き込んでいく。
彼女の強い眼差しを、間近で浴びた少女もその1人だった。思わず身を乗り出した孫娘に、祖父母も目を見張っている。
――それは、この大会の中においても最高の盛り上がりであり。圧倒的な彼女の存在感は、対戦相手の「イエロー・デイジー」さえも圧倒していた。
そして――少女は瞳にまた少し。輝きが、灯る。
◇
はじめは、あの歌姫の力だけで勝ち抜いているようだった。最初の一曲は明らかに、他のメンバーが足を引いているようだったし――急造の寄せ集めチームであることは、誰の目にも明らかだった。
だが、そんなワンマンチームでは長くは持たない。遠からず、先の「イエロー・デイジー」のように力尽きてしまう。
そう見立て、「ELEMENTS」の進撃が続くことはないだろうと思う者は少なくなかった。
だが……彼女達のパフォーマンスはここから、大きなうねりを魅せる。
恐らく当初の予定にはなかったのであろう、目を惹く不思議な組み合わせの数々。そうでありながら、全く違和感を感じさせない軽やかな歌と踊り。
そのパフォーマンスは観客を徐々に――そして確実に、「ELEMENTS」のステージへと惹きつけていく。やがてちぐはぐだったはずのチームワークも、安定した纏まりを魅せるようになり……
その時になって、少女はようやく気づいたのである。
――もっと高みへ。もっと輝ける私に。
その一心に懸ける想いが、バラバラだった仲間達さえも巻き込み、一つの道に進ませているのだと。
何を失っても、輝きを捨てない。下を向かない。そんな在り方が、並のアイドルなど及びもつかない「灼熱」の由来なのだと。
「お姉、ちゃんっ……!」
さらに一つ。少女の眼に、新たな「光」が灯る。かつて両親と共に笑いあっていた、幼き日のように。
――そして、少女の胸の高鳴りは「
彼女達の戦いは更に激しさを増し――やがて、「
あの紅蓮の炎が。観客を巻き込んでいたはずの、あの「光」が。それ以上の輝きに、飲み込まれようとしている。
取り戻しかけた灯火がまた、消えてしまう。それだけは、耐えられなかった。
「お姉、ちゃ……」
だが、少女が叫び出すよりも早く。さらに予想を超える展開に、呑まれてしまった。
メロディ一つ流れない静寂のステージ。その中心から波紋が広がるように――澄み渡る彼女の歌。
深く優しく、雲の向こうまで届きそうな、彼女の声が――確かに、この会場に響いている。燃え盛るような灼熱ではなく。まるで雪のような、詩。
やがて、無音の世界に際立つ拍手の波が、新たな波紋となって一帯に広がっていく。それだけの想いを、ただ一心に引き受けた彼女を――少女は瞬きも忘れて、見守っていた。
そして、歌い終わった彼女は――糸が切れた人形のように、崩れ落ちていく。少女はただ、その倒れるまで止まらない生き様を。
頬に伝う雫を、拭うことも忘れて。ただ、見届ける事しかできなかった。
◇
戦いを終えた歌姫の元に、お見舞いしたいというファンの少女が訪れたのは、試合が終わって間も無くのことであった。
おずおずとした様子で病室の前に現れた少女は、「ELEMENTS」のキャプテンであるという可憐な美少女に連れられ、ベッドに横たわる歌姫との対面を果たす。
「ユイちゃん、その……この子なんだけど、大丈夫? 具合とか……」
「大丈夫ですよ、もう全然平気です。……あなた、今日ずっと私達のこと、見守っていてくれてたよね。ありがとう、私達もとっても元気もらえたよ」
「あ、あのう……その、あのっ……!」
心配げに歌姫を見るキャプテンの表情を伺い、来るべきではなかったのかと少女は葛藤していた。だが、そんな彼女を包み込むような笑顔で、歌姫は少女を迎え入れている。
「あのっ……きょ、今日のライブ、すっごく素敵でした! わ、わたしも……お姉ちゃんみたいになりたいですっ!」
そんな彼女を、前にして。少女は突き動かされるように、思いの丈を言葉にした。絞り出したような少女の言葉は、聴こえていないはずだが――歌姫には分かるのだろう。
ふっと口元を緩めた彼女は雪のような白い手で、少女の頬を優しく撫でる。
「……私も、あなたが輝いてるところ……見てみたいな。いつか、あなたの『光』で……私達を照らしてね」
「ひか、り……」
西洋の血を引くが故の、金色の髪と透き通るような白い肌。そんな麗しさを持つ少女に感じた「属性」が、それだったのかも知れない。
歌姫の言葉に感銘を受けたのか、隣で聞いていたキャプテンが涙ぐんでいる。その瞳に全ての「光」を取り戻し、華やかな笑みを浮かべている少女もまた、同じであった。
――この日。後に新進気鋭のアイドルグループ「ULT78」のセンターとなる、彼女の……
「わたし……アイドルになります。みんなの心に、『光』を灯せるような……そんなアイドルに!」
この日のライブに足を運ぶという、
◇
――その後。
弱冠14歳という若さで、プロのアイドルとしてのデビューを果たした天城杏奈は今――
「ね、ねぇ杏奈……私達、本当に大丈夫かな」
「大丈夫だよ。……ううん、私達で大丈夫にしてみせる。行こう、ファンのみんなが待ってるよ!」
「う……うんっ!」
まだ幼く、頼りない仲間達を引き連れて。新進気鋭のニューフェイスは、その類まれな美貌とプロポーション――そして情熱を武器に、臆することなくステージに跳び上がる。
「みんなの心に……『光』を灯しますっ!」
かつて授かった心の「火」を、「光」に変えて。ULT78の歌姫は、高らかにライブの幕開けを宣言する。
その観衆の中で――あの日、杏奈の運命を変えた彼女が、その門出を優しげに見守っていた。
「頑張ってね……後輩」
声が届かなくても。癒えない傷を、心に遺しても。それに屈せず、下を向かず、この青空を仰ぎ駆け抜けることが出来るなら。
――人は誰でも、「
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