番外編 あたしの元彼はパイロット
5月6日、ゴールデンウィーク最終日。「
絶対王者の娘である
――それが、先の「スプリング・アイドライズ2040」で怒涛の活躍を見せつけた新進気鋭のグループ……「
そのグループの筆頭にして、「ELEMENTS」の人気に火を付けた立役者でもある
かつてアイドルを見下していながら、火群結依との対決を経てその情熱を思い知り――いつしかアイドルの世界に魅入られ、今や凛々しき歌姫へと進化を遂げた元チアリーダー・
「ELEMENTS」の一員として、新たなスクールアイドルとして、そして彼女の仲間として。マリナは一歩たりとも引き下がることなく、遥か格上の強者達との対決に臨もうとしていた。
――そんな彼女をよく知る者が、陰ながら見守っているということを、知る由もなく。
◇
「……マリナ」
絶対的強者の娘であり、今大会の優勝候補と目される、指宿瞳。その対戦相手となった
アメフト部の主将にして、双柱学園高校の
身寄りのない孤児だった彼は、開業医の養父と孤児院を経営する養母に拾われ、血の繋がりを越えた「家族」を築いている。そんな身の上であるからこそ、育ててくれた両親に応えるために血の滲むような努力を重ね、学園のキングにまで上り詰めたのである。
――そんな彼は先日、名誉ある「人類の盾」として知られる「世界防衛軍」の入隊試験を終えたばかりであった。大学でアメフトを続ける道も望まれてはいたが、彼自身はいち早く自立することを望んでおり、彼ほどの人物なら、主席合格は間違いないと……誰もが確信している。
だが。結果を受け取った戟自身は、理解していた。自分の実力など、
スクールヒエラルキーの頂点に立つアメフト部のエースでも、全世界から精鋭を募る防衛軍においては「井の中の蛙」でしかなく。彼は試験の結果を受け、孤児になって以来の挫折を味わっていた。
入隊そのものが狭き門である以上、一般的には補欠合格でも喜ばしいことではある。が、これは学園の期待を一身に背負う戟本人にとって、望ましい結果ではなかったのだ。
――そんな自分を顧みた時に脳裏を過るのはいつも、恋人だったマリナとの別れ。
いつも気高くひたむきだったはずの彼女の、誠実とは言い難い態度を眼にして。気がつけば、彼女を拒絶していた。「高み」を目指し続けていたからこそ、敗れてなお非を認めなかった彼女を、許す事ができなかった。
――そして自分自身に、そんな大層な事を言える資格などなかったのだと気づいた時にはもう、彼女は新しい居場所を見つけていた。
自分が試験の結果に不貞腐れている間。自身の想いと向き合い誠意を込めて罪を贖い、アイドル部の一員として華々しく返り咲いていたマリナの姿は――今の戟には、あまりにも眩しくて。
声を掛けようと思うたびに、今の自分にそんな資格はないと背を向けてきた。それでも今日、こうしてここに来たのは……マリナの窮状を眼にしてのことであった。
伝説のアイドルにして、一国の大臣まで務めている指宿リノ。その娘として知られ、今大会において最も注目されている栄光の申し子――指宿瞳。マリナは今、そのような大敵に立ち向かわねばならなくなっている。
無論、自分が駆け付けたところで何かが変わるわけではない。それでも戟はマリナと――彼女を導いたアイドル部の戦いを見届けるために、ここに訪れたのである。
「マリナ……!」
やがてマリナのパフォーマンスが始まり――チアリーディング部にいた頃とは別格の彼女に、戟は息を飲む。
両手に備えた
だが。
それほどまでに劇的な成長を遂げた彼女さえ――伝説の後継者は、圧倒的な力で叩き潰してしまう。
後攻としてステージに上がった指宿瞳のパフォーマンスは――もはや、高校生アイドルの次元ではなかったのだ。神の落とし子が奏でるバラードが、この会場を包み込み……全てを虜にする旋律が、マリナが残した「熱」を容易く塗り替えていく。
それはまるで、太陽を飲み込む星雲の海原のように――。
「ありがとうございました。この後も、わたしの歌をお楽しみくださいね」
――去り際に彼女が残したその一言が、全ての決着を物語っていた。
まるで初めから、何もかもが決められていたかのような結末。さながら、この大会の全てが彼女という存在を引き立てるための「演劇」のようであった。
故に審判も、観客も。皆が彼女の背に目を奪われ、その輝きに立ち向かった「女王」の奮戦を忘れ去っていた。人々の脳裏にはもう、先刻の圧倒的なパフォーマンスしか残されていない。
――ただ1人。客席の後ろで、彼女を見守り続けていた明星戟を除いては。
◇
「……何よ、今さら。あたしを笑いに来たわけ?」
「……そんな風に見えるか?」
単に敗れただけでなく、存在感ごと塗り潰される。
そんな「女王」としては何より耐えられない屈辱を味わい――マリナは、通路の先にある化粧室に向かおうとしていた。仲間達は励ましてくれたが……今はまだ、切り替えられそうにない。
その道中で、壁に背を預けるかつての恋人と再会し……マリナは露骨に眉をひそめている。
――もう自分達は別れた身だけど。それでも彼にだけはもう、こんな自分を見られたくなかった。
そんな彼女の胸中を知ってか知らずか。戟はマリナから視線を外し、情け無い自分の足元を見遣る。
「最後まで、試合は見た。お前のダンスも、あの指宿瞳のパフォーマンスも」
「だったら……分かるでしょ。あたしは負けたの、勝負にならなかったの! ほっときなさいよ、もうあたし達は――!」
「でも俺が一番覚えてるのは、お前の方だ」
「……っ!」
指宿瞳のパフォーマンスは、確かに凄まじかった。全ての者を惹き付ける、あの圧倒的な存在感はもう――「プロ」という言葉すら足りない、別次元の何かとしか言いようがないだろう。
だが、それでも。明星戟の記憶に焼き付いていたのは、チアリーディング部の頃よりも遥かに溌剌と輝いていた、マリナの姿だったのだ。
この男が、そういう歯が浮くような台詞を躊躇無く口にする輩であることは、マリナもよく知っている。だからこそ今になって、そんな言葉を掛けられるのが、辛い。
彼との恋が、
「……俺も、自分の不甲斐なさをようやく知ったばかりだ。きっとお前もあの日、こんな思いだったんだろうなって……今さらだけど、やっと分かった気がするよ」
「戟……」
「あの日の言葉、取り消すよ。……綺麗だった。今日のお前のチアが、俺に勇気をくれた」
弱っている時にそう言われるから、辛いのだ。アイドルに、恋は許されないのだから。
――それはもちろん、戟も理解している。だから彼はこれ以上踏み込まないよう、彼女の傍らを通り過ぎ……ここから立ち去っていく。
マリナももう、あの日のように。去り行く彼に、手を伸ばそうとはしなかった。ここからようやく前に進むのだと、踏ん切りをつけるように。
『判定は――60対40で「ELEMENTS」
「……もう、俺なんか要らないな。今のお前には、あんなにも頼もしい仲間達が付いている」
「……当たり前よ、バカ。このあたしを負かした子がいるんだからね」
「あぁ。……じゃあ、俺はもう行くよ。他の子達の試合も、客席からずっと応援してる」
やがて、通路にまで響き渡るアナウンスの内容にほくそ笑むと、戟は壁から背を離してゆっくりと歩み出し……マリナの傍らを通り過ぎる。
「……ねぇっ!」
そうして、互いに背を向けた瞬間。マリナは目元の雫を拭い――情け無い貌を見られないよう、肩越しに声を上げた。
「あなた、不甲斐なさを知ったって……あたしの気持ちが分かったって言ったわよね。……じゃあ、約束しなさい!」
「……」
「ちゃんとイイ女見つけて、今の自分にも打ち勝って……双柱学園高校の
「……あぁ、そうだな。約束するよ、マリナ」
戟の試験結果が「補欠合格」だったことは、マリナもおおよそ察してはいる。学園の期待を背負う戟本人にとっては、辛い結果であるということも。
だからこそ。自分と同じ「挫折」を味わった彼が、それでも前に進めるように。彼女は元恋人として、女王として。彼の背を、殻の向こうへ押し出そうとしていた。
(俺も、マリナに負けないように強くならなきゃ……新堂にもヒサカにも、笑われちまうな)
そんな彼女の意を汲み。戟は振り返ることなく深く頷き、再び歩み出して行く。入隊試験で圧倒的な差を見せつけられた、「同期」になり得るライバル達を思い浮かべて。
「……っ」
やがて、客席の人だかりに消えていく彼を――僅か一瞬だけ、視線で追ってしまったのが。別れ際に滲む、最後の未練だったのかも知れない。
◇
「あっ、マリナさん! どこ行ってたんですか、もうユイちゃんの試合始まっちゃいますよ!」
「大丈夫ですか? どこか具合でも……?」
「ごめんごめん、ちょっと頭冷やしててね。もう大丈夫よ」
その後、仲間達のところへ戻ったマリナは……涙も弱音も出し尽くし、どこか晴れやかな表情で応援に回っていた。先程まで激しく悔しがり、拳を震わせていた彼女とは打って変わったその様子に、仲間達はきょとんと顔を見合わせている。
「『
そんな仲間達をよそに――指宿瞳が待つ決勝戦目掛けて、破竹の勢いで勝ち上がっていく「ELEMENTS」のエースに、マリナは精一杯のエールを送る。
『さあ、いよいよ二回戦ラストの対戦です! 第四試合、
「みんなの心に――火をつけます!」
そして――彼女達の応援を背に受け、ステージに立つ灼熱の歌姫が激しく舞う。指宿瞳に迫る、その存在感と迫力を以て。
◇
――そして、この激闘から1年後。
世界防衛軍に入隊した明星戟は、外宇宙からの侵略者「ロガ星人」との戦いを経て、落ちこぼれから再び這い上がり――軍を代表するエースパイロットへと成長する。
そしてさらに2年後には、見目麗しい異星人の姫君を娶り。全長18mにも及ぶ巨大なスーパーロボットの威力を以て、宇宙戦争に終止符を打つ
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