第2話 流星のルヴォリュード 後編

「きゃああっ!? な、なに……あれ……!?」

「光の……巨人……!?」


 流星の死から、僅か数分後。

 メンバー達に引きずられるように、ステージから避難していた杏奈の眼前に――眩い光を抱いて、さらなる超常の存在が顕れた。

 全長40mにも及ぶ、黄金色の巨人。怪獣とは大きく印象の異なる、神々しい巨躯を見上げ、人々は息を飲んだ。


 天を衝く光の巨人。その中で息づく流星の意識が、彼の者の視線を――杏奈の方へと向けさせる。驚愕の表情でこちらを見上げる彼女は、まだ確かに生きていた。


 ――そう、彼女はまだ生きている。ならば自分が、この巨人として進むべき道も一つしかない。


『ルァアァッ! ヘゥアッ!』


 光の巨人として顕現したルヴォリュードの中で、流星はそう思い立ち――怪獣ゼキスシアの方へと向き直る。低姿勢からのタックルを仕掛け、自身ごと怪獣をドームから追い出したのは、その直後であった。


「きゃあぁっ!?」

「あの巨人……私達を助けようとしてる!?」


 突然怪獣に飛び掛かり、格闘を始める黄金色の巨人。その勇姿に人々が瞠目する中、流星はルヴォリュードの力を振るい、ゼキスシアの外殻に拳打を見舞っていた。


『ダァアッ! ルゥハァッ!』


 戦車砲さえ通さない怪獣の殻に、亀裂が走る。だが、ただやられるだけでは終わらない。ゼキスシアは戦車隊を撃滅した熱線を、至近距離からルヴォリュードの顔面に浴びせた。


 たまらず顔を抑え、後退する巨人。その脇腹に、爪を立てた怪獣の腕が炸裂していく。だが、その連打を浴びて転がされても――巨人はすぐさま立ち上がり、反撃の飛び蹴りを仕掛けた。

 胸板に命中したその一撃は、怪獣の外殻をさらに削ぎ落とし――弱点である生身の肉を露わにしてしまう。


 痛打を浴びる怪獣は激昂し――今度はドーム目掛けて熱線を放ってきた。すかさずドームの前に立ち、人々を庇うように熱線を浴びたルヴォリュードは――膝から崩れ落ちてしまう。


『……これは……!』


 だが。そこからすぐに立ち上がったルヴォリュードは、己を奮い立たせるように身構えると――腕をL字に構え、必殺の光子エネルギーを放出する。


『エクシウムッ――ブラスタァァアッ!』


 金色に輝く力の奔流は、全てを穿つように閃き――弱点が露出したゼキスシアの胸を、一瞬のうちに貫いてしまった。


 刹那。ゼキスシアは怪獣だった肉塊と成り果て、天を衝く爆炎と共に四散していく。自分達を脅かす怪獣の死を本能で感じ取り、人々は歓声を上げるのだった。


『……ドームを庇った時、ただならぬ光の奔流を感じた。君以外の誰かが、光の力を分け与えてくれたように思う』

「光? ――そうか、あの子が……」

『あの地球の歌姫が……その正体であると?』

「ああ。……わかるんだ、俺には」


 一方。巨人の意識の中で対話していたルヴォリュードと流星は、ドームの中から戦いを見守っていた杏奈を見下ろしていた。

 ――彼女との出会いから差した光が、自分をここに誘い。自分が持っていた光が、ルヴォリュードを呼び寄せた。だから、近くにいた杏奈の「光」が、ルヴォリュードにさらなる力を与えていたのかも知れない。


 人の光を力にするルヴォリュードが、それを感じていたということは――きっと、そういうことなのだろう。


 そしてそれは、ルヴォリュード自身にとっても同様であった。

 3年前、自分達「銀河憲兵隊」から派生して生まれた「機械巨人族」の生き残りであるタイタノアが、過去に地球を襲った怪獣軍団の首魁を討てたのも――地球人が持つ「可能性」を味方につけていたからこそであると、彼は知っている。

 その地球人が秘めている「光」ならば、怪獣ゼキスシアをも屠る力になる。そこに賭けたからこそ、ルヴォリュードは朱鳥流星という少年を選んだのだ。


『……そうか。君達2人の光が怪獣を倒し、この星を救ったのだな。おかげで私も、任務を果たすことが出来た』

「……あなたはもう、自分の星に帰るのか?」

『この地球のように、危機に瀕している星は他にもある。そこに迫る脅威を排除することが、私の使命だ。……達者でな、地球の少年――いや、アスカ・リュウセイ』

「……わかった。ありがとうな、ルヴォリュード」


 ――やがて、光の粒子となっていた流星の意識が、地球人の肉体として再構築されていく。ドームの近くに降ろされた彼は、自分と一体化していた巨人を見上げ、手を振った。

 黄金色の巨人も、そんな彼に手を振り返し――遥か宇宙の彼方を目指して、飛び去っていく。次なる使命を、果たすために。


 そして、後日。

 突如出現した新種の宇宙怪獣と謎の巨人について、全世界の有識者達が集まり調査を始めたのだが――爆散した怪獣の遺体は、全て宇宙の彼方まで吹き飛んでしまい、最後まで何も分からなかったのだという。


 その一方で、奇跡的に死傷者が出ずに済んだということで、観客の避難誘導に尽力していた天城杏奈は――引退直後、防衛軍や警察から表彰されていたのだった。


 ――そしてこの一件は、今の防衛軍が抱える「即応戦力」の脆弱さを露呈していた。


 現在、防衛軍の最大戦力となる人型ロボットは、その殆どがロガ星人との宇宙戦争に投入されている。加えて人型ロボットは、航空機や戦車よりも遥かに「格上」の兵器であるため、今回のように脅威度が不明な事態が起きても、早急に出撃させられなかったのだ。


 そこで軍部は、強力な人型ロボットを有していない部隊でも、こうした火急の事態に対処するため。

 即応性に特化した、「怪獣攻撃隊」の編成を検討するのだった――。


 ◇


 卒業ライブを襲った巨大怪獣。その脅威から私達を救い、光を齎してくれた黄金の巨人。

 その一騎打ちから2週間が過ぎた今も……東京ドームは連日、復興工事に明け暮れていた。あれ程の巨大な存在がぶつかり合う中で、半壊で済んだのはむしろ奇跡と言っていいのかも知れない。


 あの巨人がいてくれなかったら私達もファンの皆も、無事では済まなかっただろう。……あの雄々しい背に感じた「光」の温もりは、今でもはっきりと覚えている。

 報道の内容を信じるなら、あの事件で死者は出ていないらしい。もしそれが真実なら……私を庇って重傷を負ったはずの「彼」も、一命を取り留めたことになる。


 出来ることなら、今すぐにでも会いに行きたいけど……私は彼の名前も知らないし、彼と同世代の負傷者・・・は大勢いる為、探し出すのも難しい。

 それに私は今「復興のシンボル」として、ステージに立たねばならない。すでにアイドルは卒業した身であるが、この事件で今まで以上に有名になってしまった私は、皆が事件を乗り越えるための希望として――最後の仕事を果たす必要がある。


「皆さーんっ! いつもありがとう! 今日は皆さんの力になれるよう、今までよりもっともっと、素敵なライブにしちゃいまーすっ!」


 工事に明け暮れる作業員達や、あの事件に恐怖を植え付けられた人々の為に。私は彼らが見守る即興ステージに立ち、高らかな叫びで彼らを鼓舞する。

 彼らの歓声が出迎えてくれた時――私も、満面の笑みを浮かべていた。


 ――私はもう、本当はアイドルじゃないけれど。今はただ、歌い続けよう。彼らが事件を乗り越えて、笑顔を取り戻せるその日まで。


 私達に光を差してくれた、あの巨人と……私の命を救ってくれた、「彼」の為にも。


 ◇


 ――天城杏奈の引退と、東京ドームの半壊から1ヶ月。調査の結果が出た今でも、流星達の学校では事件の話題で持ち切りとなっていた。前代未聞の大事件を受け、クラスの男女は皆浮き足立っている。


「はぁ〜……結局何も分からなかったんだってなぁ。死人が出なかったから良かったけど、防衛軍や警察には困ったもんだぜ」

「でも凄かったよな、天城さん。あんな状況でも、冷静にみんなを避難させたりして……さ」

「だよなー! はぁあ、もう杏奈ちゃんのライブが見られないなんてなぁ……。表彰だってされてるくらいなんだから、引退撤回してくれてもいいのによぉ。まぁ、そんな潔さも素敵なんだけどぉ……」


 そんな中。教室で天城杏奈の写真集を開いていた甚太は、トップアイドルの引退という事実に打ちひしがれていた。その隣に立つ流星は苦笑いを浮かべつつ、窓の外に視線を移す。

 ――あの日の戦いが嘘のような、澄み渡る青空が広がっていた。自分が死んで宇宙人と一体化したことも、巨人となって怪獣と戦ったことも、夢のように思えてしまう。


「お前ら席に着けぇえ! 今日はおめーらに転校生を紹介する! 言っとくが、先生としては怪獣なんぞよりこっちの方が遥かに大ニュースだ!」

「……転校生? こんな時期に?」


 ホームルームの時間が来たらしく――流星達の担任である厳つい体育教師が、声を張り上げてきた。その呼び掛けに渋々、生徒達は雑談を中断して各々の席に向かう。

 普通の時期とは異なるタイミングでの、転校生。その報せに訝しむ流星が、眉をひそめた時――


「初めまして。今日からこのクラスに転校して来ました、天城杏奈です。よろしくお願いしますね!」


 ――あの日と変わらない、絶世の美少女が。引退して間も無い、元トップアイドルが。華やかな笑みを浮かべ、教室に現れたのである。

 刹那、クラス中が驚愕の声を上げ、その叫びはたちどころに歓声に変わる。今までの活動やあの事件での活躍を考えれば、それも当然の反応だろう。


「マジかよ……こんな奇跡あんのかよ……! 親父、お袋、甚太は今最高に幸せです……!」

「……」


 感激の余り泣き崩れる甚太。その隣で、流星も驚きの表情で固まっている。

 ただどこかで幸せになってくれればいい、と思っていた彼女が、まさか自分のクラスメートになるとは思いもよらなかったのだ。


「こりゃ予想以上の反響だ……あぁ天城、席は朱鳥の隣だな。窓際近くのあそこだ」

「あっ、はい。ありがとうござ――!?」


 そして、それは彼女も同じであった。自分を救う為に死んだ、とばかり思っていた少年が、健在な姿で目の前に現れたのだから。


「……っ!」

「え、ちょ……天城!?」


 刹那。とめどなく涙が溢れ、少女は感極まった表情で走り出してしまう。急な変化に戸惑った教師が、声を上げた頃には。

 すでに彼女は、その豊かな双丘を押し付けるように――少年の胸へと飛び込んでいたのだった。


「……ばかっ! ずっと……ずっと心配してたんだからっ!」


 彼を案じる日々を経て――ようやく心に差した「光」を、確かめるかのように。


 ◇


 ――ふと、昔を思い出すことがある。幼い頃、私は交通事故で両親を失っていた。


 当たり前にあるはずだった日々。いつもそこにいてくれた家族。その全てが一瞬で消え去った時、私の世界は真っ暗になった。

 あの日より前に、時間を巻き戻せたらと、そう思ったのは一度や二度ではない。だが、いくら夢想したところで失われた命は、永遠に帰らない。


 私の光は一度、闇の中に消えた。


 そんな私の胸に、もう一度光が差したのは――中学に上がったばかりの頃だった。入学式でも暗い顔をしていた私を案じていた、祖父母に連れられて……私は、アイドルのライブ会場に足を運んでいた。

 両親を失う前から私はアイドルが大好きで……よくテレビの前で振付けを真似しては転んで、両親に笑われていたのを思い出す。

 今にして思えば――祖父母もそんな私に戻って欲しくて、ライブ会場まで連れて行ってくれたのだろう。


 そんな祖父母の、願い通りに。悲しみの中で忘れかけていた情熱を、思い出した私は。かつて胸の内に抱えていた夢を、解き放つように――アイドルへの登竜門を叩いたのだ。


 ――そして今、私はアイドルグループ「ULT78」のセンターとして。有終の美を飾る、卒業ライブに臨もうとしている。トップアイドルとしての夢を叶えた私に残された、最後のステージだ。


 私の引退を惜しんでくれるファンの人達は、大勢いるけれど……私はこれ以上、この舞台に留まることは出来ない。

 両親に代わって私を育ててくれた祖父母は、それまでの無理が祟ったのか……最近は、かなり調子が悪くなってきている。

 大学を出るまでのお金は充分稼げたし、そろそろ介護に専念しなくてはならない。今度は私が、祖父母に光を届ける番だ。


 ――そんな中、ふと思うことがある。以前のライブで出会った、かつての私と同じ眼をしていた、あの人は……元気になってくれているだろうか。彼の心に、光は差しただろうか。


 その行く末を、心の奥底で案じつつ。私は最大の笑顔を咲かせて、ファンの前に躍り出る。


 ULT78のセンター・天城杏奈の最後を飾る、ラストステージへ。


「ファンのみんなぁーっ! 私の……最後のライブに来てくれて、本当にありがとーっ! 絶対忘れられないような、最っ高のライブにしてあげるからねーっ!」


 ――そして、この日。


 私が求めた心の光が、「彼」との出逢いを齎し……世界を救う「奇跡」を起こすのだが。

 この時の私にはまだ、知る由もなかった。


 ◇


 黄昏に染まる空を仰ぎ、私は視線を正面に下ろす。その視界には、屋上から見渡せるこの街の景色が広がっていた。

 ――アイドルを正式に引退して、普通の女の子としてこの高校に転校してから、もうじき1年。……あの怪獣災害から、1年になる。


 私達のライブ……いや、復興の為に尽くしてきた皆の努力が功を奏して、世界はあの事件を乗り越えることが出来た。あの怪獣を間近で目撃した人の中には、PTSDに罹った人も多かったそうだが……最近はそういった人達の心理状態も、安定に向かいつつあるらしい。

 1年に渡る平和な日々と、諦めない心の光が……彼らを癒してくれたのだ。あのライブの中心にいた者として、これほど喜ばしいことはない。


 ――そして、あの事件に一区切りを付けて。皆が、前に進むことが出来るようになった今。

 私も、「次」に踏み出すことに決めた。今日は、その運命を決める一大決戦の日なのだ。


「うん……よし、大丈夫。私は、私を信じる!」


 手鏡で前髪を整え、私は最終準備を終える。深呼吸もしたし、制服の襟もしっかり正している。……こんなに緊張するのは、デビューしたての頃以来だ。


 ――「放課後、学校の屋上に来て」。


 その内容を記した書き置きを、「彼」の机に仕込んだ私は……こうして運命の瞬間を、今か今かと待ちわびている。


 この約1年間、私と彼は付かず離れずの距離で過ごして来た。その曖昧な関係に終止符を打ち、「次」のステージに進むなら――心身共に、怪獣災害を乗り越えた今しかない。

 それに、誰に対しても分け隔てなく優しい彼は、なんだかんだ……モテる。このまま手をこまねいていてはいずれ、彼の隣に寄り添えなくなるのは目に見えていた。


 だからもう、躊躇いはしない。

 友達以上恋人未満は、もう終わりだ。


「……!」


 すると。研ぎ澄ましていた聴覚が、彼の足音を認識する。私の動悸は一気に跳ね上がり――恥ずかしい程に、頬が上気してしまう。


 こんな感情も、経験も、全てが初めてだから。私はまるで、デビューして間もない新人のように緊張して……唇を結んでいる。

 彼の影が伸びて、私の視界に映り込んで来た。何か声を掛けてくれているのは分かるけど、心音が激し過ぎてそれどころじゃない。


 ――でも、恐れるわけにはいかない。アイドルとして輝いてきた、今までのように。

 私は今日から「彼」だけの天城杏奈てんじょうあんなとして、輝くと決めたのだから。


「……朱鳥流星あすかりゅうせい君、好きですっ! 私の光を……あなただけの物にしてくださいっ!」


 そして、私は胸を揺らして振り向きざまに。沈む夕日にも負けない、真っ赤な貌のまま。

 精一杯の勇気と、光を胸に――「次」のステージへと踏み出して行くのだった。

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