最終話 トライアード・ファイターズ 後編

 黄色を基調とし、40mもの体躯を誇る格闘家のような人型の機体――「サイナックル」。その機体に寄り添うように身構えているのは、金髪を縦ロールに整えた白人女性――を模した機体「ダイナミックツイスター」。

 そして……銀色を基調とする、ヒロイックな機体の名は「次元機神センチュリオン」。胸部と四肢に時計の文字盤を象った虹色の光球オーブが埋め込まれており、真紅に輝く鋭角的なデュアルアイが鋼獣の巨躯を仰いでいた。


 彼ら3機が、ノヴァルダーAの前に現れ――戦線に並び立つ瞬間。

 「新風」が吹き抜け、絶望一色に塗り潰されていたこの戦場が、大きな変化を迎えようとしていた。


「……君達、は……!?」

「九つの世界のどれにも当てはまらない、新しい世界……か。どうやら、私達を呼んだのはあなたのようですね。……この機体は次元の流れ者、センチュリオン。お見知りおきを」

「ここが新しい世界……ですか。ワクワクしますね、マスター!」

「この機体はサイナックルと、ダイナミックツイスター。防衛軍のロボットってわけじゃないが、助太刀に来たぜ。俺に……俺達に殴れないものはない、安心して見ていてくれ」

「その通り。後は、私達にお任せになって。……さぁ拳、始めますわよ」


 その「変化」を敏感に感じ取っていた戟は、彼らの実態を問う。だが、彼らは多くを語らず――言葉を要さない「行動」によって、自分達の「正義」を証明する道を選んでいた。


 そんな得体の知れない3機の新手に対し、鋼獣は速攻の熱光線を放射する。しかし彼らは、Aを遥かに凌ぐ疾さで颯爽とかわしてしまった。


「パンプアップッ!」


 最初に仕掛けたのは、男性の格闘家を模した黄色のロボット――サイナックル。彼が変形した両腕を突き出した瞬間、その掌底から放つ突き返しによって――メカ・ゼキスシアの巨体に物を言わせた進撃が、押し止められてしまった。


「……これが最大の、俺の拳だッ! 左の拳に魂込めて、全・力・全・壊のサイキック中段突きぃッ!」


 そこへ、さらなる追撃を叩き込む。パイロットの花川戸拳はなかわどけんは、全身から放出される光のエネルギーを左の拳に集束させ――渾身のストレートを打ち放ったのだ。

 激しい衝撃音と共に、サイナックルの鉄拳が鋼獣のボディに炸裂する。が、その鋼鉄の表皮にはやはり傷一つ付かない。


 ――かに、見えたが。


「……!?」


 突如。サイナックルによって殴られた箇所が――内側から・・・・弾けるように破壊された。拳を通して流し込まれた光のエネルギーが、メカ・ゼキスシアの体内で爆発を起こしたのである。

 Aの全力を賭した攻撃でも無傷だった鋼獣が、始めて苦悶の声を漏らしていた。その光景を目の当たりにして、戟は瞠目する。


「――行きますわよッ!」


 その機に乗じるように――女性型ロボットのダイナミックツイスターが、弾丸の如き速さでタックルを仕掛けた。パイロットであるルミナ・アームストロングの発声と共に――先程の「サイキック中段突き」にも勝る轟音が響き渡ると、鋼獣の巨体が大きく仰け反る・・・・


 これまで、彼の者の進撃を阻止するどころか、その装甲を傷付けることすら叶わなかったというのに。彼らはたった2発の攻撃で鋼の殻を破り、姿勢まで崩したのである。

 その光景は、彼らの威力を如実に物語っていた。


「――お見せしよう。次元を超えて、紡いだ『絆』を!」


 シンプルな打撃力により、鋼獣の出鼻を挫いたサイナックルとダイナミックツイスター。その2機の後方から跳び上がったセンチュリオンが、彼らに続いて――己の「力」を解き放つ。


GIGANTIZEギガンタイズ――RIXIONリキシオン!】


 刹那。その電子音声と共に――白銀に輝いていたはずのセンチュリオンの機体は、一瞬にして「力士」を模したロボットに「変身」してしまった。

 ノヴァルダーAも、ロガライザーというスペースシャトル型から人型へと「変形」する機構はあるが――まるで原型をとどめていないその変わりようは、さながら機体そのものを別のものに置き換えているかのようであった。


 無論、「力士」の風貌に変わったセンチュリオンの威力は、決して見掛け倒しではない。

 その体型を活かした強烈な張り手は、彼を叩き落とそうと振るわれた鋼獣の鉄腕を跳ね返し――反撃とばかりに、幾度も鋼獣の顔面を打ち据え、彼の者を後退させて行く。


「……さぁ、続けさせてもらおうか。魅音ミオン!」

「はい、マスター!」

GIGANTIZEギガンタイズ――GODREXゴッドレックス!】


 パイロットのつかさレイジが、そう呟き――意思疎通端末インターフェース・魅音の声が上がる時。電子音声と共にセンチュリオンは再び「変身」し――真紅の恐竜へと、その姿を変える。


「――レックス・ソニック!」


 レイジの叫びに応じて、激しい咆哮による衝撃波が迸り――鋼獣の表皮が、剥がされようとしていた。装甲をめくり上げられ、メカ・ゼキスシアの黒い「肌」が露わにされて行く。


GIGANTIZEギガンタイズ――AIRSABERエアセイバー!】


 それはまるで、天を駆ける流星の如く。

 鋼の翼で空を裂き、可変機動兵器エアセイバーへと「変身」を遂げるセンチュリオンは、戦闘機形態に変形トランスすると――先刻の衝撃波レックス・ソニックによってめくられた装甲の下に狙いを定め、一斉射撃を叩き込んだ。

 露出していた黒い肌から鮮血が噴き出し、鋼獣の悲鳴が咆哮となって天を衝く。


「魅音!」

「はいッ!」


 その隙を縫うように、レイジが空を、宇宙を仰ぐ瞬間。

 遥か彼方の異次元に在る、九つの地球から伸びる閃光が――センチュリオンのコクピットに集束していく。

 やがて9枚のカードがレイジの前に集い、勝利を呼ぶ切り札ジョーカーに変幻した。


FINALファイナル GIGANTIZEギガンタイズ――MILLENNIUMミレニアム CENTURIONセンチュリオン!】


「行くぞ……センチュリオンッ!」


 センチュリオンは最後の機神変幻ギガンタイズを遂げ、白銀の機体が鋼獣の巨体に向かって行く。その右腕は、九つの世界を救ってきた司レイジの想いを纏い――激しい輝きを放っていた。


「ファイナル・ディメンション・ブレイカァァァッ!」


 その渾身の一撃は、度重なるダメージを受け続けていた鋼獣の鎧に、亀裂を走らせる。もはやメカ・ゼキスシアの牙城は、崩落寸前だ。


「あの鎧……打ち砕くぞ、ルミナッ!」

「えぇッ! 拳、行きますわよッ!」


 ミレニアムセンチュリオンの一撃を皮切りに、全身に広がり行く亀裂。それを目の当たりにした拳とルミナは、この戦いに決着を付けるべく――互いの想いを一つにする。

 その「スイッチ」を経て、サイナックルとダイナミックツイスターは、最大の力を発揮するための「合体」に突入した。


 サイナックルの黄色いボディが次々と「分離」し、ダイナミックツイスターの全身に纏われて行く。

 コクピット同士が連結した直後、サイナックルの手は、ダイナミックツイスターの両胸に向かい。

 手が離れた腕部は、双肩に装着され砲台となり。サイナックルの下半身は、ダイナミックツイスターの下半身に結着。

 サイナックルの胴と頭は、両腕を覆う巨大なガントレットと兜に変形。


 それはさながら――ダイナミックツイスターが、黄色い増加装甲と追加兵装を身に付けたかのようであった。


 ダイナミックツイスターをベース機に、サイナックルを「オプション」として装着する。

 その状態こそが、彼ら2機の能力を最大限に発揮しうる合体の成果――「サイダイナックル」なのだ。


「ルミナッ!」

「分かっていますわ! ――サイダイハァァァッグッ!」


 合体を終えた瞬間、パイロットであるルミナは一気に仕掛けた。憤怒の形相で熱光線を放射する、鋼獣の一閃を巧みにかわしながら――脇下に入り込むと。

 両腕の内側にブレードをセットした状態で、胴体をクラッチ。「俵返し」の体勢に突入する。鋭利な刃で刻まれ、圧倒的な膂力で締め付けられ――鋼獣の全身に走る亀裂が、さらに広がって行った。

 20m以上もの体格差をものともしない、絶大な攻撃力である。


「拳ッ!」

「あぁッ! ――行くぞ、ルミナッ!」


 矢継ぎ早に、その体勢のまま操縦権を拳に譲渡。彼女からサイダイナックルの「決め技」を託された拳は、雄叫びと共に――メカ・ゼキスシアの巨体を、一気に持ち上げる。


「サイキックゥウッ!」

「リィフトォォオッ!」


 そして、拳とルミナが持ち得るエネルギーの全てを、腕部を通して流し込み。鋼獣の身体を内側から破壊しながら――サイダイナックルは、メカ・ゼキスシアを大地に叩きつけるのだった。


 次の瞬間。大気を揺さぶる絶叫が、この一帯に轟き――鋼獣の体表を覆い尽くしていた鎧が。ノヴァルダーAの猛攻を、全く通さなかった装甲の砦が。

 ついに――粉砕される。


 メカ・ゼキスシアの装甲は全て破壊され、残ったのは原種の怪獣に近しい漆黒の「肌」のみ。その肌……と思しき箇所も所々が破られており、体内の「配線」が露出していた。

 だが、満身創痍となりながらも、鋼獣に宿る天蠍サルガの怨念は消えず。唸り声と共に立ち上がる鋼獣の――憎悪に滾る真紅の両眼は、3機の邪魔者達を忌々しげに睨んでいた。


「……手札は、尽きたか」

「尽きてないさ。……まだ、残してるんだろう?」

「……あぁ」


 一方、サイダイナックルとセンチュリオンは、全力の一撃を出し尽くしてしまっている。「手札」は、使い果たした……かに見えた。

 しかし、まだ終わってはいない。拳の言葉に頷く戟は、膝をついたまま空を――遠い地球ふるさとを仰ぐ。


 そして、意を決したように。残る片翼を、力任せに引きちぎり――両肘のブースターを、最大まで噴射させた。

 ノヴァルダーAにはもう、翼はいらない。そう、言い放つかのように。


「……シャトルッ! ブゥウスタァアァアーッ……パァアアァアンチッ!」


 両肘と背部のブースターの推力で、Aの機体は一気に飛び上がって行く。消えかけた蝋燭の火が放つ、最後の輝きのように。

 バランスを崩す原因になる余分な片翼を捨て、ロケットの純粋な推進力のみで天を駆けるA。その蛮勇を嘲笑うかのように、鋼獣は大顎を開き――熱光線を放とうとする。


 ――だが。メカ・ゼキスシアの業火が、愚かな勇者に裁きを下すことはなかった。

 サイダイナックルとミレニアムセンチュリオンの一撃が生んだ損傷は、鋼獣の内部機構にまで及んでいたのである。もはやメカ・ゼキスシアの巨体は、死を待つ鉄塊に他ならない。


「ブチ抜けぇぇえぇえッ!」


 とどめの一閃を放つ、戟の絶叫。流星となり空を駆ける、鉄人の拳を受けた鋼獣の断末魔。

 双方の雄叫びが、重なる瞬間。ロケット噴射によって、最高速度に達したAの両拳が――メカ・ゼキスシアの胸を貫いて行く。


『……ミョウジョウッ……ゲ、キッ……!』


「……」


 そして、鋼獣の死を意味する爆炎が天の果てまで駆け上り。その残骸が、跡形もなく消し去られる瞬間。

 戟は、力尽き墜落して行くAの中で――冥府の彼方に去りゆく魂の、最期の怨嗟を耳にする。自らの怨念が生んだ化身と共に、消滅するその一瞬まで……彼の御霊は、憎悪に満たされていた。


 そんな「天蠍」の末路に、些かばかりの哀れみを覚えながら。戟は使命を果たした鉄人の中で、静かに瞼を閉じて――意識を手放そうとしていた。


「おぉっ……と。防衛軍の明星戟といえば、『無茶や無謀って言葉が、パイロットスーツ着てるようなヤツ』だってのはよく聞く話だが……これは想像以上だな」

「……ぅ、う……ベラ、ト……」

「これだけボロボロになってまで……。世話の焼ける御仁ですこと」


 糸が切れた人形のように、頭から地表に墜落して行くA。その機体を間一髪受け止めたのは、サイダイナックルを駆る拳とルミナだった。


 ――サイナックルとダイナミックツイスターを開発した花川戸博士は、息子夫婦を過去の戦争で失った過去故に、防衛軍に協力することを嫌っていた。

 さらに約1ヶ月前。地球に在る花川戸家の私有地で起きた戦闘によって、両機の存在を知った防衛軍は、その技術を吸収しようと目論んでいたのだ。が、その前にルミナの実家であるアームストロング財閥の個人装備として登録されたため、両機は防衛軍の兵器としては扱えなくなってしまった。

 それでもマスコミからは期待の新星として大きく取り上げられていたのだが、そのニュースはロガ星までには届いていなかったため、戟も彼らのことは知らなかったのである。


 拳とルミナも、防衛軍のことは好きではない。だが、「力」ある者として、人類の危機を見過ごすわけには行かなかった。

 ――それに。ロガ戦争が終結してから約3ヶ月になるが、ホームグラウンドである地球を離れてまで、異星人達のために働く防衛軍の兵士など、明星戟1人しかいない。

 地球を守ることのみを使命とする世界防衛軍の兵士でありながら、他所の星まで守ろうとする。そんな酔狂な男のことは、嫌いではなかったのだ。


 噂に違わぬ戦いと生き様を目にした2人は、コクピットの中で顔を見合わせ――呆れつつも、口元を緩めていた。


「……さて。私達も、そろそろ行こうか」

「えぇっ……マスター、もう行っちゃうんですか?」

「やるべきことを果たした今、無理にとどまる理由もない。……私達はまだ、旅の途中だからな」


 そんな彼らを、一瞥した後。メカ・ゼキスシアの最期とノヴァルダーAの勝利を見届けた、レイジと魅音は――センチュリオンと共に、次なる世界を目指して飛び去って行く。

 邪神機ギガタノトーアを倒し、九つの世界を救った今でも――司レイジの旅路に、終わりはないのだ。


 そして、遥か宇宙そらの彼方へと駆け登る、白銀の旅人は。


「……なかなか、素敵な『物語』だったよ。さぁ、行こう――ディメンションドライブ、オン!」


 この世界から、去りゆく間際に。新たに手にした1枚のカードを――微笑を浮かべて見つめるのだった。


GIGANTIZEギガンタイズ――NOVALDERノヴァルダー-Aエース!】


 ◇


 ――そして、メカ・ゼキスシアとの戦いが終わり。「天蠍のサルガ」に纏わる因縁に、終止符が打たれ……1ヶ月が過ぎた頃。


 純白のタキシードに袖を通した明星戟は、白麗のウェディングドレスを纏う姫君と共に……真紅のバージンロードを歩んでいた。


「……行こうか」

「……はい」


 レグルスシティから遠く離れ、緑の自然に囲まれた教会の中で。互いの「未来」を誓い合った彼らは――眼前の扉を共に開き、新たな一歩を踏み出して行く。


 それは、自分達以外には誰もいない。2人だけの、ささやかな結婚式。

 未だ戦後の混乱に包まれているロガ星を、夫婦で力を合わせて守って行く……その誓いの儀式。


「なっ……!?」

「えっ……!?」


 ――である、はずだったのだが。


「おめでとーっ、戟! お幸せにーっ!」

「おいおい、なんだそのトボけたツラ! やっぱ結婚しても変わんねぇな、お前は!」

「まさか、あのお主が祝言を挙げようとはな。……歳は取りたく無いものよ」


 参列者は誰もいないはず、だった扉の向こうには。


おめでとうイッヒ・グラトゥリーレ、ゲキ。相変わらずアツアツね」

「た、隊長……みんな……!」


 かつて戟が所属していた「駆動戦隊スティールフォース」の面々が、礼服姿で出迎えていたのだ。隊長である、ゾーニャ・ガリアード少佐を筆頭として。


 空に舞い上がる花々が2人の門出を彩り、新郎新婦の新たな道を祝している。その一方で当の彼らは、予想だにしない展開に瞠目するばかりであった。


「明星君、結婚おめでとうっ! 今日は『まもりちゃん』スペシャルライブで盛り上げちゃうからねっ!」

「ひ、光先輩まで……!」


 さらに。スティールフォースどころか、防衛軍の隊員ですらない民間人のアイドル声優――装光よそおいひかりも、防衛軍のマスコット「まもりちゃん」のコスチュームで参列している。高校時代における戟の先輩である彼女も、後輩の晴れ姿を見届けに来ていたのだ。


「ハッ、なんだその笑えるツラ。やっぱりガキ臭さが抜けねぇな、ドラ息子よ」

「……全く。相変わらず、締まりのない顔だ」

「……なんも聞いとらせんがっ。後で覚えとりやーせな、戟」


 しかも参列していたのは、スティールフォースや光だけではない。

 蒲生憲次がもうけんじ新堂しんどうアヤト、ベルアドネ・ヒサカ――共にロガ星軍と戦った「ヒュウガ駆動小隊」の面々まで、礼服姿でこの場に駆けつけていたのだ。


 誰にも知らせていないはずの今日の式に、なぜこんなにも多くの仲間達が集まっているのか。

 その原因が見えず、困惑する戟の胸中を察して――真っ先に祝いの声を上げた海神渡わだつみわたる敷島歩しきしまあゆむが、ニヤニヤと笑いながら口を開く。その後ろに立つ高天原卓たかまがはらすぐるも、不遜な笑みを浮かべていた。


「……1ヶ月前に戟を助けたっていう、サイナックルのパイロットからタレコミがあったんだ。戟とベラト姫が、今日ここで挙式するってね」

「それを受信した武灯大使が地球にいるダグラス殿に報せ、彼を通じて拙者達に伝わった……という次第で御座る」

「1番ガキ臭いくせに、1人だけアウェーな場所で仕事してっからな。どんな情け無いツラでヒーヒーやってるか、拝みに来てやったってわけさ」

「まぁ、ロガ星に行った戟のことを1番心配してたのは歩なんだけ――いででで!」

「いちいちうるせぇんだよお前は!」

「……歳不相応なのは、戟に限った話でもないようで御座るな」


 サイナックルのパイロット――花川戸拳。思い返せば彼に助け出された後、譫言でそんなことを喋ってしまったような気もする。まさかこんなことになろうとは、思いもよらなかった。


「そっか……ありがとな、みんな」


 ――思いもよらなかったからこそ、自然と笑みが溢れてしまう。こんなにも心強い、仲間達がいることに。


「姉上様……っ。御結婚、おめでとうございます……」

「ベネト……」


 しかも、結婚式のことを知ったのは、戟の仲間達だけではなかったらしい。笑顔でありつつも、どこか切なげな貌で祝いの言葉を述べる第2王女の瞳は、儚げに揺れていた。

 そんな妹の胸の内を、見通した上で。ベラトは彼女の耳元に唇を寄せ、甘い声で囁く。


「……欲しければ、奪ってみせなさい。私はいつでも、受けて立ちますわ。いつでも、どこでも……寝室ベッドでも」

「あ、姉上様っ!?」

「ふふ……負けませんよ、ベネト」


 妹にだけ見せるように、悪戯っぽく舌を出す姫君。その言葉の意味を悟り、純情な第2王女は耳まで真っ赤になってしまうのだった。


「うぅ、ううっ……奥様……ベラト様が、こんなに御立派になられて……! 私もう、もう涙で前が……!」

「……ありがとうございます。あなたには、幼い頃からずっと――」

「何もないところで転ばれては、泣かれていたベラト様が! 喧嘩っ早くて、男勝りであらせられたベラト様が! 裸足で王宮を駆け回った挙句、お休みになられていた両陛下の御尊顔に、油性で落書きをされていたベラト様がッ! 御伽噺の魔法に憧れ……ご自身で創作された魔法陣と呪文詠唱で、架空の魔法少女になりきっておられたベラト様がぁッ! こんなにも、こんなにも御立派になられたなんてッ……!」

「――ちょっ!? い、いけませんわそれ以上はっ! やめっ……やめてぇー!」


 一方、幼い頃からのベラトを知る屋敷の侍女は、娘のように想ってきた姫君の晴れ姿に号泣している。

 どうやら、彼女にも式のことを知られてしまっていたようだが……ベラトにとっては、幼少期のはしたない頃のエピソードをバラされそうなことの方が、遥かに大問題であった。

 愛するゲキの前では、清廉で貞淑な姫君でいたい……という乙女心には、大ダメージなのである。が、真っ赤になって慌てふためく彼女の隣では、嬉しそうに「続き」に耳を傾ける戟の姿があるのだった。


「よっしゃ、写真撮るぜ写真。ホラ新郎新婦、もっとひっつけイチャコラしろ!」

「え、ちょっ……おわっ!」

「きゃあっ!?」


 そして、今日という日を祝する集合写真を撮影するべく。

 蒲生憲次の呼びかけに応じる形で、参列者達は一箇所に寄り集まり――その中心に押し込まれた戟とベラトは、互いに戸惑いながら密着する瞬間を激写されたのだった。


 ――そんな彼らの、騒がしくも華やかな結婚式を。人知れず教会の屋上から、見守る者達がいた。


「……今時、地味婚なんて流行らないぜ。幸せにな、戟」

「さぁ、拳。私達も、行きましょうか」

「あぁ。……愛してるよ、ルミナ」

「私もですわ……拳」


 彼ら2人は――平和を謳歌する防衛軍の戦士達と共に、戟とベラトの門出を祝うと。自分達の愛を確かめ合いながら、帰るべき場所へと立ち去って行く。


 そして。


 周囲に煽られ、情熱的な口付けを交わす戟とベラトを――通信衛星を経由して見物していた、ダグラス・マグナンティは。


『ベラト……愛してる』

『ゲキ……私もっ……んっ、ちゅ……』


「……俺達が見てる前でまで、イチャついてんじゃねぇぞ……」


 彼らの愛の語らいイチャイチャに、何度目になるか分からない苦言を呈しながらも。憎まれ口ついでの、微笑を浮かべるのだった。


「ハハッ、あいつららしいじゃねぇか。なぁ?」

「ふふ……えぇ、全く」


 その後ろから夫婦めおとを見守り、互いに笑い合う――獅乃咲威流しのざきたけるや、不吹竜史郎ふぶきりゅうしろうと共に。


 ◇


 ――青く澄み渡る空の下。緑に囲まれた、穏やかな屋敷の中で。私は窓辺に映る景色を眺め、小鳥の囀りに耳を傾けていた。

 5年前まで、この星で戦乱が起きていたとは思えないほどに――私の故郷は今、平和な時代を謳歌している。


「アルタ様いけません! ああもう、またそんなに服を汚して……奥様に叱られてしまいますよ!」

「へへーん、こっちこっちー!」


 ふと、窓から庭園を見下ろしてみれば。かつては私の教育係だった、屋敷の侍女に追われながら……元気に駆け回る愛息の姿が伺えた。

 わたし譲りの紫紺の瞳と、かれ譲りの黒髪を備える私達の子は、年配の侍女を振り回し……溌剌とした笑顔を振りまいている。


 その姿を見る度に、私はいつも思う。愚かで弱い、私のこの手を引いてくれたのが――あの人で本当に良かった、と。

 彼でなければ、数多の兵を死に追いやった咎人が、このような幸福を享受出来ているはずがない。


 クーデターを起こした軍部の頭目を務めていた私は、王位継承権をベネトに託して表舞台を退いたが――彼が支えになってくれていなければ、私は今頃兵達の遺族への罪悪感に耐え切れず、自害していたかも知れない。

 遺族の中に私を責め立てる者はいなかったが……それでも私は、自分を許せずにいただろう。


 そんな彼は今、地球から赴いた防衛駐在官として、日々この星の為に力を尽くしてくれている。


 ――本来なら、罪に汚れた元王女など釣り合うはずもない。それでも彼は、私を選んでくれた。愛息アルタを、授けてくれた。

 1日の勤めを終えて、この屋敷に帰ってくる彼は……今日も、優しげに笑ってくれている。


「あ、父上! お帰りなさいっ!」

「おう或汰あるた、元気にしてたか。……あはは、まーた泥んこになっちまって」

「も、申し訳ありません旦那様……」

「いいって。んじゃ或汰、父上と一緒に母上にごめんなさいしないとな?」

「はーい!」

「はーいじゃありません! もう、アルタ様っ!」


 息子を抱き上げ、朗らかに笑う彼は、いつも。窓辺で待つ私に、優しく微笑んでくれる。

 身体も心も操も、全て差し出してしまった私には――そんな彼に、至福の笑みを捧げることしか出来ないけれど。それだけでも彼は、喜んでくれる。


 だからきっと、これで良かったのだ。失ったものは、数知れない。それでも彼が居ればこうして、私は空を見て、笑うことができる。

 これがきっと、私と彼が願い続けてきた――「平和」という世界なのだ。


 ――ありがとう、ゲキ。貴方さえよければ、これからも、ずっと――。

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