第6話 超新星ノヴァルダーA 中編


 ロガ星人は悪逆非道の侵略者であり、断固として斃さねばならない――それが防衛軍に浸透していた、敵勢力に対する見解であった。

 その認識が改められるきっかけとなったのは、開戦から1年半が過ぎた頃に起きた、ある大事件であった。


 ロガ星軍の象徴であり、彼らの頭目であったはずのベラト姫が、単身で地球に投降してきたのである。やがて彼女の口から、開戦の真実が語られたのだ。


 ――ロガ星人は本来、温和な種族であり他星への侵略を良しとはしなかった。だが、ロガ星特有の優れた科学力を誇る軍部が、徐々に勢力を強めるようになっていたのである。


 やがて自らを「選ばれた強者」と称した彼らは、他星への侵攻とロガ星圏の拡大を王に進言するようになった。だが穏健派の王は強硬に反対し、両者は次第に対立するようになり――ついには、政争に発展。


 最終的には、主導権を賭けた王族代表と軍部代表の決闘へともつれ込み――ロガ星の最新兵器である「ノヴァルダー」同士の一騎討ちとなった。

 王族代表として立ち上がったのは、ベラトの幼馴染であり彼女の専属騎士でもある、名門出身の誠実な青年・アルタであり――軍部代表に選ばれたのは、軍の中でも特に過激な武闘派として知られる、将軍サルガだった。


 ――戦う前から、勝負は決まっていたと言っていい。アルタは騎士としての優れた素養を持っていたが……長い平和の中で育ってきたがゆえに実戦を知らず、操縦経験も浅い。

 対してサルガは、長きに渡りノヴァルダーを乗りこなしてきた実績がある。実際、決闘が始まればアルタが駆るノヴァルダーAは、武装を使う暇さえ与えられず――サルガが操る超兵器に手も足も出なかった。


 それでもアルタは、幼馴染や騎士としてではなく、1人の男として愛した姫君のために最期まで戦い抜いた。そして姫君もまた、勝利の暁には彼の求愛に応えるつもりでいた。

 だが、勝利の女神が彼に微笑むことはなく――この決闘に敗れた若き騎士は、敢え無く落命してしまう。


 そして彼の敗北により王族は主導権を失い、栄えあるロガ王族の象徴だったはずのノヴァルダーAは、一転して「無力な正義」の象徴と成り果ててしまった。


 かくして権力闘争を制した軍部は実権を握ると、その美貌と慈愛、そして勇敢さから国民の信愛を集めていた王女ベラトを傀儡の象徴に仕立て上げ、第1の標的に定めた地球への侵攻を開始するのだった。


 形式上は王命によるものだが、実質的には実権を握った軍部の暴走に等しい。民衆の反発を抑えるため、形だけ王族を立てているに過ぎない。

 今や王族を含む全てのロガ星人の生殺与奪が、軍部に掌握されている状況なのだ。囚われの身も同然の父を、母を、そして民を守るためには、ベラトは軍に唆されるまま地球に牙を剥くしかなかったのである。

 かつては慈愛と平和の象徴として、母星の人々に愛されていた絶世の美姫は――軍の陰謀に心を殺され、かつての笑顔を失っていたのだった。


 だが、そうまでして始めた侵略戦争の結果は、芳しいものではなかった。

 防衛軍の伝説的パイロットである獅乃咲威流しのざきたけると、彼の教導を直々に受けた明星戟の前では、ロガ星軍の戦闘機はおろか、決戦兵器である「ノヴァルダー」すらも通用しなかったのである。

 ロガ星軍は敗走を重ね、開戦から1年半が過ぎても目立った戦果を得られず――ついには、互いに傷つけ合う日々に心をすり減らしたベラトが、軍を脱走する事態に発展してしまったのだ。


 彼女の身柄は、パトロール中に彼女の乗機を発見した戟によって保護された。その後、防衛軍に身を寄せた彼女は、和平交渉の場を設ける鍵になるはずであった。

 ところが、ロガ星軍は彼女を救うために和平交渉に応じることはなく――それどころか、彼女もろとも防衛軍を攻撃し始めたのである。「ベラト姫は地球人に辱めを受けた。我らの姫君は生き恥よりも、気高い死を望んでいる」と、喧伝して。


 そう。ロガ星軍は元より、彼女を救うつもりなどなかったのである。自ら地球人の軍門に下るのであれば、もはや売国奴。ならばロガ星軍の手で引導を渡す――そう、言外に告げたのだ。


 だが、徹底抗戦派の上層部を除く残存兵力のほとんどは、この方針に懐疑的であり、士気も低く――それに対して、反撃に向かう戟達の怒りは鬼気迫るものであった。

 その結果、徹底抗戦派の上層部はほぼ戦死し、指揮官の大半を失ったロガ星軍は急速に戦意を失った。


 さらに、徹底抗戦派が劣勢に陥ったことにより、ロガ星内で政変が起きてしまう。

 本来の統治者である王族の権勢が、母星で息を吹き返していたのだ。これにより、残された徹底抗戦派は孤立状態に陥り、ロガ星と地球の双方に挟まれる事態となってしまった。

 ――そこでようやく彼らは、和平交渉に応じることに決めたのである。


 一方、この件を機に距離を縮めた戟とベラトは、互いに秘めた想いを明かし合い――晴れて結ばれることになった。

 そしてベラトは、かつて「無力な正義」の象徴とされていたノヴァルダーAを、「愛と平和の証」として戟に託したのである。王族代表として、幼馴染として、騎士として使命に殉じた幼馴染を弔うために。


 そこで防衛軍は彼らの婚姻を終戦の証として、ロガ星との友好的な関係を築こうと動き始めるのであった。これを契機にロガ星との交易を実現できれば、「ノヴァルダー」を始めとするロガ星の科学力を地球のものに出来ると考えたためだ。


 ――だが、徹底抗戦派の生き残りであるサルガ将軍は、まだ戦いを諦めてはいなかった。


 軍の象徴として矢面に立たせれば、兵達は命を賭して守ろうとする。抹殺しようとすれば、兵達の士気が急落する。それほどまでの影響力を持つベラトを手篭めにしてしまえば、ロガ星軍は戦線と権威を維持することができる。

 そう思い至った彼は、僅かに残った抗戦派の兵達を連れ出すと……この期に及んで彼女をさらい、媚薬の香によってその心身を墜とそうと企てたのである。地球の人々が終戦パレードで沸き立っている、僅かな隙を突いて。


 これが、ロガ星のためであると……声高に叫びながら。


 ◇


 暗澹とした闇の大海を突き進む、ノヴァルダーA。この宇宙に閃く一筋の流星となり、彼の者は姫君の元を目指していた。

 彼女が囚われている敵将サルガの宇宙戦艦は、もはや目と鼻の先。到着は時間の問題。


 ――かに、見えた。


「待っててくれ、ベラト! 今すぐに――!?」


 だが。先に鋼鉄の巨人を出迎えたのは、宇宙戦艦ではなかった。

 眼前に迫る3機もの機動兵器は――先程までの無人戦闘機部隊とは、訳が違う。


「残念だったな地球人、貴様はサルガ様の前には一生掛かっても辿り着けん!」

「我ら『サルガ三銃星さんじゅうせい』が健在である限り、この戦争に終わりなどないのだ!」

「そんな『型落ち』でサルガ様の前に立とうなど、笑止! いらぬ恥をかく前に、我らがここで名誉の戦死を遂げさせてやろう!」


 ――逞しい大牙を備えた、鋼鉄の獅子。第12号「ノヴァルダーLレオ」。


 ――鋭い双角を持つ、機械仕掛けの猛牛。第20号「ノヴァルダーTタウラス」。


 ――巨大な鋏で武装された多脚型兵器。第3号「ノヴァルダーCキャンサー」。


 サルガ直属の近衛兵を務める、ロガ星軍最後の精鋭部隊。その彼らが操るノヴァルダー達が、Aの行く手を阻もうとしていた。

 同格――否、Aよりも遥かに性能で勝る後継機を前にして、戟の表情も険しい色に変わる。


「……だったら、今ここで纏めて片付けてやる! そこを――どけぇえぇえッ!」


 だが、不利だからといって引き下がるなどあり得ない。今こうしている間にも、ベラトの貞操がサルガによって脅かされているのだ。

 戟は焦燥を露わに操縦桿を倒し、Aを突進させる。だが、鉄人の拳が彼らを捉えるよりも遥かに疾く――3機のノヴァルダーは、同時に散開した。


「……愚か者めが!」


 狙いが一度に分散され、Aの挙動に僅かな迷いが生まれる。そこから彼が目標ターゲットを絞る前に――視界の外に翔んでいたLが、一気に動き始めた。

 その殺気と熱源を感知した戟は、振り向きざまに拳を振るうが――Aのボディに食い込む牙の方が、遥かに速い。


「ぐっ……あぁあッ!?」

「バカめが! そんな型落ちで……しかもたった1人で、一体何が出来るッ!」


 激しく振り回され、投げ出されるA。その機体の腹部に、今度は雄々しく煌めくTの角が突き刺さった。

 ブースターによって凄まじい勢いで直進して行く、その様は猛牛そのものであり――やがて串刺しにされたまま、Aのボディは宇宙そらを漂う隕石に激突してしまう。


「さぁ、我らがここで楽にしてやろう。――安心して、死ねッ!」

「くッ――!」


 その衝撃で隕石が砕け散り、ようやく角から解放された時――Aの頭上から飛来してきたCの鋏が、戟の命を刈り取るべく肉薄して来た。

 咄嗟に操縦桿を倒し、遠隔操作で飛ぶ鋏を回避する。……だが、Cの本体から離れてAを襲う敵は、その鋏だけではなかった。


「がぁあぁあっ!?」

「……ハッハハハ! このCを相手にするということは、『多数の敵』と対峙するに等しい! 3対1、などという生易しいものではなくて残念だったな!」


 左右から、下方から、背後から。ありとあらゆる死角を突き、Aの機体を滅多打ちにする鋼鉄の槍。

 その正体は――Cのボディから切り離され、一斉に刃となって飛ぶ「脚」。蟹型ボディの「多脚」となっている部分は、鋏と同様に遠隔操作が可能な「飛び道具」だったのだ。


 たった1機でも圧倒的な性能を誇る、3機ものノヴァルダー。その威力を見せつけられた戟は、Aの体勢をどうにか立て直すものの――この状況を打破する切り口を、見つけられずにいた。

 こうしている間にも、ベラトには危機が迫っているというのに。一刻も早く……どころか、無事に辿り着けるかどうかも分からなくなってくる。


「くそッ……どけぇえッ――!」


 それでも今は、立ち止まる訳には行かない。今預かっているこの機体は、地球とロガ星で築き上げた「平和の証」なのだから。

 戟は一気にペダルを踏み込み、Aのバーニアを噴かせる。最大速度に達した巨人の拳が、再び3機のノヴァルダーに挑もうとしていた。


「――!?」


 しかし。


 その瞬間、Aを背後から抜き去り。この戦場に現れた3機の人型兵器が――戟の蛮勇を阻止する。

 防衛軍のエンブレムを胸に描く、「新型」達が今――彼ら「三銃星」との戦いに、乱入しようとしていた。


「……どうしたどうした、今日は随分と余裕がないな。新兵時代のお前を見ているようだぜ?」

「……!? あ、あんたは……!」


 Aの前に現れ、三銃星の攻勢を阻むように立ちはだかる3機。その中心に位置する、隊長機リーダーのパイロットの声は――戟にとっては馴染み深いものであった。


 獅乃咲威流に師事し、一流のエースパイロットと呼ばれるようになる前。入隊して間もない頃、周囲から「落ちこぼれ」と蔑まれていた時期。

 何があろうと決して彼を見放さず、一人前になるまで育て続けていた「鬼教官」――蒲生憲次がもうけんじ。彼は今、戟の前に並び立つ新型機を率いる隊長として、この戦地に現れていたのである。


 長きに渡る実戦経験を武器に、あらゆる戦場を生き延びて来た古強者は――「らしくない」かつての教え子の姿に、ため息をつく。


「……やれやれ。俺の手を離れた後、あの獅乃咲威流の弟子になって……ちっとはマシになったかと思えば。すぐに熱くなる悪グセは、相変わらずみてぇだな?」

「蒲生教官、なんで……! それに、その機体は……!?」

「――異星人製超兵器ノヴァルダーの技術を応用して開発された、防衛軍の新型機。その試験運用を目的として、獅乃咲中将によって編成されたのが……俺達、「ヒュウガ駆動小隊くどうしょうたい」だ。実戦を兼ねた最終試験……のついで・・・に、お前の情け無いツラを拝みに来たのさ」

「……!」


 蒲生に代わって、戟の質問に答えたのは――左翼部に位置する第2のパイロットだった。

 その声も、戟にとっては悪い意味・・・・で聞き覚えがあり……彼はヘルメットの下で、げんなりとした表情を浮かべる。


「……お前、もしかして新堂しんどうか」

「あぁ。……なんだ、その物凄く嫌そうな声は。フン、俺に貸しを作るのがそんなに不服か」

「……うるせぇ」


 ――新堂アヤト。新兵時代は落ちこぼれだった戟とは対照的に、入隊当初から頭角を現していた「天才」であり。このロガ戦争においても、鬼神の如き戦果を挙げ続けている剛の者である。

 その一方で普段は口数が少なく、個人的にコミュニケーションを取れる相手が滅多にいない――という側面もあり。新兵時代、何度も模擬戦を挑まれては返り討ちにして来た戟とは、「悪友」に近しい関係を築いている。


「……あっきれた。再会早々、2人して何やっとらすか」

「げっ……ヒサカまで来てるのかよ」

「……しっかりと聞こえとるがね。後で覚えとりやーせな」


 そして、右翼部に控えている第3の新型機。そのパイロットの独特な足利弁は、戟にとって忘れたくても忘れられない存在であった。


 ――ベルアドネ・ヒサカ。戟やアヤトと同様に、新兵時代を蒲生の下で過ごした「同期」であり、彼女自身も名うてのパイロットとして知られている。

 当時からアヤトに並ぶ優等生であり、社交的でもあったことから同期の間では人気も高く、落ちこぼれだった戟の面倒もよく見ていた。……ので、戟としては頭が上がらない相手なのだ。


 一方、ベルアドネもそんな彼の「変わらなさ」には深々とため息をついていた。

 ――獅乃咲威流の弟子となり、一流のエースパイロットと呼ばれ、このロガ戦争でも活躍し、果ては敵方の姫君と婚約し和平のキーマンにまでなる。

 しばらく会わない間に、それほどまでの活躍と成長を重ねていながら……根っこの部分が、落ちこぼれ時代と大差なかったのだから。


「……オォイ貴様らァア! 我ら『サルガ三銃星』を、無視するなッ!」

「なんなのだ、貴様らはさっきから! 我々がいることを忘れているのではないかッ!?」

「というか貴様ら状況分かってるのか!? 例え何機に増えようが、地球製のオモチャ如きがノヴァルダーに通用するとでも――!」


 すると。ヒュウガ駆動小隊の面々に話題をさらわれ、放置されていた三銃星の面々が怒号を上げ始めた。

 そんな彼らに向き直り、駆動小隊の3機は横並びに展開していく。丁度、3対3となる体勢だ。


「……どうやらせっかちなのは、向こうも同じだったようだな。戟、お前はさっさとここを抜けて、お姫様を迎えに行ってやれ」

「教官……!」

「レールは敷いてやる、と言ってるんだ。……後は任せたぞ」

「……了解ッ!」


 彼らの役割は、ベラトの救出に向かう戟をサポートすることにある。ならば、彼の行く手を阻む敵は1機たりとも好きにさせてはならない。

 その使命を帯びた蒲生に応じて、アヤトとベルアドネも三銃星のノヴァルダーと対峙して行く。今の戟に出来るのは、彼らを信じてこの場を託すことだけだった。


「新堂、ヒサカ! ここは頼んだぜッ!」

「……そのために来てやったんだ、さっさと行け。間に合わなかったら、それこそ俺達は承知しないぜ」

「……ほなっ、まかしとらーせなっ!」

「ああッ! ――絶対、死ぬんじゃないぞッ!」


 戟はフットペダルを全力で踏み込み、Aの機体をベラトの元へと連れて行く。最大速度で飛び出して行く鋼鉄の巨人が、彗星の如き疾さとなってこの場を脱していた。


「……ッ! おのれ地球人、逃しはッ――!?」


 それを阻止せんと三銃星が動き出す――が、駆動小隊の機体から発されるプレッシャーが、その行動を許さなかった。

 彼を追うことは許さん、と言外に告げる彼らの殺気は、もはや「地球製のオモチャ」などと呼べる次元ではない。


「……いいだろう! ならばまずは貴様らから、血祭りに上げてくれるッ!」

「物分かりのいいバカどもで助かるぜ。……新堂、ヒサカ、抜かるなよッ!」


 ならば「敵」と認め、迅速に狩るのみ。その一心で駆動小隊に挑む、三銃星のノヴァルダーを前にして、蒲生は部下達に指令を下す。

 彼の叫びに頷く戦士達は、各々が駆る「新型機」の力を以て――防衛軍の歴史に、新たな伝説を刻もうとしていた。


 ◇


 左右に突出した両肩のもの。脚部ユニットを取り外し、その代わりとして換装された大型のもの。

 それら計3基ものスタビライザーによって機動する「バル・ア・ジル」――通称「ヤジロベエ」は、人型兵器としては異端であり。宇宙空間での砲撃戦に特化した、非常にピーキーな機体である。


「ヌハハハ、なんだその緩慢な動きは! 止まって見えるわバカめがッ!」

「……」


 加えて、機動性も犠牲になっており――遠隔兵器による圧倒的な手数で攻めて来るノヴァルダーCに対し、パイロットのベルアドネは防戦一方となっていた。

 彼女は鈍重な乗機の中で操縦桿を握り締め、寡黙に耐え忍ぶ。槍となって舞い飛ぶCの脚に、何度傷付けられても――彼女は決して引き下がることなく、相手の出方を伺い続けた。


「ハッハハハ……愚かな地球人め、これで終わりだッ!」


 そして、防衛軍の新型機など所詮は見掛け倒し――と侮り。無数に翔ぶCの脚が鋭利な矢となって、バル・ア・ジルにとどめを刺そうとする。

 やがてAさえ寄せ付けなかった刃の群れが、全方位から肉薄して来た。もはや絶対に逃れられはしない、これで決まったと――Cのパイロットが確信した、その時。


「――やっとか、めっ捕まえたがね」


 目を伏せ、黙し、機が熟する時を――全ての「脚」が、間合い・・・に入る瞬間を待ちわびていたベルアドネが。

 後ろに結わえた黒髪を掻き上げ、切れ目の瞳を見開き。絶壁に等しい胸を張って――反撃の狼煙を上げる。


「な……何ッ!?」


 次の瞬間――バル・ア・ジルに向かうはずだった全ての「脚」が動かなくなり、ただの鉄塊のように虚空を漂い始めてしまった。

 突如制御を失い、言うことを聞かなくなった「脚」を目にしたCのパイロットは――その原因を察し、戦慄する。


「電磁パルス、だと……まさか、これ程の広域で……!?」

「……ありえんと、思うがね?」


 切れ目を細め、ベルアドネは不敵に笑っていた。……この瞬間こそが、彼女の狙いだったのである。


 ――広域誘導型スタン砲。広範囲に及ぶ電磁パルスを発生させ、周辺の電気回路を沈黙させる対集団兵器だ。

 彼女はその有効圏内に、厄介な「脚」が全て入り込む瞬間を待ち続けていたのである。「鈍重」を演じ、相手の猛攻に耐えながら。


「おッ……おのれ小賢しい真似をォォオッ!」


 だが、これで全ての得物を潰したわけではない。

 Cはバル・ア・ジルの首を取るべく、最大の武器である鋏を発射した。研ぎ澄まされた必殺の刃が、彼女を仕留めるべく虚空を駆け抜けて行く。


「……丸見えだがね」


 ――しかし、形勢は変わらない。すでにベルアドネは、「とどめの一撃」を放つ準備を整えていた。

 腰部に備わる4本のバランサーを頼りに、バル・ア・ジルの背部に搭載された大型加速器が発射体勢に移行する。やがて物々しい轟音が、コクピットに響き渡り――この機体が持つ最大火力の「必殺兵器」が、目覚めようとしていた。


「くたばれぇえぇえッ!」


 これ以上、何もさせない。次の一手を打つ前に、この鋏でズタズタに引き裂く。Cのパイロットはその一心で、バル・ア・ジルに迫ろうとしている。


 しかし。発射準備を完了させたベルアドネが、加速器を通した反陽子を集束させ――


「……ぶち抜いたらーす」


 ――レーザーの如く、その一閃を放つ。その方が僅かに、速かった。


 集束型反陽子砲。全てを貫く、その閃きが――鋏を引き裂き、Cのボディを穿つ。


 その方が僅かに、速かったのだ。


 ◇


 虚空の戦場に爆炎の花が咲き、冷たい暗黒の宇宙そらに彩りを加えている。

 それがCの敗北を意味していることを悟り、ノヴァルダーTは激昂していた。


「おのれッ……薄汚い地球の猿共がァァァアァッ!」

「……」


 猛り狂う闘牛の如く、バーニアによる推力を活かした突進を繰り返す。その全てを巧みにかわす、新堂アヤトの乗機は――「グロリアス・ヴェンデッタ」と呼ばれる、超高機動戦闘に特化した大型機だった。

 漆黒のボディに無数の刃を備え、赤い両眼を光らせる鋭利な巨人。その体長は40mにも及び、Aのおよそ2倍に相当する。

 それほどの巨体でありながら、背部に装備された4門の巨大ブースターによる高機動戦闘を可能としており――その速さと外観の威圧感から、「狂喜の復讐者」という異名を取る機体でもあった。


 ――だが、強さとは常に代償を伴うものであり。その摂理は、このグロリアス・ヴェンデッタにおいても例外ではない。

 防衛軍内部の強硬派が開発した、「守るために殺す」機体。その苛烈な設計思想に基づいて生み出された本機は、操縦者の安全さえ度外視しているのである。

 ノヴァルダーの技術から得た機動性を、パイロットへの負担を考慮することなくそのまま導入した本機は、人道的見地から逸脱した設計であり――アヤトは常に、この機体の超高機動によって苦しめられているのだ。


「……構うものか。俺はただ、滅ぼすだけだ」


 だが。そうと知りながら彼は、自らに降り掛かる痛みさえ意に介さず。

 グロリアス・ヴェンデッタの上腕部に装備された、2本の「斬艦刀」を振るう。巨大な殺戮の刃が、Tの身体を切り裂き――猛る怒りを、それ以上の殺意を以て制圧して行く。


「ぬぉうぁああッ! 1人では死なんぞ、貴様だけはここで殺すッ!」

「……ッ!」


 それでも、Tは寸分たりとも怯むことなく双角を突き出してくる。Aの装甲さえ穿つ強烈な一撃が突き刺さり、グロリアス・ヴェンデッタの牙城を崩さんとしていた。

 しかし、漆黒のバイザーに隠されたアヤトの眼に、恐れの色はない。あるのはいつも――「憎しみ」の炎だけだ。


 先の怪獣戦争によって家族を奪われ、復讐の為に生きてきた彼にとって――この戦いは、悲願を果たすまたとない機会なのだ。

 宇宙怪獣軍団は、獅乃咲威流によって滅ぼされ。グロスロウ帝国は、ジャイガリンGグレートによって滅亡し。

 燃え滾る復讐心だけを残され、苦しみ抜いてきた彼にとって――地球を脅かすロガ星軍の存在は、この胸中を支配する憎悪をぶつけられる、最後の「的」なのだ。


 ――無論、そのような私怨は軍人としては到底許されるべきではない。近しい身の上の明星戟どうきが、憎しみに囚われず生きているのだから、尚更だ。

 だからこそ、この戦いを最初で最後の「復讐」にする。元よりグロリアス・ヴェンデッタは、制式採用機には絶対になれない非人道的兵器なのだから、どうなろうと構わないのだ。


 この機体に隠された「人類最大の火」――核爆弾を使おうとも。


「……これで、いいのさ」


 機密保持と敵勢力の殲滅を目的として搭載された、非人道の極致。動力部の停止をトリガーとして発動するその「火」を、アヤトはこの場で解き放とうとしていた。

 蒲生やベルアドネの機体なら、この場での核爆発にも耐えられる。何よりこの一撃なら、2機のノヴァルダーを纏めて殲滅できる。


 ――新堂アヤトという男にとって、核を使う理由はそれだけで十分だったのである。

 復讐心に囚われた自分もろとも全てを消し去り、戟とベラトが望んでいた「争いのない時代」を創る。それも悪くない、と折り合いをつけて。


 しかし。


 最後の最後で。


『――絶対、死ぬんじゃないぞッ!』


 別れ際に彼が叫んだ言葉が、脳裏を過ってしまう。


「……バカ野郎が」


 ――「落ちこぼれ」如きと交わした約束さえ守れないまま死んだとあっては、墓前で何を言われるか分かったものではない。


 ――復讐の為だけに生き、誰とも関わらず歩んできた自分に、真正面からぶつかってきた「落ちこぼれ」などに、いいように言われるのだけは御免被る。


 ただひたすらに獲物を追い求め、復讐に狂う道を進んできた彼は、この瞬間になって初めて――「生」への執着を見せた。


 次の瞬間、グロリアス・ヴェンデッタの赤い眼が激しい輝きを放ち――全てを賭した反撃が開始される。


「……おおおッ!」


 斬艦刀の一閃が、猛牛の双角を瞬く間に斬り落とし――間髪入れず、第2、第3の斬撃が飛ぶ。


「ぬぐッ!? ……ぅ、お、ぁあぁあぁあッ!」

「……ぉおおぉおおッ! 決着を、付けてやるッ!」


 死から生へ。復讐から、生還へ。戦う理由が移ろい行く中、アヤトは斬撃の嵐を止めることなく、己の全てを鋼鉄の猛牛に叩き込んで行く。


「おのれェエッ……地球人風情がァアァッ!」


 やがて細切れになるまで、刃は唸り続け――Tの機体は跡形もなく、爆炎の渦中へと消えて行く。


 そして、塵一つ残すことなく滅された猛牛は。グロリアス・ヴェンデッタの勝利を、無言のうちに告げるのだった。

 新堂アヤトは、死を超え復讐を超え、己に打ち勝ったのだと。


「……死ぬな、だと?」


 だが。当のアヤト自身にはすでに、分かりきっていることだった。


「お前にだけは、言われたくないな……戟」


 これは、決して。自分1人だけの力で、勝ち得た未来ではないのだと――。


 ◇


「バカな……バカなバカなバカなッ! 我ら三銃星が、地球人の兵器などに敗れるはずがないッ!」

「……負ける、なんて微塵も思わねぇから足元を掬われるのさ。戦場に、絶対なんてものはない」


 立て続けに同胞を撃破され、焦燥を露わにしていたノヴァルダーLは――その大牙を唸らせ、敵方の指揮官に狙いを定めていた。

 だが、駆動小隊を率いる壮年の兵士は――巧みな操縦でその全てをかわしている。彼の乗機である「アモ・ヘッジホッグ」は、4頭身のずんぐりとしたボディに見合わぬ素早さで、獅子の牙を受け流していた。


 緑一色に塗装された重装甲のボディや、両腕の8連装ガトリング――両肩、胸部ハッチ、両腿に搭載されたミサイルコンテナ等。その機体は隅から隅まで、敵を滅殺するための重火器で満たされている。

 さらに背部には、本体よりも大型なバーニアまで搭載されており。その圧倒的推力による加速が、外見に見合わぬ機動性を実現していた。


「にしても、全く……小回りが利かない上に手足まで短いときた。扱いづらいったら、ありゃしねえ」


 ――だが、それは本来の設計思想からは程遠い完成品であり。ベテランである蒲生憲次の技量がなければ、到底扱いきれぬ代物でもある。


 2年前に起きた「ダイノロド事件」を受けて、開発が進むようになった防衛軍製の人型兵器。その先駆けとなる実験機を運用する「駆動戦隊くどうせんたいスティールフォース」では当時、「重装甲で身を固めた陸戦機」の新造が検討されていた。

 その案として提出された本機は、同系統のコンセプトから生まれた「グランガード」との技術コンペに敗れ、一度はお蔵入りとなってしまう。

 それから2年が過ぎた今。リベンジを果たすかのように――主戦場である宇宙戦に合わせた強引な・・・改修を経て、この「アモ・ヘッジホッグ」が完成したのだ。


「おのれぇえッ――ぐおゥッ!?」

「焦らずとも、すぐに終わらせてやる。……痛みもないほどに、一瞬でな」


 開発競争の闇から立ち上がり。宇宙という新たな戦場に、真っ向から殴り込んできた緑一色の鉄人。

 その憎き仇敵に挑む獅子の顔面に――アモ・ヘッジホッグの足裏が沈み込んでいく。顔面ごと牙をへし折られたLは、鉄人のキックを受けて……隕石に衝突するまで吹き飛ばされてしまった。


 「ハリネズミ」の異名を取る本機は、身体のあらゆる箇所から射撃を行うことを可能としている。次の瞬間、その真価を発揮するべく――アモ・ヘッジホッグの全身の砲身が、一斉に展開された。


 まるで、「棘」を出すかのように。


「――全弾発射だ。釣りは、とっておけ」


 それが、蒲生にとっての勝利宣言であり。Lのパイロットにとっての、死刑宣告であった。


 両腕の8連装ガトリング。両肩、胸部、両腿に備わる――16門にも及ぶミサイルコンテナ。その全てが鋼を穿つ火の矢となり、獅子の頭上に雨の如く降り注ぐ。


「ぬッ……がぁあぁああッ! 三銃星に……サルガ様にッ! ロガ星軍に、栄光あれぇえぇえぇえッ!」


 灼熱を浴び、豪炎に飲まれてなおも牙を剥く彼の者は――その最期の抵抗さえも、矢の濁流に捩じ伏せられてしまった。

 何百、何千と被弾しても屈することなく、破壊の雨を突き進んできた獅子は。その牙を突き立てるには、僅かに及ばず――爆炎の中へと、消え去って行く。


 その瞬間。ヒュウガ駆動小隊とサルガ三銃星の戦いは、地球の底力を証明する形で、幕を下ろすのだった。


「……さて。後の仕上げは任せたぜ、ドラ息子」


 そして、虚空に咲く炎の華が鉄人の勝利を彩る中。蒲生は宇宙そらの彼方を仰ぎ――決して届くことのないエールを、息子同然の教え子に贈っていた。


 その傍らに集まるアヤトとベルアドネも、思いは同じである。

 彼らは互いに視線を交わすと、世話の焼ける「落ちこぼれ」の生還を、ただ静かに祈るのだった――。

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