第1話 流星のルヴォリュード 前編
――はるか銀河の彼方に閃き、暗黒を駆ける二つの光。赤と青の二つの輝きが、闇を裂くように
彗星か、隕石か。常軌を逸する速さで翔ぶ、その輝きは互いにぶつかり合い――ある星を目指していた。
私達が暮らす青い星――地球へと。
◇
地球人類の軍事力が、外宇宙への進出を果たしてから既に30余年。それほどの発展を遂げた20XX年の今もなお、地球人が住まう世界は「平和」になりきれずにいた。
――3年前。地球人を代表する3大エースパイロットである、
その後、他の惑星に出現した怪獣軍団の首魁「大怪獣」により、惑星の住民に危機が迫ったが――日向威流と一体化した機械巨人「タイタノア」の一撃を以て、彼の者を滅することに成功した。
――2年前。地中に潜伏していた古代国家「グロスロウ帝国」が、鋼鉄の地底怪獣「ダイノロド」を差し向け、地上を襲撃。元士官候補生であり、当時は民間の大学生だった
それから約3ヶ月後。人型ロボット部隊「
――それから、1ヶ月後。
優れた科学力とそれに由来する超兵器を備えた、地球外生命体「ロガ星人」。グロスロウ帝国を従えていた「黒幕」である彼らの軍勢と、地球の防衛を担う統一組織「世界防衛軍」の戦いが、ついに幕を開けたのである。
その開戦からは既に、2年もの月日が流れていた。
宇宙を舞台に繰り広げられる激戦の日々は、互いの傷を絶えず抉り――虚空の闇を、死と悲しみに染め上げる。全ては、双方が掲げる大義のために。
――だが。そんな宇宙戦争も、地球で安穏と暮らす民間人にとっては「対岸の火事」に過ぎない。
市井の人々である彼らは今日も、成層圏の果てで繰り返される死闘には目もくれず、思い思いの日々を過ごしている。
それは――全国の注目を一身に浴びて、可憐に舞い踊る美しき「歌姫」も、例外ではない。
「ファンのみんなぁーっ! 私の……最後のライブに来てくれて、本当にありがとーっ! 絶対忘れられないような、最っ高のライブにしてあげるからねーっ!」
一世を風靡した国民的アイドルグループ「ULT78」。
そのセンターアイドルにして、人気の火付け役にもなったトップアイドル――
華やかな衣装に身を包み、ステージに立つ可憐な花々。その中央に立つ、金髪ショートの美少女が――満面の笑顔で、観客席に手を振っている。
色白の肌や完成されたプロポーション、Fカップの豊満なバスト、そして絶対的な美貌。全てを兼ね備えた絶世の美姫が、観客の注目と歓声を一身に集めていた。
東京ドームを満員にする、稀代の歌姫。14歳でデビューしてから僅か3年で、ULT78の人気をここまで押し上げた彼女は今日――グループからの卒業を控えていた。
類い稀な才能と美貌を持ちながら、芸能活動に拘ることなく、惜しまれつつも鮮やかに幕を引く――そんな当人の謙虚な姿勢も、ファンの歓心を高めていたのである。
「来た……ついにこの日が来たァッ! まさか杏奈ちゃんのファイナルライブを、この目で拝めるだなんて……! もう俺、死んでも悔いねぇわ……! 良かったなぁ
「……そうだな」
その観客席の中で、大歓声を上げている男達の中に――2人の少年がいた。眼鏡をかけた小太りの少年・
彼の隣に立つ、艶やかな黒髪の少年・
(……そうだな。今日、ここに来れて良かった)
◇
1年前、朱鳥流星は交通事故で両親を失った。
当たり前だった日々を唐突に失った彼は、親戚からの援助を受けながら独り暮らしを続けているが――決して立ち直れたわけではなく、笑顔も忘れて塞ぎ込む毎日を過ごしていた。
失ったものを数えるばかりで、何一つ前に進まない日々。そんな世界に希望を見出せず、次第に両親の後を追うことも考え始める。――そんな矢先のことだった。
重度のドルオタとして知られ、学校でも鼻摘まみ者として扱われている友人……井手甚太が、半ば無理矢理に彼を連れ出したのである。行き先は、ULT78のライブ会場だった。
苦しい日々に擦り切れた人々を癒やす、可憐な美少女達の歌や踊り。それは、全てに蓋をして世界を絶っていた少年にとっては、余りにも眩しい光だった。
――何より少年にとって衝撃だったのは。ライブが終わった後にグループメンバーが行う、握手会での出来事だった。
「……あなた、昔の私にちょっと似てるよね。目が似てる」
「え……?」
センターアイドルである、天城杏奈との握手。その10秒にも満たないひと時の中で、確かに彼女はそう言っていたのだ。立ち直れていないままだった、流星の眼を真っ直ぐに見据えて。
「……でもいつか、絶対に光が差すよ。私はそう信じてる」
「……」
「その時はまた、ライブに来てね。私、待ってるから」
まだその時は、彼女が残した言葉の意味がわからなかった。それを知ったのは、ライブが終わって甚太から杏奈の過去を聞いた時であった。
――彼女も幼い頃、実の両親を失った過去があるのだという。そんな背景から立ち上がって歌い続ける姿も、人気の一つなのだと。
そう。彼女も、流星と同じ苦難を味わった身だったのだ。だから彼女は、かつての自分と同じ貌をしていた流星に気づいていた。
そして気づいた上で、背中を押していたのである。必ず光が差す、と。
――それ以来。流星は少しずつだが、かつての自分を取り戻していくようになり……両親がいない今と、向き合い始めていった。
やがて1年が過ぎ、天城杏奈の引退が決まったこの日。流星は彼女が望んだ通り、このライブに足を踏み入れたのである。
君のおかげで光は差したと、そう伝えるために。
◇
――だが。その道を、断ち切るかの如く。このファイナルライブは、唐突な崩壊を迎えようとしていた。
前触れもなく流星や杏奈の両親を奪った、事故のように。
「えっ……なに、地震!?」
「きゃ、ぁああぁっ!?」
「……!? ――みんな、落ち着いて!? まずはファンのみんなを避難させないと……!」
ライブの終盤、突如会場を激しい揺れが襲ったのである。音楽は止まり機材は落下し、照明は互いにぶつかり合い砕け散る。密集していた観客達は体勢を崩し、各所でドミノ倒しに発展していた。
――警報もなしに、突然襲って来た謎の地震。得体の知れない災害に、東京ドームは一瞬にして阿鼻叫喚の坩堝と化してしまう。
そんな中でも杏奈は、怯えて逃げ惑うメンバー達に懸命に声を掛け、避難誘導を始めようとする。二次災害が広がる前に、どうにか場を鎮めなければ……自分達のライブが原因で、応援してくれていたファン達を傷つけてしまうからだ。
だが、そんな彼女の想いとは裏腹に――地鳴りと振動は、ますます激しくなっていく。
「ひ、ひいい! ど、どうなってんだよこれぇ……! なんで警報鳴らねぇんだよぉ!」
「……ちょっと待って。甚太、この地震……変だ!」
「へ、へぇ……?」
一方、観客席にいた甚太は頭を抱えてうずくまっていた。そんな彼を一瞥しつつ、地鳴りに耳を傾けていた流星は――眼を細めて、「音が聞こえる方向」に振り返る。
(最初の揺れと今の揺れ、全然違う! 今の揺れは独特の間隔があって……これは、まるで……!)
一定の間隔で揺れ、時間と共に地鳴りも激しくなっていく。冷静になってみれば、普通の地震とは違う現象だということがわかる。
――そう。まるで「何か」が、近づいて来ているかのような。
「……なッ!」
そして。その「答え」が、唐突に降りかかる。
――激しい衝撃音と共に、ドームの壁に亀裂が走り。その亀裂の近くにいた観客達が、絶叫を上げて逃げ去っていく。
地震。地鳴り。亀裂。ライブを破壊した、これら全ての実態が露わになったのは――亀裂を中心に壁が破壊される、その瞬間であった。
刹那。
観客達はあまりの光景に言葉を失い、パニックだったことも忘れて立ち尽くしてしまう。
彼らが再び泣き叫び、逃げ惑うのは――破られた壁の向こうに現れた、巨大怪獣の咆哮が轟く時であった。
◇
黒曜石のような漆黒の外殻。身の丈すら越える長さの尾。白銀の牙と爪。赤く血走った、獰猛な両眼。50mにも及ぶ、筋肉質で巨大な体躯。
かつて
――生物という概念すら超越した、無情の破壊者。それが、人々が感じたこの怪獣への認識であった。
前触れもなくライブ会場に現れ、爪を振るい怒号を上げ、ドームを破壊していく巨大怪獣。その存在に畏怖する人々は、ただ絶叫を上げて逃げ惑うしかなかった。
2年前に始まった、世界防衛軍とロガ星人の戦争など、遥か遠い宇宙での「対岸の火事」でしかない人々にとって――それは、人智を超えた非日常の極致。その光景を間近で目にしてしまった杏奈も、思うように身動きが取れずにいた。
「……な、に、あれ……恐竜? じゃ、ないよね……?」
「かい、じゅう……!? 嘘でしょ、全滅したんじゃなかったの!?」
「いやぁあ! 死にたくない、死にたくないよぉお!」
「助けてぇえ……! パパぁあ、ママぁあ!」
その後ろでは、グループメンバー達が絶望の余り、避難することも忘れて座り込んでしまっている。彼女達の嗚咽を耳にして、杏奈はようやく我に返った。
「……っ! みんな、しっかり! アレが何なのかはさっぱり分からないけど……とにかく私達は、お客さんを避難させてここから逃げないと! ゆず
「リ、リーダー……!」
「忘れないで、みんなっ! 例え何があっても私達は、ファンのみんなを笑顔にするULT78なんだよ! ライブは滅茶苦茶でも……せめて、せめて今日来てくれたファンのみんなを……私は守りたいっ!」
その叫びと、彼女のカリスマ性が活き――泣き喚いていたメンバー達は互いに頷き合うと、それぞれの役割を果たすために走り出していった。
そんな頼もしいメンバー達の背中に、杏奈はほっと安堵の息を漏らす。状況は最悪だが、彼女達となら――そう、前向きになり始めた時であった。
「……え」
メンバー達の必死の避難誘導が功を奏し、観客達が落ち着き始める頃。駆け付けた世界防衛軍の砲撃が、怪獣の背中に炸裂した瞬間。
――怪獣の、牙の間。その大顎から。
「あ、あっ……!?」
激しい閃光が、迸ったのである。
首を捻り、口から熱線を放射しながら振り返った怪獣は、背後にいた戦車隊を一瞬で撃滅。次いで、上空に迫っていた戦闘機の群れを、瞬く間に薙ぎ払ってしまった。
――防衛軍の誇る軍事力を、一撃で葬り去る圧倒的暴力。その凄まじさを目にして、杏奈は今度こそ気丈さを失ってしまう。
「リーダー! 危ないっ!」
「……!」
しかも。その熱線の余波が、ヒビだらけになっていた東京ドームをさらに破壊していた。戦車隊の爆発による衝撃もあり、ドーム内がさらに揺れ……天井部の瓦礫が、杏奈目掛けて落下して来たのである。
普段の彼女なら、ダンスで鍛えた身体能力で難なくかわしていただろう。だが、突如放射された熱線の威力を目にして、茫然自失となっていた今の彼女には到底不可能なことであった。
このまま瓦礫が脳天に直撃し、世に光を齎す絶世の美姫は、非業の死を遂げる。誰もがそんな未来を予感し、目を伏せた――その時であった。
「えっ――!」
突如、ステージに上がり彼女を突き飛ばした少年が――身替わりになるかのように、瓦礫の下敷きになったのである。
その少年を覚えていた杏奈は――理解が追いつく瞬間、涙を浮かべて顔を悲痛に歪ませた。
「……そ、そんなっ……! い、いやぁあ……!」
「……き、みは……死んじゃ、ダメだ。また、観客のみんなが、混乱してる……! 君じゃなきゃ、収められない……!」
杏奈は必死になって瓦礫を掴み、少年を救おうとする。だが、彼女の白い細腕ではどうにもならない。
「……頼む。みんなに、君がくれた、光を……」
「そんなっ……ダメ、死んじゃダメっ! いやぁあぁっ!」
今までの気丈さも失い、涙を溢れさせる杏奈に対し――少年は血だるまになりながらも、最期まで冷静だった。
――そして、間も無く。死を賭して杏奈を救った朱鳥流星は、己の意識を闇の中に手放すのであった。
◇
死後の世界という、永遠の闇。そのさなかで覚醒した流星の前には、人ならざる者が立っていた。
騎士のような鉄仮面に鋭いトサカ。楕円状の蒼い眼。黄金色のボディに走る、赤いライン。人の形はしているが、明らかに地球人類とは異なる種の者であった。
「……あなたは? 俺は……死んだのか?」
『そうだ。私は銀河憲兵隊のルヴォリュード。……君達からすれば、宇宙人といったところだ。この星を脅かす、彼の者……『宇宙怪獣ゼキスシア』を追い、ここまで駆け付けて来たのだが……』
「怪獣……やっぱりアレは……」
『君達地球人が過去に撃滅した、怪獣軍団だけが全ての種ではない……ということだ。ゼキスシアの種は、地球から遠く離れた宇宙の果てで、今も息づいている』
「……そうか。あなたは、その中から地球に来たあいつを倒すために……。それなら、早く戦いに戻ってください。死んだ俺なんかより、今生きているみんなと、あの子を……」
「そのつもりだ。そして、そのために君を助けたのだ。君の力を借りるために」
「俺の……?」
訝しむ流星に、ルヴォリュードと名乗る宇宙人は深く頷く。
「我々銀河憲兵隊は、その星の人々に眠る『心の光』を糧として戦う力を持っている。自分達だけでは、他の惑星で己の力を維持できないのだ。故にゼキスシアを倒すには、強い光を持っていた君が必要だった。あの少女を助ける為に命を賭した、君という光が」
「俺の、光……じゃあ、俺があなたと一緒に戦えば、あの子を助けられるのか? どうすればいい?」
問い詰める流星に対し、ルヴォリュードは大きく手を広げて答えを示す。
「融合の力を作動させるには、君が合言葉となる呪文を詠唱せねばならない。『ルヴォリュージョン』……そう叫ぶのだ」
「……わかった」
得体の知れない宇宙人の言うことを、素直に信じてもいいのか。そう迷う気持ちが、ないわけではなかった。
だが、今決めねば自分は確実に死に、杏奈も含めて誰1人助からない。選択肢など、ありはしないのだ。
流星は深く頷き、両手を広げると――覚悟を決めるように、拳を強く握りしめた。
「力を……光を貸してくれッ! ルヴォリュゥゥウーッジョンッ!」
やがて、意を決して叫ぶ時。彼の全身を覆う光が、ルヴォリュードの体を飲み込むと――この空間の闇が、瞬く間に引き裂かれて行く。
「ルィィイィー……スァアァアアーッ!」
そして。かつて無力だった少年は、己の拳を勇ましく突き出して。
巨人への「変身」を果たしながら――
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