第8話 トライアード・ファイターズ 前編

 ――心の「光」を糧とする巨人。

 悪を穿つその勇者の輝きにより、魔の物は滅され、地上には平和が齎された。


 しかし、その戦いによって散り行く魔の欠片は宇宙そらの「闇」と混じり合い――災禍の化身となりて、無辜の星に迫り来る。


 勇者達の創りし未来は、希望か絶望か。今、最後の審判が下されようとしていた――。


 ◇


 ロガ星人は本来温和な種族であり、積極的に侵略を企てるような性格の持ち主は極めて稀である。が、その一方でノヴァルダーを始めとする強力な兵器を、幾つも保有するほどの軍事力を持っている。

 その理由は、惑星自体が悪辣な侵略者達に狙われやすい宙域に存在していることにあった。度重なる敵襲からロガ星の民を守るため、当時は温厚な人柄だった将軍ギルタは、好戦的な猛将に豹変。


 「機械巨人族」に敗れ戦死するまで、軍国化を進め続けたのである。その意思を継承した息子のサルガは、さらに先鋭化された思想の持ち主であり、非人道的な戦略や兵器開発を推し進め――ついには王家に対してクーデターを起こすに至った。

 彼の暴走に巻き込まれる形で、多くの未来ある若者達が戦場に散り、国力は大きく衰退。ギルタ将軍の奮戦によって周辺の宙域は安定したものの、肝心のロガ星人の民から大勢の犠牲者が出てしまった。

 最悪な形で父の遺志を継ぎ、人々を苦しめて来た天蠍のサルガ。その横暴を阻止せんと争った騎士アルタも、犠牲となったのである。


 ――そして、2年に渡る地球人との戦争はサルガの死という形で決着を迎え、ロガ星はようやく過激派の暴走から解放されたのだ。


 しかし、戦争が終わったからといって、犠牲になった者達が還って来るわけではない。サルガのクーデターに始まる一連の災厄によって、ロガ星人の男性はその半数以上が死に絶えてしまったのである。

 サルガの死後に再編された新生ロガ星軍は、大半を女性兵士が占めており――有事の際に戦うことが出来る男性は、極めて稀な存在となっていた。


『駐在官殿、もっと速く……速くお願いしますッ!』

『私達は強くなって、この星を守りたいんです! どうか、もっと厳しく……激しくお願いしますッ!』

『……分かった。それがみんなの希望なら、俺は全力で応えて見せる。よし、これに付いてこれるか!?』


 新人の防衛駐在官として働く傍ら、パイロットになりたての戦乙女達に地球仕込みの空戦ドッグファイトを手ほどきしている明星戟も、その1人である。

 ロガ星の王宮を中心に広がる、この星最大の都市である城下町「レグルスシティ」。その近郊を飛ぶ、世界防衛軍の制式宇宙戦闘機「コスモビートル」を、ロガ星軍の宇宙戦闘機隊が懸命に追いかけていた。


 天蠍のサルガを倒し、このロガ戦争に終止符を打った明星戟。その雷名はロガ星人にも轟いており、かつての敵性異星人でありながら――彼は戦乱に幕を引き、サルガの圧政から人民を解放した英雄ヒーローとして、このロガ星に迎え入れられている。

 元々好戦的ではないロガ星人にとって、地球人よりサルガ派の方が身近な「脅威」だったことも理由の一つだが――彼の「実力」と「容姿」は、種族の垣根さえ突き抜けるほどに、ロガ星人の女性達を惹きつけていたのだ。


 今のこの星にとっては存在そのものが貴重である「男性」。その中においても、新人ばかりの女性兵士達とは比にならない操縦技術を持った「強者」であり、男慣れしていない戦乙女にとっては劇薬に等しい程の「美男子」。

 しかもサルガを倒し、犠牲となった男達の仇を討った人物でもあり、人柄も明朗で親しみやすくもある。それだけの要素が揃えば、女性が多くを占めるようになったロガ星の市民から、人気が出るのもある意味では当然であり――


「ホラ、あれよあれっ! ゲキ様の戦闘機っ!」

「キャーッ、ゲキ様ぁあ〜っ!」

「あっ……! こっち見たわ、ゲキ様今こっち見たわっ!」

「何言ってんの、あたしを見たのよっ!」


 ――今も街から戦闘機隊の訓練を見上げる人々は、戟が乗る真紅のコスモビートルに黄色い悲鳴を上げていた。


「……仕事片付けた途端にバックレて、どこで油売ってるのかと思えば……まーた新兵の相手してんのかアイツ。自分の本業をなんだと思ってやがる」

「ふふ、良いではありませんかムトウ様。有事に備え、民を守る兵達を鍛える――というのも、駐在官としての大切な使命と言えますわ」

「すみませんねぇ、あんな勝手な奴で……」


 その光景は、王宮にいる者達にとっても既に見慣れたものであり。彼をこの星まで連れて来た親善大使・武灯竜也は、師に似て奔放な「英雄」にため息をついている。

 一方、彼と共に王室の窓から、青空を駆け巡るコスモビートルを眺めている姫君は――たおやかな笑みを浮かべて、「英雄」に想いを馳せていた。


(……あぁ、ゲキ様……)


 サルガによって軍の象徴に祭り上げられ、侵略戦争への加担を強いられていた第1王女ベラト。

 その妹であり、終戦後に「禊」として姉から王位継承権を受け継いだ、第2王女ベネトは――許されざる恋心に身を焦がされ、憂いを帯びた表情を浮かべている。


 なだらかなウェーブを描く白銀の長髪。窓から吹き込む風に靡く、艶やかなツインテール。水晶のごとく透き通った白い柔肌に、紫紺の瞳。

 14歳という幼さに反した、圧倒的な美貌とプロポーション。そして、姉の巨峰にも迫るHカップの双丘。


 そのはち切れんばかりの豊満な肢体を、露出の多いベージュのドレスに包んで。可憐なる姫君は――礼服に袖を通した巨漢の隣で、切なげに瞳を揺らしている。

 その様子を一瞥する、強面な巨漢――もとい竜也は、彼女の胸中を察するが故に、渋い表情を浮かべていた。姉への親愛と戟への情愛に揺れる姫君は、すぐそばに居る男にその胸の内を悟られているとも知らず、桜色の唇を震わせている。


(……威流といい、アイツといい。罪な野郎に限ってその自覚がねぇんだから、始末に負えねぇよな)


 しかも竜也の記憶が正しければ――ベネトだけでなく、彼女達の母である王妃までもが、戟と初めて対面した際に頬を熱く染めていた。

 種の繁栄のため、遺伝的に遠いオスを求める女の本能も絡んで居るのかもしれないが……どうやらロガ星の王家にとって、特に明星戟という男はかなりのタイプ・・・らしい。

 ――故に、竜也は思案する。妻の隣で不安げに視線を泳がせていた、国王陛下が気の毒でならないと。


「……おわッ!?」

「きゃあぁあッ!?」


 だが。そんなことを考えていられるのは、平和である証であり――その平和もふとした瞬間に、唐突に終わってしまう。

 突如この王宮と街を襲った、激しい地震。その衝撃にバランスを乱され、転倒しそうになる姫君を支えながら――竜也は不穏な気配を感じ取り、鋭い表情で顔を上げる。


 窓から下を見下ろせば、街の人々が突然の事態に動揺している様子が窺えた。このままではパニックが起き、さらなる2次被害に繋がりかねない。


「……どうやら、平和を祝うにはまだ早かったらしいな!」


 元軍人としての「勘」に導かれるまま、竜也は懐から緊急用の無線機を取り出し――目の前で飛び続けている戟と連絡を取る。


「戟、聞こえるか」

『――竜也さん、街から20km離れた地点に巨大な熱源が出現してる! この地震は、恐らくそいつの仕業だ!』

「だろうな。……ちょうどいい、お前の教え子の仕上がり具合を見せてみろ。そのまま編隊を率いて、偵察に向かえ」

『了解! よしみんな、今ここで訓練の成果を――!?』


 そして、戟のコスモビートルを隊長機とする即席の偵察隊を編成……する、瞬間。


 ――「災厄」そのもの。そう呼んで差し支えない、巨大な閃光が唸り。

 戟が乗っていたコスモビートルが、一瞬で消し飛ばされてしまった。


 あまりの事態に、その瞬間を目撃していた多くのロガ星人が言葉を失い――震える足で立ち上がろうとしていたベネトは、絶望に満ちた貌でぺたりと座り込んでしまう。


『あっ……ぶねぇ! 竜也さん、今の光線……!』

「……あぁ、やはり例の熱源によるものらしいな。戟、作戦を変更するぞ。全機を撤収させた後、お前はノヴァルダーAで威力偵察だ。……残念ながら新兵の嬢ちゃん達では、足手まといが関の山だぜ」

『同感だ。……彼女達は、この星の未来を担う大事な戦力だからな。こんなところで失うわけにはいかない』


 ――だが、突如飛来してきた光線が直撃する瞬間。回避は不可能と判断した戟は乗機を捨て、パラシュートで脱出していた。

 もしほんの僅かでも反応と判断が遅れていたなら、戟は愛機と共にこの世から消え去っていただろう。そんな「ギリギリ」の脱出劇を経てなお、何事もなかったかのように言葉を交わす地球人達に、ベネトは息を飲んでいた。


「ゲ、ゲキ様……!」

『ちゅ、駐在官殿! ご無事で……!』

『あぁ。……みんな、聞いての通りだ。君達はここに留まって、姫様ベネトの護衛に専念してくれ。熱源の正体は、俺が暴く!』

『……わかり、ました』

『駐在官殿、どうかご武運を……!』


 先程まで戟の元で飛行訓練を行い、この星を守ると息巻いていた戦乙女達も、事態の大きさと次元の違いをはっきりと理解していた。自分達が付いていったところで、何の役にも立てない――と。


『……ベネト。ベラトには、君が必要なんだ。何があっても俺を信じて、ここで待っていてくれ』

「……ゲキ様っ……!」


 そして、ベネトもまた。未知の脅威に踏み込まんとする最愛の男に――か細い手を伸ばすことしか出来ずにいた。彼に「必要」と言われたことに、歓びを覚えつつも。


 ――それから間も無く。街に降りた戟は、王宮に格納されていたロガライザーに乗り込んでいく。その身を包むパイロットスーツは、ガントレットセブンの装甲を応用して設計された、最新型の耐Gスーツであった。

 青いボディと赤い籠手、そしてトサカのような刃を備えた白銀の鉄仮面。プロフェッサー・ロアンJr.の叛乱から人々を救った、「鉄人拳帝」と見紛うスーツを纏う戟は――その真紅の腕で、操縦桿を一気に引く。


「ロガライザー・ゴォーッ!」


 次の瞬間。王宮に内蔵されていた射出口から飛び出す、トリコロールカラーのスペーシャトルが――激しい噴射と共に、大空へ飛び立って行った。

 空を裂き、雲を破り、コスモビートルにも勝る疾さで駆け抜ける鋼鉄の翼。その機体はやがて、街から遠く離れた山岳地帯の中で――遥か彼方に待つ「巨影」を捕捉する。


「――来たな」


 先程コスモビートルを撃墜した時と同じ、眩い閃光。戦闘機をまるごと飲み込むほどの巨大な熱線が、再び戟を襲う。

 だが、次はそう簡単には当たらない。戟が操縦桿を捻る瞬間、ロガライザーの機体は大きく下降し――熱線の下方へと滑る。


「ケンタウルスバルカーンッ!」


 そしてすれ違いざまに――「巨影」の全身に機銃を撃ち込んだ。両翼上部から放たれる銃弾の雨が、その巨躯に降り注いで行く。


「……こいつは……!」


 ――それは、生半可な威力ではないはず、だが。


 戟の眼前に聳え立つ、60m級の「巨影」には……傷一つ付いていなかった。巨大な尾を振るい、けたたましい咆哮を上げるその「巨影」は――鋭利な真紅の両眼で、戦闘機のように旋回しながら頭上を飛ぶロガライザーを射抜いている。

 まるで、うるさい蝿を見つけたかのように。


 そして戟は――大型機関銃ケンタウルスバルカンをものともしないこの「巨影」に、言いようのない「既視感」を覚えていた。


 大地を踏み鳴らす、肥大化した両脚。凶悪に研ぎ澄まされた爪を備える両腕。身の丈以上の長さを持ち、風を穿つ轟音と共に振り抜かれる巨大な尾。

 全身を固める紫紺の装甲に、「獲物」への殺意に溢れた大顎。白銀の輝きを放つ大牙。

 そして――見る者に本能的な恐怖を叩き込む、真紅の両眼。


「……なんでお前が、ここに居るんだ」


 どちら・・・にそう言ったのかは、戟自身にも分からなかった。

 かつて地球に現れ、東京ドームを半壊させた漆黒の宇宙怪獣。このロガ星に災厄を齎した、「天蠍」の異名を取る機動兵器。

 その両方を彷彿させる禍々しい巨獣を前に――戟はただ、そう呟くしかなかったのだ。


 ◇


 ――3ヶ月前、「銀河憲兵隊」のルヴォリュードに敗れ、爆散した怪獣ゼキスシア。その肉片は宇宙にまで飛び散り――ノヴァルダーAに敗れたノヴァルダーSの残骸に触れた。

 それが、引き金だったのだ。


 ルヴォリュードが人の心に在る「光」を力に変えるように――ゼキスシアには、心の「闇」を自らに取り込む能力がある。

 Sの残骸を通して、「天蠍のサルガ」が持つ妄執に触れたゼキスシアの細胞は、その思念を媒介にして融合を始めた。サルガの魂に集い、再生してゆくゼキスシアの細胞に取り込まれたSの残骸が――新たな巨獣を創り上げたのである。


 そして細胞から蘇った肉体に、Sの残骸から新たに生み出された、鋼鉄の表皮を纏って。サルガの魂を喰らい、その憎悪と執念を己が身に宿して。


 「怨魔鋼獣えんまこうじゅうメカ・ゼキスシア」は――このロガ星に還って来たのだ・・・・・・・

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