第4話 鉄人拳帝ガントレットセブン 後編
「おのれ裏切り者めがァッ!」
名乗りを上げた猇――ガントレットセブンに対し、刺客が怒号を上げる。彼は全身の内部に仕込まれていた銃器を展開し、一斉放火を仕掛けて来た。
「トォッ!」
素早いジャンプで弾幕をかわしたセブンは、刺客の頭上を飛び越し、瞬時に背後を取る。体格で優っているはずの刺客は、あっという間に後ろから関節を決められてしまった。
「ぬぐぁっ!?」
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる……が、当たる前にやられちゃあ世話ないな?」
だが、このままでは終われない。刺客は左腕を無理やり引きちぎり、関節技から脱して反撃に移ろうとする。
「ぐがぁ! おの、れェイ!」
「甘いッ!」
「うぐッ!」
――だが。その一手を見抜いていたセブンは刃を回避し、素早く腹部にパンチを見舞う。さらなる反撃を受けた刺客は、激しく転倒してしまった。
「くっ……!」
「読めてんだよッ!」
そこへ追い打ちをかけるように、セブンは一気に肉迫する。刺客は、右手に持った剣の柄に内蔵されている銃で迎撃するが、セブンはそれを難なくかわしてしまった。
一定の距離まで接近されたことで、次は剣による近接戦に切り替えたが――その一閃も、鋼鉄の
「……
「ぬっ……!」
「中身にしこたま銃器を仕込んでるお前じゃあ、このシンプルな突破力は防げねぇ。そうだろ、ガンブレードシックスさんよ!」
「ごはぁあぁあッ!」
そして手刀で剣をへし折られ――土手っ腹にキックを叩き込まれてしまう。さらに激しく吹き飛ばされたガンブレードシックスは、廃墟の壁に激突してしまった。
なんとか立ち上がりはしたものの――全身の装甲に亀裂が走り、彼は片膝をついてしまう。
(なんという破壊力だ……! こ、このままでは……んッ!?)
その時だった。シックスの視界に、セブンではない人影が映り込む。――パン屋の中から、固唾を飲んで戦局を見守っていた悠依の姿だ。
そこから状況を読み取ったシックスは――柄に備わっている銃口を、彼女に向けた。刃は折れたが、まだ柄に内蔵された銃は生きている。
この位置なら、セブンが接近するより速く、彼女の頭を撃ち抜ける。そう確信した彼が、声を張り上げようとした――
「そこまでだァ、ガントレットセブンッ! 女の命が惜しくば降伏して――!?」
――時だった。
それよりも速く。シックスの顔面は、セブンの鉄拳によって粉砕されてしまうのだった。
「……悪いな。武装が何もないってのは、最初にロアンが開発した時の話であって――俺は俺で、結構イジってんだよ」
位置的にはかなりの距離があり、シックスが思っていた通り、セブンは攻撃できない状況であるはずだった。
彼自身が自らの
彼は首を失い、倒れ伏した同胞を一瞥した後――断面から伸びるワイヤーを手繰り寄せ、飛んでしまった右腕を回収していく。
「……悪く思っていいぜ。お前は、裏切り者を追っていただけなんだからな」
どこか切なげに、そう独り言ちる彼の横顔を――店内から見守っていた悠依は、腰を抜かしたまま凝視していた。
◇
――プロフェッサー・ロアンは、自身の老いに焦りを覚えていた。自分が老衰で早々に死んでは、反乱を起こした意味がない。かといってディスポロイドになっても、いざという時に自分をメンテできる人間がいない。
そこで彼は、若く屈強な肉体に自身の頭脳を移植させ、「自分の息子」を名乗り生き長らえる道を選んだ。
その生贄に選ばれたのは――若くして軍隊格闘の達人として知られ、「拳帝」の異名を取っていた紅河猇少尉だった。
士官学校を過去最高の成績で卒業し、歩兵としても優秀だった彼は、現代人を見下していたロアンが一目置くほどの逸材だったのである。
対ディスポロイド部隊の急先鋒として、世界各地を転戦していた彼はロアンによって攫われ、強制的に移植手術を受けさせられた。そして自身の肉体を奪われ――脳髄だけを、最新鋭機「ガントレットセブン」に移植されてしまったのである。近接格闘に特化したボディであるセブンのポテンシャルを、最大限に引き出すために。
一方。猇の肉体に自身の脳を移植したロアンは、「若い肉体」の
だが、猇の肉体を奪い「ロアンJr.」と名を変えたロアンにとっては、ここからが誤算だった。猇は自らの精神力を以て洗脳を破り、ガントレットセブンの力を駆使して脱走してしまったのである。
そして彼は、人類の自由を取り戻すという、かつての任務を果たすため。ただ独り、プロフェッサー・ロアンの野望に立ち向かう道を選ぶのだった。
――すでに戦死者として処理され、どこにも居場所がなくなっていた彼には。それ以外の道など、はなから存在していなかったのだから。
◇
「……じゃあ、紅河さんは御自身の体を取り返すために……?」
「初めはな。……だが、俺の顔は今や『ロアンJr.の顔』だ。少なくとも、人々にとってはな」
「そんなっ……!」
「俺は必ずロアンを倒す。残りのディスポロイドも含めて、必ず倒す。……それで終わりだ。後には何も残りはしない。俺自身もな」
「……」
――戦いを終え、店内で全てを語り終えた猇は、打ちひしがれた様子の悠依を一瞥した後。ゆっくりと、席を立つ。
「……さて、色々と悪かったな。もう会うことはないだろうが……そう遠くないうちに、全てが終わる。町もきっと、また賑わうさ」
「……」
「じゃあな。パン、美味かったぜ」
そして、ふっと微笑みながら店を去る――瞬間だった。
悠依は勢いよく席を立ち、素早く猇の手を掴む。その挙動に、猇が目を見開くと同時に――彼女が声を張り上げた。
「何も残らないなんて……言わないでくださいッ!」
「は、早瀬……?」
「少なくとも私にとって、あなたの顔は……紅河さんの顔ですっ! 皆が帰って来たら、そう言い続けますっ! だから紅河さんも、絶対また来てくださいっ! 町がまた賑わうかどうかなんて、その時が来ないと分からないじゃないですか! それっぽい雰囲気でテキトーなこと言わないでくださいッ!」
「……」
「だから絶対、本当の体を取り戻してくださいッ! 絶対、絶対、消えたりしたらダメですからねッ!」
涙目になりながら、鋼鉄の腕を掻きむしりながら、悠依は懸命に訴える。その様子を、猇は戸惑いながらも――真摯に見つめていた。
やがて、観念したように天を仰ぎ……決意する。
「……全く、簡単に言ってくれちゃってさぁ」
だが、言葉とは裏腹に。
自分を肯定する彼女の存在を、確かめるように。彼の手は、悠依の頭を優しく撫でていた。
――鋼鉄の硬さを持っているはずの、冷たいはずの、その掌に。人間にしか持ち得ない優しさと、温もりを宿して。
◇
それから、数ヶ月後。
全世界を脅かし続けたプロフェッサー・ロアンJr.の死とディスポロイドの全滅が報じられ、人々は平和の到来に沸き立っていた。
人々は復興の道に歩み出し、見放されていた町にも多くの住民が帰って来た。幾つものゴーストタウンが、長い眠りから覚め、息を吹き返していったのである。
――そして、さらに1年後。ある町で小さなパン屋を営む夫妻に、最近子供が生まれたらしい。
そう、子供。
人と人でなければ、成し得ない「未来」と――「希望」である。
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