暗黒竜王の娘を報酬(フィアンセ)に?–異世界なめてんじゃねぇよっ!−

ひろすけほー

第1話「始まりの夜」前編(改訂版)

 第一話「始まりの夜」前編


 「いっっーーてぇぇーーーーっっ!!」


 俺は叫んでいた!


 「いひゃぁぁーーい!!もうやめてぇぇーー!!」


 いや…………泣き叫んでいた。


 ズシュゥゥッ!


 俺の胸には深々と、輝く光の剣が突き刺さって……


 「がっはぁぁっ……」


 ドサァァッ!


 ボロボロと溢れる涙と大量の鮮血を噴水のようにまき散らしながら、俺は”其奴ソイツ”と共に両膝を着いて前屈みにうずくまる。


 ――うぅ……痛い……死ぬほど痛い……てか死ぬな、これ……


 俺の胸には見たこと無い大穴が空き、そこから自分でも”ウプッ”となる様な緋色の臓器達がこんにちわ……


 「ぐはっ!な、なんでこんなことに……なってんだ?……俺……がはっ!」


 ーーてか死ぬのか?俺……こんな急にアッサリと……嫌だ……い・や・だ……


 「うっうぉぉ……」


 「グウォォォォォーーーーーー!!」


 「ぉぉ…………??」


 ――って、俺まだ叫んでませんが?


 その声……いや雄叫びは、俺の背後からだった。


 俺と同様に息絶えようとしている”何者か”の悲鳴……


 ――こっ怖っ!!なんだ?なんなんだよほぉぉーー!


 そう……俺の背後には先程から”其奴ソイツ”……つまり”何か”が居たのだ。


 「がはっ……」


 だが今の俺にそんなオカルトに構っている暇など一秒たりとて無かった。


 肺の中に血が逆流した俺は咽び、溢れた熱い液体で見る間に地面に血だまりができる。


 「グゥゥゥゥ……ゥゥ…………ゥ………………」


 ドサリッ!


 俺は自身を支える事が出来ずに倒れ、俺の背後の”何か”も、その気配が完全に消える。


 俺の胸から背後の”何者か”まで達するほどの一撃を食らわせた相手……


 まるで串カツの如く、俺と”其奴ソイツ”を纏めて貫いていた、ご立派な剣を所持する男は、さもつまらなさそうに頭をポリポリと?いていた。


 「なんで?っていうか、どこから?急に人間が割って入って来たんだ?」


 男は軽装の西洋鎧に両刃の西洋剣……

 それはまるでファンタジー世界の住人そのものの格好ではあるが、話した言葉は日本語で、そいつの容姿もまんま見慣れた日本人。


 「……まぁ良いか?こいつが勝手に現れたんだし、戦いに犠牲はつきものだ。それに俺は勇者様だぞ、こんな謎の一般人パンピー一匹、魔神を倒した功績に比べたら全然問題ナッシングだ!」


 ――ぐ……うぅ……ざっけん……な……

 ――人を……殺しかけて……な……んて言い草だ……くそ……


 地面に這い蹲った俺は、既に意識も途切れ途切れで、どんな状況かもハッキリとは解らない状態だ。


 「そんな事よりシャルロット、さっさとこの場所を”浄化”してくれよ。本命の魔神に復活されちゃ二度手間で面倒臭いだろ」


 俺を串刺しにした男は平然と、まったく焦るわけでも無く、瀕死の俺でも聞き取れるくらいにハッキリとそう言って仲間に何かを促した。


 「……Simスィ.Umアム amigoアミィガ


 若い女の声……


 今や完全に地面に突っ伏した俺にはその姿を窺い知ることは不可能だがそれは確かに若い女の声で、問題は……


 その女の言葉は先程の男と違い全く意味不明の言語だと言う事だった。


 「じゃ頼むぜ、シャルロット」


 ――そ……んな……こと……ぐっ……は……はぁ……


 だが何よりもコイツらのやろうとしている事が……多分俺にはヤバイ!


 「Luzラズ sagradaサグレィダァ!!」


 ――ちょっ……まっ……って……


 激痛に苦しむ虫の息な俺の耳に聞こえた理解不能言語……歌?……いやこれは、呪文詠唱……か!?


 シュオォォーーン!


 「ぐはっ!」


 若い女の意味不明言語が終息すると同時に、如何いかにも”聖なる光ですよ!”とはばかり無く主張する強烈な光りに、死にかけの俺の眼が眩んで……


 …………………………………………………………プッ


 俺の意識は完全に途絶えたのだった。



 ――

 ―


 「というのがだな、俺がこの世界に来た最初の経験だ……」


 「……」


 「それからも結構苦労したんだぞ?最初の頃はこの世界の言語も読み書きも解らないし、所持金も持ち物もゼロだ!いやぁー、苦節三百と二十五年、俺はやっとこさ……」


 「……」


 過去に自分が死んだ話を、何故か楽しそうに、雄弁に語る俺の目の前には……

 ゴツい全身鎧フル・プレートメイルを着込んだ、二メートル近い戦士が立っていた。


 「ええと……あの?……聞いてます?」


 無言で立つ戦士。


 そして俺にはその鎧に見覚えが……


 というより、知識として俺の中に在る。


 ゴツい鎧の一層盛り上がった肩宛部分から各二本づつ生えた角のような装飾。

 顔を全て覆った兜の両脇と頭上にも、これまた合わせて三本角。


 全体的にゴツゴツとした造形は、まるで異世界種族の王者、ドラゴンを模した様でもある。


 そして――


 その鎧の表面は見事に輝く蒼石青藍サファイアブルー


 造形とは似つかない宝石の輝き!


 「……」


 俺の知識にあるところのこの頑強な戦士は……竜人族の戦士だろう。


 竜の王国に使える竜戦士ドラグーンだ。


 といっても、この世界で長く生きてきた俺でも、実物とまみえるのは初めてだけど……


 ”竜人族”はこの世界でも最も少ない種族なのだ。


 なにせ認知されし、幾つかの”竜の王国”を訪れない限り、彼らに遭遇する確率は、拾った藁が最終的に大豪邸になるのと同等なくらいの確率と言われるほど。


 そんな希少種族である”竜人族”の最も有名な特徴は、基本能力が全種族中最強だということ。


 ――ふふっ


 内心、俺はほくそ笑む。


 竜人族の戦士、竜戦士ドラグーンが俺を頼って訪ねて来るなんて俺も有名になったものだなぁと。


 ――ふふふ……


 と、つい感慨に耽ってしまったが……そろそろ。


 今や最強種族にさえ頼られる様になったらしい、有名人の俺は……


 ニヤリ!


 静かに口元を緩めると、俺を求めすがりに来たであろう哀れな来訪者に言い放った!


 「おう!おう!竜人族のおひとよっ!!」


 「……」


 「あの……できたらコレ…解いて頂けたら嬉しいんですが……」


 ――そうだ!!


 有名人(自称!)の俺は、家の壁に”大の字”に繋がれていたのだっ!


 頑強な鎖で、壁に打ち込んだ鉄製の杭に四肢を繋がれて……


 「…………とほほ」


 「……」


 目前には、俺の懇願を受けても無言の竜戦士ドラグーンがひとり。


 「え……と?」


 有名人で頼れる心の広い俺様(超自称!)であっても、流石にこの態度にはカチンと来る!


 だから俺は再び、俺を頼って来た哀れな来訪者に堂々と言い放ってやったのだっ!!


 「出来たら……その……服も返して頂けたら僥倖であります……」


 「……」


 ――そうだとも!


 俺は壁に繋がれた上に”パンいち”だったのだっ!!


 「うう……へっくしょんっ!!」


 因みに”パンいち”とは……

 身につけている衣服が下着一枚という、とても心許なくも間抜けな姿の事である。


 「あ、あのぉー、聞こえてますぅ?」


 自宅の壁に大の字に繋がれたパンいちの男は、それを成した竜戦士ドラグーンの顔色を覗ってあくまで下手に懇願する。


 その姿は、古今東西共通の”強者になぶられる弱者の惨めな姿”


 ――”あいつカツアゲされてんじゃん!”


 状態だった。


 「…………うう、情けない」


 あくまで言葉を発しない相手に俺は半泣きだった。


 壁に大の字(パンいち)の俺、その間にある大きめの四角い木製テーブルを挟んで、付属の木製椅子にドッカリと腰を降ろした竜人族の戦士。


 「貴公……斎木さいき はじめと言ったか……貴公はまことにあの”勇者殺し”なのか?」


 そのゴツい風貌にピッタリの低くて野太い声が、随分と久しぶりに俺に向け発せられる。


 「そ、そうだ……です……てか、あんたは俺に依頼があって来たんだろ?なら依頼内容を聞くからこの状況を……」


 ダダンッ!


 ――ひっ?


 俺が言い終わる前に、竜戦士ドラグーンは木製テーブルを右拳で激しく叩く。


 「魔王や魔神さえ易く屠るという”勇者”を、貴様ごときが殺せると言うのかっ!!虚言も大概にせよっ!」


 ――怖っ!!


 厳つい巨躯から放たれる怒声に、俺は反射的にぶるりと身を竦ませる。


 「い……いや……そう言われましても……俺は事実……」


 ガタンッ!


 ――ひっ!


 そして今度は、二メートル近い巨躯を勢いよく立ち上がらせた。


 「誇り高き竜人族をたばかるか人間っ!!事と次第によってはその素首、この場で叩き斬ることになろうぞっ!」


 恫喝しながら壁に立てかけてあったご大層な装飾の施された自前の槍に手を伸ばし、竜戦士ドラグーンは鋭利な穂先を俺の喉元に宛がった。


 ――チッ!


 流石に俺の中で何かがプツリと切れる。


 「じゃぁ帰ってくれ!俺は明日も早朝からバイトがあるんだよっ!!」


 そうだ、ここに来て俺は少々苛立っていた。


 ――なんなんだいったい……

 ――突然押しかけて、いてはりつけにして……挙げ句の果てはひとを嘘つき呼ばわり


 「当然、穴の空いた壁は弁償するんだろうなぁ、竜戦士アンタ?」


 ここまで下手に出てきた俺だが、弱者にだって言い分はある。


 「……っ!」


 突如態度を豹変させる俺に、ゴツい全覆兜フルフェイスの奥で光る青い瞳が初めて僅かな戸惑いを見せていた。


 「さぁさぁ、用がないなら帰ってくれ!あとこの鎖もいい加減に……」


 スッ……


 「?」


 竜戦士ドラグーンは槍を握る反対側の手で、テーブル上に広げられた俺の持ち物を指さす。


 「…………」


 それらは俺から取り上げた品々。


 俺から所持品を剥ぎ取った後、それを机上に一つ一つ警察の押収品のように整然と並べた、その中の装備品の一つだった。


 第一話「始まりの夜」前編 END

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