第8話「小さいながらも楽しい我が城(や)」前編(改訂版)

 第八話「小さいながらも楽しい我が城(や)」前編


 ――ニヴルヘイルダム竜王国領西部にて


 あれから数日の後、俺たちはカラドボルグ城塞都市という竜王国の要衝の都市……


 ……のはずれの小城にいた。


 カラドボルグ城塞都市は、竜王国領の中でも屈指の大都市である。


 伝説の六大騎士が末裔であるカウル・フレスベ=モンドリア公王が治めるフレストラント公国と、それに敵対する小国群連合の代表国、ガレイシャ小国と国境を接する激戦地だ。


 「ここって最前線じゃないのか?大丈夫かなぁ……」


 座り馴れない指揮官の大仰な椅子に腰掛けた俺は、ボソリと呟いた。


 「問題ないわ、現在いまはフレストラント公国とガレイシャ国が率いる小国群は戦争状態で、基本的には人間種間の争いに無関心な”竜王国ウチ”に構っている暇は無いもの」


 間髪を入れずそう答えた目の覚めるような輝く蒼い髪の美少女は、俺が座った椅子の傍らに立って控えているが……あくまで形式上だ。


「……というか、栄えある我が竜王国の西部方面”総督様”が、なに気弱なこと言っているのよ!」


 そう、あくまで形式上だけの従者……


 それが証拠に、俺が今し方、つい零してしまった情けない言葉に対して、とんでもなく冷たい瞳で見下してくる。


 「…………」


 ――うぅ……相変わらず手厳しい


 まぁ、俺が彼女にしでかした事を考えればそれも仕方が無いのだろうが……


 「斎木さいき総督閣下、我がニヴルヘイルダム竜王国は精鋭揃いです、お任せ下さい!」


 見るからに屈強な竜戦士ドラグーンがガチャリと鎧を鳴らせて俺に向け敬礼し、頼もしい発言をする。


 ――おぉー!いつ見ても精悍で心強い兵士達だなぁ


 と、


 今、指揮官の椅子に腰掛ける俺と傍らに控えて立つ蒼き竜の美少女の前には、閻竜王ダークドラゴン・ロード直属の竜戦士ドラグーンが五人、先ほどからビシリと背筋を伸ばして整列していた。


 高レベルの竜戦士ドラグーンが五人。

 更に城外には、中々上等なレベルのモンスターで編成された軍が三個中隊。


 そういった竜王国の中でも選り抜きの精鋭軍がに同行して来たのだ。


 「お、おぅ」


 俺は馴れないながらも、上官らしい威厳ある……ような感じ?を演出して応えた。


 ――これなら人間の軍なら大抵は追い返せるだろう


 そして、同時に心中でそんな感想を抱いて安堵していた俺だったが……


 ザザッ!


 おもむろに竜戦士ドラグーンの一人が一歩進み出て頭を下げた。


 「では斎木さいき閣下、我々はこれにて!」


 「へ?……か、帰る……のか?」


 俺は間抜けな声を漏らす。


 「はっ、我々は王から司令官閣下……四代目と姫様、お二方のこの地までの道中警護が任務でしたので、この後は予定通りこの地の者にその任務を引き継ぎ、王都バランシュに帰還致します」


 「……う、そうだったな」


 ――そうだった……たしか閻竜王ダーク・ドラゴンロードがそんなことを言っていたような気もする


 因みに”四代目”とは俺の事だ。


 三代目ニヴルヘイルダム竜王国、国王である閻竜王ダーク・ドラゴンロードの第一王女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカと婚約した俺への呼び名らしい。


 「四代目?」


 「い、いや……ご苦労だった」


 なにか問題でも?と問う様な竜戦士ドラグーンの兵士に、俺は渋々と頷く。


 安堵から一転して不安に……

 急に顔色が悪くなる俺。


 「……」


 そして、そんな俺を隣に控える蒼き竜の美姫が、冷たく輝く蒼石青藍サファイアブルーの瞳でじっと観察していた。


 ――うぅ……やりにくい


 「お、おう!お疲れさん!……俺は全く大丈夫だ!全然全く問題無い!無問題モウマンタイだっ!」


 「は、はぁ」


 「問題ナッシングだが……い、一応、その引継の部下っていうはどんなのか聞いておこう………いや、どんなでも実力者の俺さえ居れば完璧に大丈夫だが、一応!一応なぁ?」


 「……」


 「……」


 実力者で全然大丈夫な俺を、去りかけた竜戦士ドラグーンの兵士と蒼き竜の美姫が訝しげな瞳で見ていた。


 ダダダッ!


 そんな折も折、計ったようにタイミング良く数人の兵士がその場に駆けつけて来る。


 ガシャ!ガシャ!


 金属の擦れる音を忙しなく響かせて――


 その者達は、兵士の鎧を纏った全身が体毛に覆われた獣人系の種族……


 「四代目様!斎木さいき はじめ様!貴方様がお噂の新しいこの城の主様ですねっ!!」


 「!?」


 俺の前に到着するなり、先頭切って敬礼する声の人物の風体は……人外。


 人間種の成人平均並みの身長と体格。


 百メートルを十秒台半ばから後半で走れそうな脚力の足。


 恋人がちょっと買い物し過ぎた時に、ペットボトルとか瓶の物とかちょっとだけ重い物のが入ったレジ袋を割と軽々持てそうな両腕。


 「……」


 とどのつまり……

 ごく平凡な身体能力であろう事が易く見て取れる兵士であった。


 「お初にお目にかかります!小生はこの城の……」


 そしてその兵士の首から上は……


 三角のつぶらな瞳とつやつやした黒い鼻。


 ケン○ッキーの軟骨を”はむはむ”できそうなせり出した口元に並んで生えた牙と、頭上の三角耳……


 ――犬だ……な


 ごく平凡な体格の兵士で頭部が犬。


 柴犬のようなチャーミングな犬の顔を持った此奴こいつは……


 「……犬頭人コボルト族?」


 「え?はっ!犬頭人コボルトであります!」


 「……」


 返事した兵士に対し、俺は……

 犬頭人コボルト族の彼には失礼ではあるが、思わず頭を抱えて失望を露わにしていた。


 「せめて……そこは狼人ワーウルフ虎人ワータイガーであってくれよ」


 「は、はぁ?」


 俺の愚痴の意味が解らない様子で戸惑う犬頭人コボルト兵士。


 ――最弱種だ……

 ――最強の竜人族の代わりが、人間と並んで最弱の種族、犬頭人コボルトって……


 「あの……四代目、そろそろ我々は……」


 「あ、あぁ、そうだな。ご苦労だった、下がって良いぞ」


 恐らく俺の本音を見透かしていただろう、察しの良い竜戦士ドラグーンは申し訳なさそうに頭を下げ、部下を引き連れて退出して行った。


 「……で、お前がこの城の隊長って訳じゃないよな……ないよねっ!?」


 ――なんなら新入りの門番とか、アルバイトの取り次ぎ係であってほしい


 竜王国が誇る屈強な戦士達が去った部屋で――


 残った俺と蒼い竜の美姫、それと五匹の……もとい、五人の犬頭人コボルト兵士達。


 僅かな光明を求め、俺は希望的観測を捨てられずに往生際悪く望んだ答えを求める。


 「はっ!お任せください!小生がこの城の常備軍隊長で、筆頭兵士長トップ・オブ・リーダーのトトル=ライヒテントリットであります!」


 「ト、トップ・ブリーダー??」


 ――いや、しっかりしろ俺!?筆頭兵士長トップ・オブ・リーダーだよな?


 俺は一縷の望みさえ打ち消され、”多少”混乱していた。


 「少しばかり長ったらしい姓でありますれば、小生はトナミ村常駐守備隊隊長も兼務させて頂いておりますので、”トナミのトトル”とお呼び下されば幸いですっ!」


 「まっくろなんとか出ておいでーーっ!!」


 もとい!俺は”大いに”混乱し、意味不明な事を叫んでいた!


「……」


「……」


「い、いや悪かった……ついな……で、その者達はお前の部下か?」


 犬頭人コボルト族の筆頭兵士長トップ・オブ・リーダー、自称”トナミのトトル”の後ろには、多様な四人の犬頭人コボルト達が控えている。


 ひとりはデブで小太りサングラスの中年?犬頭人コボルト


 ひとりは見るからにひ弱そうな、見た目、おとこ?女?解りづらい犬頭人コボルト


 ひとりは長い毛並みを幾つもの三つ編みに束ねたおしゃれな女犬頭人コボルト


 最後に白い毛並みでこの中では一番ガタイが良い、寡黙そうな男犬頭人コボルト


 「はっ!小生の下で働く小隊長達であります。おい、皆の者!新しき主様に自己紹介をするのだ!」


 トトルの言葉に四人の犬頭人コボルトがサッと敬礼する。


 「おぅ!俺は、ブゥダ=ノダックだ。特技は……えっと、大食い!他人の飯まで食うが、そのくせ絶対に分け与える事は無いので、仲間内では”くれないの?ブゥダ”と呼ばれている」


 ――くっ!なんだその特技は……てか、そのネーミングは色々と駄目だろ?


 「あの……あの……ナ、ナウシダ=ノイラートですです。び、病弱で風邪をよく引きます……ダ、ダニもよく他人ひと伝染うつすので……皆からは、あの、”風邪とダニのナウシダ”と呼ばれて避けられて……ます……ひーーん!」


 ――だ、だから、そのネーミングセンスは……あと、お前のそれは特技では……


 「アリエット=アーレですわ、ご機嫌よう主様。趣味は放浪で、その時は各地の犬頭人コボルト族の知り合い宅にステイ致しますの。ですから”借暮らしのアリエット”と……」


 ――そのまんまっ!アンタはニュアンスそのままだよっ!!てか、遂に趣味って言っちまったよコイツ!


 「ラプタ=テンコウ……すごいぞ、ラプタは本当にあるんだ……」


 「……うぅ……くっ」


 ――もう、お前はアウトだ……


 「いや失礼、四代目!斎木さいき はじめ様、ラプタは元来無口なもので……自己紹介とかは苦手なのです、そこはご容赦を!」


 微妙な顔で固まる俺を見て、隊長のトトルがフォローを入れるが……


 ――そこじゃない、そこじゃ無いんだよ……”トナミのトトル”さんよぉっ!


 ――というか、寡黙な割に要らん事は言ったぞ?このラプタって白犬……


 「四代目様?あの?」


 「あ、あぁ、なんていうか……このご時世だ、お前ら色々気をつけろ」


 俺はもう、ツッコむ気力さえも萎えて、ただそう言うのが精一杯だった。


 第八話「小さいながらも楽しい我が城(や)」前編 END

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