第8話「小さいながらも楽しい我が城(や)」後編(改訂版)

 第八話「小さいながらも楽しい我が城(や)」後編


 ダンッ!


 ――っ!?


 俺の直ぐ隣で、苛立たしげに床を踏む音が響いた。


 「斎木さいき はじめ!なに馬鹿面晒しているのよっ!早くこの者達に指示を出さないと話が全然先に進まないでしょう?…………死ねば良いのに」


 五人の犬頭人コボルトを前にただ呆然としていた俺に対して、隣に控えて立つ美少女のお叱りが入る。


 ――うっ!?もっともだ、美しいお嬢さん……もっともな意見なんだが……


 ――マリアベルさんよ、ぜんっぜんっ!!本音が隠せてませんよぉぉっ!!


 「ボケてないで早く仕切りなさいよ、この”セクハラ閣下”!!貴方が人並み以上に出来るのは”卑劣でいやらしい事”だけなの!?」


 総督の椅子に坐した俺が、ちょっとだけ不満そうに隣を見上げると、そこには美少女の蒼石青藍サファイアブルーの瞳が軽蔑した色を隠すこと無く光って存在し、そしてその視線以上の罵詈雑言を浴びせて来たのだ。


 「それは解ってるって……けど、そもそも何だよ”大食い”って?兵士が報告する特技かよ……」


 ――栄えある竜王国の西部方面”総督様”が、既に彼女の中では”セクハラ閣下”……


 傍らに立つ、腰まで流れる清流のような蒼い髪と、蒼石青藍サファイアブルーの二つの宝石が憎らしくも可愛らしい美少女の放った言葉に、俺は拗ねがちに、未だ俺は悪くないですと言わんばかりに愚痴っていた。


 「フフ、主様よ、食わねぇブゥダはただのブゥダだ」


 ――め、名言らしいのきたぁぁっ!!


 「バカッ!……じ、じゃなくてぇ……だまれっ!!」


 更に余計な雑音を吐く、デブで小太りサングラスの中年犬頭人コボルト、ブゥダ=ノダックとやらに、俺は危うくノセられそうになり、直ぐに訂正する。


 ――危ない危ない……もうちょっとで俺もややこしい訴訟に巻き込まれるかもだった


 俺は大人の事情を鑑みながら、ホッと胸をなで下ろす。


 そして、心底えらいところに来てしまったと項垂れながらも、右手を差し出した。


 「?」


 キョトンとする犬頭人コボルト隊、筆頭兵士長トップ・オブ・リーダーのトトル=ライヒテントリット。


 「”存在の宝珠イグジステンス・オーブ”だよ、”存在の宝珠イグジステンス・オーブ”を提出しろ、あとこの城に常駐する全兵士の分も集めて後で提出しろ」


 「は、はぁ?”存在の宝珠イグジステンス・オーブ”でありますか……りょ、了解致しました!」


 俺の指示に最初は戸惑いを見せたものの、犬頭人コボルト兵士達は直ぐにそれを提出して、一旦は部屋を退出して行く。


 そして俺は回収したばかりの五個の”宝珠オーブ”から一つを選んで目前に掲げる。


 「……開示オープナー


 犬頭人コボルト兵士達から渡されたピンポン球大の白い鉱石、”存在の宝珠イグジステンス・オーブ”を指先の腹で軽く触れ言葉ワードを唱えた。


 ブォォン!!


 直ぐに低い起動音と同時にそこから光が投影され、俺の目前の空間にズラズラとこの世界の光文字列が何行も表示される。


 「…………」


 俺は五個のそれらを同様に……次々と流れ作業で目を通していった。


 「……」


 そして俺の隣に控えて立つ蒼き竜の美姫は、そんな俺の行動を蒼石青藍サファイアブルーに輝く瞳で逐一観察していた。


 ――やっぱりだ……やっぱりレベル5以上の戦士はいないか


 俺は結果に、最早、落胆と言うよりは納得していた。


 そもそも”存在の宝珠イグジステンス・オーブ”とは……


 この世界で、所持者の能力値を記録したピンポン球大の白い鉱石だ。


 ”開示”の言葉ワードと同時に軽く触れて念を送ると、そこに刻まれた該当人物の能力値情報ステイタスが目の前の空間に光の文字となって表示される代物である。


 表示内容は多岐にわたり、種族や姓名、年齢という個人情報から現在の到達レベルや所持する職業クラス……


 その職業クラスで習得した職業クラススキル。

 今まで取得した魔法スキル。

 今まで取得した各種武器スキル……などなど


 その人物が現時点までで習得した能力値ステイタスが自動で更新される不思議な宝珠オーブだ。


 そしてこの宝珠オーブは、この世界の住人なら全ての者が生まれながらに所持しているようで、俺もこの世界に転移して来てから、いつの間にか自身の手の中に握られていた。


 「…………」


 ――犬頭人コボルト種の基本性能は人間種と同程度だったよなぁ……


 と言うことは、見た目通りこの城にはその程度の戦力しか無いと言うこと。


 一定のレベルで取得できる固有スキルは、この”存在の宝珠イグジステンス・オーブ”にさえ表記されない唯一のスキルだが……


 それを考慮に入れても、あの五人がそれほど大層な固有スキルを所持しているとは思えない。


 ――つまり、平たく言えば、俺が任されたこの城には初級レベルの戦力しか揃って無いって事だ!


 「てか、やっぱ、おかしいと思ったんだよなぁぁっ!城が平屋で4LDKってっ!!」


 俺は堪りかねて叫んでいた。


 そして大きく頭を項垂れて、これ見よがしにガックリと肩を落とす。


 ニヴルヘイルダム竜王国屈指の堅城で、周辺国から難攻不落と恐れられる城塞都市カラドボルグ!


 ……の近くにあるトナミ村を管轄する小城。


 それが俺が任された、この居城だった。


 「閻竜王ダークドラゴン・ロードめ、勇者撃退に俺が必要だと言っておきながら、こんな小城に……」


 ――っ?


 落ち込みのあまり、思わず声に出して愚痴る俺の肩にポンと気遣うように何かが触れる。


 「勇者は今のところ我が竜王国に討伐の兵を挙げていないわ。各国からそういう依頼が無いのか、その準備中なのか解らないけれど……」


 俺を見てそう声をかけてきたのは、蒼き髪と瞳が美しい美姫。


 「お……おぉ、なんだかんだ言ってても、婚約者フィアンセの俺に優しい言葉を!!」


 俺は胸と目頭が熱くなった。


 ――そうだよ!こぉんな美少女が優しく無い訳が無い!だって美少女だからっ!!


 ニコリ


 涙目ですがる俺と視線を交わした美姫は微笑んで、そして……


 「だから……現在いまは貴方の無くした装備を見つけるのが最優先と王はお考えなのよ。勇者退治の”道具”でしか無い……あらごめんなさい、えっと勇者退治にしか”利用”できない……ええと……あ!そうそう……”勇者殺しそれ”しか能の無いお馬鹿なサイキンオチメさんが取りあえず居を構えるには十分すぎる”4LDK城”なのよ?」


 蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカは、整った瑞々しい桜色の唇の端を弛めて笑いをこらえながら……俺にそんな事を言った。


 ――くっ、ひどい!ひどすぎる!!


 「てか!肩に乗せられたのも、よく見るとなんか丸めた紙屑だしっ!!」


 美少女は、事前に渡されていた書類を丸めて俺の肩に……直接触れないようにだろうか、それを置いていた。


 「気に為さらないで総督閣下、ちょっとじかは抵抗があっただけだから」


 「バッチイのかっ!?バイキンくんなのかよ俺っ!!」


 俺は大いにヘコんだ。


 ――そうだよ!こぉんな美少女が優しいわけが無い!だって今までの人生で俺に優しくしてくれたのは二次元美少女だけだからっ!!


 「う……というか”4LDK”って通じるのか?」


 とはいうものの……俺はそんな意外な事に感心もしていた。


 「なに?さい はじめ………………ほんと、死ねば良いのに」


 ――うっ!


 そして、つい目が合って……またもなじられる。


 「…………ちっ」


 ――ていうか、その俺の装備……武器を無くしたのはお前の責任が大きいって忘れてるんじゃないんですかぁぁ、お嬢様っ!?


 「な・に・か?」


 「いえ……なんでもない……デス」


 そして心中の声でさえ、美少女に見透かされていそうで俺はビビる。


 ――駄目だ、これではクセにな……じゃなくて、早い段階で上下関係をハッキリさせなければ益々なめられるばかりだ!!


 「解ってるよ!けどな、マリアベ……っ!!えっと…………アラベスカさん?」


 決意は何処へやら、蒼き竜の美姫のファーストネームを呼ぼうとして一睨みされ、俺はヘタレる。


 ――くっ、王の命で俺の婚約者フィアンセとして同行しているのにこの態度……


 「と、とはいえ、あの後、ニヴルヘイルダム竜王国の全面的な力添えもあって、勇者共に売り払われた装備の殆どを買い戻す事に成功した……が、俺の切り札である短剣ダガー”ソードブレイカー”がまだ所在不明だ」


 俺は取りあえず男女のイニシアティブは置いておいて……

 目下の目的を論ずる事にする。


 「竜人族の情報網を尽くして捜索して貰った結果、この城塞都市カラドボルグ付近のある人物がそれを買い求めていったという情報を掴んで今に至るという訳だが……」


 それを探す拠点がこれ……


 この通称”4LDK城”……


 「……うぅ」


 俺は項垂れていた。


 「……うぅ」


 「……」


 「……はぁぁ」


 「………………トナミの城は手狭かしら?」


 ――!?


 俺は少し驚いた。


 不安と不満が合わさって、すっかり落ち込んで下を向いていた俺に……

 意外にも少女から声をかけて来たからだ。


 「いや……広いよ……広いけどもっ!」


 俺が向こうの世界で暮らしていた家は賃貸の古アパート。


 風呂トイレが一緒のユニットバスにキッチンとリビング、ダイニングが同じ。

 あの時に比べれば夢のまた夢の物件だ……けど……


 「城だろ?ここ……城で4LDKって……なぁ?」


そうだ……城でコレは無い。


 ――無いだろう?いくら兵舎や使用人の住まい、武器庫は別だと言っても……


 ――それでも平屋で4LDKって!!


 この会議室兼用の謁見の間と衛兵控えの間。

 それに、城主つまり俺の部屋とその婚約者であるマリアベルの部屋……


 ――てか……


 「なんでこんな部屋数が少ないのに俺とベルちゃんの部屋が一緒じゃ無いんだぁぁっ!!」


 「………………結局、怒るの”そこ”なんだ」


 蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢は呆れた表情で溜息を一ついたのだった……心配をして損をしたと。


 「はぁ……あのね、貴方の短剣ダガー……あの変なソードブレイカーだけど、実は場所が解ったのよ」


 「え?」


 「私の手の者がね、詳しい情報を入手したのよ……それで、取り返しに行くのなら貴方に新たな戦力を提供しなくも無いわ」


 そしてそう言うと、俺に唐突に提案してくる。


 「……」


 「どうなの?要らないって言うのなら別に良いけど?」


 「……マ、マジで?」


 第八話「小さいながらも楽しい我が城(や)」後編 END

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