第9話「満ちた月、欠けた月、氷の月」前編(改訂版)

 第九話「満ちた月、欠けた月、氷の月」前編


 ――満ち足りた月は嫌い……


 だってそれは傲慢の始まりだから。


 ――欠けた月はもっと嫌い……


 だってそれは決して羽ばたけない片翼の鳥、大切な何かが零れ落ちた抜け殻だから。


 だったら……


 だったら中途半端な"氷の月"は?


 「……」


 無駄なこと。意味の無いこと。どうしようも無いこと。


 それは幾ら考えたところで代り映えのしない、答えの決まった……

 とても簡単な”さんすう”


 ――半分は”はんぶん”

 ――欠片は”かけら”


 生まれた時から欠落した私の光は、決して満ちることの無いの”三日月クレセントムーン”なのだから。



 ――

 ―


 「ククゥ……クルッ……」


 「っ!?」


 蒼き竜の乙女の白いてのひらで、小さくて真っ白な”塊”が震えて鳴いた。


 星が降るような澄んだ大気の夜に……


 よく整備された緑豊かな庭園の、それ自体が美術的価値の高い彫刻の様な大理石で出来た噴水の縁に腰掛けた独りの少女。


 「あ……ごめんね、少し考え事をしていたから……」


 清流の様な輝く長い蒼髪の美少女は、両手を合わせた手の平の上に”ちょこん”と乗っている白い物体に言い訳をする。


 「ククッ?」


 檸檬レモン形の白い物体は、真ん中より若干前方に二本の長い耳を所持し、その下の左右には熟した赤い枸杞くこの実のような小さく丸い瞳を輝かせている。


 「ククク」


 簡潔に表現すれば――


 それは”雪ウサギ”だった。


 雪が降れば、誰もが幼い頃に一度は作ったことのある……

 ”雪だるま”と並んで人気の雪細工……雪で出来た兎。


 その蒼き竜の姫がてのひらに乗せた”それ”の大きさは、実際の檸檬レモンより二回りは大きい。


 「そうね、クルムヒルト。そろそろ戻らないと、”また”つまらない陰口の主役ターゲットにされかねないわね」


 目の覚めるような蒼い髪。


 華奢な腰まで流れる清流の如き蒼髪と薄氷のように白く透き通った肌。


 瑞々しい桜色の唇の上方には蒼石青藍サファイアブルーの二つの宝石が輝く。


 誰もが視線をとどめる希有な美少女……


 マリアベル・バラーシュ=アラベスカは、如何いかにも気が進まないと言った顔でそう呟くと、蒼い月明かりが差し込む中庭から白と黄金の彩られた宮殿へと戻っていったのだった。



 ――

 ―


 「我が竜王国最大の”カツェン・ラーゲン”地方領主である、ブレズベル・カッツェ=アラベスカが、日頃から王国に忠誠を捧げる皆様のために開かせて頂きました今宵の催し、政務の為に不在の我が父に代わりまして、不肖の身であるこのわたくし、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカが務めさせて頂きます、皆様どうぞ存分にお楽しみ下さいませ!」


 大仰な挨拶と仕草で宣言した少女は、さも満足げに壇上から壇下を見渡す。


 おおぉぉっーー!!


 パチパチパチパチーー!!


 直後、津波のような歓声と拍手が湧き上がり、壇下の大広間に集った面々は大いに盛り上がっていたのだった。


 「主様よ、あの方が奥様の従妹いとこ……つまり王弟にして竜王国”三竜将”が筆頭である、ブレズベル・カッツェ=アラベスカ公爵様の御令嬢、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ様でガスよ」


 「……へぇ」


 俺が現在居るこの場違いな”社交的な催しパーティ”は……


 ”お隣さん”、つまり城塞都市カラドボルグにある宮殿で開かれていた。


 「王弟ブレズベル・カッツェ=アラベスカ公爵様は、カツェン・ラーゲン地方を治める大領主で、この城塞都市カラドボルグもそのひとつ、まぁ実質、竜王国の第二権力者ナンバーツーでガスね」


 「……ほほぅ」


 俺は盛り上がる周りをよそに、壇上を見上げながら価値と味がイマイチよくわからない高級ワインをグイッとあおる。


 視線の少し先には……


 一戸建てが余裕で買えそうな超高級ドレスに身を包んだ、長いクセのある黒い巻き髪とお揃いの黒瑪瑙ブラックオニキスの瞳の少女。


 壇上で如何いかにも令嬢然と振る舞う尊大な少女を眺めて俺は、”苦手だなぁ”という感想を抱いていた。


 「……で、その公爵令嬢のツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ様は、主様の奥方であるマリアベル様の従妹いとこで一つ年下。弱冠十六歳という年齢で、父であるブレズベル公爵様からレーヴァテイン領を移譲された、竜王国史上最年少で伯爵位を授与されし超エリートでもあるわけでガスよ」


 ――なんとまぁ、十六歳にしてレーヴァテイン伯ね……


 因みにマリアベルは王女であるが領地は未だ持たないらしい。


 故に王族でありながら爵位は領地無しの子爵ということだった。


 ――”王の娘プリンセス”であるマリアベルが子爵ヴァイカウンテスで、”公爵令嬢ダーチィス”のツェツィーリエが伯爵カウンテスねぇ……


 「王族って言うのも色々とありそうだな……」


 「……でガスね」


 腕を組んで頷いた俺の独り言に、足下の何者かも同様の仕草で小さい頭を何度も縦に振って頷いていた。


 「……」


 「……」


 今更だが……

 別に俺は想像上の友達と会話する奇特なひとではない。


 前世界では”孤独者ぼっち”でブイブイいわせた俺ではあるが……

 少なくともその”仮想友達バーチャル・フレンド”と戯れる領域までは踏み込んではいなかった。


 「……で、お前だ。ケモノ」


 「はぁ?ケモノ?」


 俺の足元、膝丈くらいの高さの茶色い毛玉は、不思議そうにクリクリとしたつぶらな瞳で見上げてくる。


 「お前だよ、お・ま・えっ!」


 「え?アッシでガスか?」


 「お前以外誰がいるって言うんだ……この化狸バケたぬきっ!」


 意外そうな顔を向ける全身茶色い毛に覆われた……二本足で立つ狸。


 「お前、なに”したり顔”で解説してんだよ」


 「は……いえ主様、アッシはまだこの辺の世情に疎い主様の為にと……」


 この化狸バケたぬき……


 正確には”火狢ファイアムジーナ”と呼ばれる怪物モンスターなのだが、とにかくその化狸バケたぬきは数日前から使い魔として俺に仕えていた。


 「確かお前にはマリアベルを呼んで来いと言ったはずだが?どうだ、おうっ!」


 「いや、それはその……呼びに行ったんでガスよ勿論、ですが……その……」


 途端にしどろもどろになる狸……


 「追い返されたのか……たく」


 そうだ、いつこそが数日前……

 マリアベルが俺に提案してきた”新たな戦力”?らしい。


 ――使い魔……つまり怪物モンスター


 怪物モンスターは人間やその他の種族と違って正確には生物では無い。


 この世界に一定数自然発生する現象……

 どちらかというと精霊エレメントとかに近いだろう。


 種類にもよるが大抵の場合は、意思や思考、感情はあるが性別は無い。

 したがって繁殖もしない。


 つまりゲームで言うところの自然発生的な”雑魚敵リポップキャラ”ってところだろうか?


 とはいえ、その個体自体が消滅すると全く同じ個体がこの世界に現れる事は二度と無い。


 つまり概念的にはそれが死といえるだろうか。


 「…………」


 「な、なんでガスか?主様」


 結局、俺がなにを言いたいかというと……


 「つかえねーー!!」


 「なっなんですとっ!!主様!それは聞き捨てなら……」


 「あら、確か貴方様ははじめさま……このような隅っこに居られましたの?ふふふ、我がレーヴァテイン流のおもてなしははじめさまのご趣味に合いまして?」


 俺が馬鹿狸とつまらないやり取りで無駄な時間を消費していたところに、いつの間にかこのパーティの中心人物……


 ”主催者ホスト”であるくだんのツェツィーリエ嬢が、長いクセのある黒い巻き髪と興味本位に輝かせ、黒瑪瑙ブラックオニキスの瞳を俺に向けてニッコリと微笑んで立っていた。


 第九話「満ちた月、欠けた月、氷の月」前編 END

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