第9話「満ちた月、欠けた月、氷の月」後編(改訂版)

 第九話「満ちた月、欠けた月、氷の月」後編


 ――うわっ!嘘くさい微笑み!


 俺の頭に即座に浮かんだ印象は、それであった。


 一瞬あからさまにそれが顔に出そうになるが、俺はなんとか押さえ込んで無難な挨拶をすることにする。


 「これは……ツェツィーリエ・レーヴァテイン伯、勿論です!これほどの酒宴とお噂通りにお美しいツェツィーリエ姫を目の保養とさせて頂き、存分に愉しませて頂いてますよ」


 「ふふふ、心にも無い事を仰るのね、斎木さいき はじめさま?」


 ――うっ!


 俺がこの異世界で四苦八苦して得た児戯の如き”疑似社交性そとづら”など見透かした底意地の悪い笑み……


 ――な、なんて嫌な返しなんだ!


 「まぁ人間種である斎木さいきさまには、我ら竜人の趣向はレベルが高すぎるかも知れませんわね、お気になさらずに、ふふふ」


 ――お気にするわっ!


 とことん下に見られてるなぁ、俺……


 「それはそうと、お従姉ねえさまはどちらでしょうか?姿がお見えになられないようですが」


 「あぁ……ちょっとな、気分転換に外の空気を……」


 散々に”下等種オレ”をからかって上機嫌な意地悪娘はようやっと本題に入るようだ。


 「あら?ほほほ……そうですか、ふふ……」


 「??」


 ――なんだこの意味ありげで嫌な笑みは?


 ――従姉いとこであり、王女であるマリアベルの様子を探るのが目的じゃないの……か?


 ツェツィーリエの予想外の反応に、俺は少しだけ戸惑う。


 「いえ、お従姉ねえさま”も”こういう場はあまりお好きで無いのですよ。案外、斎木さいきさまと同じ理由だったりするのでしょうけど」


 ――なに言ってんだ?この娘……マリアベルは竜人族だろうが?それも王族の……


 俺を所詮は下等種の人間と、”勇者殺し”なんて眉唾の馬の骨と、実力や出生を含めて明らかに見下した態度を向けたツェツィーリエという少女は、その侮蔑の態度を従姉いとこであるマリアベルにも向けている様だ。


 「ふふふ、斎木さいきさまは何もご存じないようですわね、ですから”報酬”に、お従姉ねえさまの様な”竜の欠片ドラゴン・ハーフ”なんて半端な欠陥品を所望されたのかしら?」


 「……」


 ――なんだ?もの凄く嫌な言い方しやがって……と言うか”竜の欠片ドラゴン・ハーフ”って確か……


 「主様、竜の欠片ドラゴン・ハーフとは、ごく希に生まれる竜の能力を十分に引き継がない存在の呼称でガスよ」


 そうだった、正確には”竜の一欠片ドラゴン・ハーフピース”……


 ハーフとは言っても他種族との混血児を指すものでは無い。

 竜人族に混血児は存在しない。


 俺は、今回は、足元から割り込んだ化狸バケたぬきを特に気にせず、その助言だけ受け入れる。


 ――父親が竜人なら産まれる子は母の種族、母親が竜人なら産まれる子は竜人とか……そんな”設定”だったっけ?


 俺が識るその知識はオンラインゲーム”闇の魔王達ダークキングス”のものだ。


 「お従姉ねえさまは、我がアラベスカ家の”暗黒竜”の血脈も、母方である”氷雪竜フリージング・ドラゴン”の血脈も受け継ぐことに失敗した竜の欠片ドラゴン・ハーフなんですのよ……はぁ、ほんとうにお傷ましい事ですわ」


 そう言いながらも、ツェツィーリエの黒瑪瑙ブラックオニキスの瞳は楽しくて仕方が無いように光っていた。


 「…………」


 竜人族の子供は、通常は父方か母方のどちらかの竜種の能力を受け継ぐというが、希に両方の能力を引き継いで生まれる場合があるらしい。


 一見、それは良い事のようにも思えるが、その実、特殊故に色々な制約を受ける。


 例えば、せっかく引き継いだはずのどちらの能力も極端に低いとか。

 例えば、精神を病んだり、寿命が極端に短いとか。

 例えば……


 とにかく、良い事は皆無、惨々たるものだ。


 「そういう訳ですので、お従姉ねえさまにはこういう社交的な場はあまり……」


 「……」


 意地悪さが滲み出た嘲笑。


 その頃にはヒソヒソと周りの者達……


 いずれも竜人族の貴族階級だろうが、胸くその悪くなるような言葉が幾つも俺の耳に入ってきていた。


 ――あの城ではそういう感じは無かったが……


 どうやらこれがマリアベルの抱える環境らしい。


 ――胸くそが悪くなる!……あぁ本当に……俺は……


 「そうでしたわ!斎木さいきさま、貴方とお従姉ねえさまは明日には”あるモノ”を手に入れる為に人間種の国、フレストラント公国領土内の”魔神の背リュグラード”山に向かうのでしたわね」


 「……」


 ――ちっ!こっちの事情は調査済みってか……


 それでこんなパーティを前夜に開いて……なるほど、そういうことかよ!


 何もかも計算済み。


 他人の人生をまるでゲームの如く悪趣味に物見遊山する少女……と竜人の貴族達。


 俺には関係の無い、竜人族内の醜い足の引っ張り合いだろうが……俺はこの時点で、かなり不快になっていた。


 「なんでも斎木さいきさまの武器を買い取った男……フレストラント公国の元宮廷魔術師で現在はお尋ね者のヒューダイン=デルモッドなる小物を狩りに行くとか?」


 「別に……闘うのが前提じゃない、話し合いで済むなら交渉を……」


 俺は”付き合いきれるか!”という顔で若干の訂正をするが……


 「あらあら、おかしな事を、人間如き……あら失礼、犯罪者如きと交渉なんて、相手がそんなクズなら何の呵責も無く狩って取り返せましょうに。斎木さいきさまもお従姉ねえさまも随分とお人柄がよろしいと申しましょうか……ふふふ」


 そこかしこからクスクスと馬鹿にした笑い声が聞こえる。


 この小娘も他の竜人族の貴族達も俺を認めていない。

 いや、それどころか、同族であるマリアベルに対しても……


 力が無いから”それ”が出来ないと小馬鹿にしているのだ。


 「いずれにせよ、に”竜の欠片ドラゴン・ハーフ”や眉唾の似非えせ”勇者狩り”だとしても、流石に人間種如きヒューダインなる小物に後れを取る事など無いでしょうが……ふふ、あの地には数ヶ月前からなにやら怪しげな”巨人”が出没するようですわ」


 「怪しげな巨人!?」


 ――なんだそれは……そんな情報は俺達には入っていない


 俺はすっかり聞き流して早々にこの場を去ろうと考えていたが、未知の怪情報につい言葉を交わしてしまう。


 「せいぜいお気を付けられますよう、同じ竜人族の未来を開く者として私も陰ながら応援致しておりますわ」


 ――いや、だから陰じゃなくて日なたで応援しろよっ!


 そして俺の反応を楽しむように、俺の疑問を完全に無視スルーして微笑む。


 俺の不満顔を肴に……

 ニコニコと微笑む貴婦人ぶった性悪美少女。


 「……」


 ――ちっ!ホントにムカつく


 本国から俺達に入るはずの情報を意図的に、一部、操作しやがったのか?

 こんな茶番を催して俺達を招待しておきながら。


 ――同じ竜人族の未来を開く者?はっ!なら兵の一つも貸しやがれっていうんだ!


 「明朝出立ですのよね……明朝……ふふ、明日は確か新月から数えて……あらあら」


 ――なんだよ?まだなんか言い足りないのか?新月?


 「なにが言いたい……!?」


 いい加減堪り兼ねた俺がそう口にしようとした時だった。


 ――ざわっ!!


 その場を……


 下世話な興味の対象である俺と自分たちの代表であるような少女とのやり取りを遠巻きにニヤニヤと眺めていた貴族たちがざわめいていた。


 ――あっ!


 俺も観衆に一呼吸遅れてその原因に気づく。


 「お従姉ねえさま……ふふ」


 そして俺の目の前、ツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ嬢の黒瑪瑙ブラックオニキスの瞳がそこに視線を移し煌めいていた。


 「…………」


 開け放たれた巨大なドアから美しい中庭へと続くテラス付近……

 そこにいつの間にか佇む独りの蒼き竜の美少女。


 目の覚めるような蒼い髪。

 華奢な腰まで流れる清流の如き蒼い髪と薄氷のように白く透き通った肌。

 瑞々しい桜色の唇の上方には蒼石青藍サファイアブルーの二つの宝石が輝く。


 庭園上空からは優しい月光が差し、輝いて浮かび上がる少女の神秘的ともいえる容姿シルエットは、まるで月の海から生れ出た神話の”月の女神アルテミス”のようであった。


 「……」


 希有な美少女……マリアベル・バラーシュ=アラベスカ。


 誰もが先ほどまでの悪態や下卑た噂を一時忘れ、その絵画すがたに魅入っていた。


 「……う、こほんっ!お従姉ねえさま!マリアベルお従姉ねえさま、お久しぶりです。今宵は我がレーヴァテイン領主催のこの催しにご来賓頂きまして誠に光栄ですわ」


 一戸建てが余裕で買えそうな超高級ドレスの裾をちょんとつまみ、長いクセのある黒い巻き髪を僅かに揺らせて軽く会釈をする黒瑪瑙ブラックオニキスの瞳の少女。


 ――う、うわぁ……


 黒髪少女ツェツィーリエは、表面上は余裕を気取っているが……


 「……」


 今の今まで場を支配していた自分を差し置いて、一瞬でこの場の空気を持って行ってしまった蒼き竜の美姫に対し、全く面白くないという対抗心の炎がメラメラ燃えているのが、すぐ近くの俺の目にはハッキリとわかったのだ。


 「……ええ、ツェツィーリエ、お招きありがとう。とても素敵なパーティーね」


 マリアベルは、そんな黒髪少女を気にも留めずに応じると、やがてちらに歩を進めた。


 ざわざわ……


 「……」


 ひそひそ……


 「………


 そして、神話の世界から現れた”月の女神アルテミス”の少女に圧倒されて静かだったのも束の間。


 いや、寧ろそういう高貴な美だからこそ、醜悪な地上へと引きずり下ろす事に無上の快感を覚えるのか……


 すぐに観衆たちは下卑た噂話や陰口を再開する。


 ひそひそ……ほほほ……ふふふ……


 嘲笑や含み笑い……


 ――絶対本人に聞こえるように囁いてるよなぁ……


 「……」


 マリアベル本人は、相変わらず我関せずという冷静クールな顔で歩を進めてくる。


 が……


 きっと心中は穏やかではないだろう。


 「……」


 ――何故そんな事が俺に解るか?


 ――それは簡単だ


 「……」


 マリアベルの結んだ桜色の唇は僅かだが確かに緊張に強張り、自身のお腹の辺りで重ねて握られた白いレースの手袋が小刻みに震えているから。


 「………………がさす」


 ――俺は……経験上、そういうのにな……敏感なんだよ


 「…………とに……嫌気がさす」


 その光景を眺める俺の口元は自然と、本人の自覚もあやふやなまま……


 「ふふ、マリアベルお従姉ねえさま、今ちょうど、斎木さいきさまとお従姉ねえさまの話を……」


 「いたたたたっ!!」


 ――行動に出るっ!!


 「は?え?……あの、斎木さいきさ……」


 「いたたたたたたたっ!腹がっ!腹が鬼のように痛ぇぇっ!」


 突如、奇声を上げ、腹を抱えて転がり回る俺!


 「あの?……あの斎木さいきさま?」


 流石の意地悪周到娘、ツェツィーリエも目を丸くして解りやすくキョどり、


 「…………」


 マリアベルは一瞬だけその蒼石青藍サファイアブルーの宝石を驚きに開いたが、直ぐに呆れた様な視線を俺に向けた。


 ――だが、そんなの関係無い!


 「うおぉぉっ!!痛ぇぇっ!食い馴れない超高級なもん食ったから腹が拒否反応をぉぉっ!!」


 ザワザワと違った意味でざわめくパーティー会場。


 「あ、主っ!!これは一大事っ!申し訳ありませぬ!何分にも我が主は残飯同然の食事しかしたことが無いらしいので、レーヴァテイン伯様!そこはご容赦をでガスっ!」


 ――て、てめぇ!このっ化狸バケたぬきっ!!この間まで野良狸だったお前にそんな事を言われる筋合いは無いっ!


 この狸!俺の考えを察しての援護射撃だろうが……全く褒める気になれん!!


 「うぇぇぇーーん!!いたいよほぉぉっ!おがぁちゃぁぁーーん!!」


 せっかくの正装を汚して床を転げ回り、手足を駄々っ子のようにジタバタさせる自殺級に恥ずかしい男、斎木さいき はじめ、二十歳(実際は三百と二十五歳)


 「え……と……お従姉ねえさま……あの……お話を……」


 「殺す気かよっ!こんな哀れな俺をこのままにっ!いててっ!人殺し!ひとごろしーー!!いてててぇぇっ!あたたたたたっあたっ!」


 「…………」


 「…………」


 遠慮無く地面を転がり回る奇妙な生物と化した俺を見なかった事にして本題を進めようとする薄情なツェツィーリエを糾弾し、俺はマリアベルに半泣き……いや、全泣きの情けない視線で助けを求める!!


 「…………ツェツィーリエ、ごめんなさい……こういうことだから今日はもう帰らせて頂くわ」


 「え?え?……えぇっ!お、従姉ねぇさまっ!?」


 ――

 ―



 と、こうして……


 無事に?マリアベルと”り合う気”……

 じゃなかった”やり合う気”満々だったツェツィーリエ・レーヴァテイン=アラベスカ嬢の趣味の悪い企みから逃れる事に成功した俺達は、無事帰路につくことが出来たのだった。


 「……」


 ――若干、俺の評価が落ちた事を代償として……(若干かっ!?)



 「………………ばかね……斎木さいき はじめ


 「ん?……なんか言ったか?」


 俺と彼女は、肩を並べてあの”4LDK城わがや”へとトボトボと歩く。


 「お・な・か」


 「!?おおっ!いてててぇぇ、あたた……」


 マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢は、心底呆れた蒼石青藍サファイアブルー双瞳ひとみで俺を見ていた。


 「いてて…………え、え……てぇぇっ!あたたたたっ!ほわたっ!」


 引き際の解らなくなった馬鹿は大根な演技を見苦しく続けるしか無くて……


 「ふふふ……あはは……………………ばぁーか」


 けど、その夜の蒼い氷の月は……


 少しだけ温かい感じがした。


 第九話「満ちた月、欠けた月、氷の月」後編 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る