第10話「保険と呪い」(改訂版)

 第十話「保険と呪い」


 大人の背丈ほどもある大きな岩を背に地ベタに尻を着いて座った俺は――


 「…………」


 腰の革袋にしまってあった小石ほどの大きさの宝珠オーブを眺めていた。


 ――相手ターゲットはお尋ね者のヒューダイン=デルモッドとかいう輩……か


 俺はその宝珠オーブを親指と人差し指でクリクリと弄りながら考える。


 フレストラント公国の元宮廷魔術師にして現在は重犯罪指名手配犯。


 事前情報のままなら……


 くだんのヒューダインなる人物の職業クラスは、魔法系職業マジシャン・クラス魔導士メイジだろう。


 ――で、恐らく15レベル以上20レベル以下ってとこか?


 まとり合う事になっても、戦士系職業ファイター・クラスの中でも上位職業マスタークラスである”影の刃シャドウ・エッジ”の俺なら単独でもどうにかなる相手だ。


 ――言っておくが、俺は別に相手を侮っている訳じゃ無い


 宮廷魔術師といえば魔法系職業マジシャン・クラスの中でもエリートが選ばれる、かなり強者揃いではある。


 ただ、ゲームの「闇の魔王達ダークキングス」とは違って、この世界の平均的な戦士、兵士レベルは10前後。


 現在いま、俺が生きるこの世界は”仮想世界ゲーム”でなく”現実リアル”だ。


 死は全ての終わりだし、大怪我は取り返しの付かない後遺症を残すこともある。

 安易にやり直しやご都合主義が無い世界では成長が難しいのは当然で……


 それ故に、国家の精鋭や熟練冒険者の強者でもレベル20を越えることは殆ど無い。


 ――だが……


 とにかくヒューダインに対する情報が古い。


 奴がフレストラント公国宮廷魔術師団を出奔してお尋ね者となってからの情報は一切掴んでいないし、多勢では無くとも多少の部下を率いている可能性はあるにはある。


 ――そして……


 例の”謎の巨人”の噂。


 「……っ」


 キラリと俺の手の中の宝珠オーブが光を反射した。


 「やっぱり、”宝珠これ”を用意してきたのは基本だよなぁ……」


 俺は独り呟く。


 この宝珠オーブはあの夜、あの無頼な輩達に……

 勇者共に奪われなかった激希少レアアイテムだ。


 ”これだけ”はどんなことがあっても無くさないようにと……


 オンボロ我が家の床板の下という、まるで国税局査察部マルサのガサ入れ対策かよっ!とツッコまれるような場所に厳重に仕舞ってあった、三つある宝珠オーブの一つだ。


 何しろこれは、俺の三百年からある異世界こちら側の人生ですら手に入れられたのが三つきりの正真正銘、超激希少レアイテム。


 恐らく俺以外が所持していない”宝珠オーブ”だろう。


 その内の一つを……今回はこうして念のため持って来た。


 「用心には越したことがないよなぁ……」


 その瞬間も、宝珠オーブは摘まんだ指先で光を浴びて輝いている。


 ――失敗は成功のもと……


 けど、生きていられなきゃ、その次の成功にはお目にかかれない!


 ――我ながら慎重に過ぎるかとも思う…………っ!?


 つい、そんな思いに耽りがちになる俺の耳に入ってきたのは――


 ザッ……ザッ……


 何者かが土を踏む音。


 「…………上手く足音を殺してはいるが」


 戦士系職業ファイター・クラスの中でも隠密に特化した”盗賊シーフ””暗殺者アサシン””狩人ハンター”などの職業クラスの上位互換、上位職業マスタークラスである”影の刃シャドウ・エッジ”にとって、”聞き耳”はお手の物。


 敵の潜伏行動を看破するのは俺の職業クラスの真骨頂だ。


 「……」


 俺は座ったままで例の宝珠オーブをそっと革袋に戻す。


 ――ガサッ


 その頃にはすぐ近くまで来ていた足音の主は、目前の草むらをかき分けて姿を現した。


 「…………帰ったわ」


 ――目の覚めるような蒼い髪


 華奢な腰まで流れる清流のような蒼い髪と、こちらを見つめる蒼石青藍サファイアブルーの二つの宝石。

 薄氷の如き白く透き通った肌と瑞々しい桜色の唇がチャーミングな美少女。


 蒼いゴシック調の可愛らしいドレス姿に胸と腰、すねに白い金属製の軽装鎧を纏ったとびきりの美少女がそこに居たのだ。


 「よう!マリアベ……アラベスカさん、様子はどうだった?」


 またも彼女のファーストネームを呼ぼうとして睨まれてヘタレた俺と、その声かけにフンッと不機嫌そうに視線を向ける蒼き竜の美少女。


 「情報通りよ、この先の坑道遺跡に目的の人物ターゲットは潜んで居るみたい……でも」


 城塞都市カラドボルグでのパーティから四日の後……

 俺達ははるばるとフレストラント公国領土内の”魔神の背リュグラード”山に来ていた。


 ――情報通り……ね


 「そうか、で?」


 俺は色々思うところはあるが、今はせっかく彼女が足で仕入れて来てくれた情報を素直に受け取って報告の続きを聞く。


 「随分と様相が変わっているわ……遺跡の入口一帯は雪景色よ」


 ――雪景色?この季節に?


 さして標高の高くないこの場所でこの時期に雪とは確かにおかしい。


 「そうか、で戦力は確認出来たか?部下の人数とか?」


 疑問は一応心に留めておくとして、最も重要な内容を確認する。


 「探知系の魔法で探ってみたけど特に無いみたい……一応、魔法で阻害はされていないようだったけど、入り口付近の足跡とか周辺の狩り場の状態からも部下は居ないか、居ても数人程度だと思うわ」


 「ほぅ……」


 俺は素直に感心していた。


 潜伏している敵に魔法探知は基本としても、魔法阻害の可能性を頭に置いて、それのみに頼り切らず実際に目と足を使って周辺情報を分析している。


 今回の様に信用に足る事前情報が揃っている場合、こう言った下準備は冒険者でも手を抜きがちで、ましてや良いところのお嬢様、お姫様であるマリアベルがこんな事に目端が利くとは意外だった。


 「なに?ニヤニヤとして気持ち悪い…………死ねば良いのに」


 ――いや、だから本心がダダ漏れですよお嬢様……


 「例の巨人の有無は?」


 俺は気にしていないていで続ける。


 「姿も気配も確認していないわ」


 「そうか」


 俺はそこまで聞くと、よっこらせ!と立ち上がり、そして歩き始めた。


 「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ!もう少し慎重に……」


 俺の行動が以外だったのか、少女は慌てながら後を追ってくる。


 「相手は魔術師なんだろ?なら魔法専門職の魔法系職業マジシャン・クラスに魔法で隠蔽されたら俺達じゃ見抜くのは困難だ……ならそこまで解ったなら後は実際に行った方が話は早い」


 「…………単純ね」


 「そこは、決断力と行動力に長けていて素敵!流石は私のダーリン、はじめさまっ!だろ?」


 「……………………ほんと死ねば良いのに」


 絶対零度の視線に背を刺されながらも俺は、不承不承なりにも俺の後を着いて来る少女を引き連れて、お尋ね者の魔導士が潜む坑道遺跡を目指したのだった。


 ――

 ―



 「おぉ!」


 なるほど、マリアベルの報告通り。


 草むらを抜けると――


 そこは”雪国”だった。


 「…………」


 隣には”だからそう言ったでしょう!”と言わんばかりの冷たい視線を向けてくる美少女。


 「えー、コホン、それでは正々堂々と正面から入って交渉を……」


 「正気?相手は凶悪犯罪者なのよ……」


 もう既に見慣れたっぽい、俺に向けられる少女の呆れ顔に俺は……


 「お嬢さん、なんでも荒事で片付けるのは良くないぞ。大体お尋ね者と言ってもフレストラント公国に対しての反逆罪だし、竜王国の俺達には敵意を持っているとは限らな……」


 ”いいや、それは無いな……我が研究を妨げる者は全て敵だっ!”


 ――っ!?


 俺の行動に待ったをかけるマリアベルをやんわり諭そうと試みた俺の台詞が終わらぬ間に、謎の声が響き渡る。


 ザッ!


 即座に蒼き竜の美姫が槍を構え、俺は目前に開く坑道遺跡の入り口に目を凝らした!


 「……」


 ――いない……な、てことは魔法による精神感応テレパシー……


 俺の索敵能力で周囲に敵は居ないと断言できる。


 ”貴様等の目的は、我が闇市場ブラックマーケットで手に入れたあの呪道具カース・アイテムであろう……フフ……ハハハッ!一足遅かったなぁ!あれによる実験は既に完成した!”


 またも響くしゃがれた声。


 ――呪い?完成?……なんだそりゃ


 「貴方……あの不人気武器マイナーウェポンってそんな禍々しい代物だったの……」


 隣で姿無き敵に警戒しながらも、マリアベルがまたも呆れた視線を俺に向けていた。


 「いや、違うって!呪い?なんだそりゃ、”刀剣殺しの短剣あれ”は……」


 ”ハッハッハッハァァーー!!死ぬるが良い!我が完成せし呪いの魔力で!”


 シュオォォーー!!


 陰気な声で笑う男の宣言と同時に……

 目前の空間に黒い霧が突如発生したかと思うと、それは瞬く間に凝縮してゆき……


 「き、聞けよ!ひとの話……このっ!」


 ゴォォォォッ!!


 そして、それは濃度の濃い黒い霧の塊となり――


 「なっ!?」


 ――やがて”人型”を形作る。


 「斎木さいき はじめ……これって……」


 槍を構えながら、マリアベルが俺に同意を求める。


 「あ、あぁ……呪術導士カース・メイジだな」


 この禍々しい魔力。

 幾多の魔術系統の中でも忌み嫌われし呪詛の専門家スペシャリスト


 ――それが”呪術導士カース・メイジ”だ!


 「チィ……な職業に転職ジョブチェンジしやがって」


 強いとか弱いとかじゃ無い。

 そういう根暗な相手とはご遠慮願いたい……


 それは俺の本心だった。


 シュォォーーーン


 そうしている間にも、黒霧の人型はさらにドス黒く、呪いの濃度を深めていた。


 ”ハハハハァァーー!!これこそ我が生涯を研究に費やした証!究極の呪い!”


 ”我が研究を外道と追いやったフレストラント公王カウル・フレスベ=モンドリアを!あの憎っくき”英雄王に仕えし六大騎士が一人、”不破の盾””鉄門の騎士”テオ=モンドリアの末裔を滅ぼす呪いっ!”


 「いや……だったら俺達は関係ないだろ」


 なにやら独り盛り上がる姿無き根暗魔導師に俺はツッコむ。


 ”カウル・フレスベ=モンドリア抹殺の前哨戦オープニングセレモニーだ!!不幸で愚かなる男よっ!高慢なる竜人の女よっ!我が大成せし偉大なる魔導!”大呪殺カース・オブ・カオス”の贄となれっ!!”


 「だから聞けよ……ひとの話……」


 俺は最早諦めつつも、背中に背負った短剣ダガーの柄に手を添えて、目前の黒い霧人間に対して低く構えていた。


 第十話「保険と呪い」END

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