第5話「見合う報酬」後編(改訂版)

 第五話「見合う報酬」後編


 「おっお父様っ!?」


 「陛下っ!?」


 ――”勇者殺し”よ!ハハハッ、希望通り我が娘を貴様の嫁にやろうではないか


 という閻竜王ダークドラゴン・ロードの言葉には、俺だけじゃ無く、マリアベルと白銀鎧兜の槍戦士も驚き、瞳を丸くして竜の王を見ていた。


 「いやいや、慌てるでない我が愛しき娘マリアベルよ……それもこれもこの”勇者殺し”が見事、忌忌しき”異邦人”、“勇者”を退け、我が王国を守ることが出来たらの話だ」


 「…………」


 娘が向けるであろう不満の言葉を、先手を取って封じ込める父親。


 「あり得ません!陛下、姫様を何処どこの馬の骨ともしれぬ……いいえ!人間種如きに!」


 しかし、今度は白銀鎧兜の槍戦士が勢いよく立ち上がって王の御前に歩み寄る。


 「控えよっ!!ミラージュ=シュライヒャー、不敬だぞっ!」


 即座に大剣を担いだ黒い鎧の厳ついオッサン、隻眼の黒剣士が間に割って入り、白銀鎧兜の槍戦士……ミラージュとやらを正した。


 「ブレズベル大公様……」


 「控えよ、ミラージュ=シュライヒャー」


 納得いかない白銀の槍戦士と睨み合う隻眼の黒剣士。


 「…………えーと、あのーー」


 俺抜きで、なんだか抜き差しならない状況へひた走っていく展開を見かねて俺は、発言を……


 「黙っていろ小僧ぉっ!貴様の出る幕では無いっ!」


 「つぐめ、下郎っ!!姫様に纏わり付く人間種ゴミクズがっ!」


 ――ひぃっ!


 ……発言を引っ込め、厳つい隻眼のオッサン剣士と、眩しい白銀鎧の槍女に一喝されて震え上がる。


 ズチャ


 そして巨躯の黒い剣士は俺には興味無いとばかりに背を向け、奥の玉座に坐した堂々たる王に膝を折る。


 「我が主よ、竜王ドラゴン・キングよ……姫の夫と言うことは、行く行くは我らの王となるという事でもあるが、そう受け取って良いのですな?」


 「ふむ、如何いかにもその通りである。我が信頼する剣、ブレズベル・カッツェ=アラベスカよ」


 閻竜王ダークドラゴン・ロードも玉座に深く座したまま、キッパリと言明した。


 ――なっ、なんですと!?


 在らぬ方向から、在り得ぬ彼方へと旅立つ”斎木 創オレ”の処遇みらい……


 「……承知!王の決断ならば最早我には異論は無い」


 ――いや!そこはあるで行きましょうよ!?ね?ね?


 ビビったままの臆病者チキンな俺は、なんとか他力本願にすがろうとする。


 黒い隻眼の剣士、ブレズベル・カッツェ=アラベスカと呼ばれた男は、再び王に頭を下げてから正面を向き、最初の位置である玉座下に控えた。


 ――オッサン!片眼のオッサン!なに勝手に納得してんの!


 「……」


 ――異論あるって!冗談じゃ無い!このままじゃ……


 だが隻眼の黒剣士は勿論、全く納得していないはずの白銀鎧の槍騎士までもが最早異論を挟む様子は無かった。


 ――チッ!なんでこんなことに?俺はただ労力に見合う報酬を要求したいだけなんだよぉぉう……


 「……」


 他力本願が成就しそうも無いと理解した俺は、ゴクリと唾を飲み込んでから、決意する。


 「えーと、閻竜王ダークドラゴン・ロードさん?あのですね……」


 「貴方は黙ってなさい!」


 「…………あぅ」


 そして今度は、蒼き竜の美姫にピシャリと黙らせられる……俺。


 ――な、納得いかねぇぇー!!


 とは思いつつも……


 この怖い雰囲気、桁違いの化け物達相手に、俺のような凡人は黙るしかないのか?


 「…………お父さ……陛下……」


 「…………」


 玉座と段下から睨み合う父娘おやこ


 ――

 ―


 得も言われぬ緊張感に、他の竜兵士達はおろか、例の三騎士でさえも言葉を発するのははばかられるようで……


 ”玉座の間そこ”は重い沈黙が支配する異空間にへと変貌していた。


 ゴクリ……


 誰かの生唾を飲み込む音さえ聞き取れる……そんな張り詰めた静寂。


 「もしかして……」


 暫くして、マリアベルの唇から言葉が発せられ――


 「むぅ?」


 玉座に座する絶対支配者はギラリと血のように赤い眼光を光らせる。


 「もしかして……百億ゼクル支払うのが惜しい訳じゃないですよね?」


 「………………」


 ――あっ?


 閻竜王ダークドラゴン・ロードの厳つい眉がピクリと動いた。


 「…………」


 「…………」


 「く、下らぬ!……何を言っておるのか解らにゅぞ……」


 ――いや、噛んでる!噛んでるって!!閻竜王おっさんっ!!


 俺が心中で思わずツッコむが、当の魔王は不自然に視線を明後日の方向へと……」


 ――誤魔化すのメッチャ下手だな……閻竜王ダークドラゴン・ロード


 「…………」


 「…………」


 再び玉座と段下から睨み合う父娘おやこ……


 とはいっても、さっきとは違い、見上げる娘の蒼石青藍サファイアブルーの瞳が明らかに呆れた視線に変わっていた。


 「む……あ、あれだ……うむ、一国を治める者として、そう言う事もあったり無かったり……だな……お前にはまだ、こ、高度な政治は解らぬのも無理は無いだろうが……」


 「…………」


 明らかに視線を泳がせて語る父を見上げる娘の蒼石青藍サファイアブルーの瞳は……


 「高度な政治とはな、あれだ、別に去年完成したばかりの観光名所、”ニヴルヘイルダム・竜尖塔ドラゴン・ツリー”(高さ634メートル)の最上階うえで行うからとか、鉄鉱石の巨人アイアン・ゴーレムに囲まれて行うからとかじゃないぞぅぅ!?はっはっはっはぁぁ…………ぁうぅ……」


 「……」


 ――そりゃ、まんま高さの高度で、後者は硬度だ!!


 こんな寒すぎるボケに誰もツッコミたくは無いと誰もが目を逸らし、竜姫の蒼石青藍サファイアブルーは氷点下でギラリと光る!


 娘にすっかり委縮して萎む閻竜王ダークドラゴン・ロード


 非情に情けなくも、ゲーム好きは見たくない光景だが……


 ――この機会しかない!俺が口を挟めるのはっ!!


 「えっと、あの……ですね、俺はやっぱり金で……」


 「黙れっ!人間種!!父娘おやこの会話に部外者が口を出すでないっ!!」


 ――うわっ!!


 途端に俺を怒鳴りつける閻竜王ダークドラゴン・ロード!!


 復活する威圧感プレッシャーの化物!


 長く蓄えられた顎髭を振り翳し、赤く光る鋭い眼光を燃やして矮小な”人間種オレ”を見下す最強種族の王!暗黒竜の王!


 「う……うぅ」


 ――怖い……半端なく怖いが……


 「……」


 ――かねぇ……


 ――なっとくいかねぇぇっーー!!


 ――例え最弱の人間種であっても納得いかないものはいかないんだよっ!!


 「さ、さっきから大人しくしていればなぁぁっ!!俺のどこが部外者だ!?何回も怒鳴りやがって、怖いだろうがよっ!!大体だ!そもそ何時いつから父娘おやこの会話になったんだよっ!?俺との交渉だろうが!!おい、こら!!違うって言うのか!?あぁ!どうなんだよぉぉ!!」


 「…………」


 「……」


 ――あっ!?……あぁ……しまった!つい!?


 思わず怒鳴り返してしまった俺は、いつの間にか三方からの視線に晒されていた。


 娘には結構弱いくせに、俺には最大限の威圧感をぶつける閻竜王ダークドラゴン・ロード


 主君とその姫に無礼な態度を取った人間種如き存在を睨みつける閻竜王ダークドラゴン・ロード麾下、礼の三騎士と竜戦士ドラグーン達。


 そして……


 そして、蒼き竜の美姫……


 マリアベル・バラーシュ=アラベスカ。


 「う……あぅ……その……」


 「…………なにか言いたいことがあるの?なら言ったら?」


 冷たい蒼石青藍サファイアブルーの瞳で俺にそう言葉を投げ捨てる、輝く蒼い髪の美少女。


 「くっ!」


 「…………発言を許す、人間」


 と言いつつも、全然許す感じじゃ無いその父親。


 「う……あの……ですね……」


 「解っていると思うが!!下らぬ内容なら即時貴様の首はその虚弱な身体からだから離れる事となるっ!」


 「あうっ!!」


 王の言葉に続けて、白銀鎧兜の槍戦士が煌めく十字槍の穂先を俺に向けていた。


 ――うわっ!なにコレ?……超こぇーーんですけど!!


 「……その……」


 この状況……言えるわけ無い。


 「斎木さいき はじめ、どうしたの?さぁ、聞いてあげるから話しなさいよ」


 ――か、可愛い顔して……なんて可愛げの無い表情かおで問い詰めるんだ、この娘……


 「う……いや……」


 ――だから言えるわけが無い……


 「ほら、ほら、言ってみなさいよぉ?」


 色白な美貌に意地悪な薄い笑みを浮かべて……竜の美少女は俺を追い詰めて楽しむ。


 ――あの時の仕返しかよ……ちょっとエッチな事言っただけなのに今更この反撃……


 「…………くっ……可愛いけど……可愛くない……」


 「は?なぁに?聞こえないんですけどぉ?」


 ――お、俺はただ、”童貞”を捨てたいと言っただけで、別に嫁にとは……

 ――だからやっぱ金でお願いします!……なんて……とても言えるわけがない!!


 「どうした人間?」


 そうしている間にも、俺に答えを急かす閻竜王ダークドラゴン・ロード


 「えと……俺は……その……」


 「?」


 余りにも言いよどむ俺に、蒼い髪の美少女も流石に不思議な顔をしていた。


 ――ええいっ!!ままよっ!!


 取り繕ったってしょうが無い!

 俺は金が欲しい!そして、こぉんな希な美少女とはお近づきになりたいっ!!


 ただし、嫁とか入籍なんて拘束は無しの方向で……


 「あ、あれだ!マリアベルさん……俺はだな……」


 極度の緊張で追い詰められ、判断力を失った俺は……


 そんな欲望全開!

 自分勝手極まりない言葉を、命知らずにも高らかに宣言しようとしたが……


 「異議ありっ!!そのような戯れ言は我が名において到底認められんっ!」


 ――!?


 その場に新たなる人物の声が響いたのだった。


 ザッ!


 居並ぶ竜戦士ドラグーンの中から一歩前に出る一人の若い戦士。


 「竜人族が誇り高き”三血”の一竜!ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデンであるっ!!人間、”サイキンオチメ”とやらよ!貴様に決闘を申し込むっ!!」


 「……」


 ――いや……正直助かったのか?もうちょっとで俺は自爆を……


 「決闘だ、”サイキンオチメ”!!」


 ――へっ?


 ――はぁぁっ!?


 俺はポカンと間抜けに大口を開けていた。


 「戦士なら、否!男なら!この勝負よもや逃げまいな!」


 ――いや……なんだコイツ……てかなんで俺が竜人族と決闘を?


 「さぁ、構えよ!サイキンオチメっ!」


 「だ……」


 「さぁ、かかって来い!サイキンオチメっ!!」


 「だ、だからっ!俺は斎木さいき はじめだ!そんな不景気な名前じゃねぇぇ!!」


 第五話「見合う報酬」後編 END

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