第6話「あいつに熱い接吻を!」前編(改訂版)

 第六話「あいつに熱い接吻を!」前編


 俺に向けられる数多の竜戦士ドラグーン達の敵対的視線……

 それはもう殺気と言ってもよいだろう。


 「マリアベルおまえって、結構人気あるんだな」


 俺は思わず、傍らの蒼き竜の美少女に向けて囁く。


 玉座がそびえる謁見の間に控えた竜人族の戦士達。

 その者達が俺に向ける殺意の意味は、自国の姫に対する無礼な発言に対してであり、もっとぶっちゃけるならば……


 この、可憐で超可愛いお姫様に、突然降って湧いた何処どこの馬の骨とも知れぬ男が、”勇者殺し”であるという特権を用いて”お近づきになりたい”みたいな理不尽且つ横暴な要求を突きつているという事への嫉妬の炎だろう。


 「貴方は随分と嫌われたみたいね……死ねば良いのに」


 俺の言葉に、蒼き竜の美姫は相変わらず冷たい蒼石青藍サファイアブルーの瞳を俺に向けたかと思うと、整った唇をうっすらと綻ばせて物騒なことをのたまった。


 「……」


 ――おいおい、なんか”しれっ”と物騒な心の声も漏れちゃってますけどぉ……


 そして俺は……


 ――見た目はとびきりの美少女なのになぁ……

 ――ほんと見た目は完璧なのに……はぁ……


 と、世の不条理さを胸に抱きながら、ちょっと怖い彼女から目を逸らしていた。



 「……どうした?構えよ、サイキンオチメ」


 ――う……忘れていたわけじゃ無いが……


 正面には、依然、例の若い竜戦士ドラグーンが俺を仁王立ちに見下ろしている。


 「……」


 仰々しい全身鎧フル・プレートメイルを身につけた……


 厳つい肩部分から各二本づつ生える角の装飾、全体的にゴツゴツとした造形は、正に竜人族が纏う鎧に相応しいといえる”ドラゴン”そのものを表現していた。


 そして、その男の鎧の表面は、他の一般兵士のくすんだ黒鉄くろがね色とは違う。


 蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢が、あの夜に纏っていた見事な蒼石青藍サファイアブルーの鎧とも違う。


 ――派手に輝く黄金色の鎧だった


 「……」


 黄金の竜戦士ドラグーン鎧姿である若い男。


 見た目の歳は俺と大差ないように見えるが……

 竜人族であるからには見た目が二十代前半でも、恐らく実年齢は優に百歳越えであろう。


 「聞こえぬのか!構えよ、サイキンオチメ!」


 身長は二メートル程で、全身鎧フル・プレートメイルから露出している、鍛え込まれた逞しい手足から察するに、如何いかにもという立派な体格の戦士。


 腰に見事な竜の装飾が施された”両刃剣グレートソード”を携えた竜人族の立派な剣士。


 「サイキンオチメっ!!」


 ――聞こえてるって、五月蠅いなぁ……


 問答せず、黙ったままジッと観察に徹するやる気無い俺に、黄金の竜剣士は痺れを切らして怒鳴りつけてくる。


 「はぁっ」


 対して俺は……溜息をきながらその男の顔を見上げた。


 スッと通った鼻筋と自信に満ちた口元。

 豊穣の証である稲穂のように輝く黄金の髪を後ろで束ね、同色の双眸がの者の所持するであろう才気を誇るように輝いている。


 ――あぁーー!なんか異世界でも世の中は不公平だっ!!


 見れば見るほど納得いかない……

 そんな感想を抱きながらも俺は一応尋ねてみる。


 「どうしても決闘をするのか?俺はあんまり乗り気はしないけどなぁ……」


 ブーーーー!

 ブーーーー!


 「うわわっ!?」


 途端に周囲からブーイングの嵐が巻き起こった!


 俺がふて腐れ気味に相手を観察している間に、竜士族の戦士達の間では観戦モードに完全移行していたのだ。


 正しく観衆の血もたぎる”古代ローマのコロッセオ”宜しく……


 「誇り高き”三血さんけつ”が一竜!!ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデンが、どこの馬の骨ともしれぬ貴様の力を量ってやろうというのだ!早々に剣を構えよ!サイキンオチメっ!」


 ワァァァァッッ!!


 「う、ぐっ……」


 ――このっ!何回も俺の名前を不景気な響きに改変しやがって……お前だって”消臭スプレー”みたいな名前のくせに……


 ワァァァァッッ!!

 ワァァァァッッ!!


 ガィィーーン!

 ガシィーーン!


 対峙する俺とファブニールとやらを取り囲むように居並ぶ竜戦士ドラグーン達は声を上げ、手に持った槍を、腰に下げた剣を叩き、鳴り物込みで場を盛り上げる!


 「うむ、面白き座興だ」


 玉座の閻竜王ダークドラゴン・ロードも……


 「ほほぅ……」


 「痴れ者が身の程を知る機会ね」


 「……」


 その段下で控える例の三人の竜将軍ドラゴン・ジェネラル達も……


 ”勇者殺し”の実力を見る良い機会だと言うように静観の構えであった。


 ――チッ、結局やるしか無いのか……


 俺は正直気が重い。

 いや、そんな表現じゃ生ぬるい。


 ホントに逃げ出せるなら逃げ出したいくらいだ。


 「……」


 多分、この黄金の竜剣士のレベルは80以上だろう。


 対して俺は……


 この世界での強さが、全てレベルで決まるわけではないが、基本性能はレベルによるものだ。


 更に種族によっても強さにばらつきがあるのは当たり前で、人間種のレベル1と竜人種のレベル1は根本的に強さが違う。


 そして一般的には最も種族的に脆弱と謂われる人間種と、最強と謂われる竜人種の差は……


 ――いや、余計に絶望的になってるし……


 違う違う、レベル差や種族差はあくまで基本性能、そう基本だ!


 つまり、それ以外の要素も重要だ。


 それは――


 所属する職業クラスで習得した職業クラススキルと魔法スキル。


 それとは別に存在する各種武器スキル……


 後は生まれながらに所持し、一定のレベルで取得できる固有スキルだ。


 そう、レベルと各種スキルの組み合わせの妙、これがオンラインゲーム「闇の魔王達ダークキングス」で必要な強さの内訳……いや、この異世界での強さの条件だ!


 「えっとな、”剣を構えよ”とか言われても俺、丸腰だし……」


 そして、勿論だが、装備する武器や防具、アイテム類も戦闘の結果を大きく左右する。


 「…………貴様、舐めているのか?丸腰でこの誇り高い竜の王国へ……矮小なる他種族共に羨望と畏怖をもって崇められる竜人族の王城へ乗り込んできたというのか?」


 金色の竜剣士、ファブニールの瞳がギラリと光る。


 ――いや、闘う気無かったし、俺……


 「あっ!あぁ!そうだ!そうそう!貸してもらう予定なんだよ、あはは、えーーと」


 とはいえ、目前の竜剣士の不機嫌な声にビビりまくった俺は、誤魔化すようにそう言うと、傍らで傍観していた蒼い髪の美少女に助けを求めたのだ……が?


 「……くすすっ!」


 ――うわぁぁ……だめだ!あの意地の悪い微笑みは……


 蒼き竜の美少女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカ姫様は未だ俺の行いの数々にお怒りのようであった。


 「……う、くぅぅ」


 手詰まり感が否めない俺。


 ビュオォーーン!


 ザシュッ!!


 と……その時だった。


 黒い物体が飛来し、俺の足元に一突き刺さる!


 それは見るからに大層な、一振りの黒く巨大な両刃剣バスターソード


 「え、えーと?」


 俺はくだん両刃剣バスターソードと、多分それを投げたであろう人物……

 玉座に座したままの閻竜王ダークドラゴン・ロードに目線を往復させる。


 「それを使うが良い……斎木さいきとやら」


 「……」


 呆気にとられる俺と……


 「あんな人間種に王の剣を?」


 「あれは王の魔剣ヴァシュラング!」


 にわかにざわつき始め、多種多様な囁きが耳に入って来る。


 「お、お父様!それは!?」


 王の行動に観衆ギャラリーは色々と、その姫は納得がいかないようだ。


 「私は構わない、人間如きがどのような装備を手にしようと、剣の性能で勝敗が決まるほど勝負は甘くないからな」


 オォーー!!


 黄金の竜剣士が発した余裕綽々の言葉に、兵士達の間で歓声が湧き上がった。


 「流石、ファブニール様!原初の”三血さんけつ”が一竜、”黄金火焔竜ゴールデン・フレイム”であるヴァルモーデン家のご子息だ!」


 「いやいや、それを言うならば閻竜王陛下だろう!あぁ卑しき人間種に対してなんという慈悲……さすが陛下の器は素晴らしい!」


 「閻竜王ダークドラゴン・ロード万歳っ!偉大なる我らが王に万歳っ!」



 ――おいおい、なに?この盛り上がりよう……ていうか……


 「……」


 俺は目の前の石床に突き立った”王の剣”を眺めながらも戸惑っていた。


 「あ、あの……」


 そして俺は……周りの熱気に引き気味になりながらも、何とか声を……


 「気にするでない斎木さいきよ!!これも王たる者の度量よっ!礼は無用っ!」


 オオォーーッ!!


 再び怒濤の歓声が場を埋め尽くす!


 「う……うぅ」


 「ふん、気にするなサイキンオチメ、ちょっとしたハンデと思って見過ごしてやる」


 ワァァッーー!!


 「うぅ……」


 ――てか、もう止めてくれ……


 この異様な盛り上がり、本当に勘弁して欲しい。


 何故なら俺は……てか、俺は……


 なんていうか……なんていうか……


 「いや、あの……俺は短剣ダガースキルしか持ってないんで剣はちょっと……」


 「…………」


 「…………」


 ――

 ―


 結論から言うと……地獄だった。


 一瞬で沸き立っていた場は静まりかえり、玉座の閻竜王と目前のファブニールとやらは誇らしく笑ったまま固まったのだ。


 ――うっ


 「……ばか」


 そして蒼き竜の美少女は、雪のように白いおでこに繊細な指を宛てて視線を伏せる。


 ――おれかっ!?


 ――俺が悪いのかっ!?


 ――いや仕方ないだろ!?だって俺、剣士じゃないしっ!!


 そうだ!俺が剣士で無いのは俺の個人的自由であって、俺の落ち度は微塵も無いっ!!


 「えっと、そう言う事なんで、出来たら短剣ダガーを貸して頂けたら……」


 「…………」


 「…………」


 先ほどの盛り上がりから一転、訪れた嫌な静寂。


 閻竜王ダークドラゴン・ロードの眉間には、心なしか溝が刻まれ……


 「あの……聞いてます?短剣ダガーを……」


 そして竜王の口元は大きく開かれたっ!


 「勝負を開始するっ!!」


 ワァァァーーーー!!

 ワァァァーーーー!!


 再び湧き上がる歓声!!


 「ちょっ!ちょっとぉっーー!?」


 慈悲深く、素晴らしい器とやらの閻竜王陛下は、”何事も無かったかのように”戦闘の開始を宣言していた……


 ほんのちょっぴりお怒りの眼光で……


 「承知っ!いくぞ!サイキンオチメ!!」


 シャランッ!


 黄金の竜剣士、ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデンが、此方こちらも”何事も無かったかのように腰の剣を抜き放つ!


 「だっ、だからぁぁ!!短剣ダガー短剣ダガーをぉぉっ!」


 ワァァァーーーー!!

 ワァァァーーーー!!


 そしてトドメとばかりに”何事も無かったかのように”一斉に歓声を上げる竜戦士ギャラリー達!


 ――ひ、非道ひどっ!短剣ダガー使いの人権は?無視ですかっ!?


 「ご、後生ですぅぅーー!だ、短剣ダガーをぉぉっ!ギブミーィィ!!」


 「……………………ほんと……ばか」


 泣き叫ぶ俺に、蒼き竜の美姫は完全に呆れていたのだった。


 第六話「あいつに熱い接吻を!」前編 END

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