第6話「あいつに熱い接吻を!」後編(改訂版)

 第六話「あいつに熱い接吻を!」後編


 「来ないのならちらからゆくぞっ!”輝く刃の軌跡シャインニング・ブレイド”ォォーー!!」


 派手な黄金の鎧を纏った色男が、俺に剣を向け突進する!


 ――やっぱり……はっ速い!?


 流石は推定レベル80以上の竜人族だ、マジでレベルが違う!


 俺は、とても真面まともに闘って適う相手ではないと理解しつつも、無論死ぬ気も無いので、目の前に突き立った黒い両刃剣バスターソードの柄に慌てて手をかけた。


 「……?」


 ――ええと?


 だがその両刃剣バスターソードは俺が必死に引いても、石床に突き立ったまま微動だにしない。


 「うっ!ふぅぅーーんっ!!」


 プルプル震える俺の両の二の腕、

 けれども悲しいかな、やはり両刃剣バスターソードはピクリとも……


 ヒュォォーーン!!


 ――っ!?


 そんなことをしている間にも迫り来る黄金の光っ!


 ザシュゥーー!!


 「わわっ!!」


 俺は握っていた黒い両刃剣バスターソードの柄から慌てて両手を離し、ゴロゴロと無様に床を転がって逃げた。


 「どうした?サイキンオチメ……王の剣を取らないのか?」


 強烈な一撃を放った直後のファブニールはその場で足を止め、追い打ちをかけること無く、端正な顔立ちに備えた黄金の瞳で此方こちらを不思議そうに見ていた。


 「…………」


 俺は地面に片膝を着いたまま、その相手に無言を返す。


 「貴様……」


 黄金の竜剣士の黄金の瞳が光る。


 「貴方あなた……」


 少し離れた位置で傍観する蒼き竜の美姫が”魅力の一端チャームポイント”である蒼石青藍サファイアブルーの瞳も光った。


 「王の魔剣が抜けないのかっ!?」


 「お父様の魔剣が抜けないのねっ!?」


 そして、二人の次の言葉は見事に同調ハモっていた。


 「うっ!……い、いや、だってな!これデカすぎだろっ、なんかスッゲー重いしっ!!」


 俺は目一杯、自身の弁護に身振り手振りを交えて訴えるが、二人の視線は……


 「貴様という奴は……ふぅ」


 「…………はぁ」


 トコトン冷たかった。


 ――ザワザワ……


 そして周りの傍観者達もヒソヒソとなにやら俺に対して嬉しくない言葉を囁いて……


 ――くそっ……なんで俺がこんな辱めを……


 「ええいっ!俺は竜人族おまえらと違って人間なんだよっ!規格外と一緒にすんなっ!」


 俺は耳まで熱くなる。


 「惰弱な……惰弱に過ぎる」


 「……見た目通りってわけね」


 ――な、なんだその視線は……くそ、見た目通りどうだってんだ!?


 あまりにもな羞恥に、その時、俺の中で何かが弾けた。


 「てか、かかって来いよ!!あぁ!かかって来いともっ!!黄金野郎てめぇなんか素手ステゴロで十分だってのっ!!」


 俺は床を無様に転がって埃だらけになった格好で、両手を広げて挑発する。


 「問題にもならぬ弱者よ……土下座して去るなら命は見逃してやる」


 だが、ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデンは、もういいとばかりに吐き捨てる。


 「ご苦労様、もう帰っても良いわ、斎木さいき……”なんとか”さん」


 マリアベル・バラーシュ=アラベスカ嬢の蒼石青藍サファイアブルーの瞳が失望に染まっていた。


 ――くっ、なんだよこれ……くそ、いくら竜人族だからって……くそっ!!


 そしてそれは……

 俺のなけなしの闘志の炎に更に油を注いだのであった。


 ――やってやる……

 ――ああ!ってやるともっ!!


 「なんだ!?怖いのかよ、この俺が?ファブちゃん?」


 「っ!?……貴様……」


 俺の安い挑発に、黄金の竜剣士の眉がピクリと動く。


 ――ちぃ!


 本来ならここまでするつもりは無かった。


 別に俺は損失を取り戻そうとしただけで、商談が纏まらないなら引くことになんの躊躇も無かったはずだった。


 竜人族が勇者チートに滅ぼされようと、基本俺には関係無いしな……


 「来いよ、ファブ公っ!!お前のなまくら剣をたたき折って、蒼い瞳の超可愛いお姫様の純潔ゲットだぜぇ!!」


 だが俺は踏み出してしまった。


 きっかけはなんであれ……


 ここまで来ては……本気で格上の化物と対峙するならば……


 ――”アレら”を使うしかないのだから……


 俺は下品な挑発文句と同時に、右腕を勢いよく振り上げてはてのひらかざし、そこに佇む蒼き竜の美姫の方へグイッと鷲掴みするような仕草をしたのだった。


 「っ!」


 自分に対する、無礼な行為ジェスチャー


 それを、蒼石青藍サファイアブルーの瞳を丸くさせて美少女は睨む。


 「ぶ、分をわきまえろぉぉっ!にぃんげぇぇぇぇーーんっ!!」


 同時に、派手な黄金の鎧を纏った竜剣士……

 ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデンが、完全にブチ切れて俺に再び突進していた!


 ――おおっ!やはり速い、これは俺には絶対に対処不能だ


 「輝く刃の軌跡シャインニング・ブレイドォォッ!!」


 輝く黄金の剣先が一筋の光の軌跡となって、彼方から俺に集約するっ!!


 「…………」


 対して俺は……


 再び両手を広げてそれを――


 ドスゥゥーー!!


 「あっ?」


 「愚か者めっ!」


 マリアベルが短く声をあげ、技を放った竜剣士はその手応えに口元を緩ませる。


 ブシュゥゥーーッ!!


 アッサリと串刺しになった俺の胸から、噴水のように大量に噴き出す鮮血!


 そうだ……


 派手に挑発した割に俺は……


 何も出来なかった俺の胸にはファブニールの剣が突き刺さって貫通し、反対側の背中から奴の剣先が生えている様な悲惨な状況になっていたのだった。


 「がっ……はぁぁっ!!」


 俺とファブニールは正面から密着した体勢で、奴の剣に串刺しにされたままの俺は大量の血を吐いた。


 「愚者め……死を選択するとは」


 返り血に染まる黄金の剣士がニヤリと歪に口元を歪ませる。


 「……」


 観衆ギャラリー側に居る蒼き竜の美姫は……今度こそ完全に失望したとばかりに、美しい瞳を伏せていた。


 「が……は……あぁ……」


 ――痛い!痛い!いた……い……


 ――あ、熱い……あつ……い……


 身体からだの真ん中に異物を突き立てられた激痛に……

 胸が焦げ落ちるような刺激に……


 グイッ!


 「ぐはっ!!」


 串刺しのまま、ファブニールに剣先ごと掲げられた俺は僅かに宙に浮き、空を彷徨さまよう手足がビクリビクリと意識に反して連続して痙攣を繰り返す。


 「ぅぅ……ぁ……」


 ――次第に意識が……遠くなる……


 胸に刻み込まれていた激痛も、時間と共に次第に緩やかに消えてゆき……


 「ぅぅ……ぅ………………」


 ――俺の意識は……薄れ……視界も徐々に狭くなって……


 「…………」


 ――――――――――――プツリッ


 そしてそれは完全に断たれた。


 ――

 ―


 そうだ俺は死んだのだ。


 深い闇の底に……何も無い深淵の只中に……


 ――

 ―


 ――クン……


 ――ドクンッ!!


 「…………」


 ――ドクンッ!ドクンっ!


 「……いた……い……」


 深淵の底で微睡まどろんでいた意識が次第に形を成し……


 再び、その形の真ん中辺りから強烈な感覚が蘇ってゆく……


 「痛い……熱い……い……いっ痛いぃぃっ!!」


 意識が再び回復し、次いで視界が……


 「痛い!痛い!痛いってぇぇっ!!」


 激痛と共に俺の意識は完全覚醒する!


 「いってぇっっ!!」


 ――っ!?


 「なっ!?きっ!貴様生きて!?」


 再び視界にフェードインしてきた、ファブニールのいけ好かない顔。


 「ばっ馬鹿な!人間種如きが蘇生だと!?」


 「っ!?」


 回復した俺の視界の端で……


 蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカの蒼石青藍サファイアブルーの瞳が大きく丸く見開かれていた。


 ――あぁ……まぬけ……づらだな、どいつも……こいつ……も、ぐ……ぐはぁぁっ!


 竜人族の誰もが同様に、驚愕に目を皿にする愉快な様をゆっくり眺める間もなく……


 「ぐ……い、痛ってぇぇ……」


 俺は再び胸から全身に広がる激痛という呪いに猛烈に犯される。


 ――ぐはぁぁっ……だ、から嫌なんだ……はぁっ……


 殺される瞬間の痛みと恐怖は、生者にとっての最大の苦痛だろう。


 そして、そこから生還すると言うことは、もう一度その苦痛を味わうと言うこと。


 普通なら一生に一度、味わうか味合わないかの苦しみを……

 死んだ直後から生還にかけて、俺はもう一度味わうことになるのだ。


 「ぐはぁぁっ!」


 途端に肺から血が逆流し、口の中一杯に鉄の味が充満する。


 「うぷっ!」


 ――駄目だ、吐くな……俺……我慢だ!!


 俺は生き返った。


 たった一度だけ、死亡直後に甦る俺の固有スキル”その壱”によって。



 「ちぃぃっ!仮に生き返ったからと言って、それがどうだというのだっ!!完全に回復する前にもう一度殺すまでだっ!!」


 ――正解……くっ……二度は生き返れない……はぁはぁ……


 ――き、傷も徐々に回復はしてゆくが、ぐはっ……お察しの通り……い、一足飛びにとはいか……ない……


 「もう一度死ねぇぇっ!化け物ぉぉ!!」


 黄金の竜剣士、ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデンは、握ったままの剣の柄に再び力を込めて、ソレを串刺して掲げたままの俺の身体からだにねじ込んで……


 「ぐはぅっ!ひ……どいな……おまえ……」


 ――だが、同感だ……はぁはぁ……そうだよ、か、完全に俺が回復する前に……な?


 激痛に、脂汗に塗れた顔でも俺は……

 俺は無理にニヤリと笑って……


 「貴様っ!?」


 ――って、おっとっと……思わず零すところだった


 俺の表情を見て怪訝な顔をするファブニールと目が合いながらも俺は”それ”を必死に我慢する。


 「うぷっ!」


 ――そうだ……回復してしまっちゃぁなぁ……駄目なんだよ、大事な血が……!!


 この時、俺とファブニールの考えは同じだ。


 ”斎木 創オレ”が完全に回復する前に決着を着ける……


 敵の剣に串刺しにされ、持ち上げられたままの俺は、その状態で何とか痙攣する両手に神経を通わせて――


 ガッ!


 「なにっ!?」


 両手をファブ公の後頭部に回して固定していた。


 「きさまっ!?」


 ――俺とファブニールの考えは同じ


 だが、決定的に違うのは……


 お姫様抱っこされたヒロインが愛しい王子様の首に両手を回すように、俺は金髪の王子様に両腕を絡ませていた。


 ぎゅーー!


 そして目一杯に抱き寄せ……大好きっ!と言わんばかりに両腕でアピールする!


 「な、なんのつもりだっ!?」


 愛しい人にそうするように、ファブ公の頭を抱き寄せた俺は、徐々に顔を近づけ……


 「な?な?に……にんげ……?」


 突然の俺の奇行にファブニールは戸惑って……いや、それを傍観していた全ての者が戸惑って、咄嗟には為す術が無い。


 ――ふふん……そう、俺とお前の考えで決定的に違うのはなぁ!



 ぶっちゅぅぅぅぅっっーーーー!!


 「きひゃ……ま……ん、んんーーーーー!!」


 ファブニールが絶叫した声の最後の方は見事に裏返っていた。


 「ちょっ!ちょっとなにを?……え?え?えぇーー!!」


 マリアベルもお嬢様らしくない大声で叫んでいた。


 ――俺の目的はなぁ!”ファブニールおまえ”と接吻キスすることなんだよっ!!


 「む……むむ……むふっふぅ……むぅ!!」


大胆に唇を接触させ、相手の歯をこじ開けて舌先をねじ込む……

 不快キス……じゃなくて深いキス。


 「…………」


 「…………」


 俺達の熱い接吻ベーゼに傍観する竜人達は一様に言葉を忘れて立ち尽くす。


 「うっ!むぅぅ……はっ!」


 そしてその間も俺は、余すこと無く、黄金の色男の唇を思いっきり堪能していたのだ。


 「や、やめ……このっ!!」


 ようやく状況を把握した色男が、暴れてスポンと唇を離す。


 「う、うおぉぉX○□XX---!!」


 そして解放されたファブニールの口からは、玉座の間に響き渡るほどの絶叫が木霊した。


 「う……ぐぅぅ……はは……」


 未だ串刺し状態の俺。


 ――ざ……ざまぁ……みろ……


 離れた唇……口端を上げた俺は笑う。


 ――ふふふっ……ははは……だがなぁ……だけどなぁぁっ!


 「叫びたいのは俺の方なんだよほぉぉっっーーーー!!」


 目的を果たして勝ち誇った俺のには、何故か熱い熱い涙が……

 滝のように止まること無く流れていたのだった。


 ――

 ―


 勝負に負けて試合に勝つ。

 正にそれを地で行った俺という男は……


 二十年……実際は三百と二十五年で……


 それは……俺の……俺の初めてが……


 ……男


 「う……うぅ……うわぁぁぁぁーーーーん!!」


 斎木さいき はじめ、”初めての接吻ファーストキス”であった。


 第六話「あいつに熱い接吻を!」後編 END

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