第7話「二枚の手札(カード)」前編(改訂版)

 第七話「二枚の手札(カード)」前編


 「は、離れろっ!気色悪いっ!!」


 ブォォォーーンッ!!


 「お!うわぁぁっ!」


 ファブニールは俺の胸に突き刺さったままの剣を握った手を振り回す!


 ズルリ……


 遠心力により、俺の胸から血塗れの刃が抜ける。


 ドシャァァッ!


 剣ごと振り回された俺は2回転ちょっと、というところで奴の剣からスポーンと抜け飛んで、その後は為す術無く床に激突……


 ……ズズズーー!


 暫し、石床をご機嫌なアシカくんの如く滑ってから、やがて停止する。


 「うっ痛てて……無茶しやがる……」


 そんな事を言いながら、俺はゆっくりと自分の状態を確認していた。


 ――で、俺の身体からだは……


 生き返ってから新たに受けた傷、摩擦であごを少し擦り剥いた程度の傷は残っているが、剣が抜けたことにより、”死ぬ前”に受けた胸の致命傷は完治していた。


 「ぶはっ!!ペッペッ!!」


 だが、そんな奇蹟を起こした俺を顧みる余裕も無いファブニールとやらは、口の中の唾液を忙しく床に吐き出していた。


 「マナーの悪い奴だなぁ……室内だぞ」


 俺はパンパンと埃を払いながら、よっこらせと立ち上がった。


 「あ、貴方あなた……斎木さいき はじめ……」


 「ん?」


 マリアベルの可愛らしい声が俺の耳に入り、気がつくと辺りの竜人達は一様に驚愕の表情で俺を凝視していた。


 ――あぁ、なるほど……


 確かに、目の前で死んだばっかりの俺がこうしてピンピンしているのが信じられないのか……普通そうだろうな。


 オンラインゲーム”闇の魔王達ダークキングス”の世界には、”蘇生呪文”や”蘇生アイテム”は存在しない。


 近年のファンタジー系RPGの世界では珍しいが、死んだら終わり、セーブしたポイントに戻ってやり直しだ。


 勿論、獲得したアイテムも経験値も全て無駄という、希に見る高難易度ゲームとしても有名だったのだ。


 ――異常に回復能力が高い種族は幾つか存在するけど、それでも完全な死から甦るなんて種族は無いからなぁ、驚くのも無理は無いか?


 俺は、美しい蒼石青藍サファイアブルーの瞳を丸くした蒼き竜の美姫を眺めながら考える。


 ――あの夜、彼女には、酒場の二階で俺の素性を話したはずだが……


 たしか俺が転移して来た直後、死んで生き返った話とかしなかったっけ?


 とは思ったりもしたが……

 よく考えるとあの時の彼女は俺の話を駄話だばなしと馬鹿にしていた。


 多分、殆ど真面目な話とは捉えていなかったのだろう。


 ――それはそれで、中々にヘコむ話だが……


 この世界のことわりからすればそれも仕方の無い事か……


 「あ、貴方あなた……斎木さいき はじめ……」


 依然、驚いた表情のままの美少女に、ようやく見せ場を提供できたと考えた俺は、自然にフフンと胸を張る。


 「あぁそうだ!言っただろ、俺は不死身の……」


 「本命はファブニールだったのねっ!!」


 「そっちかぁぁっーー!」


 トコトン報われない俺……


 「……」


 蒼石青藍サファイアブルーの瞳を俺に向けたまま、美少女はそっと半歩俺から距離を取る。


 「え……と……なぁ?マリアベルさん?」


 美少女の如何いかにも痛い人物を見る反応に俺は……どうする?


 「そ、そういえば最初からファブニール様を見る目が……」


 「おお、貴公もそう思っていたか、アレはまさしく野獣の如き欲望にまみれた目だった」


 「うむ、それに情熱的な接吻だった!余程劣情が押さえ切れずに……」


 ここぞとばかりに傍観者ギャラリー竜戦士ドラグーン共は勝手なことを囁き合い、コソコソと俺を指さす者も多数いた。


 「いやいやっ、無いからっ!それは無いからっ!」


 ザザッ!


 俺が一歩踏み出すと兵士達は波が引くかのように一斉に後ずさる。


 ――ひそひそ

 ――ひそひそ


 そして距離を置いてまた囁き合う。


 「いや、だから……」


 言い訳に窮する俺が、好奇の目に晒されながら立ち尽くしていたその時……


 「さ、サイキンオチメェェ!!」


 もう一方の当事者である、黄金の竜剣士の怒号が響いたのだった。


 「おっ!?おおっ!そうだファブ公!続きだ!決闘の続きを……」


 俺は渡りに船!兎に角、此奴こいつと闘って倒し、この変な誤解を早々に解こうと身構える。


 「すっすまないぃっ!!私は貴様とお付き合いすることは出来ないっ!」


 「って、ファブニールおまえもかぁぁーーっ!!」


 ――今の俺にはカエサルの気持ちがよく解るっ!!


 俺は、ペコリと頭を下げた何故か少し腰を引き気味の黄金の竜剣士に激しくツッコんでいた。


 「お、俺は正常ノーマルだ!てか、勝負はどうした!?ピカピカの鎧は見かけ倒しか?俺はあんなへなちょこ攻撃では全然ノーダメージだぞっ!」


 「なっ!なんだとっ!」


 強引に話を戻した俺は、相変わらず丸腰のままであったが……


 それでもこの針のムシロよりはマシだと、手の平を上に向けて指をニギニギさせ、来い来いと挑発する。


 「むぅ……しかし、あれで寸分のダメージも負っていないとは……」


 一部始終を見終えた玉座の閻竜王ダークドラゴン・ロードは、長い顎髭に手をやって興味深そうに身を乗り出してくる。


 「ではあの傷も血も……相手を油断させる幻術だったとでもいうのか?いや、何にしても恐ろしいほどの防御力だ」


 黒い鎧の剣士、厳めしい表情をした隻眼のオッサン、ブレズベル・カッツェ=アラベスカが腕を組んだまま感心して唸った。


 「あれが幻術?……まさか……」


 白銀鎧兜で姿を完全に覆った槍戦士、ミラージュ=シュライヒャーは、目前で起きた事象に未だ疑心暗鬼のようだった。


 「…………」


 そして、血を連想させる、おどろおどろしく赤く鈍く光る水晶を先に装飾した短杖を両手に携えた竜骸骨スカルドラゴンの騎士……グリンガム?だったか?は、無言で不気味な眼を光らせる。


 「さぁ、サッサと掛かって来いよ、ファブちゃん」


 俺は密かにそういう面々を観察し、黄金の竜戦士に挑発を継続しながらも考える。


 ――俺の固有スキルその壱、”再挑戦権獲得アイルビーバック!”


 死んだ直後に一度だけ蘇れる(但し連続で殺されたら普通に死にます)は……


 ――そうだな……現在いまは黙っておいた方が良いだろう


 よく考えたら個人の持つ特殊スキルなんてものは無闇に話すモノじゃないしな。

 なにしろそれが戦闘によっては死活問題に繋がるかも知れない。


 特に勇者や魔王……それだけじゃ無い、現状のような上級種族を相手にする場合も、俺のような非力な人間種はこういった切り札カードを持っておくのが数少ない優位点アドバンテージだからだ。


 「調子に乗るなよ下等種!少しばかり頑強タフだといっても、我が剣技に手も足も出なかった分際で!」


 「はいはい、御託はいいから……かかって来いよファブ公!」


 俺はニヤリと口端をあげながら如何いかにも余裕の態度で受け応える。


 「斎木さいき……はじめ……」


 そして、遠巻きからそんな俺を注意深く眺める、輝く清流の様な蒼い髪の美少女は、さっきまでとは明らかに違う瞳の色。


 戸惑いの中にも僅かだが、確かに伺い知る事が出来る期待があった。


 ――ははっ……俺には興味が無くても、俺の謎の強さ?には自然と惹かれるモノがあるってか、流石、竜王の娘……とはいえ、俺のはハッタリだけど……


 「サイキンオチメェェ!!」


 蒼き竜の美姫、マリアベル・バラーシュ=アラベスカにチラリと視線をやって笑った俺に、何を勘違いしたのか、”竜人族が誇り高き三血さんけつの一竜!ファブニール・ゾフ=ヴァルモーデン”とやらは、正しく鬼の形相で襲い掛かってきたのだった!!


 第七話「二枚の手札(カード)」前編 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る