第2話「蒼く輝く竜の美姫」前編(改訂版)

 第二話「蒼く輝く竜の美姫」前編


 結論から言うと……


 俺は風邪をひきかけて、在り金と所持品をほぼ全て失った。


 「…………」


 チュンチュン


 外は白み始め……


 俺は今さっき、やっとの思いで壁にはりつけにされた状態からの自力脱出に成功したところだ。


 「…………」


 長時間の拘束で、若干痺れた状態の自由になったばかりの手で、安物の紅茶を入れて、俺は我があばら家の粗末な木製椅子に腰掛けている。


 「あの集団……根こそぎ持って帰りやがって、これじゃどっちが賊かわからねぇじゃないかよ」


 俺は不味い紅茶を口に運びつつ、昨夜の状況を思い出し独り愚痴っていた。



 ――

 ―


 「なにしてんだよ!オッサン!!逃がしちまったじゃねぇか、あの竜人えものっ!!」


 ガッ


 ――痛てっ!


 黒髪の若い剣士はそうわめき散らしながら、壁に大の字ではりつけられたままの俺のすねの辺りを蹴り上げる。


 「ちょっとぉ……どうするの?獲物は逃げちゃったし、そもそも冒険者協会ギルドの依頼じゃ無いからコレじゃ報奨金も無いわよ?」


 ローブ姿の若い女が頬を膨らませながら、俺を蹴った剣士の横に並んで同様に俺を睨んでいた。


 「ちっ!大体リーダーが街で竜人の噂を聞いて、金になるって追って来たのが原因だろ?」


 大鎚アイアンメイスを肩に担いだ大男が、不満そうに言いながら俺の家の中をジロジロと見回していた。


 「お前はいつもそうだ……如何いかに強くても、行動は短絡的で、獲物がどうやら民家に侵入したという情報を得た後も、民家に娘がいれば助けてムフフとか……そういう下らぬ事に執着するが故に迂闊なところが多々……」


 左右の腰に二振りの曲刀シミターを装備した中年がしかめ面で若い剣士をたしなめている。


 「あぁぁぁ!はいはい!わかった、わかったって!……とにかく必要経費を回収すれば良いんだろ?」


 黒髪の若い剣士は投げやりにそう言うと、大きなテーブル上に並べてあった俺の持ち物を見て嫌な笑みを浮かべた。


 ――おいおい……まさか……だよな?


 そんな、救世主だったはずの者達のやり取りを前に、俺は嫌な予感しかしない。


 「これ?売っ払えば幾らかになるんじゃね?……ガラクタばっかみたいだけど必要経費として回収しようぜ」


 そして案の定、若い剣士はそう言って、未だはりつけ状態の俺の顔を意地悪そうな歪んだ笑みで覗き込んでくる。


 「当然文句無いよなぁ?オッサン……アンタがビビって変な呪文を暴発したおかげで逃がしたんだ、わざわざ助けに来てくれた勇者様御一行に感謝の証を捧げたいよなぁ?」


 「…………」


 なんて理不尽だ。


 理不尽な輩だ……


 ――いや、元々俺は”勇者”とはそういう存在だと誰よりも理解していた


 「なぁっ!?」


 「……」


 そして理不尽な事を突きつけられても、俺は黙って目を逸らすしか無かった。


 何故って?


 たとえ断ったところで此奴等こいつらは……



 ――そうして暫く後


 自称、勇者様御一行という集団は、根こそぎ俺の財産を奪って去って行った。


 「……」


 壁に半裸ではりつけにされた俺をそのまま残して。


 「…………ふぅ」


 そういえばこの異世界ユクラシアに来る前……


 ――元の世界でプレイした老舗RPGの勇者ってそんな感じだったよなぁ


 他人の家にズカズカ勝手に入って、勝手に壺とか割って、引き出しを漁って持ち帰る。


 実際、被害者側で体験してみると……

 たとえ助けられた?としてもだ。


 ――とても感謝する気にならねぇ


 そして俺はその後数時間、孤軍奮闘の末になんとか自力で拘束から抜け出して今に至るわけだ。


 「……」


 不味い紅茶を啜りながらテーブル上に唯一残されていった”ブツ”を眺める。


 それはゴツゴツとした鎧の腕部分……


 見事な蒼石青藍サファイアブルーの鎧に包まれた肘から下の腕。


 ――折角の戦利品も、血だらけの腕だけなら要らないってか?


 それは昨夜の竜戦士ドラグーンの腕であった。


 ――若いな……


 「物の価値は……だな……」


 ゴト、ゴト……


 俺は躊躇うことなくテーブル上にある竜戦士ドラグーンの腕に両手をやり、それを覆う見事な蒼石青藍サファイアブルー籠手こてを外してゆく。


 「……」


 果たして出てきたモノを見て思わず息をのんだ。


 ――ビンゴ!!


 「ははっ、一見、無価値に見える物ほど蓋を開けてみなけりゃその価値は解らないんだよ……ははは」


 俺はそれを眺めながら少しだけ取り戻した希望で口元を軽く緩め、独り呟く。


 「……コレがあればまだなんとか埋め合わせできるかもな」


 そうだ。


 この時俺の頭の中では、既に一連の不幸な損失を補う”あること”を思考中であった。


 ――

 ―


 時は流れ、その日の夜。


 酒場でのバイトも終わりに近づいた、二十三時過ぎの事だった。


 「ありがとうございましたー!」


 冒険者らしき客達数人の会計を済ませた俺は、再びカウンター内で皿洗いの業務に戻る。


 「……」


 夕食時には色々な人種で賑わうこの場所も、この時間にはすっかり落ち着いてくる。


 なにやら店の隅の方でボソボソと商談をする怪しい異国人の一行。


 散々くだを巻いて飲みつぶれる剣士等々……


 あちらこちらにポツリポツリとまばらに座る客達。


 「斎木さいきぃ!もう看板下ろしておいてくれ」


 禿げ頭で立派なガタイの店長が、もう店じまいだと皿を洗っていたこの時間帯唯一の従業員である俺に、店の奥から指示を出した。


 「りょーかい……」


 俺は洗いかけの皿を置き、泡まみれになった両手を軽くタオルで拭き取ってから、客がまばらな店内を横切って店舗入り口に向かった。


 ギィィ


 古木で出来た西部劇なんかでよく見るスイングドアを開けて外に出る俺。


 「っ!?」


 混雑時間帯の熱気が冷めやらない店内から、夜風が冷んやりと肌を通り抜ける外気に晒された俺は、店を出て僅か一歩で立ち止まっていた。


 何故ならそこには……


 「……」


 濃い茶色系のフードを被った比較的小柄な人物が……ポツンと店の入り口を向いて立っていたのだ。


 「えっと……」


 入り口を雑に出た俺と一瞬だけ接触しそうな距離で正面から対峙する人物。


 「えっとお客さん、すみません、もう店じまいで……」


 気を取り直した俺は、マニュアル通り客に閉店を告げるが、実は心中ではその人物が客は客でも店の客ではないのでは……と考えていた。


 大人にしては小柄な身長、フード付のマントを羽織っているから顔は鼻より下からしか見えないが……


 「……」


 そこから覗く形のよい顎から首筋のラインは滑らかな曲線を奏で、驚くほど白い肌は夜闇の中で輝いてさえ見える。


 見れば見るほど異質なオーラを纏ったフードの人物に、俺の考えは確信に変わっていた。


 「……食事では……ない……わ」


 顔の下、三分の一ほどしか露出していないが、そこに備わった瑞々しい桜色の唇が、高く澄んだ音色を発する。


 「……」


 顔こそちゃんとうかがうことは出来ないが……


 野暮なマント越しでもわかる幅のない肩、この近距離だからこそ感じる、ほのかな甘い香り……


 そうだ……

 もうお察しだろうが、眼前の人物は女だ。


 それも十代後半位の、年頃の……


 ――どうやら俺は残り籤で当たりを引き当てたみたいだなぁ……


 「あの……ちょっと?……聞いてます?」


 俺は直ぐに理解して、不安そうな声で確認してくる彼女に柔和な笑顔を造って見せ、逆にこう問いかけたのだ。


 「お忘れ物は右手ですか?竜人のお嬢さんマドモアゼル


 第二話「蒼く輝く竜の美姫」前編 END

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