第2話「蒼く輝く竜の美姫」後編(改訂版)

 第二話「蒼く輝く竜の美姫」後編


 「っ!?」


 俺の言葉に途端に空気がピリつき、フードの人物は後方へ半歩飛び退いた。


 「おいおい、俺は別に……」


 「っ!」


 彼女はマントから出した左手を、自身の体の後ろに伸ばして――


 キィィーーン!!


 夜闇の空間に泳ぐ白い手の平に神秘的な青白い光が集約し、それはやがて細長く伸びて一本の長い何かに……


 「待て待てっ待てぃっ!!やる気は無いぞ俺っ!てか、お前も話し合いに来たんだろうが!?」


 「……」


 キィィーー……シュォォーーン…………


 間一髪、彼女の左手に顕現しようとしていた”物騒なモノ”は、光を拡散して萎んで消えた。


 「お……おぅ」


 ――ふぅ、ヤバイヤバイ、あれってあの時の槍だよな……召喚系の魔槍なのか?


 やり合う気も意味も無いが、実際彼女と戦えば俺なんか瞬殺されるだろう。


 「えと、”腕”と……昨日の件だな?なら話を聞かんでも無いが……どうする?」


 内心冷や汗ものの俺の問いかけに、マント姿の人物はフードから覗いた白い顎を僅かに縦に動かした。


 「よし!なら……」


 俺は九死に一生を得、安堵の息を吐くと後方の店内を振り返る。


 「店長ぉぉっ!!俺、店の看板下げたら上がります!二階の個室を一時間ほど借りても良いですよねぇぇっ?」


 店内に響き渡る音量で、カウンターで仏頂面をさげていた禿げ親父に声をかけた。


 「おう、別にいいぞ」


 禿げ親父は下卑た笑みを浮かべながら頷いていた。


 ――ったく、相変わらずゲスの勘ぐりが好きだなぁ……


 店主に許可を得た俺は、店の看板を担ぎ、回れ右して店内に戻る。


 「……」


 そして、マント姿の女も俺の後ろに続いて入った。


 「ヒューヒュー!斎木さいき、お盛んだなぁ!」


 「おぉっ!彼女!いいのか?斎木さいき はじめは下手くそだぞぉっ!」


 店内に散った客達から下卑た冷やかしの声が次々と跳びかう。


 ――五月蠅い酔っ払い!デマを飛ばすなデマを……てか、下手も何も俺はなぁ……


 と、心中で反論しながらも、表面上はいつものことだと無視をして、俺は店舗二階の個室を目指しながらも、少しだけ気になったので、チラリと後方を盗み見た。


 「……」


 ――あぅ!?


 無言で俺に続く女の、フードから覗く白い首筋はほんのり朱に染まり、整った可愛らしい口元はピクピクと震えていた。


 ――お、俺のせいじゃないぞ!俺の……


 ――頼むから部屋に入った途端に串刺しはやめてくれよぉ?


 俺は心中で必死にそう懇願しながら……


 ギィ


 部屋の扉を開けたのだった。


 「そっちは多分、俺の事は調査済みだろうけど一応な……えと、俺は斎木さいき はじめだ。裏家業で”勇者殺し”をやっている」


 そしてマント姿の女を招き入れ、着座を促すと改めて自己紹介する。


 「……」


 しかしマント女は黙ったまま……


 「まぁいいか、取りあえず座って……」


 バサァ


 「えっ?」


 俺がお互いの自己紹介を諦めて、彼女にそう促したときだった。


 目前の人物は左手でフードの上を掴んでそれを後方にずらせ、脱ぎ去っていた。


 ――お、お、おぉぉっ!!


 微かに漂っていた甘い香りが部屋に広がり、蒼く輝く光の束がサラサラと流れ出て彼女の腰の辺りまで降りる。


 目の覚めるような……蒼い髪。


 華奢な腰まで流れる清流のような蒼い髪と、こちらを見つめる蒼石青藍サファイアブルーの二つの宝石。


 薄氷のように白く透き通った肌と瑞々しい桜色の唇の……


 ――美少女だっ!


 ――滅茶苦茶美少女だ!


 俺の視線はマントのはだけた前面……少女の身体からだへと移動して――


 ――蒼いドレス?


 地味なマントの下は、ちょっとばかり意外な”ゴシック調の可愛らしいドレス風の衣装”。


 そして……


 「っ!?」


 痛々しい包帯がぐるぐるに巻かれた右の腕。

 肘から下が喪失した彼女の白い右腕。


 俺はそこまで視線を移動させて……今更気づく。


 「……」


 不躾に自分の体をジロジロと凝視する失礼極まりない男に、目前のとびきりな美少女が蒼石青藍サファイアブルーの瞳を光らせ、敵意の籠もった鋭い視線を向けていたことに。


 「あ……と……ごめん」


 少女とは思えない程のその迫力に、俺は思わず半歩下がり今更だが目を逸らす。


 「いや、こんなジロジロと見るつもりは無かったんだ……悪かった……その、ついれてしまって……」


 「っ!……」


 思わず馬鹿正直に答えてしまった俺の言葉に、少女の頬が少し朱味あかみを帯びたように感じたが……


 不意に視線が俺から逸れるが、彼女は直ぐに刺々しい視線を復帰させて俺を睨む。


 「その……」


 完全に押され気味の俺はというと、ためらいがちに彼女を見ている。


 スッ


 「っ!」


 刺々しい視線はそのままだが、彼女は膝丈スカートの左側の裾を白い指先で摘まんでペコリと頭に少し角度を付けた。


 ――おぉっ!!


 ――これは!小説や映画でしか見た事の無い上流階級のお嬢様挨拶だっ!


 その華麗で可憐な所作に、俺は俄然興奮しまくりである。


 「ご機嫌よう、斎木さいき はじめ殿。私は、ニヴルヘイルダム竜王国を統べし偉大なる王、”閻竜王ダークドラゴン・ロード”が第一王女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカです」


 片手という事と、視線が若干厳しいことを除けば……

 完璧に優雅な振る舞いで俺に挨拶するお嬢様、いや、お姫様!


 ――いや、そこじゃない、つまり……なんて言った?……竜王ドラゴン・ロード?……って、魔王の娘かよっ!?


 俺は再び驚愕し、先ほどの失敗はどこへやら……

 懲りずにまたもや間抜け面で彼女を凝視していた。


 「う……」


 そして、そんな俺の無礼な行動と引き換えにだが、新たに気づいたことがひとつ。


 「アラベスカさん、治癒呪文ヒーリング系は持ってないのか?」


 「……」


 俺の質問に蒼い髪の見目麗しきお姫様は、美しき眉間に僅かに影を落とす。


 とはいっても、全体的には相変わらず涼しい顔……変化は微々たるものだ。

 今し方俺に挨拶をしたときと同じ、気品を漂わせた高貴なる立ち居振る舞いのまま。


 最強と云われる”竜人族”として、上位者として……

 なにより淑女としての振る舞い。


 「……」


 だが俺は、逆にその一寸の隙も無い”蒼い美姫”から、僅かな違和感を感じ取っていたのだった。


 「……治癒呪文ヒーリング


 了承を取る事無く回復呪文を唱える俺。


 「っ!?」


 美少女は驚きで蒼石青藍サファイアブルーの二つの宝石を丸く見開く。


 俺の手は目前の美少女にかざされ、その少女の右手のあった箇所に……

 包帯が何重にも巻かれた切断面に……


 シュワァワワァーー


 一時、光が灯ってからそれは大気に溶けて消えた。


 「あなたっ!何を勝手に!」


 思い出したかのように、美しい蒼い瞳を俺に向けて噛みつく少女だが……


 「根本的な治療にはほど遠いが、これで痛みは多少マシだろう」


 「ぅ……」


 なんと言うことも無い態度でそう返す俺に、竜の美少女はぶつける予定の文句を飲み込む。


 ――竜人族の誇りかなんか知らんが、なんて意地っ張りなんだ……


 そもそも俺の治癒呪文ヒーリングはレベル3程度、回復術士ヒーラーとしては中の下だ。


 とはいえ、例え俺が”大神官ハイ・プリースト”だとしても、千切れた腕を再生する魔法なんてものは存在しない。


 この世界では治癒呪文ヒーリングはあくまでも傷の基本的治療をするもので、それ以上でもそれ以下でもない。


 高位種族によっては再生という特殊能力を所持する場合もあるだろうが、竜人族には……少なくともこの少女には、どうやらそういったスキルは無いようだ。


 「……どういう」


 「ん?」


 「どういうつもりなの……あの時の目眩めくらましといい、今の治癒呪文ヒーリングといい、貴方あなたっ!」


 ひた隠しにしていた痛み……弱みを感知されたのが悔しいのだろうか?


 竜の美姫はそう言いながら俺に詰め寄ろうと一歩踏み出した。


 スッ


 「なっ!?」


 しかし彼女の足は俺に近づく前に踏みとどまる。

 間抜けな声をあげて……


 「返すのはやぶさかでは無いが……その前に約束はして欲しい」


 竜の美姫が思わず留まったのは、俺が”彼女の忘れ物”を目の前に差し出したからだった。


 ――白くて滑らかな肌の美しい女性の腕


 今朝方、拘束から自力で逃れた俺は、唯一残された”斬り捨てられた腕”を調べた。


 肘から下の部分、竜戦士ドラグーンの右腕は、色こそ蒼石青藍サファイアブルーで美しいものであるが同時に武骨な鎧でもある籠手こてに覆われたまま。


 俺はそれを丁寧に外して、素の状態の腕を確認した時に……


 あの時の竜戦士ドラグーンが女であると確信した。


 ――巨躯の竜戦士ドラグーンの腕らしい大きくゴツい籠手の中身は二回り以上小さい女の腕


 そして、その彼女がそれを取り返しに来るだろう事も……だ。


 「……斎木さいき……はじめ……取引しようと言うの?惰弱な人間種如きが、竜人族の……偉大なる閻竜王ダークドラゴン・ロードが血を受け継ぐ……この私……にってぇ!え、ええーー!?」


 蒼い宝石を不適に光らせ、余裕の笑みでそう言いかけていた少女は、一転、クールな表情を崩壊させて可愛らしく叫ぶ。


 「クンクン……クンクン……」


 「ちょっ!ちょっと!貴方、なにを……」


 「クンカ、クンカ、クン……ぷはぁぁっ!」


 俺は持ち主の前で堂々と、手中の”逸品”に鼻を擦り寄せて香りを堪能していたのだ。


 「あ?お気になさらず、続きをどうぞ」


 そして俺は、ご大層な身分らしい言い回しをする竜姫にそう促す。


 「へ?でも……あ……偉大なる閻竜王ダークドラゴン・ロードが……受け継ぐ……この私に……て!無理!ムリムリ!むりでしょうぉぉっ!!」


 「ちっ」


 ――王族なのに些末事に拘る了見の狭い美少女だなぁ……


 勿論その間も俺は、この至高の香りを堪能していた!……お


 ――おぉ、甘い香り……ふぁぁ!!


 「じゃなくてっ!!なんで匂いをっ!」


 ――なんで?異な事を


 「いや、嗅ぐだろ普通?いやさ!嗅がずには居られないだろうがっ!!こんな綺麗ですべすべで、すごぉぉく良い香りのする逸品だぞぉぉっ!馬鹿か?お前」


 「あ、あうっ……」


 自信満々に返答する俺に、竜の美姫は絶句していた。


 そして更に後方へ二、三歩蹌踉よろめく。


 「し・か・も・だっ!!持ち主はこんなに美少女ときた!!くぅーー萌えるねぇぇっ!こんなことなら今朝方だって……ああじゃなくて、こう、もっと色々と……くそっ使えたのになぁぁっ!!」


 そして俺は色々と不謹慎なことを妄想しつつ、心底後悔していた。


 「なっ……なっ……!」


 俺の熱い言葉に、見る見る蒼き竜の美姫が蒼石青藍サファイアブルーの瞳は涙目になってゆく。


 「ああ、だからお気になさらず続きを……そうだな、出来たらできるだけ長く……こう、わたくし、生まれも育ちも竜の国です、帝釈天で産湯をなんたら、姓はアラベスカ、名はマリアベル、人呼んで…………的な?」


 「ばっ、ばかぁぁぁっーーーー!!」」


 ガコォォ!!


 「ぐっぐはぁぁっ!!」


 突如打ち込まれる見事な左ボディブロー!!


 俺の体は”くの字”に折れ曲がり、なすすべ無くその場にへたり込んだ。


 「が……は……いや……さ、流石は竜人族……世界を狙える……左だ……」


 俺は腹を抱えながら両膝をついたままで……


 「この……ばか男」


 ちゃっかりその間に自分の右腕を取り返した蒼い竜の美少女に見下ろされていた。


 「斎木さいき……はじめ……さいっっていっ!!」


 少女は上から思いっきり軽蔑の視線を俺に投げ捨てる。


 蒼く輝く蒼石青藍サファイアブルー双瞳ひとみ……


 ――ぶるっ!


 「お、おぉっ!!」


 ――軽蔑に染まっても、いや、だからこそ?その双瞳ひとみは最高に美しい!


 俺の魂は震えていた。


 ――そうだ……相手がこんな美少女なら、”最低っ”て言われるのも悪くない……とか


 俺は”新たなる性癖に目覚める”かもしれなかった。


 「って?……なんでちょっと笑ってんのよ!ばかっ!」


 ドカッ!


 ガスッ!


 「うわっ!やめて!痛てっ!やめてぇ!」


 いや目覚めなかった。


 普通に痛い……


 「いて、やめっ……ち、千切れた右腕で殴るなって!……お、お嬢さん!それちょっとホラー……ホラーですよぉぉっ!!!!」


 さい はじめは寸前の処で、決して引き返せない”変態アブノーマル”への渡橋を免れたのだった。


 第二話「蒼く輝く竜の美姫」後編 END

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