第3話「聞かなきゃ良かったわ」後編(改訂版)

 第三話「聞かなきゃ良かったわ」後編


 「で……Version6リリースで新しく追加された魔王ボスキャラを最初に倒した特典がこれってどうなんだ?」


 俺はツッコミを入れる。


 「ですか?とても幸運な特典だと思いますが……」


 目前には、軽自動車ほどの大きさもある光の塊がフワフワと浮遊し、さらに俺自身も何も無い空間に漂っていた。


 「…………というより、どこ?」


 「いやぁ、説明しても理解出来ないでしょうし……そうですね、”特例斡旋所”とでも解釈してもらえれば」


 ――斡旋……頼んでない……


 光は明るく、または少し色調トーンを落として、瞬きながら女性のような澄んだ声で応える。


 「いやいや、絶対おかしいだろ!”闇の魔王達ダークキングス”と同じ世界観の異世界に転移するって?」


 俺は”闇の魔王達ダークキングス”のVersion6リリースと同時にそれをひたすらプレイしていたが……どうやら世界で一番早くクリアしたらしい。


 クリアした瞬間、ラスボスである”第六の魔王”を倒した途端に、目の前に闇が広がり、天と地が無くなって……


 俺の体はこの謎の空間に、目前には謎の物体がフワフワと浮かんでいたのだ。


 ――正直、また幻覚かと思ったけど……


 今回は何時いつまで経っても幻覚は覚めない。


 購入してから連日の寝ずのプレイ……


 結構難易度の高いファンタジーロールプレイングである本ゲームを二ヶ月以上引き籠もり、独りソロでクリアしたのだから俺のその狂気ぶりが窺えるだろう。


 「え……と……かみさま?」


 最近とんとゲーム意外に使わなかった脳味噌をフル回転させ、目前の存在にそれらしい結論を出した俺に、その光は言った。


 「そう呼ぶ者もいますねぇ」


 「……」


 受け入れるも受け入れないも無い。


 俺は現実に?こんな状況に陥っているのだ。


 ――そして


 その神様っぽい光が言うのは、こういう事だった。


 俺の住んでいた世界と、ある異世界にはどちらも”世界樹ワールドツリー”と云われる木があるらしい。


 俺は此方こちらの世界で十七年ほど生きているがそんな木の存在は知らなかったが。


 とにかく何処どこかに在るらしい。


 で、その木、神木が各々の世界の意思……


 世界を形作り、管理維持している超超超高位意識体……


 つまり今、目の前にいる”光”ということだ。


 そして”光”は言う。


 俺が手に入れたPCゲーム、巷で流行っている”闇の魔王達ダークキングス”の世界観は、ある異世界を模して作られた物らしく、この世界で異世界を救える素養を持った人間を選別するために、異世界の神?に配布されていたのだと。


 で、目の前の光は、俺達の世界の神様?で、その勇者の素養とやらを持った人間を既に何人か異世界に送り込んでいるらしい。


 俺達の世界の神は、異世界の神が選別した人間を異世界に送り込み、その見返りとして”なにか”を受け取っているらしいが、それ自体は教えてくれなかった。


 「なんだよ、その選別方法……なんで俺が……」


 「ブーブー文句を言わない!私だってどうせ対面するなら、小栗旬くんや山田孝之くんの方が百万倍テンションがあがるっていうのに、こんな”引き籠もりコモリン”なんて!」


 ――いや……コモリン言うな!ってか、何気に非道いな神様


 ――あと、微妙に男の趣味偏ってないか?


 「えと、”木の女神”さま?……えっと……」


 俺は取りあえず聞き流して質問を続けようとする。


 「我々は大いなる世界意思とでもいう存在です、性別とかは超越しているのですよ」


 「…………」


 ――いや、けど今さっき、微妙な男の趣味が露見したばかり……


 「性別など超越しているのですっ!!」


 俺は自然と疑わしい眼をしていたのか、自称”超越者”である神様は、一際輝いて見せ、俺に有無を言わせない。


 「ゴホゴホ……はぁ……」


 「え……と、女神……神様?」


 突然、咳き込む?光の超越者。


 「すみません、すこし熱っぽくて、おなかもちょっと……」


 ――って、神様だろっ!?あんた!!


 と、口の先まで出かかったが……


 俺の今の状況を考えると、この神様もどきになにかあると俺も困ったことになるだろうから、ご機嫌を損ねるようなことを言うのは止めた。


 「だ、大丈夫ですか!?もしかして、実は邪悪な力の影響とかを受けてるとか!?」


 そして、俺は身の上に起こった予期せぬファンタジー展開に、なんとか頑張って自身の思考も寄せて推測してみせる。


 「いえ、これは”月のモノ”ですのでご心配なく(キッパリ!)」


 「てか!やっぱり女だろっあんたっ!!」


 「…………」


 「…………」


 ――超越者って……


 「どうしても私を女性として見たいようですね……はぁ」


 光は小さく瞬いて呆れた様にため息をつく。


 ――さっきから何気に芸が細かいな、しかし……


 「仕方ないですね、童貞で彼女いない歴イコール年齢の寂しい貴方が、女性どころか有機物とのコミュニケーションがとれないコミュ障の貴方が……会話できた数少ない相手である私をそう思いたいのなら心の片隅で勝手に想っても良いですよ、慈悲深く許可します」


 ――慈悲の欠片も無い言葉だ!


 光を見る俺の視界は滲んで見えた。


 「ああ、こんな無駄な人間の無駄な話をしている間にそろそろ時間が……」


 ――非道いな、いつほんと……


 「お、俺は一体どうなるんですか!?」


 不満は多々あるものの、今は取りあえずそれだ!


 「心配なさらずに……貴方は異世界では”超”反則級チート、ちょっとマジありえないんだけどぉ的な”卑怯”な……いえ、”偉大”な力を所持して転移するのです、楽勝です!”楽して儲ける必勝法!”といういかがわしい雑誌の隅に載ってる広告並に」


 「いや、それって怪しすぎて全然安心できませんっっ!!どうすんの?言語とか……お金とか……」


 ――くっ!……わざとか?わざとそんな言い方してるのか!?


 「大丈夫、全て問題なし、オールナッシング!転移場所も初心者歓迎の街からチュートリアル的な親切設計で始まりますし、超強い貴方はどこの国に行っても勇者として称えられるでしょう!」


 「そ、そうなのか……超強力な力で、安全な街から始まる無敵、無双、英雄確定、異世界モテモテライフ…………い、良いかもしれない……」


 全く信用できない自称、超越者の言葉であっても、ついつい、その甘い言葉ワードで俺の心は傾き……


 「いや、でも転移とかちょっと怖いし……なんか転移の瞬間、虫とか混ざって元の体に戻れなくなったりとか?」


 「懐かし映画”○○男の恐怖”ですか!まったく……私はもう既に五人も送り込んでいるのです、ベテランです!福留孝介並に!安心なさい」


 「お、おう、それもそうか……って、なんで縦縞球団!?」


 「いやはや、一時はどうなることかと思いましたが昨今の活躍は若手中心の打順にあって流石ベテランと……」


 ――いや、もういいって……野球知らないし……


 「そ、そうだな、一応神様だものな……えと、木の神様?」


 もう兎に角、駄話の部分は無視して進めよう。

 俺はそう心に誓いこの不毛な会話の要点を進める。


 「そうですね、しかし貴方がどうしても私を女性として妄想したいなら……そうですね、呼び名は取りあえず、貴方の言うところの”木の神”ですから、私のことは”木の実ナナ”とでも呼んでくれて結構ですよ」


 ――は?

 ――木の実……ナナ?


 「彼女いない歴一生涯の、女っ気の欠片も無い貴方の卑しい脳細胞の中で、せめて妄想だけでも散々に弄ぶ事くらいは許してあげましょう」


 「全力で断るっ!」


 自称超越者、神の如き存在は、心持ち優しく光ってそう告げる……


 ――ってか、ほんとに芸が細かいな!そんな事にばっかり力いれてんじゃねぇ!


 ――だいたい、なんでここまで悪し様に言われ続けた上で……許可された異性の名が木の実ナナ!!妄想でもそのチョイス……いや、それよりお前今、”一生涯”って言ったよね?なんか俺の”彼女いない歴”グレードアップしてるよねっ!?


 「か、神様……流石にそれは……」


 「では行きます」


 ――はっ!?ここに来ていきなり!!


 「私は忙しいのです、では」


 ――勝手だな、おい!


 「はぁぁぁぁーー転移解……」


 ――ゴ、ゴクリッ!


 とはいえ、選択肢の無い俺は、固唾を呑んで……


 「ほうっ!……ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」


 だが、言葉が完了する前に、絶妙のタイミングで怒濤のように咳き込む女神!!


 ――おっおいっ!?


 「…………あ……ちょっとズレた?」


 キュイィィーーーーン!


 有無を言わせず、浮遊した俺の体が次第に薄くなり……


 「あ?……いま”あ?”って言ったよね!?ね!?その後なんか不穏な言葉も……」


 「……」


 「お、おい黙るな!おい!」


 「ああはははははあは!」


 「お、おぉぉぉぉーーい!!」


 ――

 ―



 「てな感じでだな、この”ユクラシア”という世界に俺が来たのがおよそ三年……いや三百年前で……」


 そこまで話したところで、俺は正面に座る少女を見た。


 「……」


 竜の美少女……蒼き竜の美姫。


 彼女の蒼石青藍サファイアブルーの如く輝く二つの宝石はご機嫌麗しくないように細められ、桜色の唇は言いたいことが山ほどあるが触れたくないとばかりに結ばれている。


 「うっ!?」


 ――つまり……メッチャ呆れていたのだ


 「お、お前が”異邦人”のこと聞きたいと言うから話してやったんだぞ……」


 ”異邦人”とは、この世界に出現した”勇者”つまり、俺の先達や後輩達だ。


 この世界、ユクラシアでは考えられない基礎能力や特殊能力スキルを所持した反則者チート達の総称だ。


 「はぁぁ、聞かなければ良かったわ……こんな駄話」


 ――だっ、”だばなし”!?……ひとの人生を……なんて容赦の無い……


 「兎に角っ!貴方はそうやってこの世界に来たと言うのね……」


 「ああ、ヘンテコ女神?の手違いで転移直後に”先達勇者チート”と魔神?の戦いに巻き込まれて死んだ……あ、直ぐ生き返ったんだぞ、ゾンビとかじゃないからな!」


 蒼き竜の美少女は、あからさまなため息と共に白い指先をおでこに添えた。


 「……で、貴方はそのせいで”神の恩恵”が無いと、普通の人として転移してしまったと?」


 因みにくっつけたばかりの右腕は未だだらりと下がったままだ。


 竜人族ともなると千切れた腕も簡易治療で元通りなのか、便利なものだ。


 「ああ……死んでも一度だけその直後に生き返るって事と、あとひとつ……普段は全く役に立たない能力があるが、それ以外はごく普通の一般人として転移した」


 俺の言葉を相変わらず頭を抱えて聞きながら、彼女の蒼い瞳は俺を見る。


 「その程度の貴方がどうやって……」


 ――どうやって?


 それはきっと、”勇者殺し”の事だろう……


 「それは……色々と苦労したからなぁ、三百年も……最初は言葉も解らない金も無い状態だったんだぞ!」


 そこで蒼い竜の美少女……マリアベル・バラーシュ=アラベスカの瞳がキラリと光る。


 「それ、前の時から気になっていたのだけど……なんで人間の貴方が三百年も……」


 「あ、ああ?話してなかったっけ?俺、最初に殺された時、多分混ざっちゃったんだろうな」


 「混ざる?」


 「ああ、魔神?だっけ、とにかく最初に生き返る時、直ぐ傍で倒された魔神の魂と混じったっぽい?その時死んで次に生き返った時にはもう誰もいなかったから……何の魔神か見当もつかないけどなぁ……あははっ」


 「…………あ、貴方」


 今度こそ心底呆れた表情かおをした美少女は、そっと席を立った。


 「ああ、言っておくが”勇者殺し”は本当だぞ、三百年とちょっとで三人は殺った」


 「っ!!」


 その俺の言葉は、心底あきれ顔で去ろうとした少女。


 腰まで流れる清流のような蒼い髪と輝く蒼石青藍サファイアブルーの二つの宝石が特徴的な、薄氷のように白く透き通った肌と瑞々しい桜色の唇の美少女……


 閻竜王ダークドラゴン・ロードが第一王女、マリアベル・バラーシュ=アラベスカを立ち止まらせる。


 「受けても良いぜ、報酬しだいだけどな」


 そして俺は、ニヤリと口の端を上げ不適に笑っていたのだった。


 第三話「聞かなきゃ良かったわ」後編 END

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