第4話 最強【賢者】の地球帰還 PART4

 ーーグルルゥ……!ーー


「ーー止まりなさい! さもなくば……!」


 さもなくば、なんだというのか……


 黒髪ロングヘアー、目元がキリッとしたスタイル抜群美女が更に吊り目よりの目元を尖らせ、眼前に広がる黒獣に殺気を飛ばした。


 しかし、内心では既に諦めがある。

 それをわかってるからこそ黒い獣風情は顔からは考えられないコスプレ系魔女っ子美人を数匹で囲い込み襲いかかる一歩手前までに来てるのだ。

 その程度の殺気で獣達が蹴落とされる事は無い。

 ……別にエロい意味ではない。

 大切なことなので二度言う。決して エロい意味ではない!


「くっ……!」


 美女もわかっている。

 この状況下で不利なのは明らかに此方側だと。

 分かっている。 最初から用意されていた自分を使った死の物語。


 仲間者達に裏切られていた事に気が付かず、自分の為に死んでいった同士すらも棄て置いた自分では生き延びることなど不可能。


 ーーこの場で助かっても、必ず起きる身の破滅。


 それが遅いか早いかの違いだ。


 それならば……


(一匹でも多く道連れにして逝ってやる……!)


 決意は堅い。

 背中に抱える魔法箒を構え、閃紅なる魔力を纏わせる。


「ーーさぁ! かかってきなさい!」


 ーーっ!?ーー


 黒獣達は女が纏う魔力に反応して、少し後退を見せる。

 怖気付いた訳ではない。

 ただ驚愕しただけだ。

 人族としては多く、純度の高い魔力が広げられているからに他ならないからだ。


 黒い獣達は油断ならないだと初めて定めた。

 知能はない。

 ただし、直感や野生の勘は人間よりも良く冴え渡る。

 だからこそ、本能的に使う力を底上げし、油断なく相手を燻すようにジックリと攻めて行くことに決めた黒獣。


 この囲い込みはその為の布石になる。

 勿論、獣に知識はない。

 それにしては統率された動き。

 いや、操られている感覚が魔女っ子美女には感じられた。


 現に彼女は誰がこの状況を作り出したのか分かっている。


(ーー全く、厄介な事してくれるわね……!)


 心の中で舌打ちをする。

 悪態も吐きたくなるのも仕方がない事。

 だが、そんな事を言ってられる余裕は今の所無い。


 ーーグルゥゥ……!ーー


 低い唸りが耳を刺激し、ジリジリと迫ってくる死の恐怖を唇の端を噛み切る事で絶った。


 誰にでもある死に対しての恐怖を若干十七の女の子が自身で断ち切る事の異常さもこの場合は関係ない。

 それだけの経験を積んできた。 ただ、それだけの話だ。


「ーーさぁ、来なさい! 私が手負いだと思ったのならその思想ごとブチ抜いて殺るわ!」


 ーーグルゥゥ……!?ーー


 なまじ、少女から放たれる言葉ではないが、明確なる殺意を含んだ視線は確実に黒獣達に突き刺さった。


 意識は朦朧としているかもしれないと自覚していながら、尚、生きる事を諦めようとしない姿勢。


 それでありながら、自分の弱さによって産んだ悪意は彼女自身の心を蝕み、実際死んでもおかしくない状況を何処か受け入れた様子を見せる。


 矛盾。

 彼女は生きる事を“望み”ながらも、心の奥底に眠る暗い部分では“諦め”がある。

 これを矛盾と呼ばずなんというのか。


「ふぅ……」


 過る。

 頭の中……その奥に眠る深層心理が過去の思いと記憶を呼び起こした。


 思い出しても良いことなどあったことがない。


 夢と現実の区別が出来ない子供が幾らでもいるように、生と死の違いがわからない大人がいたとしても何ら不思議な事ではないのだ。


 自分に相応しい死に様など当に決まっていた。


 自らこそが頂点と勘違いしていた少女。

 所謂、独裁者。

 その成れの果ては民衆の怒りを買ったことに対する自滅。

 自壊が確定した未来しか待ち望んでいない。


 そういう教育しかされてこなかったのだ、生き方が人と違うことなど最初からわかっていた。


 この世ならざる力を持つ自分が世間一般的な暮らしが出来るはずもないことなど分かりきった事である。


 それでも……


“ーーそれでも、そう生きられたのなら……”


 そうだ。

 それは理想論。

 叶うはずもない自願。

 空想の御伽噺。

 神秘なる力を持つ自分が一般的な《幸福》を掴もうなど、傲慢な話だ。


 何より……


「スゥ〜……フゥ〜」


 深呼吸をして、魔力を元素と結合させ、イメージの増幅の為の詠唱を開始する。


 決意だ。

 何より、彼女の誇りと仲間たちの思いがあるから、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。

 最終的に死を免れないとしても、最後の最後まで足掻くことで一%の可能性があるのなら、賭けない手はない。


(死んでいった仲間の思いをこんなところで消してたまるものですか!)


 ーーグルォォォォォォ!ーー


 黒獣は魔力の質の変化を本能的に感じ取り、体勢を変える。

 本能的に察した魔力の流れを掴んだ結果動いた獣達の箇所は悪くないどころかベストポジションだ。


 一匹一匹が眼前の魔女っ子を超えることなど出来なくとも、苦戦させることは可能な戦闘能力を持つ。


 ならば、二匹以上が生き残れば、魔力を使い果たした彼女に勝ち目など無くなる。


 本能的に生きている獣にしては何とも理知的で理性的な判断であるが、それを理性ではなく流れを読み切る本能と獣の感がこの魔獣の恐ろしい所である。


 つまり、【詠唱魔法】による広範囲魔法であったとしても、数十メートル離れた位置に潜んでいる仲間の元に魔法が届くことなどは無い。


 況してや【詠唱】に集中と時間を割いてしまっている彼女に其れを察するだけの判断能力は今はまだ無い。



「ーー天を刺し、地に振り立つ破滅なる雷槍が怒りを奉る」


 光。 否、雷光が紅色に輝き、箒に纏わりつく。

 正に、破滅を導かんとする程の圧力が彼女の周りを支配する。


 途轍も無い破壊力を含むであろう紅雷光がさらなる輝きを見せるために畝りを上げ始める。


「ーー真紅の罪状。 雷火なる刹情。 規範なる蓮城。 総てを呑み込みし雷神が汝の罪過を持って顕現する!」


 箒が突発的に輝き、辺りを紅色に染め上げた。

 視界がボヤけるほどの唐突な光に誰もが嘆いた。


 ーーギャピィィイ!ーー


 あの絶対的絶望の塊である黒獣でさえ、あまりの強烈な雷光に反応できずに視界を奪われてしまったのだ、そこらに存在する野獣風情が喚かない方が可笑しいのだ。


 嘆きが耳に届く。

 少女は嗤う。

 そして、謳う。 高らかに咲き誇る雷華の神命を……!


「ーー【雷装魔法】・『紅雷神槍グングニル』……!」


 北欧神話にて生まれた最強の魔槍。

 トールやロキの義父に当たるオーディン、また、大英雄であるクーフーリンが使用していたとされる最恐の槍。


 雷属性を帯びたその魔槍は心臓を焼き穿ち、天地すらも覆す因果応報の死奏曲。


 そんな雷神の放つ一撃を持つ神装を一人の魔女っ子美女が構える。


「ーーハァァァァァァァ!」


 何ともユニークな光景ではあるが、現段階では生き残る唯一の道筋が経ったのだ。 そんな事は関係ない。

 雄叫び。

 少女が死力を尽くして放った紅き雷光の槍はこの一帯の森を灰燼と化させるのに一瞬もいらなかった。


 ーー…………っ!?ーー


 その一撃は紅い雷光の柱を数メートルの高さに立ち上げ、この一帯周辺にある電波塔に異常をきたしたが、そんな事を考える余裕は今の少女には持ち合わせてはいなかった。


 黒獣達は瞬く間に過ぎていく絶望に目を丸くしたまま呑み込まれていく。

 逃げる事はおろか、喚くことすら叶わない最強の雷撃。


 ーー正に圧巻であった。


「ーーはぁ、はぁ……」


 大きな胸を上下させ、呼吸を大きく乱していた魔女っ子美女はその場でへたり込むように倒れた。


 あたりはすっかり見通しの良い状態になり、静寂だけが彼女を迎え入れた。


“ーー今すぐにでも気を失いたい”


 深い微睡みに落ちたいと本能が囁いてくる。

 その証拠に美女は指先一つ動けないのだ。


 ーー魔力枯渇ーー


 彼女の魔力は先程の紅い雷の槍で総てを使い尽くした。

 そんな状態で、体を動かすことは自殺行為である事は彼女自身が何度も見た光景で理解している。


 ーーしかし、それでも。


 彼女は涙を頬に流しながら、笑った。


“ーー勝った。 生き延びたのだ。 私を救ってくれた皆の仇が取れたのだ”


 喜びと共に起こる虚無感。

 だが、それでも……


 ーー彼女は生き残った。 その事実は変わらない。


 矛盾していた感情は既にない。

 生きたいと最終的に願ったからこそ先程の一撃が出来たのだ。

 生半可な思いであの魔法が使えるのなら、ここまで死に物狂いで逃げたりはしなかった。


 つまり、賭けに勝った。

 自分はまだ生きていいのだと言ってくださったのだ。

 誰が?

 決まっている。


「ーーありがとう。 皆。 私、皆の仇を討ったよ。 そして、次は首謀者を……!」


 そう、総てが終わったわけではない。

 仇を撃ったと言っても、所詮は差し向けられた魔獣だ。

 それを操っていた首謀者がまだいるのだから。


 だからこそ、今は感慨に耽っている場合ではないのだ。

 直ぐに起き上がって、体勢を持ち直さないと……


 ーーしかし、彼女に仕向けられたのはあの獣だけではなかった。


 ーーウォォォォォォォォォオ!ーー


「う、そ…………で、しょ?」


 耳を疑うような音。

 辺りの空気を支配する圧倒的存在感。

 青い表皮が最高の硬さを誇る事を少女は知っている。

 容易に三メートルを超える巨体にかなり太く強い筋肉から放たれる右腕の大剣は力任せながら大地を揺るがす程の威力を持つ。


「ーーふざけないでよ。 私達を何処まで……!」


 先程の獣が可愛く見えるほどの怪物が大きな眼光で獲物を確認する。

 目は充血し、辺り一帯を粉砕しきらないと気が治らない様子だ。


 ーー破壊人・オルニクスーー

 ✴︎準S級の危険度を持つ怪物が少女を活かすまいと唸りを上げて迫ってきていたのだ。


 ✴︎準S級とは魔法協会が定めた最高難度から一つ下の危険度のことである。

 このレベルになると一国の軍事レベルと同等かそれ以上の戦力を投入しないかぎり一国が滅びる可能性がある事を指す。

 因みにランクはS〜準C級までがある。


 ーーウォォォォォォッ!ーー


 巨人の雄叫びが周辺を吹き飛ばし、彼女も例外なく木に突き飛ばされた。


「うぐっ……かはっ……! ぁ、…………ぃ、き、が……ぁ……!」


 容赦なく叩きつけられた。

 危ない。 いや、そんな表現ですら生ぬるい。

 自身の存在が霞むほどの強大な敵。

 寧ろ、この戦力をどうやって呼び起こしたというのだろうか。

 まさか、制御など出来るはずもない。

 それなのに何故、此方を一方的に捉えることが出来るのか?


 ーー決まっていた。


(ーーそういう、ことですか)


 これは最初から決められていたことなのだ。


 少女は理解した。

 これが誰の指図なのかを。

 裏切りを働かせたのは自身が一番信用していた人物達であったことに胸が締め付けられるような感覚に陥る。


「ーーあ〜ぁ。 結局、生き残る事が出来なかったわ。 ゴメンね皆」


 儚い言葉が静寂の夜に響いた。

 巨人は止まらない。

 右手の大剣をブンブンと大振りながらも確実に仕留めるために近づいてくる。

 死のカウントダウンはもう始まっている。


 夜空を見上げ、最後に微笑みを向け、巨人の視線から見ているであろう主犯達に心の丈を伝えた。


「ーー一生、呪いますね。 お父様、お母様……!」


 それと同時に巨人の大剣が振り下ろされーー!


「ーー【神焔魔法】・『神焔剣楼レーヴァテイン』!」


「……えっ?」 ーーウォォォォ?ーー


 対峙していた少女と巨人から形容し難い状況に戸惑いの音が漏れた。

 しかし、それは仕方がないこと。

 何故ならば……


「ーー大丈夫か? そこの魔女っ子」


 目の前に颯爽と現れた黒髪紅目の黒コートが微笑みを少女に向けながらも煌びやかに輝く聖剣にて破滅の一撃を片腕で受け止めていたのだから。


 そして、黒コートは唖然とする少女の様子を見てから、巨人を一瞥する。


 ーー?ーー


 ただでさえ理解し難い光景が映し出されるなか、黒コートは巨人を見てぽつりと呟いた。

 それは明確なる勝利宣告ではある。

 あるのだが……

 あまりにもふざけた言葉であった。


「さぁて、チャチャっと片付けて一旦家に帰るとするか……なぁ、カス魔物」


 言葉が理解できない魔物。

 しかし、雰囲気と青年の余裕ぶった態度から舐められている事に気がつき怒声を喚き散らす。


 ーーグォォォォォォッ!ーー


 天地をひっくり返さんと言わんばかりの咆哮が世界を激震させる。

 強烈な波動がゼロ距離から放たれ、青年と少女の体を消しとばしたーーように見えた。


「ーーおいおい。 本当にクソ雑魚かよ。 俺を呆れさせないでくれよ」


 ーーグォォォォ?!ーー


 発声することが出来たのなら、間違いなく『なんだと?!』と慌てふためく言葉が漏れていたに違いない。


 しかし、現に彼は生きている。

 しかも、右手に聖剣を構えながら片手で少女を抱きかかえているので勿論、少女も無傷である。


 普通の少女なら顔を赤面させビンタする場面であるが、既に満身創痍な上にありえない現状に頭を抱えているのでされるがままになっている。


 唖然とするしかない少女の顔を見て剣は何処かで見たことがある事に気が付いたが、今のところは関係ないと見て、ほっておくことにした。


 なんにせよ、腕の中でジッとしてくれるのなら、この程度の魔獣は目を瞑っても魔法を封じても勝てる。


 だが、念には念を……


「さて、終わりだクソ雑魚野郎。 お前に相応しい死は焼死だ。 俺に出会った事を後悔して憎んで逝け!」


 ーーグォォォォォォオ!?ーー


 青年が地面を蹴る。

 見えない速さ。

 この世の生物ならどんなスピードでも目視することが出来る能力を持つ巨人でも剣の前には無力だった。


 まさに神速。

 コンマ数瞬という間など存在しない。

 既にその場にいると勘違いしそうになるほどの速さ……いや、速さなどで言いくるめられるほど柔なものでは無い。


 武の中にある仙術の一種である【縮地】といった方がまだ分かる。


 だが、違う。

 あれはただの移動だった。

 剣が足に力を込めて単純に巨人の前に近づいただけのダッシュだったのだ。


 魔力も技術も何も使っていない単純な走り出し。

 それが人智を超えた者が行ったと誰が理解できようか。


「ーーふっ!」


 剣が片手に持つ聖剣にて巨人を斬りつけると同時に傷口から黄金色の焔が噴き出す。


 ーーグギャァァァァァァ!ーー


 屈強な体が段々浄化されていくように光の粒子となりて夜空へと登っていく。


 一つ一つが星に帰っていくように見えるほどの幻想的な光景に少女は目を奪われた。


 それは救いの一刀。

 剣が追い求めたのは【理想一刀】。

 ーー救えるものなら全てを救うと決めた者にしか扱うことが出来ない剣戟の極地。

 技術スキルでありながら、根底から救いを信じるものにしか扱えないモノ。


 このスキルの効力は至極簡単。

 ただ原初へ帰すだけ。

 戻らない過去。 やり直せない人生や神生。 後悔したり嘆いたりしても戻ることだけはできない。

 止める方法は幾つかある。 それでも、戻す事だけは間々ならない。


 だからこそ、このスキルは存在する。

 戻す事は出来なくとも、心を浄化し次代へ繋ぐ架け橋になる一刀。

 それがこのスキルの脳力。

【理想一刀】である。

 理想を追い求めた者にしか手に入らないスキルの正体だ。

【魔王】も同じように浄化され、次の生を謳歌している事であろう。


 そして、全身に焔が廻ったと同時に巨人の巨体が一瞬にして灰になり、風に乗って空へと舞った。

 これによって、巨人にも救いが訪れたのだ。

 聖なる焔によって浄化された心は次の次代へと流れ着くのだから、次は幸せであって欲しいと剣は心の中で強く願った。


 そして、一仕事終えた剣は少女をゆっくりとその場に下ろす。


 その瞬間、今迄唖然としていた少女が顔を蒼白させた状態で慌てて尋ねた。

 これが始まり。


 総てを救う為に産まれ、救うために世界の覇者となる異世界最強の【賢者】と、その妃となる【魔法使い】の魔女っ子美女のファーストコンタクトであった。


「ーー貴方は一体何者?」


 彼女の真剣な眼差しを受けた剣は気恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた。


「ーー俺は【賢者】だ」


 迷いなく放たれた言葉は少女を更に困惑させることになったのだった。

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