第10話 【賢者】の狂乱劇

「ーーーさて、と。この世界にも相当な術者が存在する事が分かったことは僥倖として……はてさて、どうやってブン殴るかな」


 自然と口元が緩み鋭利な犬歯が見え隠れする剣の表情は何処か獰猛な牙獣の本能を現しているかの様だった。

 魔力を右手へ流し込み、随時、魔術式を展開し何時でも【魔弾】を放てるようにする。

 紅く染まった眼光が未だ見えない敵へと向けられた。

 剣は自前の【魔導解析】がある為に魔力の質及び流れを自然と掴むことが出来るので、彼は何処に術者がいるのか直ぐに解る。

 よって、術者を直ぐ様に叩き潰すことは容易ではあるのだが、それでは面白くない……


(ここまで盛大な魔法(祝会)を開いてくれたんだ。暫くは遊んでやってもいいだろう? それに、この世界の魔法がどの程度の級位なのかも見定める事も出来そうだしな)


 日神 剣。女神によって異世界召喚された経緯を持つ【賢者】。 そして、彼が異世界で越えてきた数多の死線。 そこから導き出された倫理的価値観は常人では考えられない【狂戦士バーサーク】と成り果てるのには十分な素因だったのだ。


 恐らく、この世界での剣しか知らぬ者達ざ彼の変貌具合に愕然する事は間違いない。

 何せ剣の無頓着具合は広く周知されているのだから当然だ。だからこそ彼が此処まで執着的で残忍な笑みを隠す事もせずに敵意丸出しで佇んでいる事が違和感でしか無いはずだ。

 しかし、陰りが生じた双眸の奥にある一つの恐悦が彼を【賢者】へと至らしめた口火となった事に変わりはない。


「クックック……さぁ、始めようかな? この世界に戻ってきて最初の喧嘩聖戦をなッ!」


 狂乱美とも取れる悦声が校内の廊下に木霊した。

 異世界最強【賢者】は愉悦を噛み締めながら、学内を徘徊する数多の存在敵影を殲滅へ誘う為に一歩、また一歩と確実に歩を進めていく。

 今から引き起こされる事象は〈喧嘩〉や〈戦闘〉……況してや〈聖戦〉などでは無い。
































 



 ーーー只の〈虐殺エゴ〉である。

























 ◇


『ーーーう〜むぅ、貴様が【姫】が言っていた【賢者】とやらか……ふむ、存外普通の小童にしか見えんのだがなぁ〜』


 廊下目一杯に存在する圧倒的支配権を持った男蛇人が軽い獲物が来たと認識し、強大で密度の濃い赤雷を纏った魔力を放出する。

 しかし、眼前に立つは外見が至って普通の少年だ。 一つ特徴を取り上げるなら、眼が深紅色であることだけだろうという事。

 それ以外は極めつけて目立った所は無く見た目からの凡人である。


 一国を滅せるだけの実力者の本当の力量を測ってきてほしいと主人に頼まれた故に彼、『ヒュミル』は縦に瞳孔が開き切った黄金色の蛇眼に捉える平々凡々でありながら泰然自若な少年へ多少の呆れを含んだ声色で尋ねる。


 ここでまさかとは言え主人が間違って部外者を招き入れたとしたら大問題でしかないのだ。


 もしもの時はその者を抹消した後に事後処理までもを請け負わなければならない。もしかすれば主人が何らかの保護処分を受ける可能性は十二分に考えられる。何せ、先日彼女は同志だった筈の者に裏切られ命を失いかけた寸前だ。よもやこの任務が失敗に終われば又彼女の生命に危険が及ぶという最悪の事態も考え得る。


 しかし、魔物としての本懐としては強者と渡り合いたいのが常であり、本能的な欲求なのだ。だからこそ、これ程までに正気の失せた少年が一国を揺るがす程の実力を保有する存在とは到底思えず、やはり人違いという懸念を抱かざるを得なかったのだ。


『おい、小童。 貴様は本当に【賢者】とやらなのかどうかだけ聞かせろーーーなに、我が主人からの勅命でな、下々の貴様が天下を超越せしチカラを保有しているかどうかを確認してこいと承っている。 だが、部外者ならば即刻立ち去り、この事を黙ーーーヒギィッ!?』


「あ、悪りぃ……ちっとだけ強く殴りすぎたかもーーーでも、なんかイラついたからこんぐらいは許してくれよ、な? www」


 剣は相手の言葉を最後まで聞く事無く魔力で固めた右鉄拳を容赦なく蛇男の下腹部へ殴打した。


 呻きを挙げるヒュミルは情け無く蛇足をジタバタともがかせる。長く特徴的な舌がシャーッ! と天井へ向かって突き出され、白色な肌が青紫へと変色していた。

 明らかに尋常では無い痛覚を涙目で訴えかけて顔を歪めるヒュミルの姿はあまりに滑稽で魔物としての威厳もクソも合ったものではなかった。


「ブフッ……! ははは……ッ! あ、あ、あれは(笑)。 け、傑作だろぉ(草) どんな顔の構成してんだよッwww」


『グゥ……フッ! ガボォアッ! き、貴様ぁああああああああッ!』


「お! やっとやる気出したか? これで思いっきり殺れるのか? うん? あ、てかお前の図体だったらこんな狭い廊下じゃなくてもっと広ーーーおっと!」


『チ! 外したかッ! だが、必ずやこの我輩を愚弄した罪過を償わせてやるぅぅうッ! 自らが犯した禁忌に嘆いて逝ねぇええええええええええええええええッッ!』


「おうおう♫ 存外に頑張ってくれよぉ〜」


 内心煮え滾る憤然の感情を面で現し、眼の前の嘲り笑い続ける少年を羅刹なる形相で捉える。

 奇襲として宛行われた鉄拳からの復活速度は尋常ではなく、さらには鉄筋を軽く溶かすほどの溶液を吹き付けたが剣は視認したまま躱した。

 しかし、剣は先程までとは打って変わり警戒心を残したまま嘲笑を浮かべる。

 それは相手の殺気や実力、能力までもを配慮した上での警戒心。雑魚相手に馬鹿みたいに警戒していたら忍耐力と精神力が保たない。

 だからこの魔物はする必要性があったのだ。


 危険度だけを見れば昨夜のオルニクスよりも俄然下としか思えない風貌と魔力量であるが、奴に備わっているものはそれだけではない。


 恰も当然の様に人語を喋っている時点で知性の高さは伺える。この魔獣は他の魔獣と違い理性を持ち合わせた生命体だ。

 ここまでピーギャー! としか喚くことしか出来ない雑魚と同等に扱えば痛い眼を見るのは此方かもしれないと、剣は自身の経験則から導き出し、昨夜のオルニクス以上の警戒心を持った。


 激昂して冷静に物事を考える事が出来ないヒュミル。

 当然、知性を欠いた魔獣を相手にするのは簡単だが、彼を即刻消滅させるのも勿体無い。

 何せ人語を話す魔獣など片手で数えるぐらいしか見た事がない。


 どれもプライドだけは高く見栄を張りたがる曲者揃いだったが、彼等を素体サンプルーーーもとい、モルモットにして調教実験すれば直ぐに素直になった。 けれども、あまり有能な結果は得られず結局は召喚獣として使役する事で彼等の面倒を見ている。


 だからこそ、目前の素体がどれ程の知性を有し、何処からその知識を得たのかという事を解明する為ーーーゴホン。ではなく、あとどの程度の魔獣が使役されているのかを聞く為に捕虜として捕らえておく事が最善手と判断した。


「♫〜♫♩〜」


『クソッ! な、何故だッ!? 何故、我輩の【毒液】が当たらないッ!? こんな狭き場所で何故身のこなし軽く回避ができるのだッ!!』


 右往左往と散弾として放たれる毒液をどこ吹く風で鼻歌交じりで回避する剣。

 時に床を這い、時に壁を蹴り、時に天井へ避けるをタイミング良く繰り返す。

 毒液を放つヒュミルは焦燥する。

 さも当然のように視認しながら必殺を躱す少年の技量や戦闘能力にではない。勿論、その力量も計り知れないものと理解はしている。

 されど、彼が尤も焦る理由はまた別。

 悪態付くのは仕方がない。剣の腕が立つ事は明白なのだからそういう事も有り得る。

 そう、問題はのだ。


(強者の余裕? ふん! そんなものではないッ! 奴の面に浮かぶのは喜悦だッ! まさかとは思ったが……此奴、この戦闘を只の戯れとーーーッ!)


 その瞬間だった。


「成る程……よし♫ お前、今から俺の召喚獣素体に成れ」


『ま、待てッ! き、貴様ッ! 今のルビは明らかに可笑しーーーッ』


 スタッと宙を舞っていた剣はヒュミルのら背後を取り、その威風堂々たる気魄で相手を見詰める。

 それには淡麗なる意志が含まれており、戦闘時の殺伐とした空気から、膠着状態の剣呑な空気へと変化した。

 ……それが命取りになるとは知らずに、ヒュミルは一瞬だけ警戒心を

 その瞬間、剣はニタリと嗤った。


「〈悠久ノ牢獄、輪廻之塊根、焔神ヲ崇メ奉ル神子ヨ、我ガ悪霊封鎖ヲ以チテ、夢境ナル煉獄ヲ創建セヨ〉ッーーー【神焔魔法】・『焔之牢鎖』ッ」


 僅かにーーーされど、確かに聞こえた高速詠唱呪文。神業的な口上で即座に魔術式を構成し魔力を練り上げる。その直後に無我なる焔之鎖が無数に現れた魔法陣から放出され、ヒュミルへ向かって突き進む。


『ーーーッ!』


 それを逸早く察する事が出来たのは獣故の野生の本能が成せる業か。

 身体を半身ずらし、直感に任せてヒュミルが鈍重そうな身体を機敏に反応する。


『グゥッ!? な、なんだこの鎖はァッ!?』


 木目の床下を貫く焔を纏った鎖が眼前に迫ってくる光景が過り、冷汗を禁じ得ないヒュミルからは竦然の意志が見受けられた。

 全くの別次元な存在感。

 呼吸をする様に魔法を放ち、敵を容易く翻弄する技術力。

 他の追随を許さない圧倒的な迄の戦闘能力。

 神の真髄が一端をさも当然の様に導入する胆力。

 そして……


「ふむふむ、危険察知能力の精度もソコソコだし、これなら……(ブツブツ)」


 ーーー阿鼻叫喚する強者の矜持を事簡単に打ち砕き、さらなる神髄を嗤いながら見せ付ける悪魔的所業。


『ヒィッ!? な、何故だッ!? なぜ、我輩がふ、ふ震えなければな、ならいのだッ!? や、やめろ……その新しい玩具を見つけた幼子のような面をう、浮かべるでないッ! わ、我輩は、我輩……ひ、ヒメェぇええええええええええええええええッッ!!! タスゲェでぇええええええええええええええええッッ!!』


 更に焦燥しきったヒュミルの反応を面白気に見つめる少年は何かを思いついたのか、不敵な笑みを更にニタァ〜とさせた。この時、ヒュミルは理解した。

 見た目が平凡な少年がどれ程の狂人でどれだけ異質なのかを……この日、身を以て知る事となる。


「さぁ、そろそろ終いだな(ニタァ〜)。 クフフ……じゃあ取り敢えず捕虜として捕まえまぁ〜す♪ 〈鎖ヨ、悪霊ヲ囲エ〉ッ!」


『ウビャァァァァァアッッッ!!!』


 少年の無慈悲な一言を皮切りに、無数に突き刺さっていた焔鎖が螺旋に渦巻き、ヒュミルを容易くこの世界から隔離した。

 彼の絶叫が廊下を木霊し続ける。

 そして、それ以降からヒュミルの反応は著しく衰退して行き、数分後には反応が消え去った。


 この時、柊 鈴菜によって召喚された眷属達は一概の例もなく皆、戦慄し畏怖し忌避した。

 彼と出会えば抹殺される。 瞬殺されるだけまだマシだ。 彼は嬲って嬲って嬲ることで越を覚える〈狂越主義者〉である事を誰もが理解したのだ。よって、彼等は剣が徘徊する場所には近寄らないように細心の注意を払った。

 鈴菜が召喚した中で最強の眷属があれ程容易く捕らえられた時点で眷属達は勝ち目がないと判断し、誰しもが鈴菜の指令に従わない。


 痺れを切らした剣はその後も「素体♫ 素体♫」といいながら、逃げ惑う魔獣を捕らえては異次元へ、捕らえては異次元に送っていく。


 隠れていたとしても「みぃ〜つけた♪」と捕らえられ……


 気配無く忍び寄って奇襲を仕掛けたとしても「はい♫ いっちょあがりぃ!」といつの間にか組み伏せられていたり……


 複数体で連携を取り合って反撃しようとしても「〈鎖ヨ、悪霊ヲ囲エ〉☆」と一言だけ詠唱すれば焔ノ鎖に巻かれて異次元へと全員が呑み込まれてしまう。


 捕らえた数は3桁に到達し、今でも異次元では数多の魔獣が犇いている。

「こいつらは後で食事としても有効活用出来るので食費が浮くぞぉ♫」と思っている節がある。それを隠す意志が感じられない程にルンルン♬とした眼を浮かべるものだから誰もが目頭に雫を貯めて懸命に散る。


 出会えば捕らえられる同志達の行方を叫喚し、皆、食材にされてたまるかと火事場の馬鹿力で逃走する。中には異界へ逃げ帰る魔獣もいた。

 それでも剣は一匹も取り逃さずに次元の狭間から引っ張り出し、終ぞ結界内に潜んでいた魔獣は剣の創り出した次元へ送り込む事に成功した。


「………」


 そんな様子を校舎の屋上で監視していた柊 鈴菜は口をぱっくりと大きく開け、眼を見開き茫然とする事しか出来なかったとか……

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