第11話 【賢者】と【雷帝】の狂瀾
「食事ぃ〜♫ 食事ぃ〜♫ しょっくじぃ〜〜♬」
歌唱交じりで御満悦な御様子を浮かべながら学内の階段を軽やかなステップで駆け上がる【賢者】様。
……正直に言って少し気持ち悪い。
獲物狩りを順風に執り行い、学内に残った魔物の反応は一つもなく取り零しも無い筈だ。
捕縛を効率良く行い、捕縛系の魔法や魔導具を一切の慈悲無く投入し魔物達はなす術なく異次元へ送り込まれ、後に【
とても魔物達が可哀想に思えてくるのは気のせいだろうか?
けれど、非道と言って仕舞えばそれまでだが、結局彼にとっては魔物の価値など食費を節約する為の食材か魔導学研究でのモルモット、あるいは転生させ浄化する対象でしか無い。
そもそも、魔物という存在は災害と何ら変わらないのだ。
時に無害な人間を暴虐的に嬲り殺し、時に森や町を焼き払い、時に世界そのものを混沌へ陥らせる。鏖殺しなければ永久的に人類の外敵で在り続けるモノ達が魔物なのだ。
一様に世の役に立つのならば彼も此処まで魔物を残虐非道に扱う事は無いだろう。
だが、実際は如何だろうか?
彼等は生態系に良い影響を与えてきただろうか? 共存して行けるような知性を保有していただろうか? 理知的な反応を示し、一度でも人間に興味を現しただろうか?
応えは否である。 彼等は人間を蹂躙すべき対象としか認知しておらず、獣脳の赴くままに人を喰らい続けた。
そんな人類の外敵を目の前にして、『正義の味方』である最強【賢者】が蔑ろに放って於けるわけがなかった。
そう、如何様にしても無意識に人を救う事を求めてしまう【最凶】の少年が結界内に潜む魔物の反応を感じ取り、何もしないなどありはしないのだ。
それもこれも人々が安寧を守る為に……ッ!
「ーーー
ニッコリと好意を寄せている者達ならばうっかり惚けてしまいそうな程の満面の笑みを浮かべながら拳をポキポキ鳴らす異世界最強【賢者】様……否。
……やはり、彼は特殊な力で魔物を狩ることで食材を必死に調達する異世界系貧乏主夫かも知れない。
◇
「……」
赤い夕焼けが染まる中、静かに佇む絶世の美女は目蓋を閉じて、美しき風貌を更に姦しく凛とさせていた。
可憐な少女でありながら、色艶や肢体は迚も子供とは思えない程に艶かしい。
黒糸がサラリと風に舞う事で幻夢を魅せており、彼女本来の幻想性が更に深まり、他人を寄せ付けない障壁がある。
けれど、老若男女御構い無しに見惚ける事が必然的な美貌を放つ異彩なる少女は誰がこの場に参上するのを待ち構えている。
コツン、コツン、コツン……
渇いた音が目前の扉から聞こえてくる。
霞むほど低く小さな音。けれど確かに聞こえてくる足音がゆっくりと近付き無視出来ない意志を持つ。
ドクン……ッ!
「……ッ!」
心臓が高鳴りを憶える。
それが恋で産まれたものでないことだけは確立された事実。
魔法使いの中でも選り抜きな彼女はエリート中のエリート。天才と称される才覚をもっているが、現在進行形で積み重ねてきた自信と幾度と無く越えたてきた死線から得た経験を歯牙にも掛けない異次元の存在が階段を登り終え、扉のすぐ側に立つ。
ガチャガチャッ!
「ありゃ? 扉が開か無い……鍵が掛かってーーーるわけじゃ無いか。だとすれば【障壁展開】かな? しかも其れなりの強度と質でしっかりと制御されてやがるな。さて、どうすっか………て言ったけど、ぶっ壊せば関係無いっしょ!」
(!? ぶっ壊すですって?! 幾ら何でも、
聖遺物を注ぎ込んで迄組み立てた術式を赤子を捻る感覚で見抜き、更には神に見初められた最高の盾を軽い口調で破壊すると言った事実に対して流石に世界から逸脱した怪物といえど不可能だと思っていた。
しかし、彼女は一つだけ【賢者】に関して認知し損なっている。
「〈聖峰ノ天穹ヨ。神格焔鎚ト成リテ、汝ガ意志ヲ穿チタマエ〉ッ! ブッ飛べッ! 【神焔魔法】・『焔神戦鎚』ッッ!」
ーーー彼は
ーーー彼は
ーーーグオォオオオオオオーーーッッ!!
「ーーーッ!」
瞬間、空気が爆ぜ、視界が弾ける。
焔が唸りを上げて神々しく煌びやかに燃え盛る。
肌を焼き尽くす熱波が津波の如く押し寄せ、辺り一帯を紅蓮色に染め上げる。
魔力の障壁を咄嗟に張り、致命傷は避ける。
けれど熱波までは防ぐ事は出来ずに新雪の様な柔肌が熱によって少し爛れた。
「はぁ、はぁ…ぅぁ………は、き、来たのね」
膝を着き全身が煤だらけになりながらも勇敢に圧倒的実力者である敵……日神 剣へ清冽で強い眼を向けた。
「へぇ……」
剣はその視線を面白気に精察する。
未だ涯無い気骨のある剛き眼。
それが物語っているのは『まだ対抗する意思』を持っているという事実の一点のみ。
今のダメージと昨夜の疲労が蓄積され若干肩で呼吸をする彼女を見て、警戒レベルを下げるつもりだったが、気が変わった。
先程の悪魔染みた嗤いと迄は行かなくとも、薄ら寒さが直に伝わってくる冷酷な嗤い。
「それより、やっぱりあんただったのか。ま、俺の正体を知ってる奴なんてあんた
湿風が吹き抜ける学舎の屋上。
軽い熱波が押し寄せ、傾いているとはいえ人肌を焼くには充分な紫外線を含んだ夕陽がこれから起きる
息を整えた鈴奈は最強の【賢者】特有の紅眼を見据えながら竦む身体と怖気を見せる心へ喝を入れて敢えて強気の口調で話す。
「流石は【賢者】……と言うところかしら? 幾数の魔物を餌付けて支配下に置いて、貴方へ仕向けていたはずなのにーーーまさか、340匹いた魔物を
嫌味を言ったつもりなのだが、彼はそれすらも陽気に受け取めヘラヘラと咲う。
何かに期待する眼差しは子供が持つ好奇心のそれだった。
「ははっ! そんなにいたのか? よくそんなに魔物を使役できたな。中には喋る〈
彼は楽悦したいだけ。故に其処に他者への干渉は持ち合わせない。
今の彼は使命感に駆られる【英雄】ではなく、一人の【魔法使い】としての興味心と気概しか無い。
勿論、そんなものを現代で生きてきた魔法使いの一端である鈴奈にわかるはずも無い。
それでも、そうでなかったとしても……理解しようとする気概は持てるはずだ。
「……全く、怪物だと思ったら、実は只のバカなのかしらね? けどまぁ、私も乗せられているのだから同類ね。 いえ、だからこそーーー」
クスリとこの場に来て優しい笑みを浮かべる少女。
本懐を成し遂げる為ならば何でも利用し踏み付ける覚悟は遠の昔に出来ている。
なれば、だからこそ、言葉は要らない。
後は己の信念と欲求に任せて膂力・知力、そして心力を眼前の敵へ全部乗せて解き放つだけでいい。
たったそれだけの事で彼女等の応えはすぐに現れる。
夏の熱を浮かす場に立つ二人の魔法使いが醸し出す空気は身を一瞬にして竦ませ、背筋に冷たいものを走らせる様に剣呑としていた。
一人の【魔女】は、絶対的と言ってもいい程の端麗な美貌が、されど切羽が詰まり、余裕の無い表情で歪みを見せていた。
背中の辺りまで伸びている長い黒ストレートヘアが風に靡くが、それが幻想的で儚げであり彼女の魅力を一際可憐にしていた。けれど、蒼白色の顔色や全身煤だらけで所々爛れた肌、シワが寄り、焦げが出来た制服のシャツが彼女の心労と肉体の疲労が一定の割合を超えている事を示している。
満身創痍。そんな状態で死地から去らない。
その事を蛮勇と知りながら彼女……【雷帝】柊 鈴奈は勇ましくも
それが傀儡と成り果てた彼女に残された唯一の
それを無くした彼女に〈人間〉を名乗る資格は無い。故に、彼女はどれ程の実力差が有ろうとも、絶対的脅威が
……必ずや闇に呑み込まれていった同志の
「ーーーだからこそ言葉は要らない。さぁ、始めましょう? この
そして彼女と対に立つ特徴の少ない黒髪紅眼の【賢者】は懺悔を請う【雷帝】とは対極に余裕を含み童蒙な眼を浮かべ、これから舞う
【英雄】として鍛錬した技能や魔導が超点し、既に神域へ達した
重過ぎる
だからこそ、未知なる現代ファンタジーは【賢者】として
その極小で微かに残された蓋然性に総てを賭けて【賢者】は不敵に狂気的に……それでいて、童蒙に嗤う。
「あぁ、始めようかッ! この
〈
「「ーーーハァアアアアアアアッッ!!」」
二人の
ーーー〈戦神〉と謳われる迄に幾万、幾億もの戦を勝利へ導いた闘将『
ーーー〈奉神〉として『
ーーー〈聖剣〉と〈魔槍〉……二本の神器が交わる時、止まっていた〈
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