第12話 【賢者】の剣舞 PART1
「……これはもう唖然とするしか無いですねーーーまさか、
独り言ちる金髪美少女は校舎の遙か上……陽日が沈みかけた幻想的な緋空から双眸を細めて覗き下ろし、改めて昨夜の事柄と
昨夜の超常な光景が自身の思い込みから生み出された幻想ならどれだけ気が楽だったことか。
吹き抜ける湿風が頬を擽り、冷たい汗が首筋を撫でる。
肩口程度まで伸びた金糸がふわりと舞わせ、それぞれ色が違う双眸を覗かせ、深い溜息を吐く。
「はぁ〜、ほんと……どうすればいいんですかぁ? 昨夜の出来事が偽物で無い以上、
思い当たる節など無い。
昨日まで、
況してや、準S級という規格外の魔獣を単身一撃で屠るだけのチカラを持つ者など、頭に入ってない時点で異常。
では、一体いつから? 何時から彼は
思考回路が焼き切れそうな程に脳神経を使役しても答えは出てこない。
それどころか、情報が増えれば増える程に彼の神秘性と不審度が増し、存在自体の解明に懊悩させられる。
「ぐぬぅ〜っ! ーーー『
捻って絞り出した答えの結果、彼女は修道服をたなびかせて、薄い胸の前で十字を切る。
眼を伏せ、我が信仰する神へ祈りを献げる。
そして、
「〈Helige Gud medalj ordning Bong fåglar.ーーー
(聖神に支えし奉鳥が汝に命ずる。ーーー)」
ドクン……!
僅かに脈打つ神力が昂り始めた。
眩い聖金色が更に神々しく凛と明光する。
間近にいれば誰もが視界を潰され、酔狂なものなら一斉に頭を垂れる事が間違いなく起こるだろう。
それぐらいに今の彼女は妖美で可憐な煌々さを優美に晒していた。
「I vår tydliga lätta vingar och gyllene Dunhuang stigmata!. ーーー
(我が清冽な光翼に宿りし金色の煌聖痕よ。ーーー)」
螺旋の如く渦巻く陰謀が蔓延る現代裏社会。
そこにあるのは他組織との抗争や略奪、賭博などの『絶望』という名の闇。
けれど、眼前に広がる光景はそれとは全くの真逆にある『希望』。
烈火の如く紅く染まった夕空を煌光とした穢れなき金色で埋め尽くす。
彼女の頭上に突如として放出された超圧縮エネルギー体は彼女の頭蓋よりも一回りほど大きくなり、綺麗な弧を描いた。
「ーーーMina positioner Guds navn villut, den unleashed min kedja.〉ッ!
(我が奉ずる神名を以て、我が鎖状を解き放つッ!)」
ーーーブワァアアアッ!!
神霊の波紋が空中へ拡がり、脈打つ様に膨大な霊力を放出する。
最後の詠唱が世界に対しての慟哭を思わせ、頭上の天輪からは
オッドアイである緋と葵の双眸が神々しくも妖しく耀きを見せる。
それだけでなく、背中から現れた人間としてあり得ない部位……純白なる天をかける翼が高神力で形成され現界していた。
神なる聖天の加護を余す事なく与えられ、譲渡された彼女の風貌は清洌さを醸し出す端整な顔立ち、肩まで伸ばしたムラの無い琥珀色な毛並み、総てを見透すと感潜りそうになる程澄んだ緋と葵のオッドアイ。正に“天の使い”、『天使』が降臨したのだ。
『ふぅ……【
バサリと背中に生えた白亜の翼を一度だけ羽ばたかせて、感触を確かめているフギンと名乗る少女。
額に浮かぶ玉のような汗が彼女の疲弊具合を表すように、顔色のほどは良くない。
血が抜けたも当然の様に色の落ちた肌色からは血脈に似た
発現された威圧感が結界そのものを軋ませ、天衣無縫の能力が大地へ亀裂を入れる。
大地に埋没する龍脈からのエネルギーを得る為に、龍脈そのものと自身の精霊回廊を接続・置換したのだ。
それがどれ程の悲惨な代償を支払う事で漸く可能になるのか。
考えるのも煩わしく成るぐらいに途方も無く豪壮な事だ。
フッと笑みを浮かべ、口端を上げた。
悠然で長閑な聖人を現す
『クフフ……っ。 醜怪な叙情を露見する【
有無を言わさぬ破壊の権化となった【聖人】が今、動き出す……っ!
◇
ーーーフギンが動き出す少し前。
「ーーー【雷帝魔法】・『
「グゥ……ァ…………ッッ!!」
雷速で迫る紅雷の刺突を咄嗟の反応で身体を捻る事で半身で回避する。
突き放たれた紅き雷槍が大地を穿ち、コンクリートで固められた地場を容易に粉砕にした。
手加減一つ無い雷突に内心肝を冷やす。
対応一つ間違えていればと思うと体が竦む。
異常な力を保有するはずの剣。
けれど、決して彼が精霊王として常人ならざる域に達していようとも、
久々に感じる『死』の恐怖。
ーーー目前にいる存在は自分を殺し得るに十分な威力を持った魔法を持っている。そして扱える。
冷え切った手から溢れ出す汗。
脊髄を伝って発せられる逃走本能。
ーーーヤバイ、どうしよう……ッ!
焦れば焦るほど、視野は狭まる。
何かに取り憑かれているようにしか見えない程の死に物狂いで迫ってくる雷槍を携えた少女に異世界最強と讃えられた【賢者】は怯えている。
ーーーあぁ、マズイ。 これはマズすぎるッ。
死を直感したのはいつぶりだろうか?
彼は強くなり過ぎた。故に、異世界に来てからーーーいや、異世界に来る前から感じていたはずの『死』に対する惧れはいつの日にか霧散している。
人として当たり前であるはずの恐怖を今日日まで忘我していた。
それまでの彼は『歪』な形として感情を形成し、或いはの感覚で『死』を理解していた。それが正解であるはずも無いのに、何処にも根拠はありはしないのに、剣は自身に抱いた感情こそが『死』の在り方であると勘違いをしている。
だが、彼は偲んだ。
目の前に『殺し得る存在』が在る。
目の前に『死』が在る。
ーーー『死』は無窮の旅路。果ての無い一路を延々と歩み続け、不浄の闇へ浸かる為の試練を潜る。けれど……だからこそ、人は死に対して畏れを抱き、嫌悪する。
それでも、必ず訪れる時は来る。如何様にしても『人』は『人』である限り、永遠の根幹へ到る。
『死』は何よりも近くにある。
水や食だけでは無い。電気やガス、髪の毛や原子にいたるまでの総てよりも『死』は近隣している。
果ての無い人命は無く。不老不死など夢のまた夢……御伽噺か神話の空想の世界での『理』だ。
そんなものは無い。あったとしても欲しない。
誰もが望むモノを彼は望まない。
望むのは唯二つ。
ーーー人々の『平穏』と自らの『悦楽』。
(ーーー「危険な存在は排除するッ!」『俺を殺せるか、試させてくれよッ!』)
二つの鼓動が剣の中で反響する。
どちらも剣で、どちらも剣では無い。
矛盾だらけの心情が彼の不安定な
歪んだ心が産んだ『幻想』は『死』の恐怖に『愉悦』を感じる。
正常な理性が孕んだ『理想』は『死』の恐怖を『粛清』する事を義務としている。
反発し合う二つは、けれども確かに両立している。
時折、狂い出す本性が吐出する事もあるが、それでも彼はいたって普通に戦闘を行い、圧倒的勝利をもたらしてきた。
それが彼の在り方であり、日神 剣の存在理由。
ーーー日神 剣は『正義の味方』ではあるが、『戦闘狂』でもある。
物事に対して無関。けれど、役に立つ事柄は利用する。
『邪』な『心』を砕け散らせ、『正』しい感情が回天させる存在。そんな誰もが夢見る存在は『死』の権化がいる事によって誰よりも『歓び』を得る。
その感覚を今の今まで日神 剣は忘却していた。誰もが自身に届き得る技法と能力が無く、只々、無残に散っていく。それだけの存在しか居なかった。
至極当然だが、
ーーー柊 鈴奈では日神 剣を殺し得ない。
ただし……
(ーーーあれは、神殺しすらもなし得る【魔槍】かッ?! まさか、【
ーーー【魔槍】・『
かつて【
一刺必殺の呪殺具としても有名で、投擲した場合は必ず対象に突き刺さり、存在諸共消しとばしてからなんらかの手段で手元に戻るという逸話を残している。
その他にも空間外にいるとされる神すらも抹消し、初めての神殺しを成し得た槍としても名を馳せている。
それ程名高い【魔槍】を手にする少女が力を扱えきれてはおらずとも、膨大な殺戮を可能とする聖遺物を手にして殺意を膨らませている。
兎に角、物事を理解したならば、現状を見ろ。
打開策を練れ、精錬された魔法と技能を観察・対策を取れ。
そして……
「ーーーじゃあ、行くかッ!!」
ーーーこれから起きる『
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