第13話 【賢者】の剣舞 PART2

「ーーー〈気炎万丈、我ガ霊魂ニ灯ル聖焔ヨ、聖剣ノ灯火以テ、我ニ破邪聖冽ナ威光ヲ与エ給エ〉ッ! 【神焔魔法】・『霊焱純化』」


「ッ!?!?」


 閑静で腹の底冷えする【賢者絶対的強者】の声音が鈴奈の耳朶を刺激し、それから直ぐに刃で貫かれたと錯覚する程の悪寒が全神経に駆け抜けた。


 ーーーグゥォォォォオッッ!!


「グッ! ーーーぁ! ゥッ!?」


 鈴奈は本能からの警鐘に従い吹き荒れた暴威に耐える為、下肢に力を込める事で地面を捕らえるが、耐え凌ぐ事が出来ずに身体ごと壁際へ吹き飛ばされた。


 ミシリッ! と脅威的な破滅を呼ぶ焔の圧力に耐え切れずコンクリートの屋根は簡単にヒビを入れた。


 肌が爛れる程の熱量を孕んだ赤銅色の魔力が大気を揺がし、世界を吞み込み、世界の終わりを脳裏に過ぎらせる光景に生唾を飲まざるを得ない。


「ゴホッ! ゴホッ! はぁ、はぁ……っ!(焔の……塊? ーーーいえ、違う。 あれは……)」


 吹き飛ばされた鈴奈は背中から感じる激しい痛覚を唇の端を噛み切る事で屈服させ、剣からの追撃に備え即座に立ち上がり、紅雷槍を構える。


 それと同時に対象の戦力分析を開始したが、その光景に息を呑んでしまう。


 それも仕方が無い。それ程に剣が放つ神的威圧は穢れを焦がし、暗黒を照らす天地神明な無二の存在……神々が創りし全類最高峰と謳われた【聖焔太陽】を喚起させるに足る荘厳さが際立っている。


 携えるは幾千、幾億、幾兆ーーー果ての無き戦火を斬り歩み、未だ血錆一つ付かない伝説の穢れ無き【空焔神の剣】。

 神代聖剣・七剣。その一つであり、聖天に到し天焱。

 その場に現界するだけで万人が目を灼く金色の刀剣。


【神焔魔法】・『神焔剣葬レーヴァテイン


 かつて悪神と称されたロキによって鍛造され、世界を一瞬にして灰燼に化し、悪を裁く事が出来る破邪終末の聖剣。


 その最強最天の聖剣を司り保管する女神・【焔神シンモラ】。彼女を崇高し、使役し、加護を受けし日神 剣【賢者】は授かった『神焔剣槍レーヴァテイン』から彼女の思念体を自らへ憑依させ、常人では考えられない強度を誇った身体硬度。陣地を超越した思考速度を生み出す高次元思考マルチタスクの強化。そして、神冽な焔を扱う事を赦された超次元的な神焔熱魔導技能ヴィゾーヴニルを一時的とはいえ、精到に扱う事が可能になる。


 明らかに逸脱した現象を前に鈴奈は目を見開き驚嘆するほか無い。


「ッ!? ま、さか……『霊格化』ッ!? 希少(レア)技能(スキル)である〈魔導降霊術〉の中でも最優の技能ッ!ーーーしかも、ここまでの霊格反応って……どれだけ化け物じみてんのよっ! このチビ助ッ!」


「チビ……っ! テメェっ! 明らかな罵声やめろよなっ!それに、これってそんなに難しい事なのか? ぶっちゃけ魔力消費も少ないし、魔術式も短略化しやすいから【身体強化魔術】よりも安定して使用できるぞ」


「……怪物」


「その正気じゃない奴を見る視線は止めろ………………興奮すんだろ(ポツリ)」


「(うわぁ……)キモっ」


「おいこら、声漏れてんぞぉ〜。ま、俺自身も今のはキモいって自覚してっけどな」


「……」


 こんな変態糞野郎が世界を揺るがしかねない実力を持つとは考えられない……いや考えたくない。

 しかし、事実として彼は最強だ。

 ケロッととんでも無い事を口にする事からもそのことが窺える。

 常識外れな事は分かっていた。

 ……それでも巫山戯ている。


(【身体強化フィジカル魔術エンチャント】よりも効率的? 短略しやすい?ーーー馬鹿言わないで頂戴! そんな魔術論文があればとっくの昔に発表されてるわよ! 神々が到達し得る特異点を軽々と超えた事を最も簡単に…この【賢者】怪物には世界の真理にすら当てはまらないと言うの?!)


 轟々と放たれる聖剣の炎圧が火力を増していく光景に戦慄する少女。

 均衡していた筈の力を容易く崩落させ、息をするより平易に常識をぶち壊す【賢者】。

 虚勢を挙げた所で実力差が覆る事は有り得ない。現実は現実。それを受け止め、より利口的な手段を見出してこの場を乗り切る以外に生き延びる方法は無い。


 ただ言えるのは……


「あ、一つだけ忠告しておくぞ?」


「ッ!? な、なに、よ……!?」


「……ーーー


「ッ! わ、わかってるわよっ!」


 先手を取った際に探りを入れていた事を読まれており、それに対する明らかな憤怒が滾っている事が分かる。

 声が引き攣り身体から嫌な汗が噴き出るが今はそんな事はどうでもいい。

 彼が……【賢者】脅威が放つ濃密で莫大な魔力波から感じる威圧殺気

 それから伝わる殺意は本物という事だけ。


 ーーー彼が振るうのは強き意志錬鉄を溶かして鍛えた悪神の鍛冶師ロキの根底そのもの。


 ーーー閃なき戦に意味を見出し、悪無き世界を混沌へと誘う【終末剣】。


 ーーー世界の断末魔から叡智を吸収し、魔戒の掟へと化した【魔剣】。


 そして、これらの逸話を創り出した代償として【神焔】を司る『空焔の女神シンモラ』は『悪神の鍛冶師ロキ』から【魔剣】を奪い、九つの鎖で次元から消失させ自ら保管し、聖なる焔にて【魔剣】に施された呪縛を解呪したのだ。














 ーーーその過程で生まれたのが《聖剣》。

 扱える者は女神であるシンモラと、かつてラグナロクで名を馳せ、英雄として讃えられたもう一人の《聖剣》使い。今では剣神として死後を明け渡した大英雄。名はスルト。そして、全魔導師の恩恵を与える七聖女神と《聖剣》に司りし、かつての大英雄である剣神に認められた【賢者】のみ。



 数多の難敵をたった一閃で薙ぎ払い、神聖なる金焔は逆境を照らす天照輪。

 戦場には似つかわしく無い一輪の華が芽吹く時、世界は遥か無き日輪に覆われる。



「さぁ、第2ラウンドといこうーーー覚悟はいいか? 【雷帝】。テメェが立ち向かうのは【魔王】でも【怪物】でも無い。ーーーテメェの相手は異世界帰りっていう一点を除いて只の賢者凡人だ。智力、名声、自力……そして、隷従。そんな下らない妄論に縛られたまま俺に勝とうなんざ100年早いわ! そんな妄言を話す前にさっさと「死力」を振り絞って立ち向かってきやがれっ!」


「ーーー!?」


「? なんだ? その顔は……まさか、俺がテメェの事情の一つでも知らないとでも思ったのか? はっ! 笑えねぇ冗談もそこそこにしろ。ーーーテメェが俺の経歴や素性を洗ったように、俺だってコソコソと動き回る奴ぐらいの動向や所属ぐらいは調べるわ」


「……なら、どうして?」


 わからない。柊 鈴奈には理解し難い。

 嗅ぎ回っていた事に気がついていたのなら、何故止めようとしないのか? 彼の実力ならば到底難しいことはない。何ということもないただの作業やはずだ。



 ーーー日神 剣異世界最強は知っている。

 少女が両親に蔑まされ、供物扱いされていることに……


 ーーー【賢者異世界最強】は知っている。

 少女が苦しみながらも呪縛を自ら解き放とうと翼を大きく羽ばたかせようとしていることをに……


 ーーー凡人異世界最強は知っている。

 少女が共に苦難を乗り越えた友を失い、希望すらも捨て去ろうとしていることに……


 かけがえのない……何にも代え難い『大切』なモノを失くす怖さや怖ろしさを誰よりも知っている。


「あぁ? 俺が止めなかった理由? そんなもん決まってる……テメェを“救う為”だ生徒会長」


「え?」


 そうだ。彼は何よりも愚直で鈍感で、どこまでも理想化で素直で……そして、誰よりも【正義のヒーロー】で【英雄】なのだ。

 理由なんて……それだけなのだ。


「俺が“救いたい”からテメェの強襲を受け入れたんだ。それ以外に理由なんてないし、裏なんてない。結局、俺に誰かを受け入れながら“救う”なんて器用な事なんて出来ないから、力技で嗾けてくれて感謝すらしてるぐらいだぜ」


「……」


「自分で踏ん切りがつかないだろう? 『大切』な人達が居なくなってこのままでもいいのかって自身で課した目標が霞んでんだろう? 誰よりも流した血が少なかった事に自分自身で軽蔑してたんだろう?」


「……ぁ」


「辛かったかもしれない。誰にも味わう事が出来ない苦行だったのかもしれねぇ。けどな……だからこそ、後はテメェ自身がテメェの腹を括るしかねぇだろうッ!? これまで救われてきた分を此処で返さずしてどこで返すっていうんだっ!?」


「ーーーッ!」


 ギュッと目を瞑り苦しみから逃れようとする様を見て、剣は右手の聖剣へ万力を込める。

 力強く澄んだ双眸が照らし合わせたのは柊 鈴奈の呪われし楔。

 それを断ち切る為に異世界最強【賢者】は最優と称された己の研鑽を注ぎ込むっ!


「テメェがテメェの“在り方存在”を否定するんなら好きにすりゃいい。だけどな、生徒会長。テメェの命は最早テメェだけのもんじゃねぇんだよッ! それをあんた自身が否定すんなら……いいぜ。こいよ、現代魔法師。テメェの身勝手在り方を俺の身勝手理想で灼き落としてやるよッ!」


「っーーー! ァアアアアッ!!」


「ハッ! 威勢が良くなったなッ! いいぜ! もっとだ! もっと強くて靭くこいッ! そんで、自らその楔を解き放てッ! 柊 鈴奈ぁあああああッ!!」


「ーーーャァアアアアアッ!! 日神 剣ぃいいいいいいいッ!!」


 ヤケ糞に、今までの雲泥を晴らす様に、一人の少女は日輪日神 剣へ無策無謀に雷閃を放つ。


「っ! (速いッ!)」


 剣は口元を吊り上げる。

 先程までの【聖王】の輝きが嘘のように、猛獣の如く鈍く犬歯を尖らせた。けれど、無情にも放たれた直線上に突き進む雷光は避ける事が叶わぬ速度で進み続ける。

 妨害系の魔法もでは到底間に合わない。

 鈴奈は磨き続けてきた魔導センスを過小評価し続けているが剣は最初からそんな事は思っていなかった。


 自らの限界を知り、それでもなお立ち上がって乗り越えてきた鈴奈は紛れも無い非凡な魔導師と呼べるだろう。

 鈴奈は頑なにも認めようとしないが、彼女は万人が羨む才能を持っている。

 魔術式構築速度の練度、魔導技能、魔力容量、魔素操作、魔導力感知などの魔法において有数の技能を全て兼ね備えた鈴奈の魔法構成数は下手をすれば異世界で全ての魔法を扱う事に長けていた剣よりも上かもしれない。


 それでもなお、彼女は自らを貶した。別に弱いとは思ってはいない。だが、目標にする技能までに追いついていない。彼女が保有する【魔槍】は誰にでも扱えるものでは無い。それこそ、北欧神話の雷神・トールか軍神・オーディンぐらいのものだろう。


 そんな彼らの跡を継ぐ形で槍を受け取った彼女に入ってきたのはかつての戦果の記憶。彼等が有していた数々の未知で驚異的な魔導の調。

 戦闘技能は愚か、得意であった筈の魔導技能ですら到底及ばない程の実力差を見せつけられたのだ、僅かばかり自信を損ねても致し方が無い。

 彼女は妙に達観しているとはいえ、槍を引き継いだのは若干十二歳だ。失わずに未来を見ろと言われても土台無理な話である。


 そんな風に過ごしているあまりか、彼女はいよいよ本気を出せなくなった。

 自分はこの程度。まるで成長がないクソ。役に立たない凡人。だと、自ら落とした。


 追いつけない。自らが望んだ姿に追いつけるビジョンが見えてこないまま時が過ぎ、今では誰も救えないままに彼と敵対している。


 だからこそ、箍が外れたのだ。

 剣が放った圧倒的なまでの暴威と、情にほだされても仕方がない熱い熱血論に呑まれた彼女に本能はセーブしておいた力を一気に外界へ放出した。

 それが功を成した。完全に予想以上の速度を前に剣はたじろいだ。


 野生の反射で咄嗟に首を逸らして雷撃を躱すが、完璧に避けきれず左頰から一筋の鮮血が流れ落ちる。


「ふぅーッ! ふぅーッ! 倒す……ッ! 絶対に貴方を倒して、私が正しい事をあの人達に認めさせるんだッ!」


「はは……今のはヤバかった。正直、死んだかと思ったわ。漸く腹括ったみてぇだし、そろそろ、いいよな? 俺はテメェを勝手に救うけど、テメェはテメェで殻をぶっ壊せ……ッ! だから、さぁ、始めようぜっ!」


 笑いながら最高峰魔導師の少年は【希望】を捨てない。僅かな曇りすら無く、ただ純粋に救いたいという善意で前を向いて進む。


 それが少女には不快で、不愉快で仕方がない。


 少年の爛々とした双眸が映し出されるたびに感じた嘔吐感と目眩。そして、軽く呼吸困難に陥った荒い息を吐く少女もかつては夢が夢で終わっていいはずがないと思っていた。誰もが《幸福》を望み、叶えられる力があるのならと少女は希望と光を持って絶望を融解させてきた。


 けれど、少女はその夢を叶える為だけに不毛にも味方を手放した。そこで責任感の強い彼女は自身を叱責したはずだ。自分がやろうとしていることは只の無謀では無いか? 只々、犠牲を強いているだけの殺人と変わらないのでは無いかと、自分を思い詰めた筈だ。


 そんな自責が無意味な事と知りながらも、少女は遂に己への罰を無くして生きていくことなど出来ないようになってしまった。


 だから、目の前の男子を……一つ下でしかなく只の一学生でしかなかった少年の語る理想が気に食わない。


「私は、私は! 貴方なんかに負けないッ! 明るい世界しか見てこなかった貴方なんかに私の、私の! 全部を否定されて、たまるものですかぁああああああッッ!」


 悲痛なまでの彼女の張り裂ける声音が夜界に染まりかけた僅かな橙空へと響き渡る。











































 ーーー誰にも在り方を否定などさせてたまるものか……たとえそれが、ーーー

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