第14話 【賢者】の剣舞 PART3

『私は、私は! 貴方なんかに負けないッ! 明るい世界しか見てこなかった貴方なんかに私の、私の! 全部を否定されて、たまるものですかぁああああああッッ!』


 ────『明るい世界』、か。


 悲痛に伝わる感情を発露する鈴奈を見て、逆に冷めてしまった剣。

 どれだけ綺麗事を語ろうが、人を『救う』為には『悪』が必要だ。だからこそ、剣は敢えて『悪』となり彼女が抱え込んでいる純真にすら思えてしまうほどに覆いかぶさった大きく淀んでしまった心の『闇』を祓う事にした。

 ……したのだが。

 歴然な態度に豪炎となった双眸はに戻った。

 これは彼が戦闘本能を抑えつけて戦意を無くした合図でもある。


 勿論、実力差は関係無い。剣の方が鈴奈よりも次元違いに強い。されば、戦闘能力によるものではない。


(な、なにが狙いなのよ!?)


 動きを止めて射抜く冷徹な意思を向けられた鈴奈は【賢者】をより一層警戒する。

 相手に隙を見せれば痛手を負うことはわかりきっているのだ。ならば、最大限に集中して備えておくことに越したことはない。


 だが、彼女のその強い戦心は─────


「……あぁそうか。 テメェは


「…………は?」


 ─────呆気なく、脆く崩れ去った。























 ◇


 ─────少年は呪った。


 誰かは『人はみんな平等で、誰もが幸と不幸を分かち合うことが出来る』と言った。それが間違っているとも知らずに少年は愚直にも信教し生き続け、非情無情に敢え無く潰された。








 ─────少年は憤った。


 常に訪れるのは雁字搦めの幸せ不幸だけだった。不義な存在と疎まれ続ける現実悪夢のどこに平等があるのだろうか?










 ─────少年は抗った。


 人と人の繋がりという連鎖的な善意悪意を嫌い、自ら破滅の道「英雄」を歩みを進める事を独善的に選び取ることで、誰かの救いになれたのなら、このように自身が味わった憎しみの一つでも消し去ることが出来るのではないかと、彼は、異世界最強の【賢者】は、そう結論付けた。



 あるべき姿は定まりを見せず、世界の真理に手を出せば心は懐疑する。

 罪を裁き、悪意を害する。春光を照らし出す無二の鏡花となる事を自らに定めた少年は歩む。


 たとえ、自らの行いが誰にも認められなくとも……


 たとえ、自らの生命が脅かされそうになっても……


 たとえ、穢れた心で侮蔑されたとしても……


 彼は一人、狂いに狂った紛い物の『正義』を主張し続ける。


 失った物を失ったままで終わる事などあってはならない。

 だけど、それ以上に喪ってはいけないものがある。

 日神 剣は正体を知っている。義務感に溺れて身を滅ぼした身の程知らずが描いた軌跡地獄を覗いた彼だからこそ気が付けるもの。

 抱え込んだモノが大きければ大きいほど乖離し、離散する。


 目の前にいる靭い弱い少女が抱え込んだ正にそうなのだと、この場で1人だけ、日神 剣だけが知っているのだ。


 だから彼女に問いたのだ……


























「……テメェは







 ◇


 先程までの威圧的で狂気で満ち溢れた笑みが消えたかと思うと、途端に冷めきった声音が心を掴んだ。

 熱く滾っていた乱舞の空気が氷冷し、時が止まると錯乱する。


 ─────違うッ!


 否定の念が彼女の理性へ訴えかける。

 暗黒に染め上げられた善意悪意が。紅く煮え立つ両親への孝行心復讐心が。明るく照らしてくれた仲間への信頼不信が……彼女が辿ってきた道導べが彼の言葉を全面に否定する。


 思いの丈をぶつけ合い、時に笑い合い、時に殴り合い、時に挫折した事もある同志達との儚く尊い大切な物語が嫌い? 違う! それを認めて仕舞えば、柊 鈴奈が歩んできた道程と彼女の同胞を侮辱する事に他ならない。


「……テメェの歩んだ道が間違っている事はない。いや、俺に否定する権限は持ち合わせてはいない」


「────、っ」


「けれど、傷付いているのも事実なんだろう? 仲間と理念。何方も欠かせない重要なファクターで何よりもだったんだ」


 ズキリ、胸の痛みが増していく。ギシリと身体を縛り付ける呪縛の棘。脳から血の気が引けてくるせいか悍ましく感じる少年の恐ろしい程冷徹な声音。

 それすらも見え透いた独特な紅眼は柊 鈴奈を地獄の贄に陥れる。声のならない苦痛を喘ぐことしか今の彼女には出来まい。


「胸の内に抱いていた闇に引き入れたせいで同胞は死に絶え、唯一生き残った自分は、結局生き残るために仲間の意思を切り捨てて言いなりの人形に成り下がったのが今の実情ってところだ」


「……うるさい! あんたは黙ってッ! あんたに何がわかるっていうのよ……!」


 誇張し続ける心音が耳に響き、不穏を感じ取った少女は槍先を無感情の眼を向ける少年へ向けて魔力を解き放つ。

 しかし、少年は回避する様相はなく、ただ握った剣を横薙ぎに払っただけ。それだけで莫大な魔力を纏った雷轟を霧散させ、己はまた一歩、また一歩と少女へ歩み寄る。

 少女は錯乱を起こしそうになるくらいに動悸と呼吸が荒れ、視界も定かではなくなる。

 少年の言葉が耳朶で反芻され、自らを蝕む。


「あぁ、そうだ……! 俺にテメェの本心なんざ見抜くことなんて出来ねぇよ……! だって、俺は『柊 鈴奈』って女と知り合って未だ24時間も過ぎてねぇし、知ってる情報としても、テメェがここの学校の生徒会長で責任感に溢れるできる女ってだけだ────!」


「─────ぁ……」


「何を俺に期待してんのかわかんねぇけどよ……『柊 鈴奈』が『日神 剣』の存在が分からないのと同様に、『日神 剣』も『柊 鈴奈』の事を何も知らない。だから、テメェの『在り方』も、責任感からくる『贖罪心』も何も知らない────だけど、苦しんでんのは分かる……!」


 意志の強い少年の眼差しが、闇の大きさ故に眠りに就こうとする少女が抱え込んだ心の蟠りを照らすように─────少年は右手を差し出した。


「争って、抗って、諍って……漸く咲きかけた蕾が萎れた事に辟易とするのは、もう終わりにしよう。俺が、いや、異世界最強の【賢者】がこの腐りきった不変の[絶望]を照らす無二の光となる……!」


 強い意思表示は時に人を追い込み、唯の慰めにもならないことが間々ある。

 それが起こるのは信頼がない場合や出来もしない事を押し付ける事で引き起こされる。全ての人間が意思通りの動きや決意した事を守れるわけでない。寧ろ、護れる方が珍しい。


 しかし、柊 鈴奈は知っている。少年の器と技量はホンモノであると、さらに性格などの細かい詳細は分からずとも人柄は善人そのものだと。

 確かに生き狂った発言や行動が多々あり、問題が無いとは言い切れない。ただし、それが決して欠点となり得るとは限らない。寧ろ、それすらも彼の本当の意味での救済活動なのかもしれない。


「─────っ。 おね、が、い……わた、し、を…………みん、なを……たす、け、て……!」


 言葉にしてみればスッと曝け出された。

 もう我慢の限界だった。決壊したダムは止まることを知らず、暴落的に雫を垂らす。

 相当なプレッシャーを見にまとっていた鈴奈は重圧から解き放たれた影響か、腰が砕けて膝から崩れ落ちた。勿論、差し出された右手はガッチリと握ったままである。


 総てを救う為に『世界の真理』をぶち壊した【正義のヒーロー賢者】は如何なる窮地に立たされようとも、如何なる逆境に挫かれそうになっても、如何なる批判を浴びようとも……『涙を流す者を見捨てない』という信念は絶対に曲げないと心に誓っている。


 ならば、少し特殊なだけの力を携えた少女が涙を流し助けを乞うている。これは助けないという選択肢は無い。自ら争うと決めた彼女の信念はきっと報われるべきなのだ。その為ならば、少年は糸目も惜しげも無く【賢者】の能力を駆使する。

 彼は必然的に高まる鼓動を表すように弱々しくも暖かい手を強く握り返して、強い言葉をぶつけた。


「────あぁ! まかせろ……!」

















 ─────チュドンッッッッ!!!




















「────ぶべしッ!?!?」


















「…………は?」


 いい感じシリアスが盛り上がってきたところにやってきた空気を読まない閃光弾がサムズアップで大変よろしくカッコいい顔していた剣の身体を的確に弾け飛ばした。

 それを呆然と見ていた鈴奈は余りの唐突さ故に感涙が引っ込み、脳がフリーズする。


 兎に角、夢……なのかもしれないなぁ〜。

 さっきまでの戦闘描写や後々で考えてみると小っ恥ずかしい内容の会話は全部夢では無いかと疑ってしまうレベルでシリアスが一気に霧散したのだ。


 頰を強くつねったり、目をこすったりしても痛覚や摩擦を感じるので夢というわけではないという事が分かったのはいいことだ。


 ……いいこと、なのだろうか???


『─────いや、どう考えたっていい事ではないでしょう。貴女、この状況で冷静ですね』


「……まぁ、彼の事を見ていたら何だかんだ今の光景もイマイチ印象が残らないわよ」


『……それは、まぁ、がんばってください」


「『…………』」


何故か居た堪れない空気を醸し出す対の美しさを出す2人の少女達は互いに互い、昨日、準S級を一撃で屠り、先のアーティファクトをぶち壊すインパクトに呑まれているせいで、それほどの衝撃を受けてない。


つまりは、敵同士であれ、共通認識として日神 剣が異常であると言うことである。


さて、話が逸れた。

状況を整理して、図解を脳で処理する鈴奈は先までの涙や哀しみを拭き取り、未だに見下している金髪の幼女へ目を向けて理解した事を口にする。


「……なるほど。漸く理解が追い付きました。本件に絡んできたのは貴女達だった、ということか。全く、一本取られたわね。 それと、私の心を読むのはやめてくれる……? 西洋協会管轄暗殺組織『天神聖教師団』の『第一翼』【煌翼フギン】……!」


 無理矢理に物言わない足腰を奮い立たせ、気丈にも立ち上がる鈴奈の表情が如何にも憤怒を思わせ、宙に浮く神々しさと怪しさ満点の金色こんじきを纏った礼装姿の少女を睨みつけた。


『えぇ、そうですよ。今回は我々が一つ噛ませてもらいました。何せ、【聖書禁示録 ノートゥング】が手に入る絶好の機会でしょう? まさか、貴女程の器が、アレの重要性がわからないわけではないでしょう?」


「っ! やっぱり、私は嫌いよ! 世界の『歪み』を大きくするだけのモノを呼ぶためだけに私や、似たような魔力資質を持った人間を無遠慮に生贄にする、貴女達の組織や、それに肩を持つ両親も……! そして、諦めるしかないと理解している私も……」


 苦虫をすり潰したような歪みを生んだ曇った顔を浮かべる鈴奈。

 けれど、宙に浮かび嘲り笑う少女はそんな事はどうだっていい。彼女にとっての使命は彼女らの抹殺。それ以外に余計な戯言を聞く必要はないのだ。

 どれだけ絶望に喘ごうが、人生に楽観的思考を組みこもうが、結局は天地天命の差は埋まらない。


 夢は所詮、夢。

 鈴奈が足掻いてもがいて掴み取った虚像が実を結ぶことはない。何故なら、それは尊い理想……ただの夢物語なのだから。

 正しき邪道は最早【正義】。

 鈴奈が何を企てて、此方を翻弄する為に動いたところでそこにあるのは【正義】ではなく、【悪行】となる。

 あべこべの世界と言われようともそれが事実なのだからどうしようもない。


 そう、勿論それは……


「────ってぇ〜! 久々にいいの貰ったな……!」


 異世界帰りの【賢者】がいなければの話だが。


 ◇


 パラリと舞う砂埃とコンクリートの破片が頭に乗った状態で意外にもピンピンとして立ち上がった剣の様子にフギンは僅かながらに動揺……同時に更なる追撃を加えようと掌を翳して即座に高エネルギー体を作り出そうとするが……


「おっと、そいつはよろしくねぇよ。そんなのぶつけたら校舎が吹っ飛ぶだろう?」


 ヒュッ!

 小さな乾いた音が一つ聞こえた。

 それと同時にフギンはかざしていた右手に違和感を覚える。

 よくみると、先程まで溜めていた最高峰のエネルギー体は敢え無く霧散している。


『─────っ!?!?』


 あまりの事に言葉を失うフギン。

 色の違う双眸が見開き、再度吹き飛ばした少年へ向けられる。

 左手に拵える【終末剣】を振り抜いただけで触れてもいないのに勝手にエネルギーが霧散した。

 ─────ありえない。


 たかが一本のけんを振っただけで、触れても……いや、晴れていたとしても熟練された神聖術をあぁも呆気なく簡易に消せるものなのか? そんな実態があるはずない。


「ていうか、貴方は大丈夫なの? さっき、相手の攻撃を直に受けてたみたいだけど……?」


「ん? あぁ、平気平気っ! むしろ……」


「むしろ?」















「むしろ、興奮する……!」


「御褒美かッ!」


 当の本人はケロッとした表情で先程まで絶望に染まっていた鈴奈と共に夫婦漫才を繰り広げており、フギンの存在は全く眼中にない。


「「誰が夫婦か(よ)!」」


 息もぴったりである。

やはり夫婦なのかな? え? 違う?

うむ、今はそういうことにしておこう。


「んなことよりも、のーとぅんぐ? とかだっけ? それがテメェらの組織の意向で、それの為に必要な贄が生徒会長って事でオーケー?」


「ま、まぁ、そういうことね。 もっと色んな陰謀とかあるかもしれないけれども、最低でも彼女達の目的は少なくとも私みたいよ」


「ま、やることは変わらない……! クソッタレた現実を壊して、俺は誰かを救う!































 ────さぁ、【幸福ハッピーエンド】の物語を始めようか……!」

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