第16話 【凡人】と書いて『ヒーロー』と読む 前編
「や、やめてくれぇ……か、金ならいくらでもやる! だから、わ、ワシだけでも─────ガハッ!」
『命乞いするなら始めっから横領するんじゃねぇですよ。この豚老人……! 恨むなら、自身の愚鈍な頭にしてください……!』
命乞いも無駄だと言わんばかりに戸惑い無く突き刺さした短剣。膓へ直接の欠損を与え、短剣に掘られた呪いを解き放った。
「────ァアアアァアアアガァアアアァアアッ!」
苦痛に満ち溢れた痛々しいまでの苦悶叫はあたり一帯に響き渡る。
しかし、真夜中であり、結界を張っている中でその声が市街地にまで響き渡る事はない。
故に、人目のないこの場所で誰かに気づかれる事なく、少女は人を殺める事を止まる事は無かった。
ズブリと引き抜いた呪詛の込められた短剣を一振り払えば、薄汚れた赤いシミがコンクリートで出来た路上に浮かび上がった。
「……」
『────それじゃあ、サヨナラです』
殺したというのに少女は息無く横たわる初老の男性を、見下した。骸と成った白髪男性を人目の付かない路地裏に置き去りにして、少女は背を向けて歩みだした。
血で血を洗うのが当然の世界で生きていて、それを
『─────』
春になったとはいえ、夜になると冷える外気に色素の抜けた金髪を靡かせる。
現場に残滓したのは少女の感慨の抜けた冷え切った視線だけだった。
◇
北洋神聖魔術協会『
北アジアを拠点とする裏社会取締魔導組織である。
その規模は北アジア全域は勿論の事、東アジア、南アフリカにも淡々と点在しており、今尚拡がりを見せる裏組織でも支配率はトップを独走している。
影響力は絶大なモノであり、他国の政界には必ずしも一人はこの組織の間者が存在していた。
その為か、潤沢な独自の資金ルートを保持しており、経理不全で破綻する可能性は大いに低いとされている。
何処の組織にも入らない、フリーの魔導師が、最も評価して入会したい組合として名を馳せている。
その魅力としては、彼等の在り方だろう。
崇拝する信教は『正義』。
絶対的な悪事を赦さず、法律で裁けない権力者や圧政者を始末する、所謂、暗殺組織じみたことも成し遂げる。
勿論、最近増え始めた『魔獣』の討伐や、神界から堕とされた堕天使供の駆逐も取り仕切っている。
この為、任務量は他組織と比べても多量で、成功した場合の報酬は、魔導論文を提示する場合にとっての研究代を常々悩ましく思っている魔導師達にとって、大変魅力的なのだ。
また、金に飢えた魔導師だけではなく、その方針……つまり、『正義』に憧憬を抱いた魔導師見習い達も入会する。
────そして、そういった魔導師見習い達は、決まって気づく。
『正義』は所詮、幻夢でしかないという事。
『正義』が成り立つには、屍を多く積み上げなければならない事。
『正義』を、『正しい』と思わない事。
『正義のヒーロー』は、どれだけ綺麗事を紡ごうが、どれだけ清冽な印象を与えようと、只の殺し屋である事に変わりは無いのだと、気付かされて、『絶望』の淵へ堕とされていくのだと、骨の髄まで知れ渡った。
(……ふぅ、ワタシは、一体何人殺せばいいですか?)
その質疑に答える者は当然いない。
今宵の夜天は、曇天で月明かり一つない暗がりが彼女をより一層、陰鬱とさせた。
蔑まれ、欺かれ、今尚続く、『正義』という大義名分で執り行われる『惨殺』。それは、漸く15になったばかりの少女の憔悴仕切った精神を蝕むには十分すぎた。
(ワタシは、一体何のために、『ヒーロー』に憧れたんでしょうか……?)
虚ろで緋と葵色の瞳が物寂しげに、虚空へと向けられる。
彼女の心情を表すが如しの瞳から読み取る事が出来るのは、ポッカリと空いた胸の中にひっそりと巣食うモノが、煌びやかな
◇
────ある男子生徒が日直当番の時。
「────おい! ツルギ! この資料を運ぶの手伝ってくれないか?」
「ん。 わかった! 任せろ……!」
「よっこい……せっ! と、ふぅ……毎度悪いな。 でも、一人で運ぶのキツイし、もう一人がどっかいっちまってな……あと、基本的に気さくに手伝いを頼めるのってお前ぐらいだからさ……」
「おいしょっ、と……別に、気にしなくていいって。俺は好きで人助けしてるからな。困ってることがあったら助け合うっていうのが人の在り方だろ? これからも、なんかあったら言ってくれ。出来る限り力になるから」
「おう! 頼むぜ! 今度ジュースぐらい奢ってやる!」
「そこは、昼飯奢ってくれよ……3日ぐらい」
「急に貪欲だな……!」
────ある女子生徒が無くし物を探してる時。
「────ぅぅ。どこいったんだろ……」
「ん? あ、松浦さん。どうしたのさ? こんな、廊下の隅で膝抱えて……どっか、怪我でもしたのか?」
「え? ぁ、つ、ツル──── 日神くんッ?!/// う、ううん! な、なんとも無い、よ……うん、ちょっと無くし物しちゃって……」
「無くし物? 職員室に行ったのか?」
「うん……行ったけど、無かったんだ。 だから物覚えのある所を探してたんだけど……」
「その顔を見る限りじゃあ、見つからなかったのか……」
「……うん……どうしよう、あれは昔、お婆ちゃんから貰った大切な髪飾りなのに……ぅぅ、あたし、どうしたら────」
「よし! 一人で抱え込むなって、俺も手伝うよ!」
「え? で、でも……!?」
「『でも』とか、『悪いし』とか言うなよ? 俺は、俺のワガママで探し物をするんだ。松浦さんが困ってるから、勝手に介入して、解決しようとしてるだけだからね。疎ましいとか思われる事はあっても、決してやめないから」
「……日神くん。 うん! わかった、じゃあ、お願いしてもいい?」
「あぁ、勿論だとも! 一人じゃ見つからなかったとしても、二人ならすぐ見つかるさ!」
────数時間後─────
「────あ、あったぁ〜〜〜!!」
「……まさか、髪飾りを落とした場所からカラスが持ち出して、町内に出てたとは……よく見つけたな……割とガチで。ほんと、俺の勘って怖えよ」
「あ、ありがとう! 日神君! 日神君のお陰でお婆ちゃんの髪飾り、見たかったんだよぉ!! 本当に、ほんっとぉぉお〜〜にっ! ありがどぉぉおお (泣)!」ダキッ!
「ギャァァァア!! 泣くなぁ! 鼻水ダラダラの状態で抱きつくなぁ!! 制服に鼻水がぁぁぁぁあ!! てか、ここ町内だよ!? 周りの奥様方に誤解が……!?」
────ある教師からの呼び出し。
「────おい! 日神。 ちょっと職員室に来い」
「え? なんすか? 先生……?」
「取り敢えず、理由は後で答えてやるから、着いてこい! こなかったら、わかってるよな^_^」ボキバキ……
「い、Yes.Sir! (これって、ただの脅迫だろ……)」
「────で? なんすか、これ……?」
「? 見てわからないのか?」
「……分かりたくねぇってのが、本音ですけどね。なんで、生徒会でも無い俺に、報告会の書類作成させるのって、どう考えたっておかしいでしょ? 人助けに力を注いでる俺が言うのもなんですけど、これは酷いっすよ」
「あぁ〜、言いたい事は分かるが、私も教師だ。忙しいのはわかるだろ? それに、お前も知ってると思うが、ウチの生徒会長は変な所でドジるから、書類に穴が出来やすいんだよ。他の生徒会もポカやらかしまくってるし……よく考えたら、なんでそんな奴らが生徒会に選ばれてんだろ……? ────ま、まぁ、兎に角、私みたいな若い女の教師は、他の人よりも色目やらセクハラなんかで────おい、なんで今目逸らした……?」ビキリ……ッ!
ガシッ!
「……む、胸ぐら、掴まないで、く、クビ……しまッ────」
「天誅ぅうううううう……ッッ!!」
「ウギャァァァァァアッ!!」
────はぁ……バカバカしい。
どいつもこいつも、ある一定の人物にしか手助けを求めない。
いや、そもそも、そうなるようにワザと仕向けている男子生徒の作り笑いが、特に気に食わない。
嫌なら断ればいいだけ。なのに、気さくに振舞って、誰に対しても温厚に応じる。
そのくせ、他人に依存せず、一部を除いて、極力誰とも関わりを持とうとしない。
はっきりいって、異常者だ。
彼の在り方は、既に破綻しているし、彼自身もその事に気がついている。
誰かが困っていたら無償で助ける。なんの恩恵も無いのに嫌な事に条件反射で首を突っ込む。
こんな損な役割を嫌な顔をせずに行う、彼の神経の気が知れなくて、ワタシ自身、畏怖の念を消しえない。
思えば、初めから彼はそうだった。
出会った当初も、ぶつかったワタシをすぐに気遣って手を差し出してくれた。
その時は、精神的に追い込まれていた事もあり、その行動が喜的に感じたし、それが何処か感じていた他人との違いという氷山を暖かく照らした日輪のように氷解させてくれたと心底感謝している。
けれど、彼にとってはそれが常日頃から当然のように行う事で、特段、誰でも助けられれば嬉しいのだ。
困った人を見捨てず、最後の最後まで問題につまずきながらも、足掻いて、足掻いて、足掻いて……
それを解決するまで行動する。
────どうして、そこまで執拗に助力できるの?
こういう疑問が浮かんできてもおかしくは無いと思う。
それ程までに、彼の善意は常軌を逸していた。
人間は必ず、取捨選択する場面が訪れる。
諦めが肝心になる時が必ず訪れる。どれだけ大切な言葉や物でも、時が過ぎていけば自ずと消えていく。
無意識のうちに人はそれを理解している。
だからこそ、諦観して悔しい気持ちを渋々押さえ込んで、また新しい生活へと身を投じるのだ。
────なのに、なのに、なのに……………っ。
どうして、そこまで意固地に貫き通せるのか?
何がそこまで彼の在り方を駆り立たせるのだろうか?
何を経験したら彼のような人格が形成されるのだろうか?
このような思考が普段の学生生活で彼を見ていると、ふと沸き起こり、時折、彼の人格が分からなくなる。
彼の善良な意志が何か裏の真意を持つのか……
それとも、本当に無意味だと分かりながら、敢えて、苦悶と欺瞞に満ちた茨の道に進んでいるのか……
多分、そんな事は考慮していない。
そんな事に頭を使うよりも、一人でも多く困っている人を救う事が何倍も、彼にとって価値ある行動なのだろうから。
それでも、ワタシは……理解、できない。
いや、きっと、したく無いだけだ。
泥沼に満ちたココロは、這い上がる事を拒否する。
光の届かない闇沼は、何処までも果てのない底へと誘ってくる。
本当は分かっている。
これが嫉妬。自分に出来なかったホンモノが目の前にいることに、とんでも無く羨望欲が渦巻くのだ。
諍う術もあったはずなのに、ワタシはそれをしなかった……
どれだけ優れた異能を体内に潜めていても、ワタシには本能からくる闇腕に掴まれて引き摺り込まれことに抵抗できなかった。ううん……しなかった。
逆に、恐らくだが、彼は……『日神 剣』は特別なチカラを持たずとも、その闇腕に争って見事に突き破って見せたのだろう。
だから、ワタシとは違って穢れのない手なのだ。
ワタシの『正義』には、必ずといって誰かの血肉が犠牲になる。悪事をなした他者への天罰を下して、今日もまた、誰かに毒牙を掛ける。
そんな事でしか、ワタシは他人を救う術を知らない。知ろうともしない。
悲壮感とか、罪悪感とか……殺人に不必要な煩わしい感情は削ぎ落として生きてきたワタシに、誰かを助ける『ヒーロー』になる資格は最初から持ち合わせてはいない。
けれど、憧憬を抱いてしまった。抱いちゃ……いけなかった。
この手は誰かを嬲るモノであって、誰かを救い上げる為のモノでは無い。
一つ、魔力と念を込めれば、簡単に人を殺す事が出来る。そんなチカラが善良な用途で使われることの方が少ない。
忌々しい。率直にそう思える事が、より羨望へと繋がっていく。
日神 剣……
彼は、絶望の淵を一度経験している。
未曾有の危機と言うまでの、彼の存在が危ぶみ掛けた事もある。
不慮の事故と不治の病による両親の死、親戚からのやっかみ、孤児院内での虐待、義妹との確執……。
これだけの不幸が中学2年の時に同時に伴ってきた。
まだ成熟しきっていない精神がどの様な現象を引き起こすかなんて計り知れない。
けれど、周りの助けもあって、彼は風前の灯火となっていた心炎を再燃させて、奮い立ち、再起した。
そして、志したのは『正義のヒーロー』。
身体を鍛え、知識を身につけ、凡ゆる分野へ手を伸ばし、手に入るだけの技能を身につけようと躍起になった。
そこがワタシと違う。
敵うはずもない。
努力で積み重ねてきた明光な『正義』に、闇で鍛え上げた腕っ節だけの『正義』が勝る訳が無い。
ワタシの中にある不義は、もはや嫉み以外の何にでも無い。
後悔し、贖罪しても、彼には追いつかない。
だって、彼は……。
「────おい! ツルギィィイイ!! お前ばっかり、リア充してんじゃねぇーぞぉぉおおおッ!」
「あぁ!? な、何のことだよぉっ!? て、うぉっ!? て、テメェ……!? 急に殴りかかってくんな!?」
「うっせぇ! バァカ! うちのクラスの美女ランキング第2位に君臨なされる松浦さんを抱擁した罪は、ここで断罪してくれる! 覚悟ぉおおおお!!」
「そ、それは、誤解だァァアァァアッ! てか、他の男子も血眼で追いかけてくんじゃねぇっ!!」
「きゅぅぅぅ〜///#」
「ち、ちょっ……!? あ、明美!?」
今日も今日とて、賑やかなクラスメイトたちの喧騒が鬩ぎ合う教室内で、ワタシは物思いに耽る。
(あぁ、そうですね……。 彼は、誰よりも【
もうすぐ夏空に変貌する湿空は、今日も曇天模様デス。
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